艦これ戦記 -ソロモンの石壁-   作:鉄血☆宰相
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一昨日の作者
「隔日投稿で余裕もできるし5000文字は少し少ないかな、もうちょっと足そう」

昨晩の作者
「よし!1万文字超えたぜ!……あれ?」( ゚Д゚)?




第七話 踊る大(情報)操作戦

 ここはラバウル基地の男性用大浴場、現在大勢の男性職員や提督たちが風呂に入って寛いでおり、その中には石壁も混ざっている。

 

「ああぁぁぁ~……」 

 

 普段のドラム缶風呂と違って足を延ばしてゆったり入れる風呂の気持よさに、石壁はつい声を出してしまう。

 

「はぁ~~……気持ちいい……」

 

 石壁がそうやって湯舟でとろけていると、湯舟にほかの男性が入ってくる。

 

「お隣に失礼」

「あ、どうぞどうぞ」

 

 石壁の隣に入ってきた男性が、石壁の体の傷を見て驚いたような顔をする。

 

「おや?初めてみる人ですね……その傷、もしや石壁提督ですか?」

 

 二十代後半の人の好さそうな男性が声をかけてくる。

 

「あ、はい。僕が石壁です」

「ああ、やはり」

 

 そういってから、男性は申し訳なさそうな顔をして続ける。

 

「申し遅れました、自分は飯田中佐。石壁提督の艦隊と問題を起こした飛龍と蒼龍の提督です」

「ああ、なるほど。彼女たちの提督さんですか」

 

 石壁が納得したという顔をすると、飯田提督は湯舟の中で頭を下げた。

 

「話を聞けばこちらから無礼を働いたとの事……後で二人にも言い聞かせておきますので、どうかお許しいただけませんでしょうか」

「ああ、あの……大丈夫ですので頭を上げてください」

 

 真っすぐに詫びるその姿勢に、むしろ石壁が恐縮してしまう。

 

(すごく真っすぐな人だな……彼女達に慕われているのもよくわかる)

 

 石壁は飯田提督の人間性がとても良い事を察して、飛龍達がすごく彼を慕っているのだろうなというのがわかった。

 

「彼女達の事情はわかっておりますし、先ほど当人から直接謝罪もうけました。私も部下達も気にしていませんので、どうか頭を上げてください」

「……ありがとうございます」

 

 飯田提督はそういって頭をあげた。

 

 ***

 

 しばし隣り合って湯舟につかっていると、ポツリ、と飯田提督が声を出す。

 

「……石壁提督は、少し前まで本土に居られたのですよね」

「そうですね、二か月前に士官学校を卒業してすぐにこっちへ来ました」

 

 飯田の問いに石壁が答える。

 

「今の本土は、賑わっておりますか?自分はもう何年も戻っておりませんが、数年前はまだまだボロボロでした。自分は復興のする前の姿しかしらないのです」

 

 飯田がそう寂しげに言うと、石壁は本土の状況を思い出して語りだす。

 

「ええ、何もかも昔に戻った。というわけではありませんが……本土はもう十分に復興しておりますよ。帝都にはまた高いビルが建ち、物流が活発になり、モノの不足で喘ぐ人はいませんでした」

 

 ここ数年で、焦土となった本土は大きく復興していた。石壁は士官学校に通いながらその復興をずっと見てきたのだ。

 

「本当によく復興したと思います。冬にしっかりとストーブがつく様になり、電気が年中止まることもなくなり、医療物資が足りる様になって子供や老人が風邪で死ぬような事がなくなりましたから……復興前、本土決戦中は施設にいましたけど、あの頃の冬は本当につらかったです」

 

 海運が全て断たれ、本土で必死に抵抗していた頃は、当然ながらあらゆる物資が足りなかった。石壁を始めとした戦災孤児達に回せる物資など、殆どなかったのだ。

 

「士官学校に入ってからも時々施設に顔をだしていましたが、年を経る事に孤児の皆の生活環境が回復していきました。こういう所にしっかりモノが回る様になったのも、復興の賜物だと僕は思います」

「……そうですか」

 

 飯田は、石壁の言葉にほっとした様に息を吐く。それから、少し複雑そうな顔をして飯田が言葉を紡いでいく。

 

「……もうご存知かと思いますが、我々南方の泊地の者達は相当本土に対して憤りを覚えています。あらゆる物資が持っていかれて、無茶な仕事を押し付けられて、塗炭の苦しみを味わいましたから」

 

 石壁は飯田の言葉を黙ってい聞いている。

 

「ですが、我々の戦いや苦しみによって救われた人も大勢いる。そして我々が戦う事をやめれば、ようやく復興した祖国はまた荒廃していく……皆そのことを知っておりますから、やり場のない怒りを抱えているんです」

 

 南方全体が大本営に対して憎悪の念を抱きつつもギリギリの所で暴発していないのは、こういう強い理性をもった優しい提督達が多いからだ。艦娘も、提督も、根本的な所で人が善いのだ。自分たちが暴発すればどれだけ多くの人が苦しむかを知っているから、彼等はこの地獄で耐え続けているのだ。飛龍達はそんな提督の姿をずっと見つめてきたからこそ、あれだけ石壁たちに反発していたのである。

 

「自分たちの苦しみの上に成り立つ繁栄を、我々は受け入れられません。そして、簡単に否定することも出来ないのです。我々は人であって軍人であり、南方の民であると同時に大日本帝国の民でもありますから……」

 

 飯田は困ったような笑みを浮かべてそう言った。相反する感情の狭間で、彼等もまた苦しんでいるのだ。

 

「石壁提督はこれから南方全体に大きく関わっていくでしょう。自分が今言った事は、皆心の中に少なからず持っている思いです。彼らと接していく上で心の隅に置いておいていただければ幸いです」

 

 飯田は、石壁がこれから接していく南方の人間が抱く複雑な思いを教えてくれたのだ。これは石壁がこれから苦労する事を見越して、少しでも相互不理解による摩擦を軽減してあげようという飯田の思いやりであった。

 

「……わかりました。教えていただいてありがとうございます」

 

 石壁が素直に礼を言うと、飯田はもう一度頭を下げてから風呂を出ていった。

 

「……ふう」

 

 石壁は、天井を見上げる。立ち上る湯気が天井に近づいて消えていくのを見て、この複雑な状況もこんな風に消えてしまえば楽なのにな、と石壁は思ったのであった。

 

 ***

 

 ラバウル基地に一泊した翌朝。昨日と同じ波止場に、昨日と同じ……いや、それ以上に多くの艦娘が駆けつけたのであった。彼らの顔は昨日とは打って変わって、敵意ではなく好意的な視線が多く、青あざを作ったモノも複数居たが、皆笑顔であった。

 

 昨日仲良くなったのか、そこかしこで石壁の艦娘とラバウル基地の艦娘が語り合っていた。

 

 そして出航の時間がやってくる。

 

 

「ばいばい天龍、元気でねー」

「体に気をつけてくださいねー」

「おう、そっちも元気でなー」

 

 飛龍と蒼龍が手を振ると、天龍も元気良く手を振り返す。

 

 石壁は座乗する鳳翔の中でその姿をホッとしたように眺めながら、声を張り上げる。

 

『総員出航!これよりショートランド泊地へと帰投する!』

「「「「了解!!」」」」

 

 石壁の号令が響くと、艦隊が出航していく。すると、今度は見送る南雲の声が響いた。

 

「総員石壁提督へ敬礼!」

 

 南雲の号令の下、海辺に居た全員が石壁たちへと敬礼を送る。南雲達は石壁が水平線に消えるまでじっとその姿を見守ったのであった。

 

 ***

 

 石壁はラバウル基地が見えなくなったあたりで、ホッとしたような息を吐く。

 

『ふぅ……本当に……本当に『色々』あったけど、なんとかなってよかった……』

 

 石壁のその言葉に、艦隊の面々が苦笑する。

 

「あはは、本当にごめんね提督、食堂で大喧嘩しちゃって」

 

 鈴谷がそう石壁に詫びると、艦隊の面々が口々に石壁へと詫びを入れ始めた。

 

「いいよいいよ。詳しく話を聞けば先に喧嘩を売ったのは向こう側だったらしいし。現にあの飛龍さんの提督もあやまってくれた。結果的にみればあの喧嘩が和解のきっかけにもなったみたいだしね」

 

 まさしく雨降って地固まるを地で行く結果に、石壁も艦隊の面々も心底ホッとしていた。危うく纏まりかけた協力体制ごと石壁と南方棲戦鬼の胃腸が粉砕される所であった。

 

『でも、出来た人だったなあ。ラバウル基地の南雲司令官。同じ基地司令とはいえ、彼は中将で、年齢も倍近く違うのに、『大佐』の僕に対しても礼を尽くす姿勢を忘れないなんて』

「やはり苦労をされている分人間的に磨かれているのでしょうか」

 

 石壁の独白に、鳳翔が応じる。因みに、石壁は泊地着任時は大佐であった。本来なら艦娘の提督は少佐から始まるのだが、石壁はショートランド泊地の総司令官になる段階で、最低限基地司令として働ける大佐まで二階級昇進したのである。大本営はそこまでしてショートランド泊地へと送り込み、何としてでも殺そうとしたのだ。

 

「石壁提督もかなり苦労人だし、似た物同士なのかもねー」

 

 鈴谷が隣を走りながらそういうと、艦隊全体に同意するような空気が流れた。

 

「似たような立場のお二人ですし、友達になれたんじゃないですか?」

『まあ、仲良くはなれたかな?友達っていっていいのかは少し微妙な感じもするけど』

 

 青葉の言葉に石壁は苦笑する。

 

 赤貧の中で一皿の塩を分け合って初めて友の有り難みがわかるというが、石壁と南雲が分け合えるのは精々胃薬だろう。有り難みはあるし仲良くはなれるだろうが、それは友達の仲の良さではないだろう。

 

 そんなこんなで石壁の一行はショートランド泊地へと帰投したのであった。

 

 ***

 

 一方その頃、南雲提督の執務室

 

「しかし、彼は若いのに肝が座っていたな。あれだけ敵意を浴びせられた後で私の所まで一人でやってきて、まったく萎縮していなかった」

「そうですね。緊張自体はしていましたが、一歩も引かないという覚悟の篭った良い目をされていました」

 

 南雲と加賀が執務室で会話をしている。

 

「事前調査で彼が『中将』だと知った時はいったいどんな人間が出てくるのか戦々恐々としていたが、まさかあんな出来た青年だとはなあ」

「ええ、そうですね。普通若くしてあそこまで出世すれば色々と歪んだプライドを持ちそうですが、蓋を開けてみればまさかあんな苦労人だったとは思いませんでした」

 

 二人は石壁が語った苦難の日々を思い出す。

 

「あれだけボロボロになるまで頑張る提督なんだ、部下の忠誠心も総じて高いのだろうな」

「ええ、少し会話をしただけですが……彼の部下は死を恐れる暇すらないのでは、と思いました。それだけ彼の生き方は鮮烈です」

 

 南雲達は石壁の英雄としての資質を、少し語らっただけで強く感じていた。彼は人を惹きつける。止まらず、諦めず、絶望の中でそれでも前をむいて歩き出す姿はそれだけで目が眩む程に光を放つものだ。石壁と共に歩むモノ達は、彼が居る限り決して希望を失わないだろう。

 

「鮮烈か、確かにそうだな」

 

 南雲はフッと笑った。

 

「彼がここにやってきてから一日程しか経っていないというのに、あれだけ憎悪と閉塞感に満ちていた基地の空気が、今は活気と熱気が乱気流の様に渦巻いている」

 

 天龍達が中心になって巻き起こした騒乱が、停滞した空気を引っ掻き回して霧散させてしまった。あの喧嘩に参加したものや、風呂場での講談を聞いていた艦娘が中心になって、急速にラバウル基地内部へと石壁の話題が広がっているのだ。

 

 あるものは南方棲戦鬼の討伐に歓喜し、あるものは石壁達の戦いに興奮し、あるものは自分たちと同じく大本営に見捨てられた石壁達への同情を感じていた。

 

 そして、何か大きな事が始まっているのだと、皆が感じていた。

 

「なあ加賀」

「はい提督」

 

 南雲が力強い笑みを浮かべる。

 

「これからが大変だぞ。停滞していた南方が大きく動かざるを得ない、覚悟はいいか?」

「もちろん、鎧袖一触よ。ラバウル基地に油断はないわ」

 

 加賀はいつものクールビューティーな顔に、ほんの少し笑みを浮かべて南雲に応じたのであった。

 

 ***

 

 さて、石壁達がショートランド泊地へと帰ったその逆方向、本土へとむかったまるゆ隊は、数日後には本土へと到着していた。上陸するや否や、素早く市街地へと100名の妖精たちが紛れ込む。

 

「さて、ではこれより作戦を開始する」

 

 人気の無い路地裏までやってきてから、妖精隊の隊長が声を出す。

 

「作戦名は群狼作戦。この作戦は速度が命だ。当初の予定に従い、情報戦を開始する」

 

 彼らは青葉があきつ丸達に頼んで回して貰った『陸軍中野学校』の卒業生である。

 

「陸軍省、憲兵隊、そして我らが母校である中野学校、一つ足りとも情報の浸透を失敗してはならん。早く、鋭く、油断無く、作戦名の通り狼の群れとなり喉笛に食らいつけ」

 

 彼らが卒業した中野学校とは陸軍の士官学校だが、普通の軍人を養成する学校ではない。

 

「この作戦の可否が石壁提督の、しいてはショートランド泊地の未来に関わってくる。総員ぬかるんじゃ無いぞ」

 

 そこでは情報戦、諜報戦、破壊工作、潜入工作、ゲリラ戦等の、様々な技能を習熟する事を目的とされている。若干の語弊があるがこういう技能を習熟した人間を一般的にーー

 

「さあ、我々の本領を見せる時だ!総員、作戦を開始せよ!」

「「「「了解!」」」」

 

 ーースパイ、と呼ぶのである。

 

 ***

 

「馬鹿な、伊能提督が生きていたというのか!?」

「彼の指揮下のまるゆ達が大勢やってきております!」

 

 横須賀に近い陸軍の駐屯地では、軍人達が突如やってきた大勢のまるゆの対応に大慌てになっていた。

 

「咄嗟に憲兵隊が彼らをかくまったことで、今はまだ情報が大本営まで行っておりませんが、隠蔽するのも限界があります!」

 

 憲兵隊は陸軍の管轄の部隊である。伊能提督が戦時中に所属していたのもここであるため、彼の部下であるまるゆ達とも顔見知りが多かった。その為、大本営に使い潰された筈の彼女達がこのまま港にいるのは不味いだろうと判断してここまで連れてきたのである。

 

 休憩室で大勢のまるゆが屯している間に、まるゆ隊のリーダーだけが基地の指令室にやってきていた。指令室には大勢の陸軍兵士達が詰めており、その中で一番階級が高い基地司令の男がやってきたまるゆ一番艦へと目を向ける。

 

「……」

 

 まるゆ一番艦は、背筋をビシっと伸ばして基地司令へと覚悟の決まった目を真っすぐに向けていた。

 

(一体何がどうなっているというのだ……どうすれば良いと言うのだ)

 

 基地司令の男は既に60歳の年よりだった。彼は本来ならもう居ない筈のまるゆを前にして、思考が混乱していた。

 

(彼女をこのまま大本営から匿っていても、いずれは隠せなくなる。どうする、どうすればいい。陸軍の力は往年程ない……私の地位では……どうしようもない)

 

 彼は陸軍全体が海軍側に圧倒されている現状において、己の政治力で出来る事と目の前のまるゆ達の安全を天秤に乗せて、思考を堂々巡りさせていた。

 

(基地の仲間の安全だけを考えるなら、なにも見なかった事にもできる……いや、だが、しかし……)

 

 彼は己の肩にのる仲間達や、様々な柵によって思考を硬直化させていた。まるゆ一番艦は、そんな基地司令の顔をみて、口を開いた。

 

「基地司令さん」

 

 まるゆは、混乱している基地司令へと言葉を紡ぐ。

 

「知っての通りまるゆは陸軍の輸送船です。その本分は部隊の皆へと物資を運び、彼らの命を繋ぐ事です」

 

 まるゆという艦は、大戦時代に物資不足に喘ぐ前線の兵士を救うために作られた潜水輸送艦だ。飢える兵士を救うため、弾切れの兵士に武器を運ぶため、兵士の命を繋ぐための艦である。

 

「まるゆの仕事は、太平洋戦争の時(あの頃)も今も変わっていません。最前線で戦っている仲間の為に、彼らの命を繋ぐために、ここへとやって来たんです」

 

 戦いの中ではあまり役に立てない彼女達は、長い籠城戦の中で己の本分を果たすことが出来ずにずっと悔しい思いをしてきたのだ。

 

「伊能隊長も、石壁提督も、泊地の皆も、まるゆ達が物資を持ってくることを心待ちにしています。まるゆ達は皆の元へ、必ず物資を届けると誓って、泊地を出たんです」

 

 これがまるゆ達の戦いだ。兵糧輜重を繋ぐ、命を繋ぐ為の戦いなのだ。彼女達はその為に命をかけているのだ。

 

「だから、お願いします。基地司令さん」

 

 まるゆが、腰を深くおって頭を下げる。

 

「力を、貸して下さい……」

 

 その言葉を聞いたその場の全員が沈黙する。腰を深く折るまるゆの姿を、その場の全員が見つめていた。

 

「……歳をとると、やれ保身だ、やれ立場だと余計な事を考えてしまう」

 

 基地司令は、白髪頭に載せた帽子を取る。

 

「陸軍の力はもう殆どない。海軍に、大本営にたてつけばどうなるかわからない」

 

 それは、厳然たる事実であった。どうしようもないほどの力の差であった。

 

「私に出来ることは殆どない」

 

 まるゆは、その言葉に一瞬肩を揺らす。

 

「……だが」

 

 立ち上がった基地司令は、ポンっとまるゆの頭に手を置いた。

 

「それがどうしたというのか!」

 

 手を置かれたまるゆが頭をあげると、そこには基地司令の笑みがあった

 

「同じ陸軍の仲間に、本土決戦中に世話になったまるゆ君にここまで言われて、引っ込んでられるか諸君!」

「「「「否であります!!」」」」

 

 その言葉と共にその場に居た全員が敬礼をして、踵を揃えて打ち鳴らす。一人の少女の周囲で筋骨隆々とした軍人達が一斉に敬礼をする姿は中々に壮観であった。

 

「基地司令殿の言う通りであります!」

「ここで引いたら男が廃ります!」

「やってやりましょう!」

「本土決戦中に散々物資を輸送してもらった恩を今こそ返そうではありませんか!」

 

 そうだそうだと野太い男たちの声が響く。彼等は本土決戦時代に、大勢まるゆに救われている。人が運ばれた。モノが運ばれた。食料が、砲弾が、燃料が、大勢のまるゆ隊によって運ばれたのだ。そのことを、陸軍軍人は誰も忘れてはいない。

 

「みんな!」

 

 まるゆの顔に、ぱぁっと笑顔が咲く。まるゆの言葉をきいて、この笑顔をみて動かない玉無しは、陸軍には居ないのだ。

 

「行くぞ皆!!陸軍魂を魅せてやれ!!えいえいーー」

「「「「おおおおおおおおおおおおおおおお!!」」」」

 

 陸軍の男たちが動き出す。

 

***

 

 陸軍省のオフィスで事務作業をしている一人の軍人が居た。歳の頃は50代で、太くくっきりとした眉毛で髪を短く刈り上げた男であった。彼はゴツゴツとした濃い顔つきで、一言で形容するとジャガイモみたいな顔つきであった。

 

 彼は伊能が陸軍に居た頃の上司であり、陸海軍を繋ぐパイプ役の様な役目を担う男であった。名前は伊達(だて)少将。本土開放作戦時代から数々の作戦を指揮してきた優秀な男で、部下からは強く敬愛される上官であった。

 

「伊達少将ー!大変ですー!!」

 

 彼が書類をまとめていると、部下の一人が大慌てで駆け寄ってきた。

 

「どうした?」

「これを!これをみてください!」

 

 部下が机の上にある手紙を広げる。それは非常に力強い筆跡の手紙であった。その送り主の名前を確認した伊達は驚愕に目を見開いた。

 

「伊能……獅子雄……!?馬鹿な、彼は二ヶ月前に戦死したはずでは!?」

「生きていたんです!生きていたんですよ!」

 

 手紙の内容は無事を知らせる挨拶から伊能達が置かれている状況まで一通りが書かれており、結びの言葉として『この手紙をもってきたモノに力を貸して欲しい。親愛なる我が上官へ』と、記されていた。

 

 手紙を読んでいく伊達少将の顔が、驚愕から彼が無事であることへの安堵、そして彼らが置かれている現状への怒りへと順々に移り変わっていく。そして、最後の伊能からの頼みを読むに至って、彼は覚悟を決めた漢の顔になっていた。

 

「副官君、この手紙を持ってきた人を連れてきたまえ」

 

 伊達少将が部下から親しまれているのはその能力もあるが、何よりも大きい点が一つ在る。

 

「この俺の全身全霊をもって、伊能君を助けてみせよう、やるぞ副官君!」

「了解しました伊達少将!」

 

 部下の為に全身全霊をかける熱い男だからこそ、あの伊能をして『親愛なる上官』と謂わしめる程に、彼は慕われているのであった。

 

「伊達少将!横須賀の陸軍駐屯地から伝令であります!戦友の為に力を貸してほしいとの事です!」

 

 その瞬間、別の部下からも連絡が入る。

 

「おお!要件はわかっていると伝えてくれたまえ!この伊達に出来る事なら何でもやってやると添えてな!急げ!」

「は!了解したであります!」

 

 陸軍省が俄かに騒々しくなってくる。止まっていた歯車が回りだしているような、そんな気配をその場の全員が感じていた。

 

 

 ***

 

 伊達の元に手紙が届いた翌日であった。

 

 帝都東京、中野学校の校長室にノックの音が響いた。部屋の中で眼鏡を磨いていた白髪の好々爺が顔を上げる。

 

「はて?だれかな?入り給え」

「失礼するであります、校長へお客様が来られました」

「客?どなたかな?」

 

 入室した兵士がそう告げると、校長は眼鏡をかけて問い返す。

 

「それが、これを見せればわかるとの事で」

 

 そういって封筒を渡す兵士。校長はそれを受け取ると、中身を確認する。

 

「ふむ?なになに……ほほう。なるほど。なるほど」

 

 紙を見ながらうんうんと頷いた校長は、顔をあげる。

 

「ここへお連れしなさい」

「はい!」

 

 兵士が部屋を出ていくと、開いている窓から風が吹き込んで風鈴がチリンと涼しげな音をたてた。老人は人の好さそうな笑みのまま、小さく呟く。

 

「……風が吹き始めたのう」

 

 ***

 

 同時刻、陸軍大臣の執務室に、大勢の陸軍兵士達が詰めかけていた。

 

「一体何事ですか?伊達少将」

「はっ!本日はとても重要な用事がございます。こちらを確認して頂けますでしょうか」

 

 陸軍大臣の男の前に、伊達が折りたたまれた手紙を置く。陸軍大臣が手紙を開き、それを確認していくと、眉が上がった。

 

「なんと……」

 

 陸軍大臣が読み終わって顔を上げると、そこには笑顔の大勢の陸軍の将官が居た。

 

「我々一同、想いは一つであります。どうか、お力を貸していただけませんか!」

 

 伊達が頭をさげると、大勢の軍人たちが一様に頭を下げる。望む言葉を貰えねば梃子でも動かぬと、無数のいがぐり頭が無言で語っていた。

 

「……」 

 

 陸軍大臣は、その姿を見つめながら、思わずふっと笑ったのであった。

 

 

 ***

 

 妖精隊が活動を開始してから数日、ここは帝都の新聞社、慌ただしい部屋の中に、一人の青年が駆け込んでくる。

 

「編集長!これをみてください!」

「どうした?」

 

 青年がそういいながら、編集長にメモを見せる。

 

「……これは、本当か?」

 

 編集長は、驚愕に目を見開きながら、部下へと問う。

 

「はい、複数の情報網から上がってきた情報です。秘密裏に他社へも確認をとったところ、あちらこちらで大騒ぎになっています。明日には日本中へと発信されるでしょう」

「……そうか」

 

 編集長が立ち上がる。

 

「皆聞け!特ダネだ!明日の朝刊は全面改定だ!!急げ!!」

「もう輪転機回し始めてますよ!?」

「それを止めてもあまりあるんだ!!金をドブに捨ててでも擦り直せ!!他社に遅れるな!!」

「は、はい!」

 

 いつも騒々しいデスクが、更なる狂乱と怒号に包まれる。

 

(この感覚、久々にでかい嵐が来るな)

 

 編集長は自分のデスクで大急ぎで作業をしながら、長年の記者生活で磨かれた感が嵐の気配に震えるのを感じた。

 

(これは世間様がグルンと回転するときの感覚だ。空気の潮目が来た、動く、動くぞ。乗り遅れるわけにはいかない、時代が動くときの気配だ)

 

 編集長は自然と広角が釣り上がっていた。その姿を見た部下は、餌を前にした狼が牙を剥いている様であったと、後に語ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 石壁という特大の火種が、ついに炎上を始める。その熱量は大気を歪ませ、強大な台風となって大日本帝国を揺らそうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~おまけ~

 

 本土で風が吹き始めたその一方で、渦中の人物である石壁はどうしているかというと……

 

「お、林檎ジャムができてる」

「おいしそうですね」

 

 鳳翔と二人で執務室の小さなキッチンで調理をしていた。

 

「ラバウルで買ってきた林檎と砂糖で作ったけど、黒糖で作るのも中々いけるね」

「これは美味しいですね、後で皆さんにもお出ししましょうか」

 

 石壁お手製のジャムを分け合って食べる二人。色っぽさはまったくなかったが、見ているだけでポカポカしそうなくらいの幸せ空間であった。

 

「いやあ、ここ数日平和で時間があったからちょっと作ってみたけど、やっぱりこういうのはいいね」

「そうですね。ずっと大変でしたし。こういうモノを作る余裕があるというのは素晴らしいと思います」

 

 石壁がジャムをパンにたっぷりぬってかじり付く。その幸せそうな顔を見て、鳳翔もにこにことほほ笑んでいた。

 

「ストレスフリーって素晴らしいね。胃腸は痛くならないし、ご飯は美味しく感じるし」

「そうですね……あら?動かないでくださいね、提督」

「え?」

 

 鳳翔は石壁のほっぺにそっと手をやると、ジャムをそっとぬぐった。

 

「ジャムがついていましたよ」

 

 そういってにこりと笑いながら指についたジャムをそっとなめる鳳翔。

 

「……」

 

 その仕草をみた石壁は硬直すると段々顔を赤らめていく。

 

「……提督?……あっ」

 

 鳳翔もまた自分がやったことに気が付いて顔を赤らめる。

 

「す、すいません……」

「い、いや大丈夫だよ……」

 

 二人は狭いキッチンでしばし顔を赤らめて、砂糖たっぷりの林檎ジャムより甘ったるい時間を過ごしたのであった。

 

 この様に、台風の目である石壁は自身の周辺に風が吹き始めた事にまったく気が付いて居なかった。彼が事態に気が付くのは、台風が移動を始めて自分に直撃してからである。それまではもう少しだけ、彼の胃腸の安息は守られているのであった。

 

 彼の胃腸が捻じれ狂うまで、あと少し。

 

 





もし石壁君が群狼作戦の作戦名を決めたらこの話のタイトルになったかもしれない




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