艦これ戦記 -ソロモンの石壁-   作:鉄血☆宰相
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第三十九話 戦艦武蔵

「夜明けか……ん!?」

 

 島の東から攻め寄せてきた深海棲艦達は、背後から夜明けの光が来たことで思わずそちらを向き、ありえないはずのものを目撃した。

 

「あ、アイアンボトムサウンドを覆っていた闇の結界が……無くなっている……!?」

 

 昼も夜も変わること無く鉄底海峡を覆っていた闇のベールが消えていた。本拠地の飛行場姫の島までは見えないものの、絶対にあるはずのものがないというインパクトに、思わず侵攻部隊の前線隊長であった深海棲艦は呆然としてしまった。彼女にとっては夜が開けたら庭先に見えた富士山が消えていたぐらいの驚天動地の事態であった。

 

 その瞬間、隊員達の無線機が一斉に鉄底海峡からの広域電波を受信した。

 

『ザザー……この無線を聞く全深海棲艦は直ちに鉄底海峡に帰還せよ!!!急げ!!うわっ!?助けーーザザァッ!!』

 

 その雑音と爆音混じりの悲鳴のような救援要請に、本拠地が大変な事態に陥っていると彼女達は気づいた。

 

「い、急いで本拠地に撤退するんだ!!急げ!!飛行場姫様があぶなーー」

 

 その瞬間、凄まじい轟音とともに周辺の深海棲艦もろともに前線指揮所が消し飛んだ。

 

 

 ***

 

 数分前、要塞陣地の指揮所。

 

「鉄床海峡へ飛ばした偵察機より入電!!『日ハノボレリ』!!繰り返します!!『日ハ

 ノボレリ』!!作戦は成功しました!!奇襲成功です!!」

 

「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!」」」」

 

 指揮所に集っていた皆から歓声が漏れる。

 

「よし!!作戦は最終段階へ移行する!!総員出撃!!撤退しようとする敵に食らいついてやるぞ!!!」

 

『応!!!』

 

 その瞬間、一部の妖精をともなって石壁が走り出す。行き先は要塞線の中に隠蔽されたカタパルトだ。そこには発射台の上に座る武蔵の姿があった。

 

「待ちくたびれたぞ、相棒」

「……最後にもう一度だけ聞くぞ、良いんだな?」

「愚問だ」

 

 寸の間、逡巡したようにそう訊ねた石壁に、武蔵は躊躇いなど微塵も感じさせない力強い笑みで返した。

 

「……わかった」

 

 そう言って、くるりと背後に集う妖精たちを振り返った石壁。眼前には、指揮所で苦楽を共にしてきた妖精たちの姿があった。

 

 彼等は皆一様に笑みを浮かべている。これから戦場へ赴く事への覚悟は出来ていると、その笑顔が雄弁に語っていた。彼等にこれから下さねばならない命令の過酷さに、石壁は後ろ髪をひかれながらも叫んだ。

 

「みんな聞いてくれ!!これより僕らは死地に飛び込む!!」

 

 石壁は声を張り上げる。

 

「ここがこの作戦最大の激戦地になる!!この中の何名が再びここに戻ってこれるか分からない!!だが、それでも僕達はいかなきゃならない!!」

 

 石壁の演説はつづく。

 

「この作戦は無茶苦茶だ!!こんな作戦を思いついた僕を恨んでくれても、罵ってくれても構わない!!でも、やらなくちゃ勝てないんだ!!」

 

 石壁は血を吐くような思いで続ける。

 

「だから皆の命を僕にくれ!!勝利のために、この泊地に集ったあらゆる人たちの為に!!僕と共に出撃して欲しい!!」

 

 石壁の言葉を聞く妖精達の顔に戦意がみなぎる。それをみて、石壁は遂に最後の一線を越えた。

 

「行くぞ!!!!」

「「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」」」」」」

 

 

 全ての妖精達が、石壁の掛け声に応じた。それは要塞線中に伝播していき、世界を揺るがすような大合唱となった。

 

 皆の覚悟を見て石壁が武蔵へと向き直る。武蔵は、今まで見てきた中で最高の笑顔で待っていた。

 

「行くぞ!武蔵!!お前の生まれてきた意味を見せてやるんだ!!」

「おう、この武蔵に任せろ!!」

 

 その瞬間、その場にいた全員が武蔵に吸い込まれて消え失せた。武蔵に搭乗したのである。

 

「カタパルト準備完了しました!!」

「出撃用意完了!!」

「カウント開始します!3、2、1……発艦!!!」

 

 艦内の指揮所で、石壁は覚悟を決めて叫んだ。

 

『武蔵出撃!!!』

 

 石壁が号令したその瞬間、武蔵は飛んだ。カタパルトが飛び出すと同時に、十数万馬力の脚力でもって戦艦が空を翔んだのだ。

 

 そして、要塞線に押し寄せる敵艦隊の上空にたどりついた瞬間、艦娘であった武蔵がまばゆいばかりの光につつまれ、急速に拡大していく。

 

「変身……!!艦艇形態……!!」

 

 光は全長数百メートルに拡大し、空中にその異形が姿を表す。70年前に海の底に沈んだ筈の、世界最大、最強の一角。

 

 幕末から昭和までの激動の時代を駆け抜けた大日本帝国という彗星が生み出した、時代にそぐわぬ最強の戦艦。

 

「『戦艦武蔵』推して参る!!」

 

 

 

 戦艦武蔵が空中に出現したのだ。

 

 

 

「な……」

 

 そのあまりに唐突かつ非現実的な出現に、泊地に押し寄せる深海棲艦達が面食らう。空中に浮かぶ大質量は、そのまま重力に引かれ大地に落ちる。世界最大の超超超ド級戦艦はその大質量を余すところなく活かし、大地に蠢く深海棲艦達を押しつぶしながら慣性の法則に従いスライドする。

 

 そして、敵本隊の方向に船体側面を、すなわち世界最強の戦艦のキルゾーンを向けて静止した。

 

 そう、艦娘形態でも凄まじい威力を誇る四十六センチ砲が、そのスペックを最大化した戦艦形態で全門そちらに向いているのだ。

 

「痛いのをぶっ食らわせてやれぇ!!」

 

 砲兵長妖精の怒号が響く。

 

「神仏照覧!!武蔵撃て!!!」

 

 石壁の号令に、武蔵は男らしい笑みで応えた。まさか戦艦艦娘としてではなく、ただの戦艦武蔵としてその十全を振るって見せる日が来るとは思っていなかったからだ。世界最強・最大の大海獣(リヴァイアサン)のアギトが、全てを飲み込まんと開かれたのである。

 

 石壁の号令に応えて、万感を込めて武蔵が叫んだ。

 

「全門斉射ッッッ!!!!」

 

 その瞬間、凄まじい衝撃波を伴う爆音と共に、四十六センチ砲から九発の九十一式徹甲弾が撃ち出された。

 

 至近弾でさえその衝撃波で船体にダメージを与えるというその砲弾の斉射は、その余波だけで武蔵の船体下部でひしめく深海棲艦達を吹き飛ばし、打ち出された砲弾は空気を引き裂いて敵艦隊に殺到した。

 

 1,5トンの弾丸が時速数千キロメートルでほぼ水平に射出されたのだ。それは上陸中だった部隊へと突き進み、前衛のル級達を粉微塵に粉砕し、中心部隊であった隊長格のタ級達のド真ん中に着弾した。

 

 大質量の着弾でまず、不幸にも着弾点付近に居た数十体程のタ級が消滅し、炸薬の爆裂と共に破片一つ一つが必殺の破壊力を秘めて飛散する。半径数百メートル内の数百名に及ぶ深海棲艦達は良くて四肢欠損、運が悪ければそのまま致命の一撃を浴びて事切れた。

 

「があああああ!!!???」

「脚がアアア!!??」

「目が見えん!!??」

 

 否、本当に幸運だったのは一撃で死ねた連中だったようだ。全身を主砲弾の破片で食い破られながらも、その強靭な生命力故に死ねなかったタ級達は苦しみ悶えている。しかし、敵に情け容赦をかける石壁ではない。仲間の為に石壁は情けを捨て、修羅となって追い打ちをかける。

 

「主砲次弾装填!副砲斉射!時間を稼げ!!」

「了解!!次弾装填急げえ!!」

「機銃!!副砲!!何でもいい!!撃って撃って撃ちまくれ!!敵に息をつかせるな!!」

「了解しやした!!」

 

 石壁の声に戦闘指揮所の妖精達が応える。

 

 武蔵の主砲の自動給弾システムが全力で稼働する中、副砲や機銃が火を吹き、混乱の渦中である深海棲艦達に降り注いだ。

 

「ぐうう!?何をしているお前ら!!反撃しろ!!あのデカブツだ、砲弾を外す方が難しいだろうが!!!撃て撃て!!撃ちまくれ!!!」

 

 とあるタ級のその言葉におされ、すかさず数十発の主砲弾が武蔵に叩き込まれた。砲弾は武蔵の装甲を穿ち、機銃砲座を吹き飛ばし、その船体に悲鳴を挙げさせた。

 

「カフッ……」

 

 指揮所の武蔵の本体が血を吐く、船体各所の妖精たちは死にもの狂いでその対応に追われた。

 

「十二番銃座炎上!消火班急げ!」

「衛生兵!!こっちに来てくれ!!」

「弾足りねえぞ!!こっち持って来い!!」

「死体を銃座から引きずり出せ!!次は俺が銃座につく!!」

 

 これが戦闘艦艇形態のデメリットだ。戦闘艦艇形態は通常の艦娘形態の十倍近い戦闘力を発揮するが、その巨体故に回避が効かず一方的に撃たれてしまう。これではいかに強力であろうと危なっかしくて戦闘に使えたものではない。しかも、そのダメージは艦娘にフィードバックされるのだ。

 

 だが……

 

「大丈夫か武蔵!」

「ふん…… 戦艦が簡単に沈むものか……!その程度で……この武蔵が落ちるものか!!」

 

 武蔵は揺るがない、数発の主砲弾が装甲を貫通し、いくらかの副砲や機銃砲座を吹き飛ばしたが、それだけだ。『その程度』なのだ。

 

 戦艦が沈むというのは、喫水線以下で魚雷が直撃し浸水して横転するか、基幹部や弾薬庫等への直撃弾による爆沈が主だ。武蔵や大和は魚雷でやられた。が、ここは陸上である。いくら体に風穴が開こうが沈没することはない。

 

 しかも、事前に燃料の大半はおろしてあり、基幹部は武蔵の兵装を動かすための最低限しか稼働していない。これでもし基幹部を撃ち抜かれようとも、武蔵を爆砕するのは不可能だ。

 

 可燃物、爆発物の最低限しか無い陸上に存在する戦艦武蔵という、おおよそ敵からすれば悪夢のような代物が顕現したのである。

 

「はは……いいぞ……この痛みだ……この興奮だ……」

 

 武蔵は溢れ出る血を味わうように舌なめずりをした。ゾクゾクと背筋を伝う興奮に、凶悪な笑みが溢れでる。

 

「もっと撃って来い!!この『戦艦武蔵』を最期まで戦わせてくれ!!!!石壁提督、命じてくれ!!!!貴様の敵の一切を討てと、砲塔が焼け落ち、装甲の一切が断ち切られ、艦艇としてその命尽き果てるまで戦えと!!!!」

 

 武蔵は嗤った。前世ではついぞ得ることの出来なかった戦艦としての戦いに、大艦巨砲主義の全てを出し尽す興奮に、『戦艦武蔵』は狂喜しているのだ。艦娘でありながら深海棲艦でもある彼女は、その内に眠る狂気に身を任せて暴れ狂おうというのである。

 

「勝手に死ぬなよ武蔵!!お前が死ぬ時は僕の死ぬ時だ!!お前が本当に最強の戦艦なら……自分の命ごと僕を護り通して、敵の一切を殺し尽くせ!!!」

 

 だが、それを石壁は許さない。ある意味でただ勝つよりも難しいオーダーでもって、武蔵を此方側へと引き戻す。

 

 石壁の言葉に一瞬あっけに取られた武蔵に、もう一度命令する。

 

防空戦闘(おぜんだて)は僕に任せろ!命令だ、武蔵!!『一切を殺し尽くせ!!武蔵こそ世界最強の戦艦だと証明しろ!!』」

 

 石壁のその無茶苦茶な命令に、武蔵は頷いた。先ほどまでの狂気ではなく、最高の笑みでもって応えた。

 

「この武蔵の全てをかけて、証明してみせよう!!貴様の武蔵は世界最強だとな!!!」

 

 その直後、主砲の装填が完了した。

 

「斉射アァッ!!!」

 

 轟音と共に世界が揺れた。己の存在意義を証明する為に、託された思いに応える為に、そして何よりも石壁の為に。彼女はその全身全霊を込めて最悪の戦場へと挑むのだ。

 

 自らの、世界最高の提督とともに。

 

 

 ***

 

「おい!貴様ら!!戻れ!!……だめだ。完全に統制から外れてしまった……」

 

 侵攻軍最高司令官であった戦艦タ級フラグシップは頭を抱えていた。本陣と前線指揮所の間の意思疎通が完全に寸断され、前線の深海棲艦達が独断行動を取り始めた事で完全に指揮能力を喪失したからだ。これによって本拠地である鉄底海峡が大変な事になっているというのに、彼女達は撤退する事が出来なくなってしまったのだ。絶対的な暴力と強権によって統制されていたが故に、その鎖が無くなってしまえば後は好き勝手に動くしか出来なくなるのである。

 

「イシカベ……これがお前の狙いか。何をどうやったのかも想像がつかないが……貴様自ら攻撃を受け止めている間に鉄底海峡を完全に破壊し、同時に戦艦武蔵という絶対に目をそらす事の出来ない超兵器を我々にぶつけて戦場に戦力を縛り付けるのが……!」

 

 石壁の策の全体像はこうだ。護りきる事が不可能と判断したが故に、己以外の全提督と最低限以外の全艦娘を攻撃に回し、『たった一人の提督と妖精達だけで敵を受け止める』まずその段階で無謀でしかないこれが、作戦の第一段階。

 

 その次が、自身の艦隊の駆逐隊だけで敵陣を限界まで引っ掻き回して防御陣を撹乱して敵を引き寄せるという第二段階。

 

 撹乱した防御陣を突き破り敵の本拠地へと精鋭部隊という『おとり』を突き込み結界破壊の為に時間を稼ぐ第三段階。

 

 伊能達が結界を破壊し、新城が全戦力を突き込み、南洋諸島泊地連合軍によって敵の予備選力を全て膠着させる第四段階。

 

 そして最終段階、残った全戦力を叩きつけると同時に、『たった一隻の戦艦』で数千名の深海棲艦を全て喰らい付かせて決着までの時間を稼ぐという捨て身の時間稼ぎである。

 

 新城はこの作戦を聞いた時そのあまりに狂気が満ちた戦略に怒号を上げて激発した。石壁にかかる負担が、あまりにも極大であったからだ。だが、これ以外に1万数千隻もの深海棲艦を受け止めながら勝利をつかむ方法など石壁には思いつかなかったのだ。

 

 正気にて大業はならず。石壁は鉄底海峡を本気で攻略するために死に物狂いの狂人となって、己の命すらかけて戦いへと挑んだのである。

 

 武蔵が初撃で前線指揮所を完全に吹き飛ばしたのは偶然ではない。武蔵という世界最強の釣り餌に全ての敵を引き寄せるために、敢えて敵の脳みそを叩き潰したのだ。

 

 それは即ち数千名にも及ぶ残りの深海棲艦全てを暴走させるに等しい。石壁はその狂乱し怒涛となり押し寄せるであろう深海棲艦を全て己で受け止めるつもりなのだ。

 

 勝利を掴むために。

 

「……もはや我々にはこの戦いの行方を見守るしかない」

 

 タ級は戦いの采配が完全に己の手を離れた事で、戦場に鎮座する大戦艦をただじっと見つめる事しか出来ない。

 

「私には分かっているぞイシカベ。あの南方棲戦鬼様を前にして一歩も引かなった貴様の事だ。其処にいるのだろう?あの時のように、貴様は今も命懸けで戦っている筈だ」

 

 その言葉には、一歩も引かずに自分たちと戦い続けた敵将への複雑な敬意が含まれていた。石壁を敵として本気で戦ってきたからこそ、彼女は石壁を真の英雄として認めているのだ。

 

「見届けさせてもらうぞイシカベ!!貴様の戦いの全てを!!」

 

 己の主君である南方棲戦鬼を打ち取った英雄の戦いがどの様な結末を迎えるのか。その答えが出る時は、近い。

 

 

 

 

 

 

 


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