これはまだ基地航空隊の訓練が行われている頃、南雲の元に石壁からゲーム機が送り付けられた時の話である。
「とりあえず、談話室にでももっていくか?」
「そうですね」
南雲と加賀がゲーム機を前にそんな判断を下した直後。
『まってまってもっていかないで!』
「「はっ!?」」
ゲーム機の入った箱の中から声が響いて二人が驚愕する。
『この箱二重底になっているんです!お願い出して下さい!』
二人が困惑しながらゲーム機を箱から出すと、確かに不自然に箱の底が高いのがわかった。
「プハァ、ようやく出てこれた」
箱の底を開いてみると、中から妖精さんが出てくる。
「こんな所から失礼」
「なんでそんなところに入っていたんだ」
南雲の至極当然な問いに、妖精さんは懐から手紙を取り出す。
「『石壁提督は間違って購入した大量のゲーム機の処分に困って親交のある提督に手当たり次第に送り付けた』……と、いう事になっています」
手紙を南雲へと渡す。
「どういう事だ?何故彼はそんなに回りくどい真似を?」
南雲が困惑しながら手紙を受け取ると、妖精さんはニッと笑う。
「敵を欺くにはまず味方からっていうでしょう?石壁提督からの密書、確かにお届けいたしましたよ」
南雲はその物騒な単語に目を見張る。
「密書?」
「ええ」
妖精さんは不敵な笑みを浮かべたまま言葉を紡いだ。
「南洋諸島の現状をひっくり返して……大本営に喧嘩をうりませんか?」
最高に素敵なパーティーのお誘いが南雲の元に届いたのだ。
***
ここはパラオ泊地の総司令官の執務室。泊地の総司令長官である中州(なかす)少将が難しい顔をして報告書を睨んでいると、扉がノックされた。
「どうぞ」
「失礼するわ」
中州の言葉に応じて、部屋の中にとある艦娘が入ってくる。彼女は栗色の髪をしたショートヘアの美女で、抜群のプロポーションを惜しげもなく見せつける(エロい)大人の女性といった風情を醸し出している。
彼女の名は陸奥、長門型戦艦の二番艦である戦艦陸奥の艦娘である。
「中州提督、コーヒーをいれてきたから休憩にしない?」
そういいながらウインクをして手元のマグカップを持ち上げる陸奥に、難しい顔をしていた中州の顔がふっと緩む。
「ああ、ありがとう陸奥。いただくよ」
「どうぞ、提督」
陸奥からコーヒーを受け取った中州は、笑みを浮かべて礼を言った。
しばし、歓談をしながらコーヒーをすすっていると、陸奥は中州の卓上の報告書を見やる。
「……輸送力、やっぱり足りないのよね」
「……ああ、この状況ではな」
中州はそういいながら、眉を顰めて報告書に手をやる。
「南方棲戦鬼の討伐後、目に見えて南洋諸島の深海棲艦の圧力が低減している。この隙を逃さずに南洋諸島の泊地の軸帯を強化、泊地同士の物資のやり取りを円滑化して各泊地の戦力回復を行う……筈だったんだがな……」
中州は深くため息を吐く。
「圧力が下がった瞬間に本土への物資輸送回数の増大命令が飛んできた。お陰様で余裕が出来た筈の戦力が抽出されてまた人員はカツカツだ。大本営の毒素め、そこまでして南洋諸島を締め上げたいか」
中州が忌々しげに言い捨てる。ちなみに、毒素とは徳素の蔑称である。
陸奥はそんな提督を見ると立ち上がって彼の背後に立った。
「ほら提督、ダメよそんなに怒っちゃ」
陸奥はそう言いながら、中州の背後から彼に抱きついて顔を耳元によせる。
「貴方がそんなに苛ついてたら、他の皆も疲れてしまうもの。だから落ち着いて、ね?」
「……すまん」
陸奥にそう言われて、中州は苦笑しながら詫びた。
「もしどうしても疲れちゃったなら……いっそお姉さんと火遊びでもしない?」
「からかわんでくれ、陸奥」
クスクスと悪戯っぽく笑う陸奥に、中州は降参だと言って笑った。
「あら?私は冗談なんてーー「中州少将、ラバウル基地の南雲提督から伝令です!」ーーあらあら?」
扉がノックされると、陸奥はいいところで邪魔されてしまったわね、なんて笑いながら彼の背中から離れた。
「入れ」
「はい!」
***
「……ふむ」
「なんだったの?」
中州は伝令から渡された手紙を読むと、どうしたものかという顔をしてしまった。
「読んでみろ、陸奥」
「……あらあら」
陸奥は手紙に目をやると、興味深そうに笑う。
「『資源輸送、手伝います』ね、渡りに船じゃない。提督」
「そうだな、確かに助かる。だが、誰が手伝ってくれるのか、それが問題なんだがな」
中州はそういうと、天井を見つめるように考える。
「石壁中将……あの南方棲戦鬼を討伐した英雄様が、一体どういう風の吹き回しだ」
石壁は突如として現れた新しい英雄だ。南洋諸島の人間にとっては不倶戴天の怨敵である南方棲戦鬼を討伐した提督である。
彼らにとってすれば南方棲戦鬼を討伐してくれた事や、それに付随する敵圧力の低減に関しては感謝をしてもよい事では有るし、実際に石壁に感謝をしている人間は多い。
だがそれはそれとして、本土からの資源収奪と戦力の過剰供出によって苦しむ中州達南洋諸島の人間にとってみれば、憎い本土から派遣された人間である石壁には複雑な感情を持たざるを得ない。理性の面では石壁の功績を理解し、感謝すれども。感情面で見ればどうしても納得しきれない部分が出てきてしまうのは仕方のないことであった。
「何が目的なんだ……石壁提督は……」
そんな感謝と反感が複雑に絡み合う相手から急に資源輸送を手伝うなどと言われても、困惑と警戒がまず湧いてきてしまうのは避けられない事である。
「……別に、何でも良いんじゃないかしら?」
「……む?」
中州が真意を図らんと考え込んでいるのを見て、陸奥がそう口を開く。
「どうせどれだけ悩んでも、私達には余剰戦力なんて欠片もないじゃない。疲労と負傷で療養している艦娘達を回復させるには、各泊地の余剰備蓄を的確に循環させる必要があるわ」
各泊地では余剰資源の問題から治療を後回しにされている艦娘が大勢居た。油、弾薬、鉄、ボーキサイト、高速修復剤……各泊地で余ったり足りなくなったりする物資は様々である。空母主体のラバウルではボーキサイトがいつも不足しているが、水雷戦隊主体の泊地では逆に余っている。高速修復剤が足りない地域では長時間の治療を必要とする艦が治療できずに放置される事もある。
泊地同士の横の輸送網が完成すれば、資源の不均衡を是正して適切に再分配を行い、戦力の回復を図ることが可能になるのである。
「今の小康状態だっていつまで続くかわからないわよ?なら、悩む必要は無いじゃない。手伝ってくれるっていうなら、手伝ってもらえば良いのよ」
「だが、本土出身の提督に借りを作ると後が怖いぞ?」
中州が本土からの無茶振りの数々を思い出してそういうと、陸奥は苦笑しながら続ける。
「それこそどうでもいいと思うわよ?だって、仮に石壁提督になにか下心や要求があって、これがその為の前フリだったとしても。こうやって事前に見返りを準備してくれるだけ大本営よりは良心的じゃない?」
「……たしかに」
大本営は基本的に飴と鞭の鞭しかくれない連中である。そう考えると石壁の先にこちらに利益を提供しようとする行動は、大本営とは違って誠実すぎる位に誠実であった。
「そう考えると、石壁提督が大本営と敵対しているというのはあながち間違いでは無いのかもしれんな」
中州は先日の新聞に出ていた石壁提督の戦いについての内容を思い出す。
「もしかしたら、本当に善意からの申し出かもしれないわよ?人の善意を信じてみない?」
「……」
中州は陸奥の言葉に応えずに、しばし考える。
「……南雲経由でこの手紙が回ってきたということは南雲も彼の事を信用に足ると考えているのだろう。ここは南雲の顔を立てて支援を受け入れよう。石壁提督が何を狙っているのかは知らんが、付き合う内に追々わかるだろう」
「素直じゃないんだから……わかったわ提督。じゃあラバウル基地に返信しておくわ」
「頼む」
中州の命令を伝えるために陸奥が部屋を出ていくと、中州は椅子に腰掛けて手紙にもう一度目をやる。
「……人の善意を信じてみる、か」
中州は先程の陸奥の言葉を反芻する。
「久しぶりに、そんな人間らしい言葉を聞いたな」
中州は苦笑しながら、執務に戻った。
***
「皆に話が有る」
泊地の演習場、そこに泊地全体のまるゆたちが集まっていた。彼女達の前で、石壁が口を開いた。
「新しい泊地の完成が近づいてきた今、僕達は前だけではなく、後ろにも気を使わなきゃならない。大本営は今は静かだけど、やがて僕達を殺すべく新たな手をうってくる事は間違いない」
石壁の言葉に、まるゆたちが暗い顔をする。前だけではなく後ろにも敵がいるという事実を、ここにいる皆痛いほど知っているからだ。
「だけど、後ろの全てが敵だというわけじゃない。少なくともラバウル基地の人達は僕らの味方だ。今僕たちに必要なことは、ラバウル基地の人達みたいな僕らの後ろの味方を増やすことだ」
石壁はまるゆ達の不安げな顔をみながら、言葉を続ける。
「……だから、まるゆ達に本当に大切な任務を任せたい」
石壁の言葉に、まるゆ達が顔を引き締める。
「南雲提督が言うには、南方諸島の泊地にはまず何よりも輸送力が足りないらしい。泊地と泊地を繋ぐ輸送網に戦力を回せない為に物資の偏りが深刻化しているそうだ。まるゆ達は輸送隊として、この物資の再分配を行って欲しい」
「「「「!!」」」」
石壁の言葉に、まるゆ達は驚愕する。石壁はこの場にいるまるゆ達に、輸送隊として泊地を離れろと言っているのだ。
「この任務は最前線で孤立しているこの泊地を他の泊地と結びつける事を目的としている。僕らの泊地への風当たりは未だに強く厳しい。君達は行く先々で歓迎もされず、反感と猜疑心の視線に晒されて、時に罵倒すら受けるかもしれない」
件の報道によって確かに風当たりこそ大幅に改善したものの、未だに不信感は根強い。本来ならばこのような行動は時期尚早だというのは、石壁にも痛いほどわかっていた。
「本来ならそうならないように調整をするのが僕の仕事だ。でも、僕は今この泊地を離れられないんだ……君達に僕の無能の尻拭いをさせて本当にごめん。罵りたいなら好きなだけ罵ってくれて構わない。だけど、生きるために、この後に来るであろう苦難を乗り越える為に、この任務に従事してほしい……!」
石壁はそういうと、まるゆ達に深く頭を下げた。
「……」
場を沈黙が支配する。
「石壁提督、頭をあげてください」
まるゆ隊の隊長がそういうと、石壁は頭を上げる。そこには大勢のまるゆが笑顔で待っていた。
「石壁提督に敬礼!」
「「「「はい!」」」」
その瞬間、全てのまるゆ達が石壁に敬礼をした。
「石壁提督、提督のお気持ちは、まるゆ達皆の心に収めました」
まるゆ隊長が、敬礼をしたまま続ける。
「提督の温かい思いがあれば、たとえどれだけ冷たく深い海でもまるゆ達の心が凍て付くことはありません。どれだけ辛い戦いの中でも、諦める事はありません」
艦娘の力の源は心の力、心を奮い立たせる熱い思いこそが、彼女達の力。なればこそ、いま彼女達の熱く燃える心は誰にも負けない力を持っていた。
「石壁提督、輸送ならまるゆ達にまかせてください」
まるゆ隊長はそういって微笑む。
「輸送命令、謹んで拝命します」
「……ありがとう」
***
それから数日後、多くの泊地がこの石壁主導の輸送作戦に参加することが決定、ショートランド泊地の大勢のまるゆ達が各地に赴任し、物資輸送に携わる様になっていく。
南洋諸島の至る所に物資を運ぶ彼女達を見る視線は、反感と猜疑心と興味と期待が入り交じった複雑なものであった。
だが、どれだけ冷たい視線をうけようと、心ない誹謗中傷を受けようと、まるゆ達は誰一人として負ける事はなかった。
誠実に、一生懸命に、ただひたすらに己の使命を完遂せんと必死に働き続ける彼女達の姿をみて、彼女達を見る目は少しづつ変わっていく事となる。
それがどの様な結果を齎すのかは、まだ誰にもわからない。
~おまけ~
「所でこのゲーム機はどうすればいいのだ?」
「ああ、それに関しては本当に処分に困っている側面があるので遠慮なく貰ってください」
「じゃあなんでそんなもん買ったんだ……ゲーム機以外でもよかっただろうに」
南雲の至極当然な質問に妖精さんは曖昧に笑ってごまかす。
(発注ミスでまるゆ一隻分買っちゃいましたなんて言えませんよねえ……輸送力足りないって問題になっているのに)
妖精さんは冷や汗を背中に流す。
「石壁提督にはきっとなにか深い考えがあるのでしょう。それに重要な事は毒にも薬にもならぬと大本営に思ってもらう事ですから、石壁提督の真意に関しては重要な事じゃありません」
余談だが、こうやって色んな提督に交流の隠れ蓑として配ってしまったせいで石壁は表向きこのゲーム機を『私的に消費』してしまった事になった。その結果、スパコン用の軍需物資として残りのゲーム機を転用した際に色んな法律の関係で再度経費申請出来なくなってしまうのだが、そんなことは今は誰も知らなかった。
「ふむ……まあいいか。では遠慮なく貰うとしようか、泊地の駆逐艦達にはいい娯楽になるだろう」
「……ええ(普通に遊べるゲームもあるんで一応大丈夫)そうですね」
南雲はなにか嫌な予感はしていたが、結局石壁から送られたゲーム機を談話室に設置してしまったのであった。
そしてその後無茶苦茶後悔した。