艦これ戦記 -ソロモンの石壁-   作:鉄血☆宰相

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第二十二話 どん底で光る灯火

 深海棲艦の撤退後、破損した設備の補修や物資の補充が急ピッチで行われる中、指揮所にジャンゴ達がやって来る。石壁はふらつく体を支えながら彼等を出迎えたのであった。

 

「ようブラザー、また会えて嬉しいぜ!」

「久しぶりだな石壁!お前が生きていて、本当によかった!」

「ジャンゴ!新城!」

 

 硬い握手を交わす一同。

 

「ふふふ、最初からブラザーが死んだなんてオイラは信じちゃいなかったゼ!必ず生きているって確信していたからなぁ」

 

 がっはっはと気持ちよく笑うジャンゴの後ろから金剛がやってくる。

 

「まーた提督が調子の良い事言ってやがらぁ。手前石壁が死んだって聞いてあんだけ号泣していやがった癖になぁに言ってやがんでい」

「おいこらファッキン金剛!オメーこそ何言ってやがる!自分だって石壁が生きてるって話聞いた時小躍りしてたじゃねぇか!オイラ知ってんだぞ!」

「ああん!?冗談は格好だけにしやがれってんだバーローが!鎮守府の正面海域に叩き込まれてぇか!」

「上等だぜこのファッキン【自主規制】が!てめぇの【ピー】に【バキューン】して【らめぇ!】してやろうかぁ!?」

「てやんでいべらぼうめい!この金剛、【ズキューン】が怖くて戦艦やれるかってんでい!真っ黒いダボハゼみてぇな面しやがってこん畜生が!!」

 

 至近距離でガンと禁止ワードを飛ばし合うジャンゴと金剛、この二人は相変わらずであった。

 

「はは……二人共相変わらずだなあ……」

 

 そんな会話をしていると、近海の警戒をしていた新城の扶桑と山城が指揮所に駆け込んでくる。

 

「あ、新城、扶桑、やましr「石壁ーーーーー!!無事でよかったわーーーーー!!」あぶっし!?」

 

 全力で駆け込んできた山城が石壁を抱きしめると、当然ながら呼吸ができなくなって彼はもがき苦しんだ。

 

「むー!?むー!?」

「山城、義弟が無事で嬉しいのはわかるけど……石壁提督が死にそうよ」

「はっ!?ごめんなさい石壁、大丈夫だった!?生きてる!?生きてるわよね!?」

 

 石壁のことを扶桑型『3姉弟』の末弟であると公言して憚らない新城の山城は、相も変わらず石壁への家族的な親愛の情を真っ直ぐにぶつけてくる。

 

「だ、大丈夫だよ」

「よ、よかった……本当に、本当に無事でよかった……」

 

 山城は石壁を離すと、本当に安心したように息を吐いた。

 

「はは……皆、ありがとう」

「……ん?」

 

 改め石壁の様子をみた新城がその様子に違和感を感じる。

 

 石壁の目の焦点があっていない。しかも、段々顔色が蒼白になっていく。

 

 極度の疲労からくる目の下の濃すぎるクマや、げっそりとした顔つき、足元のふらつきなど、傍目からみても石壁はボロボロであった。再会の衝撃が抜けてくると、その異様さが嫌でも目に付いた。

 

「おい、石壁ーー」

「ああ……安心したらなんだか……」

 

 新城が石壁に声をかけた瞬間。石壁の足から力がぬけて崩れ落ちる。

 

「「「「!?」」」」

 

 全く受け身を取らずに体を強かに地面に打ち付ける石壁。それを見たその場の全員の血の気が引く。

 

「い、石壁!?」

「救護班!!救護班をよべ!!」

「大丈夫!?石壁!!石壁!!」

 

(あ、あれ、……体が……)

 

 石壁は周囲の喧騒が段々と小さくなっていく中、全く力の入らない体を動かそうとした。

 

(動かない……なん……で……?)

 

 だが、限界まで酷使された体はもう石壁の命令を受け付けようとしない。50時間以上も薬品に頼って戦い続けたのだ、石壁は無理を押し通した分の反動を受ける事になる。

 

(さむい……助けて……ほうしょ……う……さ……)

 

 石壁の意識は、そこで途切れた。

 

 

 

 ***

 

 極度の心身の疲労と薬剤の重篤な副作用によって意識を失った石壁は、即座に医務室に運び込まれた。すぐさま胃洗浄が行われて胃の中に残留していた薬剤が体外に排出され、同時に点滴等を用いて体内の水分量を増大させて血中の薬品濃度を低減させる処置が取られた。

 

 注射痕だらけの腕、疲労でやつれきった顔つき、全身に繋がれた点滴の管、南方棲戦鬼との戦いの無数の傷跡……

 

 石壁は客観的に見て限界であった。たった数ヶ月の間にここまで変わるなど、彼を知る者達からすれば信じ難い事である。

 

「提督……」

 

 鳳翔は石壁の側の椅子に座って、彼の腕を握りしめている。愛しい相手の痛ましい姿に、彼女の胸は張り裂けそうであった。

 

 それでも目をそらさずに、彼女は石壁に寄り添っている。それしか出来ないから。

 

 ***

 

 病室の外では、そんな二人の姿を見つめる複数人の姿があった。

 

「……伊能、貴様に非が無いことは重々承知の上で、敢えて言わせてもらうぞ」

 

 新城は、廊下の椅子にただじっと椅子に座っている伊能へと向き直る。

 

「なぜ、ああなるまで石壁を止められなかった……!貴様がついていながら、何故……!!」

 

 新城の血を吐く様な言葉を聞いても、伊能は口を開かない。

 

「……」

「なぜ黙っている、伊能」

 

 それでも口を開かない伊能をみて、新城は彼の胸ぐらを掴んでこちらを向かせる。

 

「黙ってないで答えろ!貴様、なぜ石壁を止めなかった!!」

「おいジョジョ、落ち着け、あと声を抑えろ……!医務室の前だぜ……!」

 

 胸ぐらを掴む新城をジャンゴが羽交い締めにして止める。

 

「新城提督、気持ちはわかるが八つ当たりはやめやがれってんだ。手前の自責の念を他人にぶつけちゃいけねぇよ」

「……ッ!」

 

 金剛の正鵠を射た私的に、新城は伊能の胸ぐらから手を離した。先ほどの新城の言葉は、石壁がこんな事になるまで助けに来られなかった自分への憤りの裏返しなのだ。

 

「……すまない」

 

 新城は俯くと、ふらふらと椅子に腰掛けた。

 

「……石壁は」

 

 伊能は新城の方へ顔をむけると口を開いた。

 

 

「アイツは、根本的な所で自分以外を信じていない」

 

 伊能は普段の明朗快活な様の彼とは違って、苦悩を滲ませながら言葉を紡いでいく。

 

「アイツは自分に出来ることと出来ないことを極めて正確に把握している。それと同時に、他人に出来ることと出来ないこともしっかりと把握しているのだ。だから他人に出来ないことは絶対にさせない。そして、自分にしか出来ないことは絶対に押し付けようとはしない」

 

 石壁は上に立つ人間として重要な、高精度の人物観察眼を持っている。その観察眼をもってすれば適切な戦力配置を取ることは極めて簡単だ。だが、その適切な戦力配置を行うと、自動的に石壁自身の立ち位置が固定化してしまうのだ。石壁(自分)以外に圧倒的な戦力差の防衛戦を維持する事など土台不可能なことは、文字通り自明の理であったから。

 

 石壁という人間は、根本的な所で自己中心的な完璧主義者なのだ。そこに生来の優しさと今までの人生経験からくる自利よりも利他を優先する自己犠牲的な精神性が合わさったことで、例えどれだけ自分を犠牲にしてでも目的へと邁進する現在の石壁が形作られたのだ。

 

 完璧な人物観察眼があるから他人に能力以上の事はさせない。そして完璧な防衛能力をもっているのが自分だけだから、他人に自分の仕事を押し付けられない。自分にしか出来ないなら、自分がやるしかない。

 

 そうやって、一つ一つのピースがある意味奇跡的に噛み合ってしまった結果が、この惨状なのだ。石壁は何も間違っていない。だからこそ、余計に質が悪かった。

 

 もしも一つでもボタンを掛け違えば、とっくの昔に泊地は壊滅して石壁達は皆殺しにされていたのだから。今ここに石壁達が生きている事そのものが、ある意味で石壁の正しさと愚かさの証明なのだ。

 

「石壁以外の誰にも、石壁の仕事を担う事が出来ないのだ。そのことをアイツも俺達も痛いほどに知っているから、アイツを止められなかった。止めた所でアイツは止まらぬ、それが一番効率的かつそれ以外に選択肢がないからな……」

 

 伊能の握りしめられた拳から血が滴る。己の不甲斐なさが、友を止めることが出来なかった悔恨が、友の負担を代わりに背負う事さえ出来ない憤怒が、伊能の中で渦巻いて彼の心を苛む。

 

 

「この俺の度し難い無能さが、石壁を追い詰めたのだ……」

 

 石壁の幸運は、困難に立ち向かう力を彼が持っていたことである。そして同時に、彼がその力を持っていた事そのものが、彼の不幸でもあった。

 

 絶望的な苦境をなんとか出来てしまう力があったからこそ、石壁は自分の全身全霊をもってその力を振るってしまったのだ。石壁の行動はどこまでも効率的で、効果的で、それ以外に選択肢もなく、正しいものなのだ。

 

 だからこそ、石壁は誰にも助けを求められず、誰も彼を助けられなかったのである。誰も悪くなかった、誰も間違っていなかった。仕方のない事だったのだ。

 

 だからといって、それを彼らが納得出来るかは別のことだが。

 

「ああ、そうだな……アイツは、そういう奴だ。私も知っている。痛い程によく知っているさ」

 

 新城は伊能の吐露を聞いて、そう呟くと俯いてしまった。暫し気不味い沈黙が場を支配する。

 

「何馬鹿みたいに落ち込んでんだよオマエら」

 

 その沈黙を、ジャンゴが破った。

 

「オイラは頭がよくねーから難しい事はわかんねーケドさ。ブラザーは生きてるし、オマエらも死んじゃいねーんだ。ならやるべき事は一つだろ?」

 

 軽い口調でそう言うと、ジャンゴは笑う。

 

「ブラザーに謝ってから、今度はこうならないように皆で支える。それだけじゃねーか」 

 

 事も無げにそう言い切られて、伊能も新城も顔を上げる。

 

「今まではイノシシしかいなかった。けど今度はオイラもジョジョも居るんだ。二人で出来なかった事も四人なら出来るかも知れねージャン?」

 

 ジャンゴはいつもの輝くような笑みを浮かべながらそう言った。それだけで、いままでその場を覆っていた閉塞感が薄れて霧散してしまった。

 

「下手の考え休むに似たり、か」

 

 伊能はフッと笑うと、言葉を紡いだ。

 

「その通りだな。どう足掻いても俺一人では何も出来んのだ。なら人に頼るのは恥ではない」

 

 伊能は二人へと頭を下げる。

 

「力を貸してくれ、新城、ジャンゴ」

 

 その姿をみて、二人は笑みを浮かべる。

 

「任せとけよイノシシ、難しいこと考えるのはジョジョの得意分野だからな!」

「助けることに異論はまったくない。全くないが、ジャンゴも少しは考えてくれ!まったく、本当にお前という奴は……」

 

 三人の男達は、しばし学生時代の様に語りあったのであった。

 

 内に燻る闘志を熱く強く燃え上がらせながら。

 

 ***

 

 オリョールクルージング作戦の為に輸送作戦に従事しているまるゆ達は、ラバウル基地の物資集積所でブイン基地から物資を運ぶまるゆに決戦の話を聞いた。

 

「ショートランド泊地での戦闘が終了しました。皆辛うじて生き残ったものの、ショートランド泊地はボロボロで石壁提督も倒れてしまったそうです」

 

 連絡担当のまるゆの報告に皆が沈鬱な顔をする。

 

「ショートランド泊地に戻った方がいいんじゃないでしょうか」

 

 とあるまるゆがそういうと、それに同調する者が出始める。

 

「みんな、話をきいてください」

 

 動揺が広がっていく中で、まるゆ隊長が声を上げる。

 

「ショートランド泊地が心配な事はわかります。ですが、今は泊地に戻ったとして、石壁提督は喜ぶと思いますか?石壁提督は……その程度で作戦を諦める様な艦娘だと知っていながら、まるゆ達を送り出したと本当に思うのですか?」

 

 その言葉に、作戦開始前に石壁に言われた言葉を思い出す。あれだけ真摯に自分たちにこの仕事を頼み込んできた提督の姿を忘れられる筈がない。

 

「まるゆ達の仕事は物資を運ぶこと、そして、ショートランド泊地と他の泊地を繋ぐことです」

 

 まるゆ隊長はそういいながら、物資集積所を指さす。

 

「それがまるゆ達の使命であり、まるゆ達の戦いです。ならば、まるゆ達はまるゆ達の戦いで石壁提督を助けましょう!」

 

 揺らぎかけた彼女達の心が再び熱く燃え上がる。それをみて頷いたまるゆ隊長は、腕を振り上げる。

 

「頑張るぞ!」

「「「「おーーー!!」」」」

 

 彼女達は、彼女達の戦場で戦い続けているのだ。

 

 ***

 

 破壊された沿岸要塞に天龍達が集まっている。第一から第四までの全ての水雷戦隊の前で、天龍は口を開いた。

 

「いいか!!石壁提督は必ず回復する!!そしてまた勝利へ向かって走り出す!!提督はそういう奴だ!!」

 

 天龍は自分も傷だらけの様相ではあったが、瞳に闘志をギラギラと燃え上がらせて水雷戦隊全員を鼓舞する。 

 

「アイツは絶対に諦めない!南方棲戦鬼との戦いでも、そして今この戦いでも、ズタボロになって死にかけても諦めずに勝利を目指して戦い続けてきたんだ!!アイツが諦めるのは死んだ時だけ、ならまだ諦めるのは早すぎるんだよ!!」

 

 天龍の言葉を聞いて、その場の全員が頷く。石壁の勝利への飽くなき執念をこの戦いで嫌になる程見せつけられたのだ、天龍の言葉を否定する事は誰にも出来なかった。

 

「アイツは提督なのにこの場の誰よりも体を張って、誰よりも頑張って、誰よりも死にかけている。それを許していいのか!?俺達はただ提督におんぶにだっこで良いと思うのかお前等!!」

「そんな訳無い!」

「自分たちの提督を真っ先に死なせるなんて大恥よ!!」

「そんなことになったら恥ずかしくて生きていけないわ!!」

「その場で舌を噛み切って自殺してやる!!」

 

 その場の全員が否を叫び気炎を上げる。50時間にも及ぶ死闘を乗り越え敗北を喫した彼女達。だが彼女達は誰一人消沈する事無く、その苦渋の味に煮えたぎる屈辱と烈火のごとく燃え上がる闘志を喚起されたのだ。

 

 彼女達も相当疲弊していたはずだが、精神面が肉体に強く影響する艦娘という種はこういう『勢い』があれば体を動かす事が出来るのだ。 

 

「ならその為に動くしかねえよなあ!」

「「「「応!!!」」」」

 

 天龍達は一斉に相棒(ツルハシ)を手に取る。

 

「いいか!!石壁提督は必ず次の手を考えて動き出す。そん時に足元がガタガタじゃ話にならねえ!!まずはこのボロボロの泊地を再生させるぞ!!数日以内にだ!!」

 

 彼女達はずっとこうやって大地を相手に戦い続けてきたのだ。彼女達は誰に笑われても決して自分たちの戦いを辞めなかった。海に出られない間どの泊地の艦娘よりも厳しい訓練を続けてきたのだ。石壁の存在によって練磨された不屈の闘志と、訓練によって育まれた極限のタフネス、そしてどの艦娘よりも高い工兵としての経験が今一つの形となって現れているのだ。

 

 どれだけ踏みつけられて、押しつぶされて、どん底まで叩き落とされても決して諦めない不屈の泊地。それがこのショートランド泊地なのだ。石壁の泊地なのだ。

 

「いくぜお前ら!!この泊地の底力をみせてやれ!!」

「「「「「「おおおおおおおおおお!!」」」」」

 

 『どん底まで落ちたなら穴を掘れ』いう格言がある。落ちるところまで落ちたなら、そこからはどうにでもなるのだ。彼女達は、否、石壁を含むショートランド泊地のモノ達は一人残らず世界の最底辺(ボトムズ)、泥臭く足掻いた経験は誰にも負けないのだ。そして、苦境を跳ね返した経験も、誰にも負けないのだ。

 

 ショートランド泊地は飛行場姫に敗北した。その事実は覆せない。だが、石壁が命がけで繋いだ希望の火はまだ消えていない。最後の最後まで、誰一人として希望を捨てていないのだ。

 

 ならば足掻く。最後の最後、命尽き果てるその瞬間まで足掻くのだ。足掻いて、足掻いて、足掻き続けるのだ

 

 

 

 それが、石壁が彼女達に見せ続けた姿であるから。

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 

 

 泊地の仲間達が各々の使命を果たすべく動き出した頃、泊地の主である石壁は医務室で眠り続けていた。

 

 鳳翔は石壁が倒れてからずっと看病を続けている。途中で見舞いにきた他の艦娘達が帰ったり、同じく看病をしていた戦艦棲姫が疲れて仮眠をとったりする間もずっと石壁の側に寄り添っていた。

 

「……」

 

 だが、鳳翔もあの戦いでは死力を尽くして戦い続けていたのだ。流石に疲れてしまったらしく、次第に彼女の目蓋は重くなっていく。

 

「………………」

 

 石壁の手を握ったまま、彼女は石壁に寄り添い眠ってしまったのであった。

 

 

 


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