艦これ戦記 -ソロモンの石壁-   作:鉄血☆宰相
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第三十五話 異次元の物量戦

 闇が世界を包んだ後、深海の亡者達が海上を進んでいく。全てを暗い海の底へと誘わんとする幽鬼達を迎え撃つのは、人界万里の果てを護る世界最強の防人達である。

 

 戦略的勝敗は既に決している。防人達に勝機はない。その筈であった。

 

 だが、彼等は誰一人として絶望していない。心は折れていない。魂の火は消えていない。

 

 燃え盛る戦意と冷徹な殺意を闘志という形で結実させ、命尽き果てるその瞬間まで折れることのない魂を研ぎ澄ましていく。

 

 近代技術で練磨された退魔の剣、鉄火を吐き出す龍のアギトを敵へと向けて、護国の鬼達はその時を待った。

 

 そしてーー

 

ー19:00ー

 

 

「敵艦隊の大規模攻勢が開始されました!」

「恐ろしい数です!」

「あと数分で海上機雷原に敵艦隊が突入します!」

 

 海図の上に集まった情報をもとにどんどん駒が配置されていく。

 

「来たか……!!総員射撃用意!!」

 

 石壁は海図を見つめながら命令を出す。そして、遂に開戦の狼煙が上がった。

 

「敵艦隊機雷原に突入!」

 

 ***

 

「進め!進むのだ!!」

 

 海上を埋め尽くして進軍する深海棲艦達。限界まで密集した彼女達は回避行動さえロクに取れないだろう。だが、それでも問題はなかった。

 

「前も後ろも味方で一杯ね……」

「逃げようにも後方を督戦隊が抑えているから変な動きは出来ないわ」

「こ、これだけ沢山いれば、大丈夫よね?敵もきっと逃げ出すわよね?」

 

 一万隻もの深海棲艦を完璧に統率する事は土台不可能である。故に飛行場姫のとった戦術は極めてシンプルであった。彼女は自軍の戦術を『一塊にして真っ直ぐ突っ込ませる』『後方を督戦隊で監視し分裂を防ぐ』『短時間にとにかく多数の味方を押し込んで敵を押しつぶす』という三点に絞ったのである。こういう戦術を一般的にこういう。

 

「まるで、深海棲艦の戦列歩兵だわ」

 

 とある深海棲艦がそう呟いた。そう、これは戦列歩兵の統率方法なのである。戦争の進化に従って消えていった古びた戦術である戦列歩兵には、とある利点が存在する。それは『訓練の行き届いていない兵士を戦闘に使える』という利点である。

 

 もともと戦列歩兵は常備軍が主流になる以前の、徴兵された農兵達を『無理やり戦わせる為の戦術』である。なにせ一列になって真っ直ぐ進むだけなのだから、逃げ出す事さえ防げば味方は前に向かうしかなくなるのだ。先日の南方棲戦鬼との戦いで彼女が督戦隊で部隊を無理やり統率したのと理屈は同じである。

 

 飛行場姫は前回の正面海域の戦いの戦訓から、だらだら戦っても無駄に時間を食うだけだと判断して最初から督戦隊による深海棲艦の海上戦列歩兵を組み、一万の戦力を短期で怒涛の様に叩きつけ石壁を押しつぶすつもりなのである。単純故に抗い難いゴリ押しの極みであった。

 

 普通なら抵抗すら儘ならずあっという間に押し潰されたであろう。前回の敗北を経験する前の石壁達でも、抵抗は出来なかった筈であった。

 

 そう、前回敗北する前の石壁達ならば、だが。

 

 その瞬間、海上に閃光が走り、爆炎が立ち上った。

 

「ぎゃぁああ!?」

「右舷大破!ああ、だめ、し、沈む!?」

「畜生!イシカベめ!海を機雷でうめやがったな!?」

 

 触雷による爆散があちこちで発生する。轟音と共に海上を航行する先遣隊は一隻、また一隻と轟沈していく。

 

「こちらも爆雷を前方へ投射しろ!運が良ければそれで掃海できる!全弾投射したら天祐を信じて突撃!機雷を踏みつぶして前へ進め!」

「くそっ!?」

「誰か助けてくれ……!」

 

 後方の督戦隊によって逃げ出すことができない深海棲艦の『戦列歩兵』が死の海原へと進んでいく。時代と共に失われた戦列歩兵は、練度や戦意の低い雑兵を効率的に死なせることが出来る陣形なのだ。命が軽く、どれだけ死んでもいずれ蘇る深海棲艦にとってすればとても効率の良い戦い方であると言えるだろう。

 

「おごぁ!?」

「がぁ!?」

「ダメ、た、助けて!」

 

 隊列を組まされてまっすぐ進む艦隊が次々轟沈し、すぐに後ろの艦がそこを埋めながら隊列を組み直して進む。機雷が全て無くなるまで兵士を送り続けて突破するという力業に過ぎる掃海方法であった。だが、海に仕込まれた機雷はただの機雷ではなかったのが、すぐに発覚する。

 

「た、隊長!海が!海が燃えています!」

「なに!?」

 

 機雷が爆散するたびに海上に炎が広がる。闇の中を進んでいた深海棲艦の姿が、遠めでも分かる様になっていた。

 

 ***

 

「石壁提督!やはり連中止まりません!」

「照明機雷が効力を発揮しています!深海棲艦を視認できました!」

「敵艦隊、続々と炎上する領域に侵入しています!止まる様子はありません!」

 

 その報告に、石壁が笑みをみせる。

 

「やはりその手できたか飛行場姫!お前たち深海棲艦のやり口は南方棲戦鬼との戦いでお見通しだ!」

 

 石壁は深海棲艦という種族が部下の命を共産国家並みに安く見ていると知り、こういう数にまかせたごり押しをしてくるだろうとみていた。どんな罠でも一度発動すれば殺せるのはその罠の数だけだ。100の罠に200の兵士を流せばどれだけ死んでも100は突破できてしまう。だから石壁は考え方を変えた。100の罠で殺せる数に限界があるなら、その100を布石に1000の敵を殺そう、と。

 

「凄いですね提督!海面全てを照明にするなんて!」

「海面の炎上位では進行を『止められない』深海棲艦の突撃力が仇になっています!」

 

 工廠特性の照明機雷、それは普通の機雷としての効果に加え『海上に石油を巻いて着火する』という特性がある。

 

 油は水の上に浮き、火をつければ燃える。古典的な戦術として水路に油を流して火を放ち、浅い水堀を進む敵兵を焼き殺したり、一時的に防いだりした事例がある。石壁はその古すぎる戦術を深海棲艦との戦いの中に蘇らせたのだ。

 

「さあ!自分から光り輝く舞台の上に来てくれたんだ!たっぷりと鋼鉄製の投げ銭をくれてやれ!疑似イージス改型起動!沿岸砲台陣地全力射撃開始!機雷原の敵を叩け!」

 

「「「了解!!」」」

 

 その瞬間、明かりの方を無数の沿岸砲台が狙いをつける。

 

「射撃管制システム起動!」

「『疑似イージス改型』感度良好!!」

「照明により敵機補足!!」

 

 その瞬間、各地で疑似イージスの演算補助を受けた砲台がピタリと目標へ向けて制止する。

 

「全砲門、撃てえええええ!!」

 

 轟音。海岸線に設置された大小様々な砲台が、一斉に火を噴く。その一瞬で海岸線が昼のように明るくなり、鼓膜が破れそうになる程の砲雷が、夜の静寂を切り裂いた。

 

 ***

 

「沿岸部敵砲撃確認!着弾しま……」

 

 その瞬間、炎上する海面を進んでいた深海棲艦達が殺到する砲弾で消し飛んだ。

 

「な、なんだこの精密な砲撃は!夜なのに!」

「この炎だ!くそっ!?この明るさじゃ向こうから丸見えだ!」

「急いでこの海域を抜けないと!」

 

 闇夜での精密な砲撃に泡を食った大勢の深海棲艦が我先にと前へ進んでいく。そして機雷に触れて吹き飛び、砲撃により消し飛び、更に炎上する光源を増やしていく。

 

 進めば進む程拡大する地獄、それでも止まれず進むしかない彼女達の心中はいかばかりか。

 

 この時弾着観測を行っていた兵員は、その光景を見てこう思った。

 

 まるで獄卒につれられた地獄の亡者が、灼熱地獄に焼かれているようだった、と。

 

 ***

 

「こいつはすげえ!夜なのにバンバンあたるじゃねえか!!」

「そらそらくたばりやがれぇ!!」

「次弾装填急げ!!」

 

 沿岸砲台では砲兵隊が射撃を行っている。何故闇夜であるのに砲撃が良くあたるのか?砲兵隊の練度と照明による補助はもちろん大きいが、鍵は新兵器である『疑似イージス改型』にあった。

 

 今までの疑似イージスは中枢のスパコンでの演算を艤装を通して石壁に流し込み、それを全て石壁が処理する形式であった為、かかる負荷があまりにも大き過ぎたのだ。要するに最大効率最大効果を追求するあまりに発生したランニングコストの軽視が原因である。

 

 故に明石は発想を切り替えた。一人で無理なら複数人で行えばいい。そしてなんでも一つにまとめるのではなく、あえて分離独立させればいいのだ、と。その結果生まれたのがこの疑似イージス改型である。

 

 中枢の簡易スパコンでデータ処理を行う形式自体は変わらない。だが、処理したデータを流し込む担当を石壁以外に複数人用意した。そして同時に全てを並行処理するのではなく、例えば『A地点の対空射撃のみ』『B地点の砲撃演算のみ』といった具合に担当区画・担当機能の徹底的分割を行い、一人一人の業務を単純化したのである。更に、効力を幾分落とすが要求スペックを『徹底的』から『必要十分』まで緩和したことで負担を減らしていき、遂に石壁以外の妖精さんにもなんとか『使える』システムへと装置自体を切り替えたのである。

 

 最高・万全・完璧であることが常に最善であるとは限らない。妥協できるところは妥協して本当に必要な部分を必要十分に兼ね備えているならば、それは戦場における最善足りうるのである。

 

 その結果が、この地獄絵図であった。鬼に金棒を与えるがごとく、護国の鬼神達に明石達工廠部門渾身の秘密兵器が合わさった戦果は凶悪の一言であった。

 

 ***

 

 数をそろえた36cm連装砲が、一斉に火を噴く。実物大の艦砲の射撃が、明かりに照らされた海面を叩く、叩く、叩く。

 

 砲台陣地の砲撃は、時間とともにより正確に、より過密になっていく。

 

 反撃とばかりに無数の砲弾が飛んでくるが、その殆どが効果を発揮する事無く見当違いの場所に着弾する。運良く命中したとしても、沿岸砲台の分厚い装甲やトーチカには効果が薄かった。

 

 深海棲艦にとって夜は圧倒的なアドバンテージのある時間帯である。もともと夜間戦闘の適性が艦娘より高いという事もあるが、なによりもまず戦闘時の距離が近いというのが大きい。

 

 夜間戦闘は互いに敵を発見しづらい為、どうしても戦闘の間合いが近くなる。昼間であったなら近づけないだろう距離まで艦と艦が接近するのである。

 

 その結果何が発生するかといえば、艦隊同士が一撃で敵を轟沈させうる『必殺の間合い(ワンインチ距離)』での殴り合いが発生するのだ。戦艦の砲撃が敵を吹き飛ばし、水雷戦隊の魚雷が戦艦に突き刺さるといった事態が頻発した際。命の軽い深海棲艦と命の重い艦娘では、前者が圧倒的に有利なのだ。

 

 また、敵が見えなければ当然ながら砲撃は当たらない。故に、如何に砲戦能力にすぐれた沿岸砲台陣地とはいえ、普通ならどうしても夜は射程が短くなる。先日の第一次鎮守府正面海域防衛戦によって深海棲艦達も沿岸砲撃陣地との砲撃戦は危険であると認識している。その沿岸砲台の効果を減じる事が夜戦なら可能なのである。

 

 故に飛行場姫は、深海棲艦の数の暴力を最大限に活かしつつ、闇夜によって沿岸砲台の砲戦距離を低下させ、一気に海岸線まで押し込もうとしたのである。

 

「くそっ!?駄目だ!!砲撃があたらん!?」

 

 だが、それが裏目にでた。

 

「観測機も発艦できない!弾着観測による修正も効かない!敵の位置がわかるのは砲撃の一瞬だけ!こんなのどうやって砲撃を当てろっていうんだ!?」

 

 本来海上における砲撃戦は、弾着の観測によってじわじわと狙いを修正しながら敵に当てるものだ。昼間であれば砲弾の着弾もよくわかり、修正もできる。更に観測機を上げれば三次元的な観測で更に砲撃制度を上げたり、見えない敵を撃つことだって可能になるのだ。

 

 だが、今は夜でありそんなことは不可能であった。一方の要塞側は海面が燃えて光って居ることから一方的に打ちつつきちんと砲撃の修正を行えるのである。どちらが有利かなど一目瞭然であった。

 

「畜生!こんなことなら素直に昼間に攻めれば!」

「今更言った所でどうしようもあるまい!泣き言を言う暇があるならとにかく沿岸まで進め!」

 

 彼女たちを待ち受ける地獄は、まだまだこれからであった。

 

 ***

 

 21:00

 

 砲撃戦開始より数時間が経過してなお、未だに沿岸砲台陣地は落ちて居なかった。だが、そろそろ機雷原はその機能を失いはじめており、多くの深海棲艦が泊地沿岸部へと接近を始めていた。

 

 現在は、照明弾や探照灯によって接近してくる深海棲艦を照らし、同時に沿岸のトーチカ陣地からの砲撃で防いでいるが、そろそろ敵艦隊接岸は時間の問題であった。

 

「もうすぐ海岸だ!!総員進め!!進めえ!!」

 

 指揮艦に従って沿岸へと近づく戦列歩兵だったが。隊列の至る所で異変が出始める。

 

「うわっ!?」

「グゲッ!?」

「お、押すな!!やめろ踏むなゲハァ!?」

 

 隊列を組んでいた深海棲艦達が突如としてたたらを踏み、躓き、あるいは動けなくなり進行が停滞したのである。

 

「お前ら何をやって……ッ!?」

 

 異変に気が付いた指揮艦は、海上へと突き出したとある物体に気が付く。

 

「ぎ、艤装!?なんでイ級の艤装である外殻がこんな所に!?」

 

 それは、深海棲艦の艤装であった。海面の至る所から突き出した『深海棲艦イ級の艤装』に躓いて転ぶモノが続出したのである。

 

「艤装だけではありません!!ゆ、有刺鉄線が!!尋常でなく強靭な有刺鉄線が艤装と艤装の間を繋いでいます!!」

「なんだと!?引きちぎれんのか!!」

「無理です!!普通の鉄ではありません!!」

 

 足元や胴にからみついた鉄線を食い破らんともがく彼女達であったが、細さの割に恐ろしく硬いその鉄線に食い止められて身動きが出来なくなってしまう。それでも止まらない進行に押し倒され、踏みつけられて、圧死する深海棲艦が続出する。

 

 そして、それを見逃す石壁達ではない。

 

「今だ殺せ!!撃て!!撃ちまくれ!!」

 

 石壁の号令の下、動きが鈍った戦列に片端から砲弾を叩き込んでいく。ただでさえ密集している陣形が止まってしまった部分では圧死が発生するほどの過密具合になっており、そこへ叩き込まれた砲弾の威力は凶悪であった。

 

「があああ!?」

「くそっ!?どうなってんだ!?」

「なんだこの鋼線は!?」

 

 停滞する進軍、動けない味方、止まらない砲弾、まるで第二次世界大戦のノルマンディー上陸作戦の如く……上陸せんと足掻く深海棲艦達が稲わらをかき回す様に薙ぎ払われていった。

 

「あれが工廠部の作った新型有刺鉄線か!」

「良い的だぜ!!撃ちまくれ!!」

 

 動きの止まった戦列へ向けて砲兵隊は容赦なく砲撃を叩き込み続ける。

 

 ***

 

「通常の有刺鉄線で深海棲艦を食い止める事はできません。普通の鋼線では深海棲艦に杭ごと引き抜かれるか、糸そのものを引きちぎれてしまうからです」

 

 明石は石壁へ向けて不敵な笑みをみせる。いつか見せたのと同じ、マッドサイエンティストらしい狂気が見え隠れする笑みで。

 

「だから、糸も杭も、全部深海棲艦の艤装から作ってやったんですよ。以前ここに放置された数千名の深海棲艦の死体から」

 

 そう、前回の第一次鎮守府正面海域防衛戦において石壁達は敗北こそすれども延べ数千隻もの深海棲艦を撃沈していたのだ。その大量の死体と艤装の内、死体は弔ったが艤装に関しては明石が有効活用したのである。

 

「生体部品を取っ払ったイ級の艤装に鉄骨を溶接して『返し』を作ってから、海岸線にコンクリで埋め立てたんですよ。坑道を掘る過程で出た大量の石灰質の土砂を有効活用して人工的に遠浅の海岸線を作り、そこにイ級の杭を立てて、艤装から削り出した鋼線を張り巡らせました」

 

 イ級溶接マンと化した明石が大量のイ級の残骸で作った特製鉄杭に、これまた工廠部門の技術を結集して作った深海棲艦由来の特性鋼線の有刺鉄線を張り巡らせた海岸線は、沖合数百メートルまでが鉄線陣地となっている。後ろから押されて後退できず、前は鉄線で防がれ、海上故に隠れる場所もないここは、正しくもって地獄であった。

 

 要塞にこもり、有刺鉄線で防ぎ、一方的な猛射を叩き込む。近現代における防衛戦の黄金パターンが遂に実現したのである。

 

「提督、一方的な攻撃ってお好きでしょう?」

 

 明石の言葉に、石壁は不敵な笑みで頷いた。

 

 ***

 

「駄目です!!鋼線が邪魔でうまく進めません!!」

 

 部下の報告に、最前線の戦列を指揮するレ級が舌打ちする。

 

「チッ……無駄に抵抗しやがって!!お前等!!鉄線にぶつかったらそのまま上に倒れ込んで道を作れ!!躊躇う様なら撃ち殺して無理やり乗せてやる!!行け!!進め!!止まるんじゃねえ!!!」

「なっ!?おごえっ……」

 

 レ級はそういって目の前のチ級の首をへし折ると、鉄線の上に放り投げて『道』を作り出す。

 

「大勢に踏みつけられても生き残る可能性にかけるか!こうやってオレに殺されて死体になるか選びな!!オレはどっちでもいいぜ!!」

「ひいぃ!?」

 

 その言葉に悲鳴をあげて、鉄線にからめとられた深海棲艦達が自ら倒れ込んで無理やり通り道になっていく。

 

「オラオラ進め進め!!止まったら殺す!!躊躇っても殺す!!お前等はただ前に進めばいいんだ!!」

「がっ!?」

「ぐっ……!!」

「おごっ……!?」

 

 再び停滞した流れが前方へむけて進みだす。敵に撃ち殺されるか、味方に踏みつぶされるか。地獄の戦場で最悪の二択を強いられ、それでも一縷の望みをかけて彼女達は鉄線へと身を投げるしかなかった。

 

 ***

 

「敵軍の進攻再開!!」

「……予想通りだが、思ったより早かったな」

 

 石壁は気持ちを切り替えて新たに命令を出す。

 

「だが、進軍が遅くなる事に変わりはない!!今の内に殺せるだけ殺してやれ!!同時にそろそろ作戦を第二段階に移行するぞ!!準備を怠るな!!」

「「「了解!!」」」

 

 ***

 

ー22:00ー

 

 数百メートルの鉄線陣地が稼いだのはわずかに1時間だけであった。だが、その1時間で海岸線に流れた深海棲艦の血は夥しい量になっており、陣地は十二分に役目を果たしたと言えるだろう。

 

 そして遂に沿岸へと敵が接岸を始める。

 

「沿岸部10番陣地、120ミリ砲射撃開始!敵艦隊増大につき徐々に接近されています!」

「沿岸部18番陣地、探照灯破壊されました!」

「沿岸部24番陣地、大型砲台破損!砲戦能力低下!」

 

 泊地の指揮所で報告を聞いた石壁は、それらの報告を聞いても焦ること無く命令を下した。

 

「うん、みんなよく頑張ってくれた。これより作戦を第二段階へと移行する!」

 

 その言葉に、指揮所の妖精たちが息を飲む。

 

「総員、沿岸砲台を『放棄』!!鎮守府防衛隊のみを残して撤退せよ!!『ヤドカリ作戦』開始!」

「「「了解!」」」

 

 石壁は慌ただしく行動を開始した指揮所の面々を見ながら、覚悟を決める。

 

(みせてやるよ飛行場姫、本気になった人間が、どれだけ頑強に抵抗出来るのか。どれだけしぶといのかを)

 

 防衛戦の天才である石壁が、本気で『後先考えず』戦えばどれだけ強いのか。時間を区切って敵を摩耗させる事だけを考えれば、どれだけ悪辣に戦えるのか。

 

(『たった一晩』だけ守れば良いなら何が出来るのか。どれだけ殺せるのか。僕達の力の真髄を見せつけてやる)

 

 石壁は己の築き上げた全てを賭けて、この作戦に挑むのだ。

 

 ***

 

「敵トーチカ沈黙しました!」

「なに!?」

「罠でしょうか」

「わからんが、兎に角駆け込め!」

「前進!前進!」

 

 沿岸砲台からの砲撃がピタリと止んだ事で、不気味さを感じながらも砲台陣地に雪崩込む深海棲艦達。トーチカの銃眼を破壊し、内部に入り込む。要塞を乗り越える等、沿岸部に浸透し始める。

 

「変です!誰もいません!」

「敵兵いません!物資もそのままです!」

「陣地は空です!くりかえします陣地は空!」

 

 その報告を聞いた各艦隊の指揮艦は、耳を疑う。

 

「馬鹿な!あれだけ精強無比なイシカベの部隊が逃げ出すなどある訳が……」

「報告!トーチカ内部の坑道は『ある程度進むと』塞がっています!」

 

 数百名の深海棲艦が沿岸部に続々となだれ込んだ段階でそんな報告がとどく。そこに至って指揮艦は気が付いた。

 

「いかん!トーチカ陣地は罠だ!中に入るなーーーー」

 

 その瞬間、轟音と共に沿岸砲台陣地が全て吹き飛んだ。内部になだれ込んだ無数の深海棲艦諸共に、要塞が丸ごと吹き飛んだのである。

 

 ***

 

「総員後退!総員後退!」

「事前の想定に従い陣地転換!」

「速やかに砲台を破棄し後退せよ!」

「「「「了解!」」」」

 

 号令に従い、砲兵隊は一糸乱れぬ動きで陣地を破棄し、後退していく。物資も弾薬も残して、『妖精用輸送路を通って』後退する。

 

「総員後退しました!」

「よし!発破!」

 

 トーチカの部隊が後退完了すると同時に、発破命令がくだされ坑道各所が爆砕される。これでトーチカを落としてもそこから敵が雪崩込む事は出来ない。

 

「なんというか……すごくもったいないですねこれ」

「物資もそのままだぜこれ」

「本当に贅沢な戦い方ですな」

 

 妖精さん達が『先ほどとほぼ同じ設備のトーチカ』にたどり着いてから、これほど簡単に陣地を放棄することへの感想を口にする。まだ使える砲も物資も弾薬も全部放棄して別の陣地へそのまま移るという、貧乏陸軍からすればもったいなくて心配になる戦い方であった。

 

「しかし……ふふふ、まさかこんな戦い方があるとは」

「ええ、『陣地がなくては戦えない』、『陣地は簡単には動かせない』……なら『陣地をまるごと捨てて、事前に作っておいた新しい陣地にどんどん逃げ込めばいい』……言われてみれば当たり前でありますが、帝国陸軍では『あり得ない』戦い方でありますなあ」

 

 防衛隊の隊長と副官が、思わず笑いながら言い合う。明日の兵糧や物資にすら事欠く帝国陸軍が、物資も兵器も投げ捨てて後方撤退など出来る訳がないのだ。潤沢な物資と兵器を『大量に現地生産』できるこの世界だからこそ出来る荒業であった。

 

 まあ可能である事と実際に出来るかは別問題であって、所謂『普通の鎮守府』では物資の大半が普通は艦娘へと回される。故に陸軍妖精が活躍する場を整える事など事実上不可能であり、そんな事するくらいなら艦娘に回せと突っ込まれるのが確実であった。故にこの世界でもやっぱりこのショートランド泊地以外で『こんな贅沢な戦い方』をする事は無いのであるが。

 

 これが石壁の考案した、縦深防御と焦土戦術に、トロッコ移動による機動防御を混ぜ込んだ『ヤドカリ作戦』である。あっちこっちと陣地を乗り換えながら敵を長い防衛戦で疲弊させ、一方的にボコボコにするというやられた方からすれば溜まったものではない戦法であった。これは前衛のA陣地、後衛のB陣地、更に後ろに空のC陣地とD陣地を用意し、A陣地がピンチになればC陣地に撤退してA陣地を放棄する。やってきた敵はB陣地で防ぎ、その間にC陣地の防御を固める。B陣地がピンチになったらC陣地に任せてまた後方のD陣地に引く……これを延々と繰り返す作戦である。

 

 敵から見ると、命がけで要塞に取り付くたびに敵がいなくなり、逃げ出した敵は妖精さん用の地下道を通るから追撃できず、要塞を突破するたびに新しい要塞が出現するのである。

 

 だが、一見逃げ続けるだけの簡単な作戦に見えるが、実際の所は相当に高難易度な作戦である。何故なら攻撃、撤退、再編、殿(しんがり)を完全にコントロールしながら延々と繰り返し続けるのは並大抵の練度では不可能であるからだ。実現の為に彼等は血の滲むような訓練に耐え続けてきたのである。石壁が砲兵隊に延々と行わせていたのは、このヤドカリ作戦の間に号令の下指示通りに一切の混乱なく逃げ続ける為の『大規模避難訓練』であったのだ。訓練の是非が文字通り命に係わる、命懸けの避難訓練である。

 

 その訓練の成果が、確かな形となって今ここにあった。

 

「さながら信長の火縄銃三段撃ちだな」

「考えつけば出来るけどなかなか思いつかないし、思いついても費用が高すぎて普通は出来ないって所がそっくりですね」

 

 其の瞬間、沿岸部の大要塞が盛大に爆発する。

 

「おー、おー、勿体無い。これは大本営に叩かれるぞ」

「盛大な税金の無駄遣いですね。大本営が怒るでしょうねこれ」

 

 そういった後、二人は声を揃えて言った。

 

「「まあしったこっちゃないがな!!」」

 

 その場に居た陸軍妖精達は、盛大に笑った。

 

 

 ***

 

「やられた!『空城の計』なんて古臭い策を用いよって!一体いつの時代の戦争だこれは!!」

 

 轟々と炎上する沿岸線を見ながら、深海棲艦の指揮艦は海面で地団駄を踏むという器用な事をする。

 

 石壁も『深海棲艦による海上戦列歩兵』なんていう新しいのか古いのかよくわからない珍奇な戦術をとった連中には言われたくないだろうが。

 

「イシカベめぇ!だが、この程度で攻勢は止まらんぞ!」

 

 既に2000名以上の深海棲艦が死んでいるが、まだまだ攻勢は止まらない。この日のために飛行場姫は約1万隻もの深海棲艦を動員している。『圧倒的物量で敵を磨り潰す』というソ連式の究極の人海戦術。物量と鉄量による一切の鏖殺である。

 

 過剰、そう過剰であった。攻城は防御側の三倍の戦力がいるというが、妖精約5000名に対して、深海棲艦10000名である。数の上では二倍だが、実質的には二倍どころの話ではない。本来なら戦いにすらならない圧倒的な戦力差である。まともにぶつかれば一瞬で終わる戦いなのだ。

 

 だから石壁は遠慮しない。今日この晩を生き抜くことだけを考えて、徹頭徹尾『まともにぶつからない』戦いを展開しているのである。

 

 深海棲艦が一騎当千の万の兵の使い捨てているなら、石壁は万の兵に匹敵する無数の要塞を使い潰している、似ている様で対極的な、異次元の圧倒的物量の衝突であった。

 

「物量に押しつぶされろイシカベ!」

「要塞ですりつぶしてやるよ深海棲艦!」

 

 深海棲艦の指揮艦と石壁が、ほぼ同時に同じことを叫んだ。

 

 戦いはまだ、始まったばかりだ。

 

 

 

 

 





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