艦これ戦記 -ソロモンの石壁-   作:鉄血☆宰相

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第十三話 グラップラー (フ)ブキ

 これは南方棲戦鬼との戦いが終わった直後の事である。

 

 大勢の駆逐艦、軽巡洋艦達が訓練所に集まっていた。彼女達は南方棲戦鬼との戦いで磨り潰された深海棲艦達の中で、辛うじて原型を留めていた艦から呼び起こされた艦娘達である。

 

 その群衆の中で周りをキョロキョロと見回す一人の少女がいた。田舎の女子中学生を思わせる、良く言えば真面目で純朴そうな、悪く言えばどこにでもいそうな女の子であった。

 

 彼女の名前は吹雪、特型駆逐艦の一番艦の艦娘である。

 

(ちょっと前までここにいた全員が深海棲艦だったのに、今では全員艦娘かあ……沈んだり浮かんだり忙しいなあ)

 

 彼女はあっという間に生死が入れ替わる艦娘というあり方に苦笑しながら、周りの己と同じ運命を辿った艦娘達を眺めている。暫しそうやっていると、自分たちの前に数名の艦娘がやってきてこちらを向いた。

 

「皆初めまして。第一水雷戦隊旗艦の川内よ!夜戦(ゲリラ戦)の教官だよ!」

「同じく貴方達の教官を努めさせていただく神通です。第二水雷戦隊旗艦を努めさせていただきます」

「那珂ちゃんだよー!よっろしくー!所属は第三水雷戦隊だよー!」

 

 彼女達が名乗った瞬間、何名かの艦娘達の顔が引き攣った。

 

(うわ……)

 

 吹雪もその例に漏れず顔が引きつる。

 

(あの乱戦で戦艦達相手に大立ち回りした化物軽巡達だ……うっ……トラウマが……)

 

 南方棲戦鬼との戦いの折に深海棲艦の本体に奇襲をかけた最精鋭の艦娘達の中に彼女達も居た事を吹雪は覚えていた。死を恐れぬような勇猛果敢な戦いで大勢の深海棲艦をボロ屑に変えた彼女達は、当時は敵だった吹雪達から見れば悪鬼羅刹もかくやというレベルの恐怖を撒き散らしていたといえるだろう。特に顔を引きつらせた者達は間違いなくこの3人に仕留められた艦である。

 

「……ん?教官?私達の?」

 

 思わず吹雪がポツリとつぶやく。それを耳聡く聞きつけた神通が吹雪の方を見る。目が合った吹雪はヤベッっという顔をしたがもう遅い。

 

「……あら……貴方はもしかしてあの時私の首筋に噛み付いてきた駆逐艦の深海棲艦でしょうか」

「ひ、人違いじゃないでしょうか!?」

 

 吹雪は目が合っただけでそこまで看破してきた神通に戦慄した。あの時の吹雪は有り余る闘争本能に任せて神通に襲いかかり見事に返り討ちにあった苦い過去をもっている。

 

 武装が吹き飛んで両腕をもがれた吹雪(になった深海棲艦)は、首筋に噛み付いて神通の首の骨をへし折るつもりが、逆に首をへし折られて返り討ちにされたのである。

 

(くそっ……勝てないのはわかっているけどこうやって見つめられるとあの時の記憶がチラついて腹がたつなあ……)

 

 吹雪はじっとこちらの目をみつめてくる神通に苛立ちを覚える。

 

(むかつく位美人で、性格が良くてその上強いなんて反則だよ……その顔面をぶん殴りたい)

 

 この吹雪、何度も艦娘と深海棲艦を行ったり来たりしたせいか、総体として純朴で素直で真面目な吹雪という艦娘としては異様なくらい反骨精神の塊であった。そのくせ根っこは真面目なままなので某ゲーム風に言えば吹雪オルタといったところだろうか。

 

「……ふむ、そうですか」

 

 神通は吹雪の言葉を聞いてそう呟くと、にっこりと微笑んだ。

 

「まあ昔のことは置いておくとして、貴方のそのふてぶてしい反骨精神に溢れた目が気に入りました。貴方は私の第二水雷戦隊で鍛えてあげますね」

「ええええ!?」

 

 神通のその言葉に吹雪は驚愕した。イラつくのは別としてこんな怪物の部下なんてなりたい訳がない。だが吹雪のそんな思いは一切無視したまま話は進んでいく。

 

「私達の仕事は皆が簡単にくたばらない様に徹底的に鍛える事よ」

 

 川内が神通と吹雪のやり取りを見ながら全員へと伝えると、それを神通が引き継ぐ。

 

「残念ながら提督は非常に多忙で、私達を直接指揮する余裕はありません。だから通常の『艦隊』ではなく、第一、第二、第三、第四水雷『戦隊』という形で私達を旗艦にした小隊を組んで鍛え上げます。拒否権はありません」

 

 通常の艦隊は提督の指揮によって戦闘能力を向上させたり轟沈しにくくさせたりするのだが、石壁は要塞全体の指揮で指揮所を離れられない為、補助が基本的にない形で運用するしかないのである。

 

 ちなみに、南方棲戦鬼との戦いで突撃に加わった艦娘達も同様の状態だったので、熊野を始めとして轟沈艦が出てしまった。もっとも、あれだけの激戦ならば提督の補助があろうと死ぬときは死ぬので気休めかもしれないが。

 

「皆の所属する戦隊(ユニット)が皆の命綱だからね☆アイドルは体力仕事、死ぬ気でついてきてね!」

 

 那珂の笑顔の死刑宣告をうけてその場の全員の顔が引き攣った。

 

「おーい、仕事道具をもってきたぞー!」

 

 その直後、天龍がガラガラとリヤカーを引っ張って皆の前へとやってくる。リヤカーには大量の工具やツルハシ、スコップ等々が積まれている。

 

「ありがとうございます。天龍さん」

「気にすんなって……あ、俺は天龍、新入り達よろしくな!」

 

 視線が集まってきたことに気が付いた天龍はそういって笑う。

 

「一応俺が第四水雷戦隊の旗艦って事になってるから困ったことがあればなんでも相談しろよ!」

「は、はい!……それで、そちらの道具はいったい?」

 

 吹雪は天龍がもってきた工具類などをみてそう問う。

 

「ん?これか、ほらよ」

「え?」

 

 天龍が荷台からツルハシを取り出して吹雪に渡す。

 

「ただ訓練だけを行うにはこの泊地は時間も余裕も提督も足りないんだ」

「ですから、体を鍛えつつ泊地の仕事もこなさねばなりません」

「地道な下積みがブレイクのコツなのはどんな事でも一緒だからね!」

 

 神通達もそれぞれツルハシをもってヘルメットを被る。

 

「え、え?」

 

 ざわつく艦娘達に一人づつ道具を渡してから、天龍が声を張り上げた。

 

「さあテメーら!根性入れて泊地建設開始だ!」

「「ええええええええ!?」」

 

 かくして、軍艦から重機にジョブチェンジした艦娘達が要塞の建造を開始したのであった。

 

 ***

 

 そんなこんなでそれ以降、石壁達がラバウルにいったりまるゆ達が輸送作戦を行っている間も艦娘達は必死に訓練という名の土木工事を続けていた。

 

 鬼のように厳しい川内達の泣いたり笑ったり出来なくなる訓練(土木工事)によって吹雪達はメキメキと陸軍の工兵として成長し、それに比例するように沿岸部の整備は急ピッチで進んでいった。

 

「ふう、ちょっと休憩するか。おーい、皆、1時間程休憩だ!飯だぞ!!」

「「「はい!」」」

 

 天龍がそういうと、天龍が面倒をみている面々が休憩に入っていく。

 

「おーい!天龍!」

「天龍さーん!」

「んあ?」

 

 天龍が休憩がてら自分用のヤカンを手にラッパのみで水分補給をしていると、彼女は聞き覚えのある声に名前を呼ばれてそちらをむいた。

 

「あ!飛龍に蒼龍じゃねえか!」

「先日ぶりね」

「元気でしたか?」

 

 そこに居たのはラバウル基地の飛龍と蒼龍であった。先日のラバウルの大乱闘で友人となった艦娘達である。

 

「おうよ、この天龍様はいつでも元気ハツラツだぜ!」

「確かに元気そうね」

「けど艦娘らしさは欠片もないですねえ」

 

 天龍は現在いつものセーラー服ではなく、ツナギにタンクトップを着用して傍らにツルハシをもっており、傍目から見ると完全に土方のワイルドなねえちゃんであった。

 

「これはこれで良いもんだぜ、体も思いっきり動かせるしな!」

 

 天龍はそういって健康的な笑みをみせてから、立ち上がった。

 

「これから飯なんだよ、一緒に行こうぜ」

 

 ***

 

「この泊地間宮さんがいるんだっけ?凄いわよね、提督の初期艦の一人なんでしょ?」

「南方の泊地全体でも間宮さんは数人しか居ないから滅多に会えないんですよねえ、楽しみです」

「この泊地は飯だけは本当に旨いからな、石壁提督様々だぜ」

 

 それから三人は気の合う友人のように語り合いながら食堂へと歩いていく。

 

「しかし、これだけの坑道をよく掘ったわねえ」

「たったこれだけの期間で沿岸部がゴリゴリ重武装化していて驚きましたよ」

「まあ、鎮守府の艦娘総出で掘ったからなあ」

 

 人型重機と化した艦娘達の一心不乱の掘削工事によって沿岸部の開発は急ピッチで進んでいた。歴戦の妖精工兵隊の指揮と艦娘の馬力が合わさった結果であった。

 

「ここの艦娘は工事しかしていないの?」

「いや、そういう訳じゃないぞ?例えば……」

 

「イヤーッ!!」

「甘い!イヤーッ!!」

「グワーッ!?」

 

「な、なんなの!?」

「なんなんですか!?」

 

 その瞬間、通りがけの部屋から烈迫の気合と打撃音が響いてくる。ギョッとした飛龍達がその部屋を除くと、そこには地面に膝をつくボロボロの吹雪と、その前に無傷で立つ神通の姿が合った。

 

「はぁ、はぁ、このっ!!」

 

 吹雪は膝をついた状態から飛び上がるように神通に殴りかかるが、神通は簡単にそれをかわして足をひっかけてすっ転ばせる。吹雪はその勢いのまま顔面から地面に突っ込んだ。

 

「ぎゃん!?」

「踏み込みが甘い!」

「ぐぅうううう!」

 

 歯を食いしばって立ち上がった吹雪の拳を、神通は簡単にいなしてしまう。

 

「チッ!」

「吹雪、貴方はやはり筋がいいです」

 

 神通はいつもの冷静な顔のままそれ以降の攻撃もすいすいと受け流していく。そのさまは柳が風を受けるがごとく流麗であった。

 

(そのすました面が気に食わない!!)

 

 荒れ狂う衝動に任せて攻勢を強めていく。

 

「ですが……」

「うわっ!?」

 

 大振りの攻撃を交わした神通は、足元を払って吹雪を転倒させて彼女の顔面の横に拳を叩き込む。

 

 拳が命中した地面に亀裂が走り、数センチ岩盤がめり込んでいた。直撃すれば吹雪の顔面は人様にお見せできない有様になっていただろう。

 

「グッ……」

「まだまだ、弱い」

 

 神通の宣告に、吹雪は屈辱に顔を顰める。

 

「……絶対にいつか顔面に拳を叩き込んでやる」

「楽しみにしていますよ」

 

 吹雪は当初こそ猫を被っていたが、訓練が進む内に仮面が外れてあっという間に生来の反骨精神が顔を覗かせるようになったのだ。それ以来教官である神通に事有る毎に突っかかってはこうやって地面と抱擁させられていた。それでも諦めずに立ち向かってくるのが、ひねくれても根が真面目な吹雪らしかった。

 

「もうギブアップですか?」

「冗談!!もう一回!!」

 

 起き上がった吹雪はまた神通へと挑んでいった。

 

 ***

 

「あんな風に格闘の訓練とかもしてるぞ」

「「…………」」

 

 部屋を覗いていた飛龍と蒼龍はその光景にドン引きしていた。

 

「いやいやいや、なんなのあれ」

「あそこだけ世界観違いますよね?いつからグラップラーブッキーが始まったんですか?」

 

 重労働とゲリラ戦と格闘の訓練で鍛え抜かれた彼女達は、艦娘というより格闘家(グラップラー)やニンジャとして成長しているらしかった。

 

「そんなこと言ったってなあ……俺達の泊地の面々は提督が忙しすぎる関係で殆ど海に出れねえし、陸戦の訓練を積んで死ぬほどキツイ末期戦でも耐えられる体力と根性を鍛えるしかないんだよ」

 

 伊能は訓練教官は出来ても鎮守府の運営では殆ど役に立たないため、この泊地は実質石壁一人で運営されている。本来なら提督が行う仕事を大胆に艦娘に割り振ってなお、その負担はとても大きい。

 

 普通の鎮守府のように艦隊を指揮して練度を上げるなどやる余裕すらないのだ。

 

「思いの外真面目な理由があったのね……」 

「この規模の泊地を実質たった一人で運営しているなんて、改めてきいても無茶苦茶ですね……」

 

 飛龍達の言葉に天龍は苦笑した。

 

「まあ、もうすぐ沿岸部の要塞建造も一段落するから、そうなれば俺達も少しずつ海に出られるようになるんじゃねえかな?なにせ俺達の提督は有能だからな」

 

 天龍達はそんな会話をしながら、食堂へと歩いていく。

 

 余談だが、この後天龍達は死ぬほど忙しい今より更に忙しい現場へと放り込まれる事になるのだが……今はまだ誰もそんなことをしらなかった。

 

 

 

〜おまけ ショートランド泊地の駆逐隊の朝〜

 

 駆逐隊の朝は早い、というか教官が神通なので大体朝というか深夜に叩き起こされる。

 

「走り込みいくよー!今日は新月だけど探照灯は使用禁止ね!艦娘なら余裕余裕!」

 

 ランダムな時間に叩き起こされた駆逐隊はそのまま川内に引率されて耐久マラソンに突入する。 

 

 闇夜の中をショートランド泊地駆逐隊の歌を歌いながら走っていく。

 

「日の入と共に起き出して!」

「「「日の入と共に起き出して!!」」」

 

「走れと言われて一晩走る!

「「「走れと言われて一晩走る!!」」」

「穴掘れいわれりゃ死ぬ気で掘る!」

「「「穴掘れいわれりゃ死ぬ気で掘る!!!」

 

「大本営はろくでなし」

「「「大本営はろくでなし!」」」

 

「癒着に、汚職に、金が好き!」

「「「癒着に、汚職に、金が好き!」」」

 

「毎夜の夜戦が大好きな!」

「「「毎夜の夜戦が大好きな!」」」

 

「私が誰だか教えてよ!」

「「「私が誰だか教えてよ!!」」」

 

「ショートランドの駆逐隊!」

「「「ショートランドの駆逐隊!!」」」

 

「私の愛する駆逐隊!」

「「「私の愛する駆逐隊!!」」」

 

「私の駆逐隊!」

「「「私の駆逐隊!!」」」

 

「貴様の駆逐隊!」

「「「貴様の駆逐隊!!」」」

 

「我らの駆逐隊!!」

「「「我らの駆逐隊!!」」」

 

「よーしのってきたぁ!このままもう一周いくよぉ!」

「「「オーッ!!」」」

 

 毎日毎日夜戦と工事と訓練で鍛えられてこの程度では動じなくなってきた駆逐隊の面々はそのまま夜明けまで走り続けたのであった。

 

 ***

 

「夜明けだよー!皆お疲れ様ー!」

 

 日の出によって一度訓練が終わると暫しの急速の後に朝食が始まる。

 

「残したら訓練のレベルをいつもの3倍にしますので残さずしっかり食べなさい」

 

 一日中重労働と訓練を行う駆逐隊の食事は成人男性よりも多い、白米3合に主菜と副菜をつけてガッツリと食事を取らされる。

 

「ご飯食べたら腹ごなしの訓練開始だよー☆アイドルは白鳥と同じ、辛くても苦しくても最後まで動き続けるんだよー!吐き出したら許さないから☆」

 

 そのままもう一度訓練に突入する。休む間も無いほどの連続戦闘を想定して腹に食事を詰め込んで戦う訓練も兼ねているので吐き気をこらえて動き続ける。

 

「よっしゃみんな生きてるな、じゃあ今日も一日事故無く頑張るぞ!!ツルハシを持て!!」

「「「「おおおおおお!!」」」」

 

 最後はツルハシ片手に土方仕事に突入する。こうして、駆逐隊の一日が始まるのであった。

 

 ***

 

「……って、感じだな、俺達の生活」

「どこから突っ込めばいいのよ!!求める水準が修羅すぎるわよ!!」

「妙に駆逐艦の皆が強そうだなあって思ったけどそんな生活してればそりゃそうなりますよ!!」

 

 今日もショートランドの駆逐隊は頑張っています。

 

 

 

 


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