石壁の思いつきから数日が経過し、演習総数が三桁になってもう数えるのも嫌になった頃。
「いよいよ試作機が完成か……」
「ええ……工廠のメンバー総出で作りましたからね……」
連日連夜の訓練で疲労困憊の石壁と、同じく連日連夜の
「よし……では早速仕上がりを確認するとしようか。飯田提督、早速訓練を……飯田提督?」
石壁が振り返ると、そこには椅子に座り込んで気絶している飯田提督がいた。連日連夜の訓練で疲れ切ってしまったらしかった。
「……」
ふと石壁が周りを見回すと、指揮所の面々も死屍累々の様相を呈していた。
「石壁提督……流石にちょっと休ませてください……ガクッ……」
参謀妖精の一人がなんとかそこまで言ってから机に突っ伏して寝込んでしまった。
「……やり過ぎたかな」
「今更気がついたんですかぁ……」
それからまる一日、ショートランド泊地は殆ど全員死んだように眠っていたという。
この地獄の連続訓練の結果、泊地の対空要員の練度は驚くほどに向上したが、訓練参加者全員が疲労困憊になり、あまりに鬼気迫る訓練ぶりに飛龍が漏らした「二代目人殺し多聞丸」の異名がじわじわと広まっていったのであった。
***
翌日、一日休んだことで回復した泊地の面々は、新兵装の機動実験を行うべく持ち場についていた。
戦闘指揮所には現在、石壁や明石の他に戦艦棲姫もやってきている。
「明石、戦艦棲姫、準備はいい?」
「バッチリですよ提督、工廠技術部の自信作ですから」
「なんだか不安ね……」
戦艦棲姫は現在扶桑に擬態した状態で艤装を展開しており、艤装には布がかぶせてある。そして、布の下の艤装には無数のケーブルが繋がれていた。
石壁はその姿をみて、今更ながらに不安を覚えて明石に声をかけた。
「ねえ明石……今更だけど大丈夫だよね?」
「ご心配無く!構造事態は艤装連結システムのちょっとした応用ですから戦艦棲姫の脳髄が負担に耐えきれずに焼き切れたりすることはないはずです!」
「ねえ単語が物騒なんだけど……安全基準の比較対象が
会話を聞いていた戦艦棲姫が不安げな顔をするが、明石は自信を持って大丈夫だと告げてくるので石壁も信用する事にした。
「大丈夫だよ戦艦棲姫、システムの構造的に死ぬときは僕も一緒だ」
「微塵も安心出来ないわよ!」
閑話休題
「これより機動実験を開始する!総員作戦開始!」
「「「了解!」」」
石壁の号令にしたがって、指揮所の全員が慌ただしく動き出す。
「対空兵器網連動開始」
「電探感度良し」
「統合型防空電磁演算装置起動、『制空圏』を確立します」
その瞬間、石壁の脳髄に情報が雪崩れ込んでくる。艦娘に座乗している時の数倍、否、数十倍の情報の濁流が石壁の意識を揺さぶる。
「ぐあッ!?」
「大丈夫ですか!?提督!?」
思わずふらついた石壁を明石が支える。
「ちょっと明石!提督ふらついているけど、大丈夫なの!?」
戦艦棲姫が不安げにそういうと、石壁は手を軽く振って無事を伝える。
「だ、大丈夫だ……しかし、すごいぞこれは……」
石壁は流れ込む情報により乱回転する思考に戸惑いながらも、立ち直り指揮を始める。
「敵機の動きが手に取るようにわかる。これなら、いける!対空訓練を開始せよ!」
「「「了解しました!!」」」
その瞬間、各砲台一つ一つに、石壁の対空砲撃指示が届き始める。
『右へ5度、上方8度修正!』
「了解!」
「修正完了!」
「発射!」
『左2度、下方5度修正!』
「了解!」
『方位そのまま上方7度修正!』
「了解!」
先日とは修正の精度が違った、迅速かつ正確無比なその指示にしたがって砲撃を開始すると、いままでとは桁違いの命中率の砲弾が打ち出されていく。
『こちら飛龍航空隊!!被害甚大!第二次攻撃の要をみとむ!」
『蒼龍航空隊!壊滅状態!て、撤退します!』
攻撃隊を指揮する飯田提督は、次々に舞い込む信じられない報告の連続に顔色を蒼白にしていく。
「ば、馬鹿な……こんな、こんな事が……」
飯田提督は、己の艦隊の練度を極めて正確に把握していた。過大評価も過小評価もせず、ただ純粋に戦力評価を行っていた。その彼をして、目の前の光景は理解し難いものであった。
「対空砲の命中率が、50%を超えている……」
たった数日の間に、ショートランド泊地の防空能力は文字通り桁が違うモノへと変貌したのである。しかも、これはあくまで対空砲の命中率であり、機銃による防空射撃を組み合わせればその撃墜率は更に増大するだろう。
「あり得ない……なんということだ……」
飯田提督は、己の常識という世界がガラガラと崩壊していく音をきいた。
***
石壁が何を行っているのか、それを知るために数日前に視点を戻そう。
「電探の情報と対空砲撃の演算と提督の思考を繋げる!?」
石壁の提案に明石は驚愕する。
「出来るわけ無いじゃないですか!提督は機械じゃないんですよ!?」
明石の当たり前の反論に、石壁は頷く。
「ああ、出来るわけがない」
「なら……」
「だが、間に艦娘を挟めばどうだ?」
石壁の言葉に明石が停止する。
「……艦娘を?」
「ああ、基地全体の電探から集めた情報を艦娘の艤装に集中してインプットする。こうすれば艦娘の艤装を通して情報を僕に流し込めるんじゃないか?」
「……」
明石はその言葉にしばし考え込む。
「……確かにそれなら情報を提督に流し込むのは可能かもしれません。ですが、戦艦棲姫はというか、大戦中の戦艦の弾道計算や演算はあくまでアナログ計算器です。デジタルな情報を大量に処理するのは難しく、石壁提督には無数の整理されていない情報が雪崩込むでしょう。如何に石壁提督でも負担が大きすぎます」
戦艦の弾道計算に使われる計算機は無数の歯車を組み合わせて作られている。これは語弊を恐れずに説明すると巨大かつ複雑なソロバンの様なもので、データ入力に相当する歯車を物理的に調整することで連動した歯車の動きが計算結果を弾き出すという代物である。石壁の構想をそのまま実現すれば、莫大過ぎる情報量に演算が追いつかなくなることは必然であった。
「なら情報を整理してから流し込めばいい」
「簡単に言いますが、それだけの情報を実用的なレベルまで処理しようと思ったらどれだけ巨大な演算装置がいると思っているんですか?そんな事は不可能です」
それは彼女達の常識、ファンタジーでありながら根っこが
だが、目の前に居るのはそんな常識など知ったことではない
「出来るさ。艦娘が軍艦だった時代からもう70年もたってるんだぞ」
石壁はそういいながら、手元の風呂敷を解いて中身をとりだす。
「あっ……」
「しっているかい?月にいった宇宙船にのっていたコンピューターは、ファミコン以下の処理能力しかなかった」
それは当時のパソコン業界の常識を覆した、伝説の化物ハード。いくぜ100万台の掛け声の元1億台を売り切ったゲーム機の後継者。
「なら、こいつを無数に連結させれば、弾道計算ぐらい簡単じゃないか?」
石壁はそう笑いながらゲーム機を軽く叩く。
「
石壁の大失敗の象徴が、そこにあった。
このゲーム機、今でこそ型落ちだが、発売当初は下手なパソコンより処理能力が高く、多数の機体を並列して繋げることで実際にスーパーコンピューターとして使われた実績が在る。70年前の演算装置と比べれば、それこそ天と地程の差が在るのである。
塵も積もれば山となるというように、石壁は大量に部屋を占拠しているゲーム機を繋げて軍事転用しようというのである。
「そうだ……これだって立派な電子計算機です。これを使えばバラバラの情報を統合して、処理して、整理して、それから……それから……」
70年前の軍事技術、妖精さんの謎技術……そして、現代の技術が明石の中で結びついてゆく。彼女の明晰な頭脳が不可能をブレークスルーしていく。
「……いける」
明石の顔が好奇心で満ちてくる。
「いける、いけますよこれ!」
(あっ、やべ)
「直ちに工廠の全力をもって開発を開始します。数日まってください!!」
「あっ……」
嵐のように部屋を飛び出した明石、後に残されたのは石壁だけであった。
「……早まったかな」
***
そうして生まれたのがこの統合型防空電磁演算装置である。電探やカメラから集めた無数の情報を並列設置したゲーム機の簡易スパコンで処理し、その情報を艤装の装備スロットに連結して戦艦棲姫の艤装へ、そして石壁の頭脳へと流し込む。そこからはじき出された命令がまた戦艦棲姫を通して妖精さんへと直接伝わる様になったのだ。
今までの対空戦闘指揮は、電探(デジタルデータ)→バラバラに人力演算(アナログ出力)→提督へ報告(石壁の頭で再デジタル化)→石壁が最適な命令→要塞各所に管制担当妖精さんが防空命令(アナログ出力)→砲台の妖精さんが修正して砲撃、という流れであった。見ていただいてもわかると思うが時間的なロスが多すぎたのである。デジタルデータとアナログデータの変換処理を何度も人力で行っているのだから当然だ。
だが、この新しい防空システムは、情報の流れを電探→スパコンで統合して演算処理→戦艦棲姫→石壁(≒人型イージスシステム)→戦艦棲姫→管制担当妖精という具合に変えた。
デジタルとアナログの間を行き来していた情報が、最初から最後までデジタルで動くようになったのである。これによって今まで発生していた情報処理や石壁への報告にかかる時間的なロスが消失し、さらに石壁の頭の中で情報を統合する手間をなくすことに成功した。これによって石壁にかかる負担は大幅に軽減した上、要塞全体の防空戦闘が石壁の直接的な指揮下に収まったのである。
(このシステムを再現すれば、ラバウル基地の防空力も……いや、それは難しいか……)
巨大な
このシステムを再現するために必要なモノ……それは莫大な演算力はもちろんだが、それを活かす為のイージスシステム並の防空指揮能力を持つ提督と、その提督の指揮に応えられるだけの練度をもつ妖精さん達である。石壁と、石壁の無茶振りに応え続けた彼の指揮下の砲兵隊だからこそなしえる曲芸であった。
誰でも簡単に、同じように、同じ能力を発揮させられる量産性にすぐれた兵器こそが軍事的にみた最良の兵器であるなら、石壁達が作り出したこの対空システムはその対極だ。
これは石壁というただ一人のオンリーワンがもつ絶対の
(私は貴方が恐ろしいですよ、石壁提督)
飯田は、思わず唾液を飲み込んだ。
(貴方は目的の為なら、人から装置の歯車になることすら厭わないのですから……)
軍人は機械のごとく正確に、軍隊の歯車とならねばならない。だが、建前ではそうだとしても、本当に歯車となるのは容易ではない。彼らにだって、感情はあるのだから。
だが石壁はそれを成した。巨大な防空システムの根幹になる事を許容したのだ。最も酷使される、最も過酷な装置となる役目を自らに課したのである。
それがもっとも効率的で、必要なことだから。石壁はそれだけで常人なら尻込みするであろうその苦行へと己を追い込んだのだ。
(そして最も恐ろしいことが……)
飯田はちらりと離れた場所で指揮をとっている石壁達をみる。その場の全てのモノ達が、石壁の覚悟に応える為に必死に、懸命に、命がけで戦っていた。石壁に引っ張られる様に、自分たちの能力を限界まで引き出している。そんな姿を見ていると、飯田は先程まで感じていた恐怖が薄れ、自分の胸の奥から熱い力が湧き出してくるのを実感する。
(貴方の姿を見ていると、部外者の私でさえ引っ張られてしまう。周囲の人を、命を、感情を自分の熱意で引きずり出すその影響力こそが、貴方の最も恐ろしい力だ)
飯田はこの泊地がこれまで苦境を跳ね返し続けてきた理由を、実感をもって理解した。状況把握にすぐれ己の感情を客観視出来る彼だからこそこの結論に至れたが、普通の人間は石壁の傍にいると石壁の存在感に飲まれてそれがわからなくなるのだ。
石壁は周囲のヒトを引き寄せる。心有るモノを絡め取る。命有るモノに自分から己の命を捨てさせる程の天然のカリスマこそが、石壁の本当の恐ろしさなのである。
「まったく……どうかしている、彼らも、私も」
「提督?」
飯田の呟きに、周囲の部下達がどうしたのかという顔を見せる。
「なんでもありません。さて、どうしましたか皆さん、演習はまだ終わっていませんよ?このまま降参するほどラバウル航空隊は腑抜けではないでしょう!」
「!!」
その言葉に、お通夜の様だった周囲の部下達が力を取り戻す。
「ラバウル航空隊の意地を魅せてください。いきますよ、皆さん!!」
「はい!!」
飯田達は、航空隊の指揮に戻ったのであった。
***
「お世話になりました、飯田提督」
石壁が飯田提督に頭を下げる。防空圏を用いた訓練の翌日、遂に飯田提督の出向期間が終了したのである。
「貴方のお陰で泊地の空の護りが形になりました。本当に、本当にありがとうございました」
基地航空隊の設立から対空砲陣地の整備、そしてその運用ノウハウに至るまでの様々なモノ。それが飯田提督が泊地にもたらしたモノだ。これはこの地獄のような泊地にとって値千金の経験であった。
「いえ、我々にとっても得難い経験となりました。恐らく私の艦隊の皆の練度はラバウル基地でも最高のモノになりましたから」
飯田が若干苦笑する。毎日毎日、日に日に恐ろしくなっていく対空砲の雨をくぐり抜けながら繰り返し続けた急降下爆撃機の経験、それは彼の航空隊を極限まで練磨した。彼の航空隊の練度は出向前とは別次元のモノへ昇華されていったのである。
まあそんな彼らの自信は最終日の地獄弾幕(命名飛龍)で木っ端微塵に砕かれた訳だが。それでも丸一日そんな致死率8割の弾幕に突っ込み続けたおかげで、最後の方はニュータイプもかくやと言わんばかりの回避能力を発現した者すらいたのだから彼らの能力も大概である。
余談だが、帰還後に急成長した彼等に他の妖精さんが理由を聞いたところ、皆一様に『あの弾幕に比べれば深海棲艦の対空砲なんか屁のつっぱりにもならない』と死んだ目をして答えたという。
「あはは……」
訓練の後死んだ目をした飛龍から「二代目人殺し多聞丸」の称号を頂戴した石壁は、飯田の言葉に苦笑するしかなかった。そうやって、二三、言葉を交わした後、飯田は真剣な顔になって言葉を発した。
「……生き残って下さいよ、石壁提督」
そう言いながら、飯田が手を差し出す。
「私は、【戦友】の墓なんか見たくありませんよ」
「……はい!!」
石壁は、飯田の手を固く掴んだ。短い間では合ったが、共に血の滲むような訓練を乗り越えた戦友である。彼らの間には、確かに友情があったのだ。
「それでは、またいつか」
「ええ、またいつか」
飯田が頭を下げて歩き出すと、石壁は敬礼をして彼を見送ったのであった。
***
石壁が飯田提督と別れた丁度そのころ、鉄底海峡では飛行場姫が部下から報告を受けていた。
「飛行場姫様、ショートランド泊地で連日連夜行われていた演習が終わったようです」
「……そう」
飛行場姫は、部下から渡された報告書に目を通す。
「流石に命中率がどうなっているのかまではわかりませんでしたが、遠目から見ても恐ろしく濃密な弾幕でした。あれを突破するのは至難の業でしょう」
「なるほどね」
飯田提督達の尽力によって、遂にショートランド泊地の防空システムは形となった。石壁達は、着実に戦力を増強していた。だが……
「まあ、その程度の戦力増強なんて関係ないわ」
飛行場姫は事も無げに言い切った。彼女は石壁を過小評価している訳でも、己の艦隊を過大評価して油断している訳でもない。
「で、こちらの予定は整ったかしら?」
「ええ、南方海域全域と鉄底海峡から湧き出る戦力を全てかき集めています。じきに予定戦力も整うでしょう」
彼女にとって石壁たちの行動は、厳然たる事実として何の意味事なのである。
「それは重畳」
部下の深海棲艦の言葉に、飛行場姫は頷く。
「でも、油断しちゃ駄目よ。最後の最後まで相手に気取られない様に、慎重に慎重に用意を進めなさい。絶対に勝てる状況になるまで、じっと息を潜めていのよ」
「はっ!」
飛行場姫の命令をきいた深海棲艦は部屋を出ていった。
「……イシカベ、私は貴方を誰よりも評価しているわ。恐ろしい、本当に貴方が恐ろしい」
一人になった飛行場姫は、海図を見つめながら言葉を紡ぐ。
「だから絶対に、貴方を殺す。例えどれだけ多くの戦力を失っても、絶対に貴方を殺すわ。貴方の命にはそれだけの価値があるもの」
この世界で最も石壁の事を高く評価しているのは間違いなく彼女であった。故に一切の油断なく、全身全霊をもって石壁に戦いを挑むのである。
鉄底海峡の女王はじっと来るべきその時を待ち続けていた。
「あと少し、開演まであと少しよ……ああ、楽しみね」
そういって、飛行場姫は笑った。
石壁達の新たな死闘が始まるまで、あと少し。
最初に●S2が出た瞬間から速攻でこの展開が予想されていて正直どうしようかと思いました。皆さん感が良すぎます。(汗)
Qこれ経費で落とせるんじゃ
A(軍事転用されたからと言って経費ではおち)ないです
そら(支給前例がない物品なんて)そう(そうお役所である軍隊では対応しない)よ。
という訳で借金は継続です