!!注意!!
本日は【二話同時投稿】となっております。
こちらが前後編の【後編】となっております!
!!先に前編からお読みください!!
『ハワイ島へ向かった日米両海軍全滅、生存者なし』
『死傷者総数不明』
『グアム島、サイパン島、制圧』
『オーストラリアとの通信途絶、在日オーストラリア大使が亡命政府を樹立』
『母さん、これって父さんの居た部隊じゃ……』
『そんな筈はないわ……大丈夫、大丈夫よきっと』
戦争開始から数週間、当初数日で終わるであろうと思われた戦争は、予想に反して戦線を拡大して続いていた。謎の武装勢力は日に日に支配領域を拡大していた。
そんな筈はない、あれだけの戦力があって負ける筈がない、そんな楽観は日に日に消え失せ、虎の子の原子力空母とイージス艦を含む日米の空母機動部隊が全滅したという知らせを聞いた国民は一人残らず蒼白となった。
そして、戦線がじわりじわりと後退する中、遂にその時がやってきてしまった。
空を覆う無数の深海棲艦の艦載機による空襲によって、石壁の故郷の町が攻撃を受けたのである。
***
『はぁ……!はぁ……!』
『ケンジ!急いで!』
少年の姉が、彼の手を引いて町の中を走り抜けていく。周囲の家からは火の手が登り、怒号と、悲鳴と、狂騒が町中を支配していた。
上空を帝国空軍の戦闘機が飛んでゆくが、その数倍の数の小さな戦闘機が群がる様に戦闘機を叩き落としていく。放たれたミサイルが命中するも効果は見いだせず、帝国の空を長く守り続けた防人達が一人また一人と減っていくだけであった。
『早く避難しないと……』
『おーい!すまん、助けてくれ!!』
少年達が自宅へと帰ってくると、近所の老夫婦が倒れているのを見つける。お婆さんが足をひねってしまったらしく、お爺さんが肩をかして必死に歩いている。
『大丈夫ですか!?ケンジ、あんたは先に母さんの所に向かいなさい!』
『う、うん』
顔見知りの老夫婦を見捨てることが出来ない少年の姉が、反対側の肩を支える。
『もう大丈夫ですよ!さあ早く避難を!』
『ありがとう!本当にありがとう!』
少年は姉の言葉にしたがって、すぐ先の小路を先に曲がっていく。すると、少年のすぐ真上を異形の艦載機が通り抜けていった。
『あ……』
少年が呆けたようにそれを見送った直後、先程まで自分がいた道が轟音と共に吹き飛んだ。
『ガっ……!?』
衝撃で吹き飛んだ少年が起き上がると、そこは轟々と燃え盛る爆炎が渦巻いており、とてもではないが近寄れる状態ではなくなっていた。
『ね、ねえさん?』
少年は呆然としたように家族へと声をかけるが、返答はない。燃え盛る火炎だけが目の前にあり、その向こうに誰かが居るのかさえ、わからない。
『姉さん!!姉さん!?うわああああああ!?』
少年は半狂乱になりながら、自宅への道を駆け出した。胃の奥からこみ上げる吐き気を堪えて、止まることなく自宅へと逃げていく。
『はあ……はあ……母さん!姉さんが、姉さんがあ!!』
自宅へと辿りついた少年が見たのは、機銃掃射を受けて吹き飛んだ家の玄関であった。
『なっ!?母さん!!母さん!!」
『……ケ、ケンジ?』
変わり果てた扉へと駆けこんだ少年が見たものは、血の海に沈む母の姿であった。彼女の腹部には銃弾を受けたと思しき傷があり、流れ落ちる血が店の床を染めていた。
『か、母さん!?その傷……』
少年が母親へと近づいて抱き起すと、彼女は苦痛を堪えるようにしてほほ笑む。
『貴方は、無事だったのね……ここは危ないから……早く、逃げなさい……』
『母さんは、母さんはどうするの!?』
『私は行けないの……だから、貴方だけでも、逃げて……』
『母さん……嫌だ、一緒に逃げようよ』
一人の少年が、母へと縋り付く。だが、母の体からは止まることの無い血が流れ続けている。
『母さんはもう駄目……もう、動けないの……だから、貴方だけ逃げなさい』
『嫌だ嫌だ嫌だ!!母さんを放って逃げるなんて出来ないよ!!すぐに助けを呼ぶから、きっと助かるから、一緒に逃げようよ!!』
少年は大粒の涙を流しながら母を助け起こそうとする。だが、まだ小学校すら卒業していない少年は余りにも非力で、動けなくなった母を背負って逃げるような事は出来なかった。痛みと出血で意識が朦朧とするなか、彼女は己の息子のそんな姿をみて、気力を振り絞って叫んだ。
『……ケンジ!』
『……ッ!!』
その瞬間、少年の頬を母親が張る乾いた音が響いた。
『もうどう足掻いても私は助からない!誰かが助けてくれるなんて甘ったれた考えは捨てなさい!』
母は少年の胸ぐらを掴んで顔を突き合わせる。
『強くなりなさい。どれだけ辛くとも、苦しくても、何度打ちのめされても、絶対に折れない心を持ちなさい。大切な人を守れるように、誰よりも強くなりなさい!!』
母親は血を吐く様な必死さで、少年に末期の言葉を刻みつけていく。少年が歩むことになるであろう道がどれだけ過酷なものになるかを知りながらも、それを乗り越えていけるように、強く強く思いを込めて。
『きっと、貴方を受け入れてくれる人が現れます。貴方を支えてくれる人が現れます。貴方が失った孔を埋める人が現れます。だから、それまで生き続けなさい。そして、その人達を守り抜きなさい!』
母親は、少年の胸元を突きとばす。母を置いて行けと、ただ一人生きて行けと、愛する我が子の無事を祈って、あえて突き放す。
『ゴホッ……ゴホッ……行きなさい!』
少年は、母の言葉に押されて、後ずさる。
『決して振り返らずに!走りつづけなさい!!ケンジ!!!』
『……ッ!!』
文字通り血を吐くような母の言葉に押されて、少年は遂に走り出した。後から後から溢れて落ちる涙を拭うことすらせず、少年は我武者羅に走り出した。
それをみた母親は、涙を流しながら少年の背中へと言葉を紡いだ。
『決して、決して生きることを諦めないで……最期の最期まで、生きて、生きて、生きて、生きることを諦めないで』
少年は、悲しみで真っ白になった心に、母の最期の言葉を強く強く刻み込む。
『どうか、幸せになって……私や、お姉ちゃんの分まで……ッ!』
『……ッ!!ああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!』
少年は、かき混ぜられた心を吐き出す様に絶叫しながら、走り続けた。
戦火に焼かれる故郷の中を、助けを求める人々の中を、見知った顔を、見知らぬ顔を、全てを無視して少年は走り続けた。
己の無力を、呪いながら。
***
それから1週間後、爆撃が収まった事で一時的に町へ帰ってこられた少年が見たものは、変わり果てた故郷の姿であった。
何もかもが戦火の中で灰燼に帰し、全てが死に絶えた灰色になったその街を、少年は死んだ目をして進んでいった。
もうすぐ卒業を迎える筈だった校舎、毎日買い物にやってきた商店街、友人たちの家、皆で遊んだ公園……一つ一つ、何か無事なモノはないのかと、少年は変わり果てた町の中を確かめていく。
だが、あったのは瓦礫と死体だけの死に絶えた町。少年の日常は驚くほどあっけなく、何もかもが消え失せたのだ。
『……』
やがて、自宅へと帰ってくる。
そこには、何も無かった。他の建物と同じように、何もかもが焼け落ちて、灰になっていた。
『……ただいま、母さん』
少年のその呟きに言葉を返すモノは、もう誰も居ない。
『……ッ!』
誰も、居ないのだ。
『ああ……うああ……』
少年が、灰の中に膝をついて嗚咽を漏らす。
『あああああ……ッ!!』
後から後から、涙が流れて落ちてゆく。少年が愛した人たちは、少年を愛した人たちは、もう誰も居ない。
『父さん、母さん、姉さん……!!僕を独りにしないで……ねえ、お願い、誰か……誰かぁ……』
周囲がだんだんと暗くなってゆく、世界が暗闇に閉ざされてゆく。何もかもを失った少年の心が壊れようとしているのだ。
『誰か……僕を助けてよ……』
やがて、全てが暗闇に包まれて、ただ独り少年だけが取り残される。暗闇の中でもがき苦しむ少年の姿がだんだんとぼやけていき、やがて青年へと変わっていく。鳳翔のよく知る、彼の姿へと戻っていく。
「助けて……誰か……助けて……」
ずっと少年は独りで戦い続けてきた。彼が青年になってからも、誰にも助けを求められなかった。
「もう誰も死なせたくないんだ……僕の仲間を……僕の友達を……だれか助けて……助けてよ……」
助けなんて来るわけがないのだ。そんな事、誰よりも石壁がよく知っていた。だから、己の持てる限りの力を振って戦った。
「また足りない……僕の力が足りない……また失うんだ……また助けられないんだ……母さん達みたいに……皆……皆……」
それでも、足りなかった。負けた、負けたのだ。石壁は飛行場姫の戦略を前に完膚なきまでに敗北したのである。運よく援軍によって敵が引いてくれたが、次は勝てない。石壁だけの力では、飛行場姫に勝てないのだ。
石壁が誰にも負けない程の防衛力を手に入れたのは、彼がそう望んだから。己の魂が焼け付く程に誰かを守る力を欲したから。強烈に過ぎる原体験によって刻まれた己の無力が齎す悲劇の記憶が、石壁の誰にも負けない守りの力となって発現したのだ。
それを打ち破られた、それは石壁のアイデンティティを大いに揺るがせた。また繰り返す、また何もかもを喪う、そう彼の心が悲鳴を上げたのである。それが、彼が倒れたもう一つの原因であった。
限界を超えた心身両面のダメージが、石壁を壊そうとしているのである。
「……提督」
鳳翔は、地面に付して泣いている石壁の傍に寄り添って、そっと彼を抱きしめた。
「大丈夫、大丈夫ですよ」
鳳翔は、石壁の心に己の心を重ねた。
「私はここにいます」
独りで苦しむ彼の心に、そっと寄り添う。
「……鳳……翔?」
石壁が、顔を上げる。
「はい、私はここに居ますよ」
ずっと孤独に戦い続けてきた彼の心に、直接言葉を伝えていく。
「提督は独りではありません、私が……そして、他の皆さんもいます」
絶望と孤独で冷え切った彼の心を、包んで温めていく。苦痛と悲哀でひび割れた彼の心を塞いで癒していく。
「提督は独りじゃないんです……頼れる仲間達がいるんです……」
抱きしめられるだけであった石壁が、恐る恐る、鳳翔の背中へと手を回していく。
「いままで頼ってばかりでごめんなさい。今度は、私達が提督を護りますから。提督一人で出来ない事も、私達がなんとかしますから」
石壁の手が鳳翔の背中にそっと触れる。
「だから、私達に、頼ってください」
「……ッ!!」
石壁は、強く強く、鳳翔を抱きしめた。
「鳳翔さん……」
「はい、提督……」
「……助けて」
「……はい」
ずっと一人で泣き続けた少年の助けを求める声が、遂に届いたのだ。