艦これ戦記 -ソロモンの石壁-   作:鉄血☆宰相

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第十九話 震える海

 飯田提督達がラバウルへと帰還してから数日が経過した頃、いつもの会議室にて石壁達が輸送作戦の進捗について話し合っていた。

 

「まるゆ達が従事している輸送作戦についてですが、当初の予定通り輸送物資を断られない程度に徐々に割り増しながら各地へと運び込んでいるであります」

 

 あきつ丸はそういいながら、物資輸送量の推移をホワイトボードに張り出す。徐々にではあるがその量は増大傾向にあった。

 

「まるゆ達の秘密輸送作戦は大本営には把握されていません。これによって生まれた物資は各地の艦娘達の秘密裏の治療に使われ、治療済みの艦娘が作戦に参加するのに比例して増大傾向を維持しています」

 

 一本目のグラフの上に積み上げるようにして他泊地の艦娘達の秘密輸送作戦参加による物資の増大が記入されると、その増加量は時間に比例してどんどんと積み上がっているのが見て取れた。

 

「このペースでいけば、石壁提督の狙い通り南洋諸島全域に資源が備蓄されるようになるのも遠くはないでありましょうな。ショートランド泊地から持ち出された密輸物資が」

 

 あきつ丸はそういいながらニヤリとした笑みを浮かべ、石壁に目をやった。

 

「潜水艦を用いた秘密物資輸送作戦、『オリョールクルージング』は大成功といっても過言ではないであります」

 

 オリョール、それはこの世界におけるフィリピンやルソン島近海の一帯を差す秘匿名称である。石壁はこの制海権が曲がりなりにも確保された一帯を潜水艦によって秘密裏に繋いでしまったのだ。後はグルグルと泊地同士を回り続ければ時間経過で増えた戦力によって勝手にクルージングが続いていくであろう。

 

「そうか……作戦の第一段階は成功か、後はじわじわと効果が出てくるのを待つしかないな」

 

 石壁がほっとしたように息を吐く。

 

 秘密潜水艦物資輸送作戦『オリョールクルージング』、それは石壁が南洋諸島の現状を打開しつつ、大本営へ対抗するために打ち出した作戦であった。

 

「この作戦はショートランド泊地を南洋諸島と深く結びつけるための布石だ。時期尚早であることを承知でまるゆ達を作戦に従事させているのだからなんとしても結果を出さないとね」

 

 石壁はこの作戦で南洋諸島全体の物資輸送量を増大させる事で、各地の戦力を回復させつつ、ショートランド泊地と他の南洋諸島の泊地を繋ぎ、後に自分たちを潰しにかかってくるであろう大本営へと対抗する事を目的としていた。

 

「慢性的に足りない物資輸送を担いつつ、南洋諸島を回り続ける物資にショートランド泊地の物資を少しずつ混ぜ込んでいけば、多少は恩に感じてくれるかもしれない。本当は少しずつ信用を稼いでいくのが良いんだけど……残念ながら僕たちにはそんな時間はないからね」

 

 石壁は明日にでも急に自分たちへの心象が回復すると思うほど楽観主義者ではない。むしろ、状況は悪化するだろうと考えているのだ。なにせ自分たちのトップが自分を殺そうとしているのだから当然である。それぐらい大本営への負の信頼は厚い。

 

 故にこそ石壁は性急であると承知の上でまるゆ達を派遣し、即物的な賄賂染みた物資を輸送に混ぜ込んでいるのだ。理と情で繋がるだけでは間に合わないから、そこに利を足して不足する時間を補おうとしているのである。

 

「僕たちはこっそり資源を横領しているのではなく割り増しているんだから、それに文句を言う人は少ないだろう。人間損をするときは眉をしかめるけど、得をした時にはこっそりそれを受け入れてしまうからね」

 

 石壁は別に資源に対して対価を要求しているわけではない、断りたいなら断ることも出来るのだ。だが、本当に微量ずつしか増えていかないために大抵の人間は気がついてもつい受け入れてしまうのである。その結果が、気が付かない内に累積する石壁への心情的な借りである。別に踏み倒しても問題はないが、艦娘の提督は基本的にどいつもこいつも善人であり、笑って借りを踏み潰せる人間は少ない。貴重な資源をわざわざ回してくれた人間に対して悪感情を抱くのは難しいだろう。

 

 正しくタダより高いものは無いというヤツである。石壁は損して徳を取れの格言の如くショートランド泊地への好感度を物資で稼ごうとしているのである。

 

「まあ、流石に何もかもうまくはいかないだろうから、実質的にはスーパーで試食したらつい買っちゃう位の心理的な効果を狙っているわけだね。これをきっかけにして南洋諸島全体と友好的な関係を築いていくのが目的だ。送り込む資源だってブイン基地の跡地で増設したプラントから掘り出したものだから実質タダだし」

 

 ショートランド泊地は戦力が慢性的に不足している為、基本的に資源がダダ余りしている。その上ショートランド泊地のすぐ西側の遺棄された鎮守府であるブイン基地から産出される資源もあるのだ。これを腐らせるくらいなら他の泊地へ回して有効活用してもらった方がいくらかマシである。

 

 そういった諸々の事情から、石壁はまるゆ達にラバウル基地へと物資を移転させ、その物資を輸送に混ぜ込んで物資量を増大させているのである。一石何鳥にもなるように作られた無駄のない作戦であった。

 

 そこまで石壁が言うと、あきつ丸はうんうんと頷きながら石壁へと語りかける。

 

 

「しかし石壁提督も人が悪いでありますなあ、あんな遅効性の猛毒をこっそり仕込むなんて悪魔かと思ったであります」

「は?毒?」

 

 あきつ丸がニヒルな笑みを浮かべて石壁にそういうと、石壁は目を点にする。

 

「ねえ、あきつ丸さん。遅効性の猛毒ってどういうことですか?送り出した物資は普通の物資のはずですが……」

 

 物資を管理している間宮が物騒な単語に眉をひそめながら訊ねると、あきつ丸はオリョールクルージングのルート図を張り出す。

 

「いいでありますか?まるゆ達は各泊地を基本的にグルグルと回遊しながら物資をあちこちへと運んでいるであります」

 

 あきつ丸の指が、東の果てのラバウルから西の果てのリンガ泊地までをグルグルと回っていく。

 

「彼等は自分達の物資をまるゆ達が適切に再分配していると思っているであります。時間経過で少しずつ増えていく物資を見た彼等はこの回遊に相乗りして物資の輸送に頼り出すでありましょう」

 

 少しずつ指の回転が早くなっていく。

 

「最初は少しだけであります。ですが次第に物資の量が増えていけば、誰だって無意識の内にこの輸送をあてにするでありましょう。人間というのはそういうものであります……ですが、そのうち誰かが気がつくでありましょうなあ」

 

 あきつ丸の指の動きがピタリと止まる。その位置はラバウル基地、石壁の泊地の西方に位置する盟友南雲の泊地である。

 

「運ばれている物資の大半が実は部外者からの貰い物だったということに」

 

 あきつ丸の指がそのまま東へとズレ、ショートランド泊地へとたどり着く。

 

「自分たちの生命線を握るのが、最前線のいつ死んでも可笑しくない提督だと知ったら、彼等は一体どう思うのでありましょうな?」

「……ッ!?」

 

 間宮は心臓を鷲掴みにされたような感覚がした。

 

「オリョールクルージングとはよく言ったモノであります。彼等はそのうちオリョール一帯を中心にグルグルと遊覧するだけになるでありましょう。なにせ、まるゆ達は少しずつ移動領域をずらしてそのうちショートランド泊地とラバウル間をグルグルと回るだけになり、それと入れ替わるようにして輸送作戦に前かがみになった他の艦隊がまるゆの運んだ物資をお土産に泊地へと帰っていくようになるのでありますよ?」

 

 あきつ丸の指がラバウルとショートランドの間をグルグルと回転する。割り増す物資量が増えていけば、当然ながらまるゆ達の運搬はブイン基地とラバウル基地の間がメインになっていくのは当然の帰結であろう。そうなると最初にふざけた名前に見えた作戦名が、別の意味をもってくるのだ。

 

「かくして、彼等は気が付いた時にはショートランド泊地無しでは生きていけない体となる訳でありますな。まるで麻薬の密売人とその中毒者の関係であります。彼等はまるで中毒者のようにクルージングを繰り返すでありましょうなあ」

 

 あきつ丸がケラケラと笑いながらそういうと、全員の視線が石壁へと集中した。

 

「……さ、流石にそこまで悪どい考えはなかったぞ」

 

 石壁は心底バツが悪そうに顔を引きつらせている。ちなみにオリョールクルージングは石壁の命名であるが、命名理由はいつも通りのフィーリングでありそこまで悪辣な意図で付けられた名前ではない。

 

「でもこの泊地と南洋諸島を一蓮托生の関係に引きずり込むのが狙いでありましょう?」

「……まあうまくいったら良いかな位の考えがあったのは否定しないよ。彼等が欲しいのは物資、僕らが欲しいのは戦力だ。彼等に物資が沢山回れば結果的に僕達のところも楽になるだろうからね……持ちつ持たれつの関係になればそれが一番だし。でもいくら何でもその言い方は悪意ありありじゃない?」

 

 石壁は己の作戦が穿った見方をするとそれぐらい悪辣であると指摘されて顔を顰めている。

 

「……」

 

 間宮はあきつ丸の説と石壁の説、どっちの側面が現れるのか判断がつかず、黙ったまま海図を見つめた。

 

「まあ、いずれにせよ後はまるゆ達の頑張り次第だ。経過報告を待とう。これにて本日の会議は終了、総員通常業務に戻ること」

「「「了解」」」

 

 石壁の号令で全員が会議室を後にした。

 

 

 

 

 ***

 

 

 結論から言うと、石壁とあきつ丸の二人の言葉はどちらも外れることになる。

 

 なぜなら、石壁達はこの後輸送作戦にテコ入れをする余裕などなくなるからだ。

 

(……なんだろう、青葉、胸騒ぎがします)

 

 会議が終わったあと青葉は情報統括部の執務室で情報の整理をしていた。

 

(何か、致命的な勘違いをしているような、そんな予感が……)

 

 そんな時、青葉の近くで手伝いをしていた妖精さんが言葉を発した。

 

「しかし、最近平和ですね」

「平和なのはいいことですよ」

 

 青葉は会話に応じながらも、その手を休める事はない。

 

「その通りですが……ここはあの鉄底海峡を目と鼻の先に抑えた最前線なのに出現する敵戦力も常識的な範囲で収まっています。大規模動員の兆しも見つけられないというのがなんとも拍子抜けというか……」

「南方棲戦鬼の存在が、それだけ大きかったという事ではないか?」

 

 最初に話した妖精さんに、別の妖精さんが乗っかる。

 

「奴が南方海域における敵方面軍の元締めだったのは間違いないだろう?そいつが討ち取られたんだ、混乱しててもおかしくはないだろう」

「それはそうですが……」

「それにほら、みてみろよこの資料、敵の通信量はあの戦いの前後で殆ど変化がない。平時のままと変わらんという事だろう」

「へえ、見やすいグラフですね……確かに情報通信量はあの開戦前と同じですね。鉄床海峡の情報通信に変化はなし、ですか」

 

「……」

 

 妖精さん達のその会話にそれまで動いていた青葉の手がぴたりと泊まる。

 

「ああ、今日も今日とて平穏ぶ「ちょっと失礼しますね」……え?」

 

 会話中の妖精の手元から資料を引っこ抜いた青葉が、資料を捲って詳細を読み込んでいく。

 

「……」

「あの?青葉統括艦?」

 

 青葉は立ったまま無表情で資料を見つめている。だが、ピリピリと肌で感じられる程に、殺気が漏れ始めていた。

 

「……れた」

「え?」

 

 その瞬間、青葉は叫んだ。

 

「やられた!畜生!やばい、やばいですよこれ!!」

 

 青葉は苦悶の表情で、唇を噛む。

 

「どうしたんですか統括艦!?いったい何があったんですか!?何も変わってないじゃないですか!?」

「何も変わっていないのが可笑しいんです!南方棲戦鬼が討伐されて!つぶした筈のショートランド泊地が健在どころか戦略的な価値すら持ち始めたというのに、何もかもが『平穏』にすぎるんですよ!これは情報通信量の調整による欺瞞工作です!十中八九、あの闇の結界の向こう側で反攻作戦の用意をしているとみて間違いありません!」

 

 青葉は今までの敵の行動データの資料を棚から引っ張りだし、机の上に広げる。

 

「そのうえ、ここ一か月、以前と比べれば信じられないほど敵による攻勢がありませんでした。それも南方海域全体でです……つまり奴ら、南方海域全体に散らすはずの一か月分の戦力を……『複数の方面軍』をまとめてここに叩きつけるつもりかもしれません!!」

「「!?」」

 

 深海棲艦のもっとも厄介なところは、その無尽蔵の戦力である。南方海域全体にバラバラに割り振って戦わせ続けても尽きることのないその圧倒的な戦力は、まさしくもって常識外と言わざるを得ない。

 

 南方棲戦鬼の戦略はわかりやすかった。深海棲艦が生まれたそばからすぐに前線に投入し、戦い続けるというものだったのだ。それ故基本的に『前線にいる深海棲艦=その時々の投入可能な全戦力』という方程式が成り立っていた。そんな単純な方法でさえ南方海域全体で人類を圧倒するほど戦力過多であったのだ。

 

 では、その南方海域全域への戦力供給を絞って手元に戦力として囲い込めばどうなるであろうか?

 

「やっぱり……!本当に少しずつだけど、南方海域全域への戦力の移動が停滞している……本当に少しずつ……誤差にしか見えないように戦力を絞りつつ、同時に巡回に見せかけて前線から戦力を呼び戻している……!」

 

 単純な話であった。本来前線に10送るはずだった戦力のうち2~3を手元に置いて部隊を派遣し。同時に前線から輸送隊の体で呼び戻した部隊から10のうち2~3を手元に残す。そうやって少しずつ少しずつ、前線や他の戦線をロンダリングさせながら戦力を手元へと結集させていたのだ。

 

「馬鹿な!深海棲艦が……こんなに回りくどい方法を取ってくるなど……!」

 

 妖精さんが青葉が取り出した資料へ目を向け、青葉に言われた目線でもって確認すると。確かに戦力が少しずつ少しずつ結集しているのが見て取れた。

 

「なんという……なんということだ……!」

 

 そのことにようやく気が付いた妖精さんは、顔面を蒼白にする。彼の明晰な頭脳が、青葉の指摘が事実であるということを否応なしに理解させたのだ。

 

「至急この内容を石壁提督に!対策本部を立ち上げないと……」

 

 青葉の危惧は正しかった。彼女の対応は全て迅速かつ正しいものであったといえるだろう。

 

「青葉統括艦!大変です!鉄底海峡における電波通信量が大幅に増大!大規模作戦の兆候あり!」

 

 惜しむらくは、既に手遅れであったことを除けばだが。

 

 その瞬間、部屋の扉をあけて別の妖精さんがやってきてそう報告をすると、部屋全体がうすら寒い戦慄で包まれた。

 

「直ちに警報を!青葉は石壁提督の元に向かいます!先ほどの情報に関連するモノを作戦本部へもってきてください!」

「りょ、了解しました!」

 

 

 ***

 

「戦いは始まった段階で既に勝敗が決しているものよ」

 

 飛行場姫は戦力配置の駒が配置された海図を見つめながら続ける。

 

「定まった盤面をひっくり返す事は不可能。どれだけ硬い石であったとしても、小石が大津波を止められない様に、精強な寡兵で動き出した大軍は止めきれない」

 

 それが彼女のあり方、彼女の強さ。

 

「さあイシカベ、時代外れの英雄さん。私が準備したゲームを始めましょう?」

 

 飛行場姫は手元の駒を一つ手に取ると、ショートランド泊地の正面海域へと配置した。

 

「とっておきの、悪夢(クソゲー)を楽しんでね」

 

 飛行場姫は、そういって静かに笑った。

 

 ***

 

「総員第一次戦闘配備!」

「物資備蓄を確認せよ!」

「これは訓練でない!繰り返す、これは訓練ではない!」

 

 青葉達によって辛うじて予兆を捉えた石壁は、即座に戦いの準備を整えた。

 

 事前の準備通りに、迅速に、緻密に組まれたその防衛陣の堅牢さを疑うモノは誰も居なかった。

 

 彼等は自分たちにできる全ての対抗策を打ち出し、それを遂行してきたのだ。そういう意味では彼等は微塵も油断していなかったといえるだろう。だがーーーー

 

「……なんだあれ」

 

 ーーーー敵はそれ以上に有能であったのだ。

 

「海も空も……まっくろじゃねえか……」

 

 鉄底海峡の闇のヴェールから霧が吹き出す。半球状の闇の結界の根本から、タールが溢れるように海を黒く染めていく。世界を侵食する様に広がる黒い霧と波はやがてショートランド泊地へと近づいてくる。

 

「……あ」

 

 見張り台にいた一人の妖精が、やがてその正体に思い至って言葉を漏らす。

 

「……ああ、ああ」

「お、おい、どうした。あの霧の正体がわかったのか」

 

 肩が震えだしたその妖精の姿をみて、となりの妖精が尋ねる。

 

「ーーーーだ」

「え?」

 

 体を震わせた妖精が、恐怖に耐えかねて叫んだ。

 

「あの霧は全て敵の艦載機だ!!深海棲艦だ、あれは全て深海棲艦なんだ!!」

「なっ!?」

 

 空と海を真っ黒に染め上げながら、絶望の津波が動き出した。

 

 

 ショートランド泊地に訪れた二度目の大敵は、不気味なほど静かに、そして恐ろしく巧妙に、石壁達を詰み(チェックメイト)へと追い込んだのだ。

 

 

 

 

 

 


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