艦これ戦記 -ソロモンの石壁-   作:鉄血☆宰相
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第三十話 燻る魂に火を付けろ

 

 石壁達は昨日と同じ会議室に集まっていた。昨晩の憔悴しきった石壁の姿を見て心配していた一同であったが、あの姿が幻かと思う程、今彼等の目の前にいる男の瞳には覇気が溢れていた。

 

 石壁の姿を見て一同は驚愕すると共に、その心が強く熱く燃え盛っている事に気が付く。そんな姿に、彼を昔から知るモノ達はとある確信を抱いた。

 

「……皆、次の戦いについての作戦を決めた。僕の話を聞いて欲しい」

 

 一度火がついたこの男を止めるのは、誰にも出来ないだろうという事を。そして、もう一つ。

 

「鉄底海峡を潰すぞ」

 

 飛行場姫は自分が追い詰めた英雄(バケモノ)がどれだけ凶悪な怪物であるか、その身を持って知るだろうという事だ。

 

 

 ***

 

 

「以上が、作戦の概略だ」

 

 石壁がそう言い切った瞬間、会議室に新城の怒号が轟いた。

 

「馬鹿な!!正気か石壁!!」

 

 新城は激怒を隠そうともせず石壁を睨みつけながら続ける。

 

「何もかもが無茶苦茶だ!!気でも狂ったのか!!そんな不確かな願望にそったモノが、作戦であってたまるか!!」

 

 石壁は新城の怒号に対して、真っ直ぐに向かい合う。

 

「無論、これが気狂いの戦略だっていう事は僕自身重々承知しているさ。新城が反対する気持ちだってよくわかる」

「なら……!」

「だけど、僕はこの作戦を撤回するつもりは一切ない」

 

 新城は、石壁のその言葉の強さに息を呑んだ。

 

 こちらを真っ直ぐ見つめる石壁の瞳には確かに光があった。それは絶望の中で妄想に縋りつく狂人の目ではない。逆境の中において一寸も諦めずに勝利を狙い続ける男の目だった。

 

 石壁は諦めていない。勝つつもりなのだ。この気狂いの戦略はその為に絶対に外せないのだと、石壁の目が語っていた。

 

「心配しなくても保険は掛けてある。もしも僕の作戦が完全に的を外した時は、全身全霊をかけて皆が撤退できるだけの時間を稼いでみせるさ……僕の命を掛けて」

 

「だから自分を一番の鉄火場に置くというのか!?最高司令官が、一番キツイところを支えるというのか!?」

 

 新城は机を叩いた。

 

「死ぬぞ!!今度こそ、死んでしまう!!私達はお前を助ける為に此処までやって来たんだ!!なのに、たとえ勝ててもお前に死なれては、何の為にやって来たのか分からないではないか!!」

 

 自分達を助ける為にこんな地の果てまでやって来てくれた男の言葉は何処までも真っ直ぐで、石壁の心の底まで響くものだった。

 

(本当に、新城は良い奴だよ……)

 

 石壁は込み上げる熱いものを堪えながら、それでも言葉を続けた。

 

「この作戦に、遊ばせる事が出来る戦力は一つも無い。それは、この僕自身でさえ変わらない」

 

 石壁はかつて部下を勝利の為に死地に送ったように。自身ですら勝利の為の駒として活用する気であった。ほんの数ケ月前までなら、とても下せなかったであろう判断である。

 

「この作戦配置は僕がショートランド泊地の総司令長官として戦力を評価し、勝利の為に適切に配置した結果なんだ。これ以外は何処かで必ず戦力を遊ばせる事になる。そんな事は出来ない……する訳にはいかないんだ!!」

 

 石壁の気迫に、その場の全員が息を呑んだ。

 

「僕はこの泊地の総司令長官として、例えそれがどれだけ不可能に見えたとしても、勝たなきゃならないんだ。勝って生き残るか、負けて死ぬか……それしか僕らに道はない!!」

 

 石壁は変わった。否、変わらざるを得なかった

 

「僕は勝つ可能性が一番高い賭けに、自分の命をのせる。それが認められないと言うのなら、今すぐ本土に帰れ。本土への『更迭』の書類位なら中将である僕の一存でだす事もできる」

「……ッ!!」

 

 石壁の片方しかない目を見た新城は、思わず息を呑んだ。揺るぎなく真っ直ぐこちらを見つめる彼の瞳は、ギラつく生への渇望が轟々と燃え盛っていた。それは眼前の難事へ真っ正面から喰らい付かんとする漢の目だ。死を前に自棄になったのではなく、九死の中の一生を掴まんと死の海へ漕ぎ出す水夫が如き目であった。

 

(石壁……この期に及んでお前はどうして……)

 

 新城は、石壁という男をよく知っていた。彼の知る石壁という男は、どこまでも朴訥とした、善人で、争いが嫌いな優しい男であった。痛みを恐怖し、辛いことから逃げたがる、普通の人間だった。石壁は此処へ来てから本当に変わってしまった様に見える。

 

(どうして……そんな優しさを見せられるんだ……)

 

 だが、それはあくまで表層的なものでしかない。再会した石壁は本質的には一切変わっていなかった。どこまでも優しい、普通の人間であったのだ。

 

(『帰れ』だって……?己の命がどうなるのかさえ分からないのに……それでもまだ、私達の方が大事なのか……死の瀬戸際に来ても尚、私達に『逃げる選択肢』を委ねようというのか!)

 

 圧倒的な戦力差を前にして、普通なら今は少しでも多くの戦力が欲しい筈だ。新城が有する16艦隊はショートランド泊地の艦娘戦力の約半分に相当する大戦力であり、それがそっくり抜けるなど本来なら考えたくもない話なのだ。にも拘わらず、石壁は己の命を救う為に駆けつけてくれた友の命を優先した。今ここで逃げてくれても構わない。それを自分は恨まない。そう面と向かって宣言したのだ。

 

 新城は拳を血が滲む程握り締めた。

 

(お前は何時もそうだ……友の為なら、何時だって己を顧みない……昔から全く変わっていないではないか!それだけ傷ついて、苦しんで、命をかけて戦って来ても尚……結局『そこ』は変わっていないのか!!)

 

 石壁は絶対に仲間を裏切らない。どれだけ戦いの中で傷ついて、苦しんで、変わっていったとしても……友を、仲間を、愛する人たちを見捨てない。否、見捨てられないのだ。

 

 戦争という異常の中で、摩耗し、達観し、歪に成長しても尚、『そこ』だけは絶対に変わらないのである。例えその過程で死ぬことになったとしても、絶対に石壁はそれだけは曲げないのだ。

 

 泥の中にこそ蓮の花は咲く。石壁の在り方は誰もが心を凍てつかせる戦場という泥の中にあって尚、凛と咲く蓮の花の様な在り方だ。故に絶望の淵にあればこそ、その在り方が希望となるのである。

 

(そんな友人を見捨てて……逃げられる訳がないだろう……)

 

 石壁の英雄性は人を地獄へ引っ張りこむ強制力ではない。人を『自ら』地獄へ飛び込ませる誘因力なのだ。石壁が仲間を見捨てられない様に、彼の人間性に惚れ込んだモノは、石壁を見捨てられないのだ。

 

 石壁は仲間の為なら己の命を惜しまない。だからこそ、仲間たちは皆彼の為に命を賭ける。石壁が死ぬ時が、仲間の死ぬ時になる……そう、つまりは『一蓮托生』なのだ。石壁という蓮が枯れない様に誰も彼もが必死になって戦おうとする。どこまでも命を地獄へと誘ってしまうのだ。それが、彼の英雄性であった。

 

「……わかった……わかったよ」

 

 新城は、深く、深くため息を吐いた。

 

「石壁、お前の作戦に私も命を賭ける。だから、頼むから死んでくれるなよ。友人の葬式の喪主なんて一回やれば十分だ。二度とお前の葬式なんぞ開きたくはない」

 

 身寄りのない石壁が戦死したという報告が届いた後、新城は石壁達の為に葬式を開いた。石壁や伊能の知人や友人が大勢列席し、彼らの死を嘆いていた。友を二人も弔った新城の心中の悲嘆は、言葉では表現できないほど深かった。

 

「……ありがとう」

 

 新城は帽子を目深に被って目元を隠している。すると重くなった空気を払うように、ジャンゴが新城の背中を叩いた。結構良い音がする位強く。

 

「ぐっ!?」

「HEYジョジョ!オメーは一々気にしすぎなんだよ!要はオイラ達が勝てば良いって事だろ?簡単な話ジャン?」

 

 ニッと、いつもの様に白い歯を見せるあの笑みを浮かべて、ジャンゴは軽く言ってのける。

 

「ホレ、アレだよ。『マンジューは作るより買うが安し』だっけ?アレコレ考えるより突っ走るのが一番なんだよ!」

「……もしかしてそれは『案ずるより産むが易し』の事か?意味はあっているが無茶苦茶だし、多分饅頭は買うより作った方が安いぞ」

 

 若干痛そうにしながら新城がそう言うと、ジャンゴが手を叩く。

 

「そうそれだ!新城は考えすぎなんだよ!」

「手前は考えなさすぎでい。冗談は顔だけにしやがれってんだ宿六が」

「ああん!?なんだとこのファッキン金剛!!」

 

 金剛がいつもの頼りがいのある笑みを浮かべながらそう言うと、ジャンゴもそれに乗っかる。さっきまでの堅い雰囲気が一瞬で霧散していく。

 

「おっと!イシカベ、オイラ達もモチロンのっかるぜ!こんな楽しそうな作戦仲間外れはナシにしてくれよな!」

 

 ジャンゴが親指を立てながらそう言うと、石壁も苦笑しながら頷いた。

 

「話は纏まったらしいな。ああ、無論だが俺は石壁に自分の命を預けているからな」

 

 伊能は不敵な笑みを浮かべて石壁へと声をかける。

 

「ああ、知っているさ」

 

 石壁は軽く頷いて伊能へと返す。それだけで十分なのだ。相手がどんな思いであるかなど、今更言う必要は無かったからだ。

 

 そして石壁は、最後まで黙って会議の行く末を見守っていた南雲へと向き直る。

 

「南雲提督、これが僕達の答えです。この一世一代の大博打に命を賭けて挑みます」

 

 南雲はその石壁の言葉に、考える様に目を閉じたまま口を開いた。

 

「……石壁提督、キミは自分がどれだけ馬鹿な作戦を行おうとしているのか理解しているのだな?」

 

 南雲の平坦な声に、石壁は頷く。

 

「ええ。この作戦がどれだけ馬鹿げているのか、どれだけ不確定な要素に満ちているのか……命を賭けるには余りにも苦しい賭けであるだろうという事は痛い程に知っています。ですが……」

 

 それは本来ならば石壁が最も嫌う作戦、希望的観測と仲間の能力に頼った、作戦の肝心要の部分を不確定な要素に任せた作戦である。己の力の及ばない領分に仲間の運命を賭けるなど、ほんの数日前の石壁ならば絶対に許せない事であった。だが……

 

「彼等になら……僕の大切な仲間にならば、命を掛けられます」

 

 一人で出来ない事は、仲間に頼れば良いのだ。その単純な事を思い出せた彼ならば、この大博打を打つ事を躊躇う事はなかった。

 

「……そうか」

 

 南雲が石壁のその言葉を聞いて目を開くと。目の前にいる者達は全員、石壁の言葉に笑みを浮かべていた。

 

「君達は一人残らず馬鹿ばかりだな。揃いも揃って、大馬鹿だ」

 

 辛辣な言葉とは裏腹に、南雲の顔にも隠しきれない笑みが浮かんでいた。

 

「だが、それがいい。そうでなくては、面白くない」

 

 南雲は己の心にも火がついた事を感じていた。ブイン基地が陥落して以降、ずっと絶望で冷え切っていた心が熱く燃え滾っているのだ。

 

「石壁提督、私もその大博打に混ぜて欲しい。あのクソッタレな鉄底海峡をぶっ潰すんだろう?是非手伝わせてくれ」

 

 南雲はそう言って笑った。長い長い戦いの中で失われていった熱情が轟々と燃え盛っている。石壁の心の炎が、熱が、周りの男たちの心へと伝播しているのだ。

 

「南洋諸島の泊地の説得は任せてくれ、盟友よ」

「……ありがとうございます」

 

 南雲の不敵な笑みを見て、石壁は頭を下げて礼を言ってから、仲間たちへと向き直る。

 

「この作戦は、既に定まった敗北を無理やりひっくり返す無茶苦茶な作戦だ。実現に際する難点は数あり、一つでもボタンをかけ違えばそれが即座に取り返しがつかなくなるというひどい戦いになる」

 

 それは普通ならどうしようもない負け戦。

 

「だけど僕は諦めない。最後の最後まで勝利を目指して走り続ける。皆が居るなら、僕は絶対に諦めない」

 

 だが、どれだけ絶望的な戦いでも。どれだけ踏みつけられても。どれだけ苦しもうとも。彼等が諦める事はない。石壁が居る限り、仲間が居る限り、信じた友が居る限り。

 

「作戦名は『向日葵作戦』。希望の光へと一直線に伸びていくよう、最後まで前を向き続ける事が必要だ。皆、がんばろう!!」

 

「「「「「おおおお!!!」」」」」

 

 

 

 

 

 火のついた心が折れることは、もう無いのだ。

 

 

 

 

 

 





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