艦これ戦記 -ソロモンの石壁-   作:鉄血☆宰相
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第十五話 贈り物と約束と

 ここは石壁の私室である。普段あまり物の多くない部屋の中に現在それなりに多くの荷物が妖精さんによって運び込まれている。

 

「この箱はどちらにおきましょうか?」

「ああ、それはこっちへお願い」

 

 これは石壁が注文した嗜好品や娯楽品の類であった。発注ミスで購入されてしまった大量のゲーム機は現在倉庫を一つ埋めてしまっているのだが、それ以外の普通の品はすべてここにもってきてある。

 

「ではここに置いておきますね」

「ああ、ありがとう」

 

 妖精さんは石壁の指示に従って荷物を置くと、敬礼をして部屋を出ていった。

 

「ふう……荷物を整理するか……」

 

 石壁は目録とにらめっこしながら、一点ずつ箱を開け始めた。

 

 ***

 

「えーっと、最後のこの箱はなんだったかな……」

 

 石壁が一通り箱を開けていき、最後に残った箱を開ける。

 

「……これ、は」

 

 石壁は中身を暫し呆然と見つめた後、再び蓋を閉じる。

 

「……」

 

 石壁はその箱をもって立ち上がると、部屋を出ていった。

 

 ***

 

 部屋を出た石壁は、艦娘寮のとある部屋の扉を叩いた。

 

「は~い、ちょっとまってね~」

 

 数秒後に扉が開いて、中から鈴谷が出てくる。

 

「あれ?提督じゃん、どうしたの?」

「いや、ちょっとね……入ってもいいかい?」

「うんいいよー、入って入って」

 

 鈴谷がにこやかに扉を開いて招き入れると、石壁はかるく頭を下げて部屋に入る。

 

「お邪魔しますっと」

「いらっしゃいませー、お一人様ご案内」

 

 鈴谷がちゃぶ台のそばに座布団をおいて席を準備してくれたので、石壁は素直にそこに座る。

 

「で、今日はどうしたの?」

 

 鈴谷が石壁の正面に座って真っすぐに見つめてくる。石壁が鈴谷の顔を見ると、髪色と同じ透き通った青色の瞳と目が合った。

 

「その、さ……」

 

 石壁が机の上に小箱を置いて、鈴谷の方へすっとスライドさせる。

 

「これ、もらってくれないかな」

「なにこれ、プレゼント?」

 

 鈴谷は30センチ四方程の小箱を開けて中身を確認する。

 

「……あ」

 

 そこには、三人分のカップとソーサーが収められていた。

 

「……これ」

 

 鈴谷はそっとカップを取り出して、手の中に収める。

 

「今の鈴谷が覚えているかは知らないけど、あの戦いの前に熊野と約束したんだ」

 

 石壁は、カップをもった鈴谷を見つめる。

 

「『次は、三人でお茶を飲もう』ってさ」

 

 鈴谷の青い瞳の奥に熊野の残滓を感じながら、石壁は曖昧に微笑んだ。

 

「せっかくの美味しいお茶だったから、カップくらい良いもの用意してあげたくてさ……戦いが始まる前に輸送品目に混ぜておいたんだ」

「……」

 

 鈴谷は、じっとカップを見つめ続ける。

 

「……そっか」

 

 ふふっと、鈴谷が笑う。

 

「提督、このままちょっと、まっててね」

「ああ、うん」

 

 鈴谷は箱にカップを収めると、それをもって寮室の小さな調理スペースへと入っていく。

 

「……」

 

 石壁は鈴谷の後姿をみつめていたが、やがてすっと目を閉じた。

 

 提督と艦娘の魂は繋がっている。故に集中すれば目を閉じても艦娘の存在を感じる事が出来る。目を閉じて鈴谷の気配を探れば、石壁はそこに確かに熊野の存在を感じた。

 

 お湯を沸かす音、食器が触れ合う甲高い音。漂ってくるハーブティーの香り。あの時と同じであった。あの時と違うのは鈴谷が居る事。そして、熊野が居ない事。だが、目を閉じている間だけは確かに三人がこの場に居る様に感じられた。

 

 やがて、気配は石壁の前まで戻ってきて、ゆっくりと座った。

 

「おまたせ、提督」

 

 コトリと、目の前にカップが置かれる。

 

「……ああ」

 

 石壁が目を開ける。机の上には3つのカップが置かれており、そこにハーブティーが注がれていく。

 

「ねえ、提督」

 

 ゆっくりと注がれるお手製のハーブティーを見つめながら、鈴谷が穏やかに口を開く。

 

「鈴谷もさ、知ってる。熊野がどんな約束をしたのか、どんな思いでこうしてハーブティーを注いでいたのか……石壁提督との会話も、全部しっかり鈴谷の中に『残ってる』」

 

 近代化改修で鈴谷へ己の魂を託した熊野の思いは、記憶は、鈴谷の中に今も残っている。

 

「熊野はこうやって石壁提督とお茶を飲むのが本当に好きだったんだ。石壁提督が話した事も、どんな顔をしていたのかも……小指を絡ませたときの胸の高鳴りだって覚えてる。どんな些細な記憶も大切な大切な熊野の宝物だったんだね」

 

 注がれたお茶はあの時と同じ素晴らしい香りを漂わせている。ふわりと揺蕩う暖かな湯気がゆっくりと登って消える。

 

「だから石壁提督が約束を守ってくれた事が、本当に『嬉しい』んだ」

 

 鈴谷はにこっと、優しく微笑んだ。その笑みは慈愛に満ちており、昔日の『熊野』の笑みとそっくりであった。鈴谷のこの様な笑みを石壁は初めて見た。

 

「ありがとう、石壁提督」

 

 真っすぐとこちらを見つめてそうお礼を言ったのは、はたして鈴谷であったのか、熊野の心がそう言わせたのか。それは石壁にはわからなかったが、どちらであるのか考える事自体が些細な問題であるように感じた。

 

 石壁はその笑みをみてほほ笑むと、そっとカップを口元へと運んだ。あの時と同じ味の同じハーブティーをゆっくりと味わう。

 

「……うん、美味しい」

 

 石壁がそういうと、鈴谷は微笑みを浮かべて自身もカップへと口をつける。

 

「うん、上出来かな、うまく作れたみたい」

 

 鈴谷がそういうと、石壁は少し驚いた顔をした。

 

「……これ、あの時の残りじゃなかったんだ」

「そうだよ。鈴谷もさ『約束』を果たすためにこっそり作ってたんだ、ハーブティー」

 

 鈴谷は熊野の心残りであった『約束』を果たすために、熊野の記憶を頼りにもう一度ハーブティーを作っていたのだ。

 

「ようやく満足のいく出来になったから、そろそろ一回呼ぼうかなって思ってたんだ」

「そうだったのか」

 

 鈴谷がいつもの明るい笑みを浮かべてそういうと、石壁もいつもの朗らかな笑みを浮かべて呟いた。

 

「約束、守れてよかったよ」

 

 石壁は目を閉じて二人の存在を感じながら、ハーブティーを味わったのであった。

 

 

 

〜おまけ 二人分の感情の行き場〜

 

 

 カップを手にする石壁を見つめながら、鈴谷は己の内に燻ぶる様々な思いが熱を持ち始めているのを感じていた。

 

(安心しきった顔しちゃって……)

 

 鈴谷は目の前の提督の姿が、昔日の熊野が見ていた記憶の姿と重なって感じていた。熊野が提督に感じていた安心感や愛おしさと、自分が提督に感じている感情が積み重なっているのだ。

 

(私は、提督のことどう思っているのかな)

 

 二人分の好意が入り混じっている鈴谷の石壁への感情は複雑に極まる。既に記憶の統合が進んで熊野の記憶や感情も鈴谷のモノへとなっているが、だからといってこの恋慕に近い感情をそのまま全て自分のモノとするのは違う気がしていた。

 

(多分好きなんだと思うけど、でもそれはどんな好きなのかな……友情?親愛?それとも男女の恋?ただでさえ自分の感情なんてわからないのに雑ざりあって余計わからないや)

 

 鈴谷は元々石壁に対して強い好感を抱いていた。このショートランド泊地にやってきてから初めて石壁の仲間となった鈴谷は、石壁の努力をずっと見守ってきたのだから、彼に対する積み上がった感情は相当に大きくなっていたのだ。

 

 そして、それは熊野も同じである。人が人に好意を抱くのに充分なほどの時間と経験を詰んできた二人の気持ちが重なり合って鈴谷の心を形成しているのだ、石壁に対する感情の重さも推して知るべしであろう。

 

(こうやって提督と一緒に居ると、心が温かい気持ちに包まれて幸せになっちゃう位に、私は提督にまいっているんだけど……でも提督には鳳翔さんがいるしなあ……)

 

 誰の目から見ても、石壁と鳳翔は相思相愛のお似合いの関係であった。石壁の隣には常に鳳翔がいる。そこに他人が割り込む余地はないのだ。それは鈴谷にとっても熊野にとっても自明の理であったから、二人共石壁に対しては一歩引くように心がけていたのだ。ギリギリの所で自制が効くように、本気にならないように。

 

(はぁ……熊野もとんでもない置土産をくれたもんだよ……よりにもよってどうして提督なのさ、やっぱり姉妹だと好みもにてくるのかなぁ……)

 

 そのギリギリの所で踏ん張っていた二人分の淡い恋心が積み重なって、鈴谷は完全に石壁に惚れてしまったのだ。目をそらしても聞こえないふりをしても、石壁がいるとつい目線が彼を追い、彼の笑顔を見ると自然と顔がほころんでしまう位に。自分がどうしようもなく石壁に惹かれるのを鈴谷は自覚してしまったのだ。

 

(まあ、例えこの思いが報われる事がないとしても構わない、こうやって、提督の側にいられるなら……それだけで私は幸せかな)

 

 鈴谷は今この瞬間だけは、石壁を姉妹で二人じめしている事に満足感を覚えて微笑む。

 

「鈴谷、どうかしたの?」

「ううん、なんでもないよ、おかわり飲む?」

「いただこうかな」

 

 鈴谷は微笑みながら石壁のカップにお茶を注いでいく。

 

「ねえ提督」

「どうしたの?」

 

 注ぎ終わったティーポットをそっと片隅においてから、そっと切り出す。

 

「約束……」

「約束?」

 

 鈴谷は己の小指を立てて、そっと石壁の前に差し出す。

 

「熊野だけじゃなくて、私とも約束してほしいんだ」

 

 鈴谷は照れた様に笑いながら石壁に告げる。

 

「これからも、時々こうやって一緒にお茶するって、私(熊野)だけじゃなくて私(鈴谷)とも約束してよ」

 

 それは彼女の小さな嫉妬心、鳳翔や熊野ではなく、自分にも何か誓って欲しいという可愛らしい願いであった。

 

「……」

 

 石壁は鈴谷の姿と、記憶の中の熊野の姿がダブって見えた。約束を果たせないという悲しみと絶望に心を焼かれたあの時の感情が石壁を一瞬黙らせる。

 

「提督?駄目かな……」

「……いや」

 

 鈴谷が寂しげに手を引っ込めようとしたのを見て、石壁は咄嗟に鈴谷の小指に己の指を絡めた。

 

「わかった、約束だ」

「……うん、約束」

 

 記憶の中に残る、あの時と同じ約束の呪文を歌う二人。

 

「「指切った」」

 

 あの時と同じ約束を、鈴谷と交わす。

 

「ありがとう提督」

 

 鈴谷が微笑みながらお礼を言うと、石壁はうつむきがちに言葉を紡ぐ。

 

「……鈴谷」

「なに?」

 

 石壁は、何かを言いたげに鈴谷を見つめた後、口をつぐんだ。

 

「いや、なんでもない」

「……そっか」

 

 鈴谷は石壁が言いたかった言葉をなんとなく察した。十中八九、『キミは死なないで欲しい』と、そんな事を言いたかったのであろう。

 

(言えないよね、だって、提督は必要なら死ぬことまで命じなきゃいけないもんね)

 

 石壁の立場からすれば、その願いは都合の良いエゴの塊、わがままに極まる言い草である。言えるわけが、なかった。

 

(でも……私にもわがまま、言って欲しかったな)

 

 鈴谷は、己には石壁が甘えてくれないのだという単純な事実を再認識して寂しげに微笑むしかなかった。

 

「ねえ提督」

 

 だから一言だけ、鈴谷は提督に伝える。

 

「鈴谷は、提督の……ううん、石壁堅持の味方だから。それだけは忘れないでね」

「……ありがとう、鈴谷」

 

 石壁はそういって、お茶に口をつけた。

 

 三人だけのお茶会は、それからしばらく続いたのであった。

 

 

 





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