艦これ戦記 -ソロモンの石壁-   作:鉄血☆宰相
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遂に第二部最終話です。ここまでお付き合い頂いた皆様ありがとうございました。

二部の最後の物語を楽しんで頂ければ幸いです。



なお本日はこのまま【エピローグも投稿致します】のでお見逃し無きようにご注意下さいませ。




最終話 英雄への道

 戦艦の馬力を全開にしてぶん殴られた飛行場姫は、数十メートルの距離をふっとばされて飛行場の側にあった建物に叩き込まれた。

 

「はぁ……!!はぁ……!!」

 

 手応えはあった。今の一撃をくらって無事でいられるわけがない。

 

 その瞬間、基地全体が振動と共に崩壊していく。いくつかの建物が爆散していく。

 

「……やったのか?」

 

 新城は目の前の基地が崩壊していくのを見て、警戒しながらそう呟く。

 

「いや違う!!あのファッキンビッチ、本当にどこまでも諦めが悪いらしいぜ!!」

 

 ジャンゴが絶叫する。

 

「あのアサガラババア自分が生き残るために基地にダメージを移しやがった!!おまけに基地を爆破して足止めにしやがったんでい!!」

 

 金剛は追いついてきた艦隊の仲間に肩を支えられながら悪態をついた。

 

 飛行場姫の依り代はこの広大な飛行場だ。この基地にダメージを負えば飛行場姫もまたダメージを負う。

 

 だがこれは裏を返せば、己のダメージを艤装である飛行場へと移すのも不可能ではない事を意味するのだ。

 

『クソっ!?探せ!!飛行場姫を探せ!!探すんだ!!』

『無理だ、基地が爆発するぞ!!離れろ!!』

 

 飛行場へと乗り込もうとする新城をジャンゴが止める。

 

 その間も基地は爆炎を上げて崩壊を拡大していく。金剛達は後ろ髪を引かれながらも、海上へと撤退するしかなかった。

 

 ***

 

「……はぁっ!はぁっ!」

 

 飛行場姫は恥も外聞もなく、一目散に逃げ出した。緊急逃走用に作っておいた地下道を通って、何もかもを投げ捨てて、ただ生き残る為に走り続ける。

 

(……し、死んでたまるか……他の何を犠牲にしてでも、私は生き残るのよ)

 

 飛行場姫は、どこまでも生きることを諦めない。たとえ決戦に負けたとしても、自分一人さえ生きているならいくらでも再起は可能であると知っているから、それこそが姫級の深海棲艦の強み。他の深海棲艦達が軽視する、最も厄介な点。

 

(そうよ……次はもっと、もっとしっかり準備して……もっと沢山集めて……もっと、もっと、もっと……)

 

 ある意味で、飛行場姫は石壁と似ていた。どこまでも真っ直ぐ前を向いて、目的の為に一生懸命になれるモノである彼女は、思考回路が石壁と似ているのだ。

 

「諦められるか、諦めてたまるか」

 

 飛行場姫は走る。地下道から脱出し、爆炎を上げる基地に見向きもせずに、南方の密林の中を、生きる為に走る。枝葉に肌を切られ、ダメージを移しきれずにボロボロになった体でも、彼女は諦めずに走り続ける。

 

「絶対に諦めない……諦めなければ……諦めなければーーーー」

「然り。諦めなければ、いつか必ず刃は届くものだ」

 

 林を抜けた彼女の眼前には、一人の男が立っていた。泰然自若とした男の不敵な笑みをみて、彼女は思わず足を止めてしまった。

 

「初めまして、飛行場姫」

 

 男は腰から軍刀を抜いて構える。そう、似た物同士である石壁と飛行場姫だ。互いが絶対に諦めないモノ同士であるが故にこそ。

 

「ここが、貴様の墓場だ」

「っ!!」

 

 絶対に諦めないモノがどういう行動に出るかなど、最初から石壁にはお見通しであったのだ。

 

 伊能の足元には、万が一の為に待機させておいた脱出路を護っていた深海棲艦達が死んでいた。石壁の命令で、伊能達はガダルカナル島に部隊を揚陸させ、飛行場姫の脱出経路を炙り出していたのである。石壁の作戦に、容赦という文字は存在しないのだ。

 

「こ、こんな!こんな馬鹿な事があってたまるか!私の、私の作戦は完璧だった!鉄壁の護り!万全の戦力!どこをついても崩せない積みの状況だった筈よ!」

「その通り、貴様の戦略は完璧だった。それは間違いない」

「ならーー」

「ただ一点間違いを指摘するなら、貴様がルールの枠内で常識的な勝負を挑んだ事だな」

 

 完璧だった彼女の戦略は、常識と常道を踏襲した一部の隙もない戦い方だった。強固なバフのかかる陣地に籠り、圧倒的な兵力で敵を押しつぶす。どんな英雄も圧殺する理不尽な程の数の暴力に頼るそれは、勝つべくして勝つ常勝の理論だ。

 

 飛行場姫はいわば内政型の智将であった。勝てる準備を整えて後は現場に任せる。絶対に勝てる戦いしか挑まない素晴らしい将だ。

 

 だから読み違えた。石壁達という常識の破壊者(チーター)達が、己の整えた盤上に乗ってくる筈がなかったのだ。常勝であるが故に彼女は盤外戦術なんて考えなかった。ゲーム盤ごとひっくり返すなんて考えすらしなかった。『人から外れているバケモノが一番人間らしかった』というのが、最高に皮肉が効いていた。

 

「貴様が優秀であればこそ、我々はここに辿り着いた。ルールの中で最善を尽くす貴様であったからこそ、我々は貴様の行動を読み切る事が出来たのだ。貴様は間違いなく最高の司令官であった……だから我々も、貴様には一切容赦をせぬ」

 

 その瞬間、飛行場姫の胸元から、刃が突き出た。

 

「な……が……!?」

「……申し訳ないでありますな。これが、弱者の戦い方であります」

 

 伊能が飛行場姫の気を引く間に、音もなく背後に忍び寄ったあきつ丸が軍刀を彼女の心臓へと突き立て、潰すようにグルリと回転させる。それだけで重要臓器が複数損壊し、彼女の命を急速に失わせていく。

 

「……ぐ!?ち、畜生、貴様らに……貴様らの様な木っ端なんかにぃ!!」

 

 飛行場姫は、背後のあきつ丸に気を取られて眼前の人間への注意が散漫になった。人間と艦娘なら、気を配るべきは艦娘。どこまでも彼女のあり方は常識的であった。

 

「ああ、もう一つ間違いがあったな」

「!?」

 

 その瞬間、10メートル近く先に居たはずの人間の声が、己の耳元から響いた。伊能は飛行場姫の意識が逸れたその瞬間に、一瞬で距離を詰めたのだ。

 

「貴様の最大の過ちは、石壁に戦いを挑んだ事だ。貴様は触れてはならん猛毒の木っ端を飲み込もうとしたのだ」

 

 伊能が最上段に構えた軍刀を振り下ろす。触れれば敵の防御ごと全てを叩き切ると恐れられた必殺の剣術。示現流の太刀が、飛行場姫を両断せんと頭上から放たれる。

 

「それを魂魄に刻み込んで、逝け」

「お、お……」

 

 飛行場姫は、スローモーションで眼前に迫る刃をみて、遂に己の命運が絶たれたのだと悟った。

 

「おのれえええええええぇぇぇ!!!」

 

「「はあああああああああああぁ!!!」」

 

 其の瞬間、刃を引き抜き、体を回転させながらあきつ丸が横凪の一閃を放つ。上段からの一撃と、横凪の一閃が飛行場姫の体で交錯した。

 

「……はは……は……なに……よ……」

 

 彼女の魂が切り裂かれる。憎悪の核を切り裂かれた彼女は、遂に終わりを受け入れた。

 

(定まった盤面をひっくり返す……そんなことは夢物語……私達の様なバケモノでもそれが出来ない……それが出来るなら……それこそ……それこそ……)

 

 一瞬、切られた状態で静止していた彼女であったが、ズルりと体が4つにずれていく。

 

「イシカベ……アンタの方がよっぽど……バケモノ……じゃ……ない……」

 

 飛行場姫は己が挑んだ敵のあまりの規格外さに、自嘲気味な笑みを浮かべて崩れ落ちた。

 

 

 

 戦略的な厄介さでは南方棲戦鬼すら超える常勝のバケモノが、遂に息絶えたのである。

 

 

 

 

 ***

 

 

「……飛行場姫様配下の者より入電、彼女が、討たれました」

「……そう、か」 

 

 タ級は、未だ頑強に抵抗する戦艦武蔵を見つめている。

 

「……一万隻の深海棲艦をもってしても、イシカベには届かなかったか」

 

 噛みしめるように呟かれたその言葉には、諦念と共に、納得が含まれていた。

 

「それでこそ、南方棲戦鬼様を討った男だ。あの方もあの世でお喜びであろうよ。仇敵の強さを、己を討った男の強さを知って」

「……」

 

 タ級の言葉を、副艦のル級は黙って聞いている。

 

「しかし……ふふふ、まさか『戦艦武蔵』に負けるとはな。大艦巨砲主義の権化である南方棲戦鬼様に憧れた我ら戦艦の深海棲艦が、同じく大艦巨砲主義の権化である武蔵に負けたのだ。これに勝る誉れもあるまい」

「……ふふ、そうですね」

 

 しばし、笑いあった二人であったが、やがてタ級は命令を下した。

 

「総員撤退、もはや我々に勝機は無い。各々、好きにしろと伝えろ」

「……指揮艦殿は」

 

 タ級は、ある種の清々しさを感じながら、言葉を続ける。

 

「殿は私が受けもとう、撤退の間位は稼ぐ」

「……承知いたしました。それでは」

 

 副艦のル級が無線を開く。

 

『総員撤退。くりかえす、総員撤退。【我々】が時間を稼ぐ、各々、自由に逃げよ』

 

 ル級の言葉に、タ級が困ったような顔をする。

 

「貴様も逃げろよ副艦」

「いい加減自分も戦う事に疲れました。最期までお供したく思います。地獄の釜茹でも、イシカベのやり口程苛烈ではありますまい」

 

 ル級の言葉に、タ級は苦笑した。

 

「……違いない……では、逝こうか」

「……はい」

 

 ***

 

「深海棲艦が引いてゆくぞ!」

「か、勝った!!我々は勝ったんだ!!」

 

 三々五々、四方八方に散り散りに逃げ出す深海棲艦を見て、石壁の仲間達は勝利を悟った。

 

「……や」

 

 その瞬間、歓声が爆発した

 

「やったぞー!」

「勝ったんだ!俺たちが、俺たちの泊地が、あの鉄底海峡に!」

「バンザーイ!バンザーイ!!」

 

 各々が勝利に、生き残った奇跡に、喜びを爆発させ、隣り合った者たちと肩を叩きあう。

 

「ショートランド泊地万歳!石壁提督万歳!」

 

 誰からともなく言い出した万歳の掛け声が、次第に広がっていく。

 

「石壁提督万歳!」

「ショートランド泊地万歳!」

「石壁提督万歳!俺たちの英雄に万歳!」

 

 やがて、一つの掛け声がそろう。

 

 

 

「「「「ソロモンの石壁、万歳!!」」」」

 

 

 

 この日、一人の深海棲艦(バケモノ)が討たれ、一人の英雄(バケモノ)が生まれた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 武蔵は撃った。撃って、撃って、撃ちまくった。主砲も、副砲も、機銃も、全てイカれるまで打ち続けた。全身のありとあらゆる兵装が動かなくなった後は、周囲の妖精や艦娘達の盾として、戦場に鎮座し続けた。

 

 艦内では内部に潜入した深海棲艦との死闘が続き、妖精や、艦娘達による白兵戦になった。

 

 そして、夜明けと共に始まった石壁と武蔵の戦いが、ついに終わったのだ。

 

 石壁は指揮所に付す武蔵の頭を抱きしめている、全身血だらけの武蔵を抱きしめる彼は、二人分の血で真っ赤に染まっていた。

 

「……武蔵、まだ生きているか」

「……かろうじて……な」

 

 武蔵は血まみれで青い顔をしながらも、なんとか笑みを浮かべた。

 

「どうだ……貴様に証明出来たか……?この、武蔵が……最強の戦艦である……と……」

「……ああ、充分だ」

 

 武蔵を石壁は強く抱きしめた。

 

「僕の武蔵は、世界最強だ」

「……そうか」

 

 そう呟くと、武蔵は弱々しくも満足げに微笑んだ。

 

 すると、武蔵の体が仄かに輝きだし、体の末端から光の粒子となって空気に溶け始めた。艦娘としての武蔵が、存在を維持できる限界まで消耗し、消滅を始めたのである。

 

「武蔵……体が……体が……」

 

 石壁は、消えようとする武蔵をこの世に繋ぎ留めようとする為に、弱々しく抱きしめる。

 

「……ああ、どうやら限界らしいな」

 

 そう言って、武蔵は消え始めた右手を目の前に掲げている。消え逝く速度は緩やかだが、既に指が半ばまで消えていた。

 

「逝くな……逝かないでくれ……武蔵……お前が居なくちゃ……僕はどうやって敵を討てばいいんだ……お前が僕の道行を切り開いてくれるんだろう……?それなのに……道半ばで消えちゃうのか……」

 

 石壁は滂沱と涙を流しながら、武蔵に言う。

 

「……泣くなよ。貴様は、この武蔵の相棒だろう?」

 

 消えかけた手の甲で、武蔵は優しく石壁の涙を拭った。

 

「なんで……なんでそんな風に笑えるんだ……そうやって僕にやさしく出来るんだ……恨み言の一つでもぶつけてくれよ……お前は……僕の無茶苦茶な作戦が原因で死ぬんだぞ……なんで……そんなに満足した顔が出来るんだよ……」

 

 石壁がそういいながら、残った腕で武蔵を抱いた。石壁の欠けてしまった片腕を見ながら、武蔵は言う。

 

「……その無茶苦茶な作戦の最前線まで、この武蔵の力を信じて一緒に飛び込んでくれた貴様を、嫌う訳がないだろう……それにな」

 

 武蔵は弱々しい笑みではなく、いつものふてぶてしい笑みを浮かべた。

 

「『艦娘武蔵』としてではなく『戦艦武蔵』として、戦場でその力を余すところ無く発揮し、迫りくる大群を真っ向から打ち破る……戦艦にとって……これ以上の誉れがあると思うか……?いや、あるわけがない。あってたまるか。頼むからこの戦いを誇ってくれ石壁堅持、貴様は……いや……貴方は……」

 

 石壁は、真っ直ぐこちらを向く武蔵の赤い瞳を通して、己を見つめた。

 

「この武蔵の、最高の提督だから」

「……ッ」

 

 武蔵のこの言葉を否定することは、武蔵を否定する事だった。武蔵という世界最強の戦艦の誇りを汚す事だった。武蔵という戦艦の艦長として、それだけはしてはいけない事だった。

 

 瞳の中の石壁の顔つきが変わる。武蔵の言葉で、この戦いが石壁の中で自虐すべきモノから、自負すべき戦いへと変貌したのだ。

 

 石壁という男が、また一歩、英雄へと成長した瞬間であった。石壁は男として、また一回り成長したのだ。

 

 その事を知った武蔵は、満足げに頷いた。

 

 そして、武蔵は二呼吸ほど考えたあと、悪巧みをするような顔をして語りだした。

 

「しかし、このまま輪廻の輪に戻るのは確かに約束を破る事になって心苦しいからな。最後に、一つ贈り物をしよう」

「……え?」

 

 石壁がほうけた様につぶやいた瞬間、消えかけた手が石壁の失われた左目に押し当てられた。

 

「何をーー」

「さあ、この武蔵の全てをもって行け。この乱世を最後まで駆け抜けろよ石壁堅持、私は特等席でそれを見届けさせてもらうからな」

 

 瞬間、石壁の欠けた眼窩に、『武蔵』が流れ込んだ。

 

「なっ!?」

 

 驚愕の声をあげる石壁。目の前では、今まで緩やかに消滅してきた武蔵が、凄まじい勢いで体を失っていくーー否、不可思議な何かへと変換され、石壁の左目へと流れ込んでいく。

 

「輪廻の輪をくぐるよりも、貴様の今生を見たくなったんだ。この武蔵の命の有り様は、『石壁堅持の行く末を照らす光となる』事だと決まったーー」

 

 武蔵が、慈愛に満ちた笑みを石壁へと向けて、最期の言葉を紡いだ。

 

「ーーさらばだ」

 

 そう呟いた瞬間、武蔵が消え去った。

 

 一番最後に左目を覆っていた武蔵の手が消えた瞬間、永遠に視力を失っていた筈のそこから、光が溢れた。

 

「……え?」

 

 石壁が、震える手を左目に当てた。それから視界を確かめる様に手を離す。

 

 残った左腕の手相まで、くっきりと見えた。見えたのだ。潰れたはずの左目に、光が戻ったのだ。

 

「これ……は……」

 

 それは、艦娘だけが行える、禁断の邪法。己の魂のあり方を変える、最期のお呪い(まじない)

 

「近代化……改修……」

 

 それは、艦娘のみに許された、奇跡の魔法。己の全てを仲間に託す、末期の贈り物。

 

「む……さし……」

 

 武蔵は己の魂を、己の全てを、石壁に託したのだ。

 

「武蔵……ッ!!」

 

 石壁は、消えてしまった武蔵を抱きしめるように。友からの贈り物を確かめるように。しばし左目を抑えてその場にうずくまっていた。

 

「うわぁぁああああああ!!!」

 

 戦艦武蔵の艦橋で、石壁は涙を流した。武蔵の戦いは石壁の誇りとなった。だが、それでも石壁の涙は止まらない。

 

 武蔵よ許してくれ。お前への惜別の涙を今だけは許してくれ。そう心の中で乞いながら。石壁は『武蔵』の船体を涙で濡らした。

 

 鉄の船体はどこまでも冷たく、何も答えない。彼女の魂は石壁へ託された。そこにあるのは、武蔵の伽藍洞の抜け殻だ。石壁には、それがまるで死体のように感じられたのであった。

 

 こうして、ショートランド泊地の、石壁の全てをかけた戦いは終わった。

 

 泊地に刻まれた傷は深く、失われたものは多い。

 

 石壁は『片腕』を失った。武蔵を失い、要塞の大半は破壊された。

 

 だが、生きている。絶体絶命の危機を、彼らは生き延びたのだ。

 

 石壁の左目は赤色の瞳になり、数日のうちに髪から色素が完全に抜け、銀髪に近い白へと変貌した。

 

 それは、武蔵の色であった。彼女の瞳と髪の色であった。

 

 そして----

 

 

 ***

 

 

「……」

 

 石壁は、戦場に鎮座する『戦艦武蔵』を見つめている。左右で色の違う瞳で、己の目と、相棒の目で、じっと見つめている。

 

「武蔵、君がいなければ……僕は死んでいた」

 

 石壁が相棒へと言葉を紡ぐ。

 

「僕は言った。『僕の命ごと守り抜いてみろ』と、君はそれを守ってくれた。僕を守り抜いて、僕の道を照らす光となってくれた」

 

 武蔵に託された瞳がしっかりと未来を捉える。石壁が歩む未来を、じっと見つめる。

 

「だから、僕は前に進む。君から貰ったこの瞳で、この命で、最期の最期まで、前を向いて進み続けてみせる」

 

 石壁はもう泣かない。先に逝った命をただ嘆くのではなく、誇りとする。己の為に命をかけてくれた彼らを誇る。それが、彼らの献身への手向けとなるのだ。

 

「見ていてくれ、武蔵。君が命を賭した事が間違いではなかったと。君の相棒は、確かに君に並び立つ男だったのだと、証明してみせるから」

 

 武蔵に託された瞳から、一筋の雫が流れて落ちる。涙を流さぬ石壁の瞳の代わりに、その心中を代弁するように、武蔵の瞳が涙を流す。

 

「だから、見ていてくれ……僕の相棒、世界最強の戦艦、武蔵」

 

 石壁は、片目から涙を流しながら、相棒へ向け宣言する。

 

「君の艦長として恥じない男になってみせる」

 

 石壁は遂に英雄となった。流れに流されるのではなく、自ら流れを作る側へとなった。時代の荒波を治める覚悟を決めたのだ。

 

 ショートランド泊地の山奥から始まった彼の英雄譚は、南方海域全域へ、そして世界へと舞台を広げようとしていた。

 

 最大の牙城を失い進退窮まる深海棲艦、石壁の存在が表面化して暴走する大本営、激化する南北対立にもはや我慢の限界の南洋諸島の人々……石壁が巻き起こした暴風が世界を揺るがせる。果たして、彼らの前に待つのは希望か、絶望か。それはまだ誰にもわからない。

 

 





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