艦これ戦記 -ソロモンの石壁-   作:鉄血☆宰相
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第三十二話 バタフライ・エフェクト

 海上を進むその船体の巨大さはまるで島が一つ動いているかの如く感じられたと、周囲を進む艦娘達はその威容に只々驚くばかりであった。

 

 世界史上最大の艦艇、シーワイズ・ジャイアント級輸送船、大八洲(おおやしま)が海上を南方へ向けて進んでいく。

 

 安全を考慮してとの名分でできるだけ多くの鎮守府の前を通る様に航路を設定された今回の航海は、事実上はより多くの人々に大本営の姿勢を見せつける事を目的としている。表向きは石壁を支援する為に、裏向きには不信感という毒で石壁を殺す為にこの船は進んでいるのだ。

 

 その狙い通り、海路沿いの泊地の提督達はその桁違いの船体に圧倒されると同時に、それだけ大量の物資があるならなぜ自分達にも回してくれないのかと不満を強く募らせていた。

 

「聞いたか、あれショートランド泊地への支援物資なんだと」

「例の石壁提督の?大本営とは反目しあっているという噂だったが……」

「所詮噂は噂だったか」

「いや、大本営の批判逃れの可能性もあるぞ」

 

 大本営への不満が高まるのと同時に、支援先であるショートランド泊地に対する心象は悪化していった。だが同時に今までのショートランド泊地の行動への評価もあり、疑念と猜疑心が混じり合っても尚完全なる敵対までは悪化しなかった。

 

 しかし悪感情が増えているのも否定できない事実であり、徳素の狙い通り南洋諸島泊地群とショートランド泊地の間での綿密な協力体制を築ける状態ではなくなっていた。

 

「……派手な支援だ」

 

 パラオ泊地の総司令である中州提督は、泊地を素通りして先へと進んでいくその船を見つめながら、今後の事を考えていた。

 

「百聞は一見にしかずというが、これだけ派手な一見を見せつければ尽くされた言葉の100や200なんぞ一瞬で隠れて見えなくなってしまうものだ。今までの行動からみてそれが分からぬ石壁提督ではあるまい。ならばこれは彼以外の描いた絵図なのだろうが……まあ、この金の匂いしかせんやり口は十中八九毒素のクソッタレだろう」

 

 中州は徳素の狙いを正確に察していた。

 

「大本営の毒虫の狙いにのってやるのは腹立たしいが、かといって石壁提督に肩入れするにも彼を信頼しきれない……さて、どうしたものかな……ん?」

 

 中州提督がそう考え込みながら歩いていると、海岸線に物資を運び込んでいる艦娘達が目に入った。

 

(あれは……ショートランド泊地のまるゆか……?)

 

 それは秘密輸送作戦に駆り出されているまるゆ達であった。

 

「……そうだな。分からないなら、調べてみるとするか」

 

 中州はそう言うと、泊地の自室へと足を向けた。

 

 ***

 

「ふう、パラオ泊地への移送物資はこれで全部かな」

 

 まるゆ隊のリーダーであるまるゆ隊長が目録とにらめっこしながら倉庫に置かれた物資を眺めていると、背後から一人の男が近寄ってきた。

 

「まるゆさん達、お疲れ様です。これは差し入れですよ」

 

 その男は、港湾労働者に扮した中州提督であった。普段のパリッとした真っ白い軍服から打って変わって作業で傷んだ作業服に身を包んだ彼はどこからどう見てもただの労働者であった。

 

(上司の人となりを知るには部下に話を聞くのが一番だ。石壁提督がどういう人間なのか見極めてやろう)

 

 中州は時々こうやって労働者に混ざって人々の生活や不満を確認する事があった。パラオ泊地の総司令官である彼はこの泊地周辺の市街における行政のトップでもあるからだ。わざわざ自分の目で確認しているのは彼が自分で感じたモノを最も信頼しているからであった。

 

「うわぁ!冷たい麦茶と冷えた果物ですか!ありがとうございますおじさん!みんなー!休憩だよ!こっちに来て!」

 

 まるゆ隊長のその言葉に、周辺に居たまるゆ達が歓声とともに集まってくる。

 

 口々にお礼を言いながらお茶と果物を貰っていくまるゆ達に、中州は我知らず笑みを浮かべてしまう。

 

(……良い子達だなあ)

 

 若干後ろ暗い目的で近づいてきた中州からすると、ここまで真っ直ぐ喜ばれると嬉しい反面少し恥ずかしくなってしまうのであった。

 

 ***

 

「石壁提督についてどう思うか、ですか?」

 

 それから暫しの間世間話をしてから、中州は頃合いをみて本題を切り出した。

 

「ええ。新聞の報道でしか石壁提督がどんな人なのかを知らないので、まるゆさん達に彼がどんな人なのかを聞いてみたいと思いまして」

 

 差し入れと世間話でまるゆ達の口を軽くさせた後であった事もあり、彼女達は口々に石壁について思っていることを話し始めた。

 

「やさしい提督だよね」

「うんうん。よく頑張って泊地運営しているし」

「部下の皆を大切にしてるもんね」

 

(ふむ……第一声で褒め言葉が出るということは普段から良い提督であるのは間違いなさそうだが……)

 

 中州はより深く石壁の人物像を知るために質問を重ねる。

 

「では欠点や不満点なんかはあるのでしょうか?」

「欠点ですか?そうですね……うーん、いい提督なんですけど……一つ難点があるとすれば……」

「すれば?」

 

 一瞬だけ鋭くなった中州の目に気付く事無くまるゆが言葉を続ける。

 

「頑張りすぎですね」

「は?」

 

 まるゆの言葉に中州の目が丸くなる。そんな中州を置いてけぼりにして、彼女達は口々にその言葉に同意する。

 

「確かに石壁提督はいつも頑張りすぎだもんね」

「まるゆ達が頑張って少しでも楽にさせてあげなきゃ」

「ほっとけないんですよねえ」

「目を離したら皆の為に頑張り過ぎてすぐ死んじゃいそうで、なんていうか見捨てられない人だと思います」

「そうそう、人にはしっかり休めって言っているのに一番休めてないのは石壁提督だよね」

「部下の命は何より大切にするのに、すぐ自分の命を軽んじるのは駄目だと思います」

 

 まるゆ達は口々に石壁について語り合っていく。言葉だけを見れば批判のようにもとれる言葉も多々あったが、「しょうがない人だ」と語る彼女達の顔はどこまでも優しく、中州には石壁への仲間としての強い親愛の情が感じられた。

 

(なるほど、石壁提督は部下が自ずから支えたくなるような人物なのか)

 

 当人の居ない時の言葉は多くの場合本音である。故にこそ陰口を叩かれる事が多くとも、その人を褒める言葉というのは中々出てこないものだ。暴言も褒め言葉も、当人が居ない時のモノこそが良くも悪くも信頼できるのである。

 

「……仮にですが」

 

 中州は、この問を投げかけようか暫し逡巡した後に、敢えて問うた。

 

「石壁提督が君達に轟沈を避けられないような作戦を命じたら、どうしますか?」

 

 港湾労働者という立場でするには不相応な問であった。だが、それでもこれを聞かねば判断がつかなかったのだ。

 

 しかし、中州の逡巡を気にする事無く、まるゆ達は特に考えるまでもなく答えた。

 

「石壁提督がまるゆ達にそれを命じるなら、まるゆ達はその命令に殉じるだけです」

 

 中州はその答えに思わず目を見開いた。そんな彼に気づかずに、まるゆ達は言葉を重ねていく。

 

「石壁提督は必要のない死は絶対に命じないもんね」

「むしろ少しでも犠牲を減らす為にこっちが不安になる程無茶しすぎるもの」

「そうそう、そんな石壁提督が助けを求めているなら助けてあげないと!」

 

 当たり前の様に、彼女達は逡巡すらせずに己の死を受け入れた。どこまでもまっすぐに、己の命をかけて命令を遂行してみせると言い切ったのである。

 

(彼女達に……本来なら非戦闘員であるまるゆ達にさえ、決死の覚悟を自ずからさせる程の男か……石壁提督は……)

 

 中州は石壁という男の英雄性を垣間見た。

 

(軍属なら命を賭けて戦うと表向きにはいくらでも取り繕うのが当たり前だ。だが、軍人といえど本音で言えば死にたくないものだ)

 

 当たり前だがいくら軍人が命がけで戦えるからといって命を要らないと思える訳ではない。本当に命なぞいらないと言い捨てられるならそれは最早自暴自棄の死にたがりだ。そしてそれは艦娘とて同じことであり、彼女達も出来ることなら死にたくはないのだ。

 

(だが、彼女達は死の恐ろしさを充分理解した上で、己の命を賭ける事を少しも躊躇しておらん。自分の直属の艦娘ならまだしも、彼女達は部下である別の提督の艦娘だぞ?彼は、泊地の末端に至るまであらゆる人間に命をかけさせる事が出来るというのか……)

 

 中州は思わず唾を飲み込んだ。

 

(一人の提督の元に一致団結して戦うことが出来る一枚岩の泊地……なるほど……これがショートランド泊地の強さか、あの位置で戦い抜ける筈だ……)

 

 中州がそう己の考えを纏めていると、輸送隊長のまるゆが時計を見て立ち上がる。

 

「あ、そろそろ時間だ。みんな!次の目的地まで出発するよ!」

「「「はーい!」」」

 

 号令を聞いた一同が各々立ち上がって中州の方へと向き直る。

 

「まるゆ達はもう行かないといけません。差し入れのおやつ、とても美味しかったです。ありがとうございました!」

「ありがとうございました!!」

「あ、ああ。お仕事、頑張って下さい」

 

 元気良く真っ直ぐなお礼を言われて、中州は少し驚きながら会釈をして彼女達を送り出した。名残惜しそうにこちらに手を振ってくれるまるゆも何名か居た。そんなごくごく自然で素直な彼女達の姿に中州は損得や政治的な理由で頭を悩ませ、こうやってこっそり彼女達に近づいた己が急に恥ずかしく感じてくるのであった。

 

「……彼女達はあれだけ酷い状況に追い込まれて尚、人の善意を当たり前に信じられる仲間の元に居るのだな」

 

 いつぞや陸奥に言われた言葉を思い出し、中州は苦笑した。

 

「……あんな良い子達を、ほってはおけぬよな」

 

 中州はそう言って只の男から、軍人の顔に戻ると、己の泊地の執務室へと戻っていった。

 

 ***

 

 それから数日後、輸送船はラバウル基地を経由してブイン基地へ、そしてショートランド泊地へと辿り着いた。ブイン基地へ半分、ショートランド泊地へと半分ずつ物資を降ろした後に、また同じルートを通って本土へと帰投したのであった。

 

 輸送船は物資を置いて変えればよかったが、石壁たちの地獄はそこからであった。

 

「第28から60番倉庫物資充足!!これ以上運びこめません!」

「輸送ルートを第5番編成へ変更!過剰に運び込んで物資を詰まらせないでください!」

「この物資どっちへ運べばいいんだ!?」

「その物資は現場使用の為に第8縦深防御ラインへと運んでください!」

「完成したトーチカ群の物資貯蔵庫へと運び込む物資はどこですか!?」

「コンテナをバラして分類してください!準備の為に100名人員を待機させています!彼等をつれていってください!」

 

 間宮指揮下の兵站本部は修羅場の真っ只中であった。半分ずつとはいえ正気とは思えない莫大な物資を沿岸部に積み上げた状態で放置する訳にはいかない。武器は装備しなければ意味が無いように、集められた物資は必要な場所に運ばなければ意味がないのだ。

 

 この日の為に空っぽにしておいた備蓄倉庫へと必死になって運び込み、現場へと資材として運び込み、新設した防御陣地の物資として運び込み……と四方八方の陣地へと同時多発的に複数の用途で物資を運び込まねばならないのだ。間宮の卓越した管理能力と熟達した兵站本部の総力を結集してなんとか回しているが、キャパシティを大幅どころでない程超えた物資の山に兵站本部は過労死寸前であった。

 

 それと同時に普段通りのプラントから湧いてくる物資の管理に食事の用意にまるゆ隊の輸送の管理等々……粗末には出来ない業務だって多々あるのである。他の人達に仕事を回そうにも、現在ショートランド泊地は一人残らず修羅場の真っ只中であり、人員の増員によるマンパワーの増大こそあったが、結局首脳部のブラック労働がなければ現場が回らないのでデスマーチは無限延長されていくのであった。

 

「皆さん!疲れたら甘味をとってください!疲労回復用の艦娘用特殊嗜好品ですが妖精さんも食べられますから!」

「「「はいっ!」」」

 

 艦娘達は食べると疲労がポンッと消える不思議な甘味を支給される事がある。これは貴重品であり本来あまり頻繁に用意出来るものではないが、幸か不幸か今回の輸送品にはそれなり以上に混ざっていたため、兵站本部の妖精さん達は間宮の権限でその甘味を使用して働き続けていた。

 

 血走った目で甘味を貪りながら働く妖精さん達の鬼気迫る様相は『まるで地獄の亡者の様であった』、と兵站本部を覗いたとある妖精さんは仲間に語ったという。

 

 さて、先程もいったが修羅場なのは兵站本部だけではない。石壁達が反撃の為に行動を開始して以降、泊地では大勢の妖精隊と艦娘達が昼夜を問わぬ突貫工事で要塞の延伸・拡張工事を行っているのだ。工兵隊の指揮所も相当な修羅場になっていた。

 

「急げ!!大急ぎで縦深防御陣地を作成するんだ!!」

「こっちの進捗遅れているぞ!」

「第334番区画で鉱泉を掘り当てて坑道浸水!この辺は使い物になりません!」

「ド畜生が!排水と封鎖急げ!!怪我人は絶対出すなよ!!」

 

 この数ヶ月で培った圧倒的な土建屋としての施工管理スキルと、艦娘達の力を合わせて行われているその工事の速度は凄まじく、常識を疑うような速さで縦深防御陣地の増設が続いていた。

 

「ふう、少しだけ休憩だ」

 

 現在休憩用の喫煙室には、工兵隊長と砲兵隊長、そして彼等の部下が紫煙を燻らせていた。部下の妖精は連日のデスマーチで溜まってきた疲労を誤魔化す様に深くため息混じりの煙を吐き出している。彼の死んだ目も合わさってまるでオーバヒートした機械が煙を噴いているようにしか見えない。鼻の穴からゆるく立ち上る煙が哀愁を漂わせていた。

 

「……あ、そういえば」

 

 数秒機能を停止した後ニコチンが脳みそに回って再起動した彼は、工兵隊長に声をかける。

 

「工兵隊長、一応聞きますが本当にこんな構造で大丈夫なんですか?継続的な物資輸送路や敵侵入時の防衛線再構築計画などが欠如しています。これ、今までの要塞と違って長期戦での使用想定が殆どされていませんが……」

 

 部下の妖精がそう問うと、工兵隊長は頷く。

 

「ああ。俺も石壁司令に確認したが、むしろそれがこの陣地の肝だと言われたよ」

 

 そういいながら、隊長妖精は脳内に図面を描きながら言葉を続ける。

 

「今までの要塞は全て徹底して長期間戦い抜くことを前提とした汎用性の高さを売りにしたモノだった。それだけ強靭な要塞でなければ普通なら戦いにすらならないからな」

 

 本来なら戦力にすらならない陸軍妖精隊を戦略に組み込むためにはそれだけ徹底せねば勝負の舞台にすら立てないのだ。

 

「だが、今回の要塞からは『攻撃力』はそのままに長期間の対応力を限界まで欠如させることで納期を短縮し、とにかく数を作ることを優先させている。普通ならこんな要塞では表面戦力だけが充実した張子の虎であり、安物買いの銭失いと言わざるをえんが……幸いにして、物資だけは腐るほどあるからな……」

「ああ、先日の『アレ』ですか」

 

 先日本土からショートランド泊地に送られてきた一泊地が使うとすると気が狂いそうになるほど大量の物資。それによってただでさえ余りがちであったショートランド泊地の資源事情は『資源が多すぎて逆に管理が破綻する』という他の泊地が聞いたら羨ましさで憤死しそうな状態に突入している。

 

 資源管理を担当する間宮達兵站部はショートランド海岸線とブイン基地(跡地)に山積みになっている大量の物資を必死になって管理しようとしているが……そもそも倉庫に収まりきらないのだから一定以上はもうどうしようもなかった。その上間宮達は工事に必要な物資の現場への移送搬入、大量の土砂の撤去、全員の食事管理、秘密輸送作戦用のショートランド泊地本来の物資管理等々……泊地運営の根幹に関わる業務を多々請け負っている為、その業務の多忙さは筆舌に尽くし難い状態であった。

 

「物資は腐るほど有るが時間が致命的に足りないから、節約を一切考えずにじゃんじゃん使えるだけ使って作れるだけ作れとのお達しだ。我々は兎に角この防御陣地の縦深を増やすことだけを考えればいい」

「なるほど、わかりやすくていいですね」

 

 石壁が思い描く作戦に継続戦闘力がそこまで重要ではなかった事、要塞建造しかしてこなかった熟練の工兵隊がいる事、艦娘がいる事、物資が腐るほどある事……これらの要因が絡み合った結果、縦深防御陣地の造成は恐ろしい速さで進んでいた。突貫工事の粗製乱造のように見えて、防衛線として必要な火力だけは一切変わらずに高いという殺意の極まる陣地を作り続けているのである。

 

「……しかし、これだけ多くの防衛線を作っても人員が足りないのでは?」

「ああ、それは俺が聞いたよ」

 

 今度は砲兵隊の隊長妖精が口を開く。

 

「石壁司令はなんと……?」

 

 隊長妖精は少し笑うと、部下へと告げる。

 

「『僕に良い考えが有る』とさ。喜べ、また酷使されるぞ」

 

 石壁の良い考えは基本的に本当に必要な良い考えなのだが、それに付随して発生する苦労の多さも並外れたモノになるのが最大の難点であった。その上彼の無茶振りは『死ぬほど辛いがギリギリ何とかなる程度の無茶』と『完璧に不可能』の境界線を突いてくるので余計質が悪かった。上司の人物観察眼が尖すぎるのも考えものである。

 

「……ああ、空はこんなに青いのに」

「ここから空は見えねえよ」

 

 悲しいかなここは地下壕の中である。現実逃避を初めて鉄板の鈍色の屋根の向こう側の空を幻視しはじめた部下の頭を、隊長妖精は軽く小突いて現実へと引き戻す。

 

「……さて、休憩はそろそろ終わりだ」

 

 灰皿へと煙草を押し付けて工兵隊長がそう宣言すると、その場の全員の目に力が戻る。

 

「俺達は未来(あす)を掴むために今日を頑張るしかないんだ。行くぞ」

「「「応」」」

 

 ***

 

 かくして、波乱を巻き起こし至るところへとその影響を波及させているこの支援物資の一件だが、その余波は徳素が予想している以上に広がっていた。

 

「……以上が、ショートランド泊地の偵察でわかった情報です」

 

 そう、現在イシカベを殲滅せんと戦力を再編している飛行場姫である。青葉達が鉄底海峡へと監視の目を向け続けているように、飛行場姫達もショートランド泊地を監視していたのだ。

 

「……おびただしい物資の山に急拡大していく要塞、ねえ?」

 

 ショートランド泊地にやってきた大量の物資は沿岸部に高く積み上げられており、それは鉄底海峡にも当然ながら知られている。

 

 そして、それ以後目に見えて拡大拡張されていく沿岸部の防衛線。現在のショートランド泊地で使うには過剰であろう設備群。これらの報告を受けた飛行場姫は興味深そうに報告書を眺めている。

 

「なるほど。どうやら私の予想以上に人類側の結束は硬く、イシカベにかかる期待は重いようね。まああれだけの名将なら当然かしらね」

 

 そういいながら、彼女は卓上へと報告書を置く。

 

「これは遠からず大規模な増援が来るわね。勝てないとは言わないけどあのイシカベにこの物資が必要になるほどの大戦力の指揮を取らせるなんて真っ平ごめんだわ。拙速は嫌いだけどあまり悠長な事は言ってられないかもしれないわね」

 

 飛行場姫の視点から見れば、ショートランド泊地は南方棲戦鬼を単独で打ち破るほどの大英雄イシカベが率いる精鋭中の精鋭泊地である。しかも前回の鎮守府正面海域の死闘では3日で戦略規模の増援を受ける程に後背地との連携が厚く、それ以後綿密な艦隊のやり取りが続いており、さらに今回は沿岸部に山になるほどに手厚い支援をうけているのだ。彼女がこの結論に達するのは致し方ないモノであった。彼女は軍事的常識に則って、今回の輸送と沿岸の拡張を後にくる大規模増援艦隊受け入れの為の布石であると判断したのだ。

 

 むしろ前線と本土で全力で足の引っ張り合いをしている結果こんな物資が送られるなど想定するほうが無茶というモノであった。仮にもし事実を知ったとしても彼女は冗談だと思って信じなかったであろう。大本営の連中より深海棲艦の彼女の方がよっぽど常識的なのは皮肉というしかなかった。

 

「総勢2万隻まで戦力を増大させてから押しつぶすつもりだったけど、1万数千まで回復したら攻勢に出るわ。そのうち数千隻はショートランド泊地の後背地から来るであろう増援艦隊への対策に回すわよ」

「はっ!了解しました!」

 

 徳素の嫌がらせが生み出した予期せぬ波及効果が、鉄底海峡の女王の戦略を動かしたのである。これが、彼等にとってどんな意味を生み出すのか、今はまだ誰にも分からない。

 

 

 

 

 

 

 





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