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自己紹介をしあってから10分程後、二人はジャンゴが起こした焚き火のそばで湖に向かって座っていた。焚き火にはジャンゴが捕まえた魚が串に刺されて焙られている。
「そーいやなんでジョジョはこんな場所に居たんだ?オイラと違ってガッコーあるんじゃねーのか?」
ジャンゴは焼き魚に齧りつきながら問うた。ちなみにジョジョは数分前に決定した新城のあだ名である。
「……なんか、いつもどおりの道を歩くのが嫌になってさ。学校と逆の方向に歩きだしたら気が付いたらここに居た」
ジャンゴと殴り合って幾らかスッキリとした新城は、自分の腹の内について話しだした。
「へえ。真面目そうな坊っちゃんって感じの割に……随分ロックな事してるじゃねーの」
ジャンゴが楽しげに笑いながら言うと、新城は首を降る。
「いいや、そんなかっこいいもんじゃない。何せ、私は父に対して何の意見も言うことが出来ない臆病者だからな」
「臆病者?」
「ああ」
それから新城はポツリポツリとジャンゴに語る。今までずっと父の言うまま、勧められるまま、そのままを鵜呑みにして生きてきたこと。父に問い詰められると何も言えなくなること。一つ一つ、ゆっくりと話していく。
初対面の相手に話すことではない。だが、先程まで恥も外聞もなく殴り合った仲だ。今更これ以上恥じることもないだろうという開き直りがあった。それと同時に、短い付き合いながら新城はジャンゴにならば話してもいいだろうと思う程度に彼のことを気に入ってた。
「……とまあ、こんな具合に、私はなんとも情けない男なんだ」
一通り話きった後、新城は隣へ目をやった。ジャンゴは手元で5センチ程の紙をくるくると筒状に丸め、焚き火へと先端を近づけて着火している。どうやら紙巻きタバコの類らしかった。
「なんつーか……オイラの勘違いかもしれねーけど……」
ジャンゴは火のついた紙巻きを口に加えて燻らせる。
「……ジョジョの親父さん、別に何も強制してなくね?」
「……は?」
新城は虚をつかれて目を丸くする。
「だってよ、オヤジさん、ジョジョが何か言いたげにする度に『どうした?』『何か言いたいことあるのか?』『言いたいことがあるなら言え』って必ずいってねーか?」
「いや……でも……それは……」
記憶を掘り返す。昨日も、その前も、その前も、またまたその前も、思いつく限りいつも、父は定型文のように言っていた。
「……確かに言ってる?いやしかし……少しでも私が逡巡すれば、毎回不機嫌そうに睨みつけてくるし……声のトーンも急激に下がるんだぞ?どう考えても怒っているだろう……?」
「じゃあ逆にオヤジさんが明らかに機嫌がいい時とか、仏頂面じゃなかったり饒舌な時ってあるのか?」
「……見た事……無い」
思い起こせば年がら年中四六時中、新城の父はTHE・仏頂フェイスだ。大口どころか小口すら開けて笑った顔など見た事がない。立てば銅像、座れば仏像、歩く姿は二宮尊徳とでも言わんばかりに、無愛想の鉄面皮という概念を具現化したような男なのだ。
「じゃー別に不機嫌でもなんでもなかったんじゃねーの?」
ぷかーっと煙を吐き出すジャンゴ。あんまりにもあんまりなその予想に、新城は混乱する。
「え……いや……え……?父さんが……いやいやいや……ありえないだろう……いや……しかし……」
あれで不機嫌じゃないとかウッソだろおい。と新城は叫びそうになる。が、同時にジャンゴの言葉も否定出来ない。もしもあれが不機嫌じゃなくて純粋に新城を気遣ったがゆえの『心配顔』であっとしたら?
「……そんなん分かるかァッ!?」
頭を抱えて新城が叫ぶ。ジャンゴは口に紙巻きを咥えたまま、もう一本紙巻きを作って火を付ける。
「おいおい落ち着けって、これ吸ったら気分よくなっから一本やるよ」
「私はまだ未成年だぞ!?」
「オイラも未成年だよ」
「はっ!?」
「なんならジョジョと多分同い年だ」
「はぁっ!?!?」
新城がひっくり返りそう担ってる間に、ジャンゴは火のついたそれを新城の片手に持たせた。
「HAHAHA。まあ気楽にいけよ。どうせガッコーサボったんだし、ついでに悪いことたのしもーぜ」
ニッと笑ってジャンゴは煙をすう。
「あ、いきなり肺に入れたら咽るから口の中に溜めるつもりでやってみなー」
新城は手の中の紙巻きを暫し見つめてから、もうなるようになれ、と言いたげに口に咥えた。
「すぅ……」
口中を煙で満たす奇妙な感覚。適当なタイミングで吐き出すと、何やら感じた事の無い心地の良いような気持ちの悪いような形容しがたい膨満感に満たされる。
「はあ……なんだこの感覚……タバコって……こんなふわふわするもんなのか……?」
もう一度確かめる為に紙巻きを咥える。
「ああその葉っぱの種類か?」
「すぅー……」
「山でめっけた大麻」
「ブフォッ!?」
新城は紙巻きを吹き出した。
「ああもったいねー」
「ゲホッ!?ゲホッ!?なんてもの吸わせるんだ馬鹿!!」
「HAHAHA。まあ安心しな。大部分は香りづけの香草で、大麻は少量しか混ざってねーよ。というか分けてくれた日本人も昔はこっそり吸ってたって言ってたぜ」
「今は日本でも禁止薬物だよ!!」
ちなみに、GHQに完全規制される前、要するに戦前まで日本では普通に大麻が売られていたので、薬局で普通に大麻が買えた模様。諸説あるが、日本原産の大麻は薬効が弱く外国産より依存性が低かった為比較的安全だったとかなんとか。
完全に余談だが、この世界の日本は大日本帝国を継承した世界線である。その為、敗戦直後ではなく1960年代の世界的な大麻規制の流れの中に追従する形で違法薬物に指定された。だが、それまで当たり前に栽培されて使われて吸われていたせいで、田舎では少数がこっそり密造されて消費されているらしかった。田舎住民の感覚としては、お祭り等で未成年にこっそり酒を飲ませる位の、違法は違法なんだけどまあ偶には良いんじゃない?位の感覚である。
「でも元気でただろー?それに、違法薬物吸引事件よりオヤジさんの方が怖いか?」
悪びれる様子もなく笑ってそう言うジャンゴに、新城は肩を落としてため息を吐く。
「はぁ……もうなんだか自分の悩みが小さすぎてアホ臭く感じたぞ」
ガシガシと頭を掻きむしってから、そのまま砂浜を枕にして倒れ込む。空の果てまで透き通る青空が眼前に広がり、渡り鳥が群れを成して飛んでいく。
「……でも、ありがとうジャンゴ。今なら父さんと向き合えそうだ」
新城は清々しさを感じて笑った。子供心に見上げる程大きいと思っていた自分を覆う柵が、実は虚像でしかないと気が付いたのだから。
得てして多くの悩みとは、気が付いてしまえば『その程度』で済むものだ。背負う荷を重くするのも軽くするのも、結局は自分自身ということなのだろう。それに気が付く時が、人が変わる時。つまりは成長の時ということだ。新城にとってはこの出会いが、その小さくとも絶大な変化の一歩目であった。
「気にすんなって。オイラはジョジョの話を聞いて思った事いっただけだぜー。むしろ薬物吸わせたり悪い事ばっかしてて、オイラがオヤジさんに怒られそうだ。『何処でそんな悪友見つけた!』てな」
「悪友……悪友か」
ジャンゴが短くなった紙巻きを焚火に放り込んで証拠隠滅するのをみつめながら、新城は起き上がる。
「……よし、じゃあ私の家行くから一緒に来いよジャンゴ」
「あん?」
新城は、青あざと腫れだらけのボロボロの顔に笑みを浮かべる。優男らしいというより、悪童じみたワイルドな笑みだ。
「父さんに、私の『悪友』を見せてやりたくなったんだよ」
***
それから30分後、新城はジャンゴを連れ立って帰宅した。今から帰ると報告を入れたので、父は玄関で新城を出迎える。
「定……道……?それにそちらは……」
数時間前に家を出た時とは打って変わって顔面風体ズタズタボロボロの息子。そしてそれに連れ立つコブダイフェイスのボコボコの黒人。そんな何が何やらさっぱり分からない二人ずれが仲良く肩を組んで帰ってきたのである。すわ強盗か何かと悲鳴を上げないあたりこの親父さんは相当に肝が据わっていた。
「ラッパーの人か……?」
「この状況で最初に言うのがそれですか父さん」
否、肝が据わっているとかそういう事ではなく単純にズレていた。
「HAHAHA。ハジメマシテ、オイラはジャンゴウ・バニングスだ!ジャンゴってよんでくれ」
「ジャンゴ君か。初めまして。私は新城忠道という。そちらの新城定道の父親だ」
「普通に話進める前に色々突っ込む事無いんですか父さん??」
厳格で真面目な愛層の無い父。という新城の父親像は、再会10秒で早くも音を立てて瓦解し始めていた。表面上厳格で真面目で愛想が無いが、実際はド天然でコミュ障な上それに気が付かないとんでもねえ父親という認識になってしまった。
「ああ、そうだな先に言う事があったな」
忠道は新城に向き直る。
「先に手洗いとうがいをしてこい」
「違うだろ!!絶対に違うだろ!!『どういう関係だ?』とか『そのケガどうした?』とか先に聞く事山ほどあるだろ!!なんでそこからなんだよ!?」
「手洗いとうがいは大事だぞ」
「そうだけど違うだろ!!ああもうなんで私は父さんがこんな天然ポンコツアッパラパッパーなのに気が付かなかったんだ!?」
「ブフォッ!!駄目だオイラ腹いてええ!!ジョジョ、アンタのオヤジさん面白すぎる!!」
新城が絶叫するとジャンゴは耐えかねて噴き出した。忠道はなんだかよく分からず首を傾げている。
「よくわからんが……二人の関係?」
忠道は新城とジャンゴを順繰りにみる。肩を組み合って歩く二人の姿をみた忠道の言葉はーー
「……友達ではないのか?見て分かる事を聞く必要はないと思うが」
ーーこれ以上ない程に、簡潔であった。
「……あ」
忠道は背後を向くと居間の方へと歩いていく。
「傷の治療の準備をしておく。手洗いとうがいをしたら居間へ来い」
そういって、忠道は居間へ消えた。
「やっぱ……いいオヤジさんじゃねーか」
ジャンゴの言葉に、新城は俯く。
「そうだな……ずっと、そうだったんだ」
声が震える。
「私が、見てなかった、だけだったんだな」
土間に、雫が落ちた。
「気が付けて良かったじゃねーか。これからだ。これから見ていきゃいーじゃねーの」
ジャンゴは新城と肩を組んだまま歩き出す。その底抜けの前向きさに、新城は泣き笑いで返す。
「そう……だな……それで……いいよな」
新城は顔を上げる。
「親子……なんだものな」
鬱屈とした青年は、もうそこには居なかった。
こうして、とある親子の小さくて大きな勘違いは終わった。この後、新城とジャンゴは親友となり、それはジャンゴが次なる旅路へと出立するまで続く事となる。
一度別れた二人の道が重なるのは、深海大戦勃発後、帰国できなくなったジャンゴが提督としての徴兵検査に引っかかって召集され、新城もまた提督候補生として士官学校へと入学した後の事となる。その後は二人の親友は四人となり、やがて歴史に刻まれる戦いへと身を投じる事になるのだが……そんなことはまだ知るよしも無い。
今はただ、ただの青年として、笑い合うだけであった。
「でも幾ら何でもコミュ障すぎるよ父さん……ッ!!」
「それはそうだな!」
おわり
おまけ 居間での一幕
ジャンゴ「ところでオヤジさん、これ土産!」(徐ろにアロハシャツを渡す)
新城「ジャンゴ!?なんで土産にそれをチョイスするんだ!?」
パッパ「ありがとう」(徐ろにアロハシャツ装備する)
新城「着るのかよ父さんんんん!?」
Qお母さんなんていったの?
A「あの人コミュ障だから」
次回更新は明後日の予定です