艦これ戦記 -ソロモンの石壁-   作:鉄血☆宰相
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第二十九話 黎明

 会議が一旦終了し、解散となった会議室で石壁は一人海図を見つめている。少し一人にして欲しいという石壁の願いを聞いてその場の全員が部屋を後にしたからだ。

 

 石壁は南雲が託した羅針盤を手の中で転がしながら、ぼんやりと海図と盤面を交互に見つめていた。

 

「……ん?」

 

 

 石壁がぼんやりと指針を眺めていると、突如としてぐるりと今までとは見当違いの方向へと羅針盤が回った。指針がピタリと止まったのは石壁自身の方向……否。

 

「大分、参っているのね」

「……戦艦棲姫か」

 

 石壁の背後からやってきて彼に抱きついた戦艦棲姫であった。会議が終わるまで別の場所に隠れていた彼女は、タイミングを見計らって石壁の元へと訪れたのだ。

 

(方位磁石が近くの磁石に引っ張られるように、すぐ近くの姫級の深海棲艦である戦艦棲姫に、羅針盤が引っ張られたのか……?)

 

 石壁は目の前の事象になにか引っかかりを覚えた。が、その正体に彼は思い至らない。

 

「あら?それが深海棲艦の力に反応する羅針盤かしら?」

「ああ、その通り、南雲提督から聞いたの?」

「ええ、そうよ」

 

 戦艦棲姫は、羅針盤の周りで指をくるくると動かす。するとその動きに合わせて羅針盤がくるくると回っていく。戦艦棲姫の指先に強く反応しているのだ。

 

「これ、私の深海棲艦としての力に反応しているのよね……?」

「うん、その筈だけど」

 

 戦艦棲姫は回る羅針盤を見つめながら言葉を紡いでいく。

 

「飛行場姫はこの力で闇の結界を作り出している。つまり、この力の本質は闇の力よね。私もどちらかというと夜のほうが調子が良いし、深海棲艦という種族そのものが本質的に闇の力を持っているって事よね。昼と夜なら、夜が深海棲艦の世界」

 

 戦艦棲姫は思ったことをそのまま口に出していく。

 

「なら、昼間は艦娘の世界よね。深海棲艦が世界を闇に包む力を持つなら、艦娘の力って、なんなのかしらね?」

「さあ……僕にはわからないよ……」

 

 しばし、そうやって二人が他愛もない会話を続けた後に、戦艦棲姫は少し黙り込んでから本題を切り出した。

 

「……話は聞いたわよ、大本営がやらかしたんだってね」

「……ああ」

 

 戦艦棲姫は石壁の背中を抱きしめたまま、彼と会話を続ける。

 

「70年経っても未だにこの国は全力で内部の敵と戦って、その余力で外敵と戦っているのね……」

 

 戦艦棲姫が……否、武蔵が只の軍艦であった頃の大日本帝国は酷いモノであった。軍部の専横から始まって、陸海軍が別の国の軍隊かと思える程足を引っ張りあい、クーデターの未遂事件がおこり、政治家の暗殺が多発した……そういう内的要因に、世界恐慌を原因とした世界情勢の切迫による外部要因が合わさり。大日本帝国は救いようの無い泥沼へと沈んでいった時代であった。

 

 大日本帝国が勝ち目のない戦争に突き進んでいったのは、内外の大小様々な要因が複雑に絡み合った泥沼の内ゲバで引く事も進むことも出来なくなり、様々な派閥の意見が絡み合って意思決定すらままならない中で、弾き出された『その場の空気』という名の妥協に国全体が流されていった事が大きい。

 

 この世界の大日本帝国は太平洋戦争に敗戦こそすれども、大日本帝国憲法を始めとした様々な国家腐敗を招いた要素が廃棄されること無く継承されてしまった。戦後の平和と繁栄の光によって埋もれたそれらの致命的な要因が深海棲艦との戦いの中で甦ってしまったのだ。

 

 日本人は良くも悪くも変わっていなかった。義理と人情を尊び平和を愛する心も、空気を読む事を最重要視しそれを乱すモノを決して許さない心も、そして、一度流れに乗ればそれがどのようなモノであれ止まることが出来ない事も。本質的にムラ社会の頃から何も変わっていなかった。戦艦棲姫は昔と今の大日本帝国を比べて苦笑するしかなかった。

 

「ねえ、石壁提督」

 

 戦艦棲姫は石壁の耳元へと囁く。

 

「一緒に……逃げない?」

 

 それは悪魔の囁きであった。

 

「こんな国も、世界も、泊地も……石壁提督を縛る何もかもを投げ捨てて、私と一緒に只の石壁堅持にならない?なんなら鳳翔さんとか間宮さんも連れてどこか遠い所へ……」

 

 戦艦棲姫にとって大切なのは、まず第一に石壁である。石壁さえ無事ならば、彼女は満足なのだ。

 

「戦艦棲姫……」

 

 石壁は戦艦棲姫の言葉に、ほんの少しだけ夢想する。自分の初期艦達と戦艦棲姫だけで、どこか遠い所でひっそりと暮らす。なんと甘美な幻想であろうか。誰も傷つかず、誰も悲しまず、ただ数人で完結した小さな世界に引きこもって、ゆっくりした時の流れの中で朽ちてゆく……そんな、小さな小さな幸せは、涙が出るほどに魅力的な誘いであった。

 

 そんな夢想を、石壁はふっと笑って流した。

 

「それが出来る位……僕の肩に乗ったモノが軽かったら良かったんだけどね。投げ捨てるには託された思いが、幾らなんでも重すぎるよ」

 

 石壁が歩んできた道は既に多くの仲間の血で塗装されている。彼が歩んだ道を、大勢の仲間が彼の背を追って歩いている。彼が歩むのをやめた時、その犠牲の全てが無為なモノになり、背中を追う人々は道半ばで倒れる事になる。それを許せる程石壁の仲間の血は、軽いものではなかった。

 

「……そうよね。貴方は、そういう人だったわよね」

 

 戦艦棲姫は、石壁の返事に知っていたわと言うように笑った。その笑みは石壁の不器用さと愚かさを笑いながらも、その愚直さへの愛おしさが滲んでいた。

 

「わかったわ。なら、私も覚悟を決めるわね」

「戦艦棲姫……?」

 

 戦艦棲姫がふっと背中を離れたので石壁が背後を振り返ると、そこには戦艦棲姫ではなく、武蔵が立っていた。

 

「貴様があくまで提督として戦い抜くというならば、私は戦艦棲姫ではなく武蔵として貴様に付き従おう。私は提督の為に、深海棲艦としての私であることを捨てよう」

 

 真っ直ぐに、石壁の目を見つめる武蔵。戦艦棲姫が『石壁堅持』の味方ならば、武蔵は『石壁提督』の味方であった。深海棲艦として石壁堅持を愛すること。艦娘として提督に命を捧げる事。その二つを天秤にかけて、彼女は後者を選んだのだ。

 

 

「私は貴様が逃げることを選んだのなら、戦艦棲姫として貴様に愛を捧げる。だが、戦うことを選ぶならば、私は武蔵として提督に命を捧げよう」

 

 これは武蔵の誓いであった。個人としての平穏を捨て、己の肩に乗る全ての為に戦うと決めた彼のために。これから起こるであろう戦いが絶望的なモノになると知っているが故に、彼女は戦艦棲姫ではなく武蔵である事を己に定義し直した。

 

 艦娘は、己の魂のあり方を己の思うがままに変えていく事が出来る。熊野が鈴谷に己の魂を捧げたように、武蔵は石壁に己の命を捧げる事を決めたのだ。

 

「例えどれだけ絶望的な戦いでも、どれだけ危険な戦場でも、私は常に提督の味方だ。貴様にはこの武蔵が、世界最強の戦艦がついているさ」

 

 石壁の心の中に真っ直ぐに武蔵の想いが雪崩込む。鳳翔とはまた違った、共に戦う相棒への力強い想いが石壁の心を熱くさせる。

 

 戦艦棲姫は南方棲戦鬼との戦いでも、この前の海岸線の戦いでも、己が本当の意味で石壁の助けになっていないことをずっと悔やんでいたのだ。

 

 彼女が武蔵となったのは、明石の想定したとおりの要因以外にも、艦娘としてより強く石壁の力になりたいという彼女の強い思いが影響していたのである。

 

「提督の命令があれば、私はどんな戦いでも恐れず最期まで戦い抜く。だから、存分にこの武蔵を使ってくれよ、相棒」

 

 武蔵は不敵な笑みを浮かべてそういうと、部屋を出ていった。

 

「……ありがとう、武蔵」

 

 石壁の絶望に塗りつぶされかけた心の中に、微かに炎が揺らめいた。

 

 ***

 

 それから石壁は気持ちを纏める為に鎮守府の屋上へと上がり、一人で風を浴びていた。既に夜半を過ぎて周囲は一面の闇であり、月明かりすらない世界はまるでここが飛行場姫の闇の結界の中であるかの如く感じさせた。

 

「……暗い、な」

 

 石壁は思わずぽつりとそう呟いた。彼の戦いはずっと絶望的なモノばかりであった。ここを乗り越えれば光が見える筈だ、そう信じて前へと進んできた。だが、彼が見たのは、更なる絶望的な状況でしかなかった。

 

 彼我の戦力差は圧倒的であった。得意の防衛線術のみに頼っていては勝つことが出来ないのだ。

 

 前回の南方棲戦鬼との戦いは己のテリトリーに敵を引きずり込んで撃滅した。だが、今回は逆に敵のテリトリーに飛び込まねはならない。

 

 暗い深海の力の満ちた闇夜の中に飛び込み、敵の親玉を叩かねばならないのだ。

 

 だが石壁には、それをなし得る力はない。

 

 

 石壁の反則的指揮能力はあくまでも防衛戦時に発揮される類のものだ。だが、防衛戦に徹していては、敵地を攻略など出来るものではない。

 

 万全の穴熊囲いをひいた敵陣に正面から飛び込むなど、自殺行為だった。

 

「よう石壁、こんな夜更けにどうした?」

「……イノシシ」

 

 背後からやってきた親友に、振り返らずに応える石壁。

 

「はぁ……今回ばかりは……もう駄目かもしれないっておもってさ……こんなの、チェックメイトのかかった盤面を押し付けられる様なもんだよ……」

「……」

 

 石壁は、親友に腹の中を明かす。それは他の仲間には、立場上言えない様な弱音だった。石壁にとって鳳翔が石壁堅持という個々人の弱さを吐露する相手であるなら、伊能という男は唯一愚痴を垂れ流しても許される親友であった。

 

 伊能が石壁という男を最も信頼する司令官と公言して憚らない様に、口ではブツブツと文句を言いながらも、石壁もまたそれに応えるほどの信頼を伊能に寄せているのだ。

 

「くっくっく……チェックメイトのかかった盤面、か、なるほどまったくもって、だな」

 

 伊能は、心底楽しそうに笑いながらいった。

 

「戦力差は圧倒的、敵陣の防御策は完璧、しかも周辺諸泊地からの援護は期待出来ずに孤立無援だ。まったくもって勝てる要素がない……どうしろってんだよ、僕に」

 

 石壁のその言葉に、伊能は答えた。

 

「……そうだな」

 

 伊能は懐からタバコを取り出し、咥える。

 

「急がば回れ、というように、直進する事が常に正しいとは限らない」

 

 タバコに火がつく。

 

「定まった盤面から前へ進むことで逆転する事が不可能なら、いっそ盤面そのものをひっくり返してから、自分の土俵に敵を引きずり出してやってはどうだ」

 

「……盤面を、ひっくり返す?」

 

 石壁が伊能の方を向く。伊能は屋上の柵に背中を預けてこちらを向いており、闇夜にタバコの火のみが浮かんでいる。

 

「おう、今までなんだかんだいっても、俺たちはずっと盤面をひっくり返して敵を自分達の土俵に引きずり込んできただろう?あの七露提督の時も、要塞戦の時も、だ」

 

 艦隊戦をやるつもりだった七露は、天から落下するあきつ丸(ギロチン)で処刑してやった。南方棲戦姫の艦隊は艦娘による戦いから、要塞戦へと引きずり込んですり潰した。

 

 常に石壁達は、相手を自分の土俵へと引きずり込んで倒してきた。

 

「常識を捨てろよ石壁堅持、いつもそうやって俺達は戦ってきたんだ。艦娘という、ある意味オカルトの極みの様な存在に頼る俺達なのに、戦い方だけは常識を捨てないなんて可笑しな話だろう」

 

 先程より、伊能の顔がはっきり闇夜に浮かんできた。闇夜に目がなれたのだろうか?

 

『この力の本質は……』

 

 否、伊能の背後から、朝焼けが見え始めた。黎明の時を迎えたのである。

 

「あ……」

 

 

 その時、石壁の脳裏に何かが煌めいた。

 

『飛行場姫はこの力で闇の結界を作り出している。つまり、この力の本質は闇の力よね。私もどちらかというと夜のほうが調子が良いし、深海棲艦という種族そのものが本質的に闇の力を持っているって事よね。昼と夜なら、夜が深海棲艦の世界』

 

 みるみる内に明るくなる世界、暁の水平線から登りだした日輪が、闇の世界を切り開いていく。

 

『なら、昼間は艦娘の世界よね。深海棲艦が世界を闇に包む力を持つなら、艦娘の力ってなんなのかしらね?』

 

 石壁の脳裏を、とある考えが稲妻の様に走り抜けた。常人が聞けば正気を疑うような、狂人の戦略が練り上げられていく。

 

「なぁ……イノシシ……いや……」

 

 一拍おいて、言葉を続ける。

 

「伊能獅子雄--」

 

 石壁は、己の常識という世界が軋みを上げるのを自覚しながら、言い放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーお前は世界を切れるか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





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