艦これ戦記 -ソロモンの石壁-   作:鉄血☆宰相

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幕間 野郎だらけの学生旅行 後編

 悪戯に使われたリムジンではなく、王冠の名を冠する高級乗用車に乗って、四人は琵琶湖の湖岸を走っていた。

 

 琵琶湖は古くは淡海(おうみ)とよばれ、それがそのまま近江の国の語源となったと言われている。冗談めかして琵琶湖県などと言われる事もあるが、実際旧国名の成り立ちからして琵琶湖(淡海)の存在から始まった地域なのであながち間違いではない。

 

「風が気持ち良いね」

「ああ、COOLだぜぇ!」

 

 石壁は助手席で風を楽しみながら言葉を発すると、その真後ろの席に座って同じく窓を開けているジャンゴが同意する。

 

「琵琶湖は四方を山脈に囲まれた盆地だからな。どちらを向いても相応に高い山がある。ちなみに湖の向こうにある山は日本アルプスだ」

「へえ、あれが」

 

 石壁が遠方に目をやれば、琵琶湖の湖面と日本アルプスの山嶺の両方を見ることが出来た。古くから景勝地であっただけあり、中々に壮観である。

 

「あっ……あれ艦娘じゃない?」

 

 石壁が指を指す方向では、湖面を人影が進んでいるのが見て取れる。

 

「懐かしいね。僕らも艦娘を呼んですぐにここで訓練受けたっけ」

「その頃はまだ、オイラはブラザーとは会ってなかったがな!」

 

 湖面を進む艦娘達は数名で陣形を組み、単横陣や複縦陣、輪形陣などへ移行する訓練を行っていた。

 

「……俺が初めてここで訓練をしたのは本土防衛戦の最中で、まだ陸軍に居た頃だったな。当時は制海権以前の問題として海岸部を全て喪失していたから、ここでしか訓練出来なかったのだ」

 

 深海大戦前半、沿岸部を全て喪失し内陸部へと追い込まれた大日本帝国は、首都機能を滋賀へと移転、徹底抗戦の構えをとった。山脈を盾としてギリギリの所で持ちこたえ、滅亡寸前に開発された秘密兵器が艦娘達であったのだ。彼女たちはこの湖で訓練を繰り返し、実戦投入されたのである。

 

「懐かしいな……琵琶湖観光用の外輪船を無理やり改造して作った母艦で、訓練を繰り返したよね」

「ああ、普通の輸送船にするには容量が足りなかったから軍が買い上げて艦娘運用の為の母艦に使っていたんだ。そのまま現在まで訓練母艦として使われているな」

 

 海上を進む艦娘達はそのまま、ポツンと湖に浮く外輪船へと帰還して、次の艦隊が出撃していく。提督候補生達はこうして艦娘による艦隊運用のいろはを安全に学んでいくのである。

 

「……ああやって航行方法覚えた後の、琵琶湖から四方八方駆けずり回る訓練が超きつかったよね」

「ああ、あれは大変だったな」

 

 石壁達が琵琶湖の北岸へと目をやる。そこには人造の運河が掘られており、東西それぞれへと河川が伸びていた。

 

「淀川運河、若狭運河、伊勢湾運河の3運河を用いた緊急時即応展開訓練……と言う名の使い走りだったよねアレ」

「名目上は、本土への再度進行時における有機的な部隊運用を学ぶ為のものだったな。実際訓練としては効果があるとは思うが……」

 

 石壁の言葉に、新城はその訓練を思い出して苦い顔をする。

 

 史実世界の琵琶湖と違い、この世界の琵琶湖は新たに運河が増設された。これにより日本海、太平洋、瀬戸内海の3方への出入り口を確保している。これは深海棲艦に影響されない航路を一本でも多く確保する為であった。

 

 琵琶湖の水量では大規模な運河を作るのは難しく、実際に運用されているのは小型の運河である。こんなものがなんの役に立つのかと思うかもしれないが、この世界ならば使いみちがあるのだ。

 

「でもオイラ達いつから郵便屋になったんだ?って思ったぜ」

「艦娘を用いた物資輸送はそれだけ便利だからな。俺も本土決戦中、なんどまるゆを率いて走り回ったか」

 

 そう、人間大でありながら、軍艦と同じだけの物資を積み込むことが出来る彼女たちの存在である。彼女達が物資を運べば、小型の運河であっても問題なく内陸まで大量の物資を運ぶことが出来るのだ。

 

「ウラジオストクから輸入された物資が若狭に集まって、それを艦娘が琵琶湖へ、そこで使われない分は呉までの瀬戸内海沿岸、あるいは横須賀までの太平洋沿岸の工場に物資を運ぶ。出来上がった製品はまたあちこちへ艦娘が運ぶ。訓練もできて経済も回る。一石二鳥といえば聞こえは良いけど……こき使われる側は大変だよね」

「使えるものは何でも使う。例えそれが艦娘であっても……か。極めて商人らしいな」

「でもブラザーの輸送隊指揮はすごかったんだよな!間宮がいたのもあって成績トップだったらしいじゃねーか!」

「そういえば、伊能のまるゆ隊も大活躍だったらしいな」

 

 この時の輸送作戦では、石壁と伊能のコンビは他の追随を許さないほどの好成績を出した。数十人のまるゆにあきつ丸、そして間宮の輸送力はそれだけ凄まじかったのだ。この結果から、士官学校卒業後は是非二人を輜重隊へ回して欲しいという意見も多く、教官達は問題児の卒業後の行き先が見つかったと喜んでいたのであった……喜んで、いたのであった。

 

「まあそうだねえ。せっかくだから卒業後はあの経験が役に立つ部署がいいな」

「どうせならば大きな仕事がしたいものだ。まあどこであれ、俺と石壁ならば不可能はない」

 

 実際はどうなったかは読者諸兄の知るとおりであるが……石壁の希望通り、この輸送訓練の経験は後になって恐ろしく役に立つことになる。希望どおりで良かったねなどと言えば物凄く渋い顔をしそうだが。

 

 ***

 

 そうこう言っている内に一行は、とある建物へと到着した。そこは新城の家よりも数段大きいお屋敷であった。

 

「ここは……?」

 

 駐車場で車から降りた石壁は、お屋敷を見つめる。

 

「……まあ、良いからついて来いよ」

 

 新城は悪戯っぽく笑うと、詳しく説明せずに皆をお屋敷の入り口へと誘導した。

 

 門前には守衛が立ち、門には神社などでみる門幕(家紋などが入った入り口に斜めに掛けられた幕)が掛けられており、只のお屋敷ではない事が一目で分かる。

 

「……おい、あの門幕の家紋、まさか」

 

 伊能が思わず停止して、珍しく顔を引きつらせた。

 

 石壁達がその言葉に釣られて門幕に目をやる。ある意味で日本で一番見慣れた家紋がーー

 

「菊花……紋……?」

 

 ーー大輪の菊花が咲いていた。

 

 ***

 

「ドッキリ大成功、というやつだな」

 

 それから10分後、一同は屋敷の庭園を見学しながら歩いていた。新城の家よりも更に広いそれは、もはや庭というよりも公園のようですらあった。

 

「いやもう何回も驚かされて心臓が痛いよ……」

 

 石壁はため息を吐きながら続ける。

 

「まさか……離宮の庭を見学出来るなんて思わなかった……」

 

 石壁はそう言って、お屋敷の所々に掛けられた尊い家紋へ目をやる。

 

「陛下が皇居から避難なされた時に離宮を提供したのが……まさか新城の家だったとはな……」

 

 帝都陥落時、当然ながら真っ先に確保されたのは陛下の安全であった。帝都が再奪還されるまでの間、皇室との縁があった新城の実家がここを提供したのである。現在では陛下は帝都へとお戻りになられたが、以後は離宮として新城の家がここを管理しているのである。

 

「ここは普段管理目的以外では人を入れないから、お庭を歩けるのはウチの人間だけに許された役得だ。楽しんでくれよ」

 

 新城が悪戯っぽく笑うと、小市民である石壁は不敬罪で処罰されそうだと思いながらおっかなびっくり庭を歩いていく。当初少しだけ顔を引きつらせていた伊能であったが、すぐにいつもの調子にもどって周囲の景色を楽しんでいる。ジャンゴはいつもどおりであった。

 

 ***

 

 しばらく歩き回っていると、段々と石壁も恐れが抜けてきた。少し自分で見て回りたくなってきたので新城に声をかける。

 

「少しあっちを見てきて良い?」

「ああ、もし誰かに何か言われたらさっき渡した許可証を見せれば良い」

 

 新城に許可を貰った石壁は、先程いた位置から死角になっている方へと建物を回り込む。

 

「……あれ?」

「ん?誰だい?」

 

 すると、誰も居ないはずの屋敷の裏庭で、一人の少年が縁側に腰掛けて庭を見ているのに気がついた。少年も石壁の存在に気がついたらしく、こちらへと近寄ってくる。

 

 少年は歳の頃は十代前半程度だと思われた。まだ二次性徴前らしい小柄な体躯でありながら、どこか富貴であった。場所が場所だけに偉い人のご子息かと考えた石壁は慌てる。

 

「ここは関係者以外立ち入り禁止の筈だけど?」

「あ、えっと、その。新城に許可をもらって。これ、許可証」

 

 わたわたと慌てて懐から許可証を取り出す石壁、その慌てっぷりは滑稽であり、少年は思わず笑ってしまう。

 

「ははは、なるほど。新城の家の客人か」

 

 少年の納得いったという声に、石壁は首を振って頷く。

 

「……あの、君はいったい?」

「うん?ああ、僕は……」

 

 少年へ石壁が問うと、彼は少し考え込んだあと口を開いた。

 

「……まあどうでも良いんじゃないかな。ここに出入りする許可が出る程度の家の子供ってだけだよ。うん」

「……あれ?今日許可出てるの僕らだけだったような?」

「まあ久しぶりに庭が見たくて許可を取らずにこっそり忍び込んだからね。それがバレても問題ない家なんだ」

「なるほど。確かに、この庭は本当に綺麗だもんねえ」

 

 少年の言葉に嘘は感じられなかった為、そういうものなのかと庭を見回しながら頷く。少年は石壁のそんな素直さに笑みを深くすると、立ち上がる。

 

「そうだ、観光に来たのなら写真を取るのに良い場所がある。後で他の皆も連れてくると良い」

「案内してくれるの?」

「ああ、特別にな」

 

 少年に続いていくと庭の一角に菊の華が咲き誇っていた。

 

「このあたりは9月咲きの菊が植えてある。重陽の節句を目前に控えた今が丁度見頃だ」

「へえ……」

 

 石壁は色とりどりの菊の花を見つめた。高貴という花言葉に偽りなく、石壁はその花々に暫し目を奪われた。

 

 そんな石壁の反応に、少年は満足げな笑みを浮かべると、口を開いた。

 

「……さて、僕はもう行くとするよ。ただ、ここを紹介したことは秘密にしておいてくれよ?こっそり忍び込んだ手前、新城の家の者には知られたくない」

「わかった。秘密にしておくよ。案内してくれてありがとう」

 

 人の感情や善悪を極めて正確かつ敏感に感じ取る事ができる石壁は、少年の言葉は全て真実であると確信していた。故に石壁は少年の言葉をそのまま受け取って了承する。

 

 自分の言動が怪しいという事を重々承知していた少年は、石壁が余りに自分の言葉をそのまま受け止めるものだから若干苦笑しながら口を開く。

 

「……貴方が素直な人で良かった。では、縁があればまた」

 

 少年は軽く手を振ると、そのままそこを離れて裏門の方へと歩いていった。

 

 ***

 

 それから石壁は、少年が離宮を出た頃を見計らって友人たちを菊の華へと案内する。石壁は少年との約束を守り、彼の事を一言も漏らす事はなかった。

 

「せっかくだから、皆で写真を撮らない?この花の側で」

「離宮の庭で菊の花と一緒に記念撮影か。中々、肝が冷える事だな」

「でもオイラは記念になっていいと思うぜ!」

 

 石壁の言葉に、伊能とジャンゴが楽しげに笑う。もしそんな事をしたのがバレたら社会的に大炎上は不可避である。

 

「まあ、良いんじゃないかな。今は誰も居ないしな」

 

 新城はそういうと、カメラのタイマーをセットしてそっと離れた位置に置く。

 

「しかし、野郎4人で花と一緒に記念撮影するとはな」

「そういう言い方やめろよイノシシ、悲しくなるだろ」

「HAHAHA、こういうのは楽しんだもん勝ちだぜ!」

「もう少し詰めてくれ、私だけ見切れたら嫌だぞ……ほら、そろそろだ」

 

 4人でワイワイやりながら撮影を待っていると、やがてフラッシュと共に写真が取られる。

 

「どれどれ……うん、上手く撮れているな」

 

 新城はカメラを確認すると、カバンへと収める。

 

「……さて、じゃあそろそろ帰ろうか。建物の中は流石に見せられないからな」

 

 新城のその言葉に、一同は元来た道を戻り始める。

 

「……ん?」

 

 ふと視線を感じて足を止めた石壁は、建物を振り返った。だが、そこには誰も居ないはずの建物があるだけで、人の姿はない。

 

「どうした石壁?」

「いや……なんでもない……」

 

 伊能の問に、石壁は気のせいだったかと軽く首をふって前を向いた。

 

「そうだ。折角だから帰りは運転してみるか?」

「いや僕は遠慮するよ。あんな高い車運転したくない」

「じゃあオイラが運転するぜ!」

「ジャンゴ、貴様の場合石壁とは逆にアクセル全開で危険すぎる。俺がやろう」

「……伊能に任せるのも不安だからやっぱり僕が運転するよ」

 

 やがて石壁達は車に乗って、新城の家へと走り出したのであった。

 

 ***

 

「そういえば許可証返してくれるか?」

「ああはいはい……あれ?」

「どうした?」

 

 石壁はガサゴソと荷物を漁るが、お目当ての紙切れが見つからない。

 

「……やべ、落としたみたい」

 

 ***

 

「……石壁、堅持か」

 

 屋敷の二階の、とある部屋から少年が去りゆく車へと目をやっていた。彼の手元には、石壁が落とした名前入りの許可証が握られていた。

 

「立ち振る舞いからして……軍の、それも艦娘に携わる士官かな。そういえば新城の家の長男は、士官候補生だったか」

 

 石壁はあまり意識していないが、軍で教育されているだけあって軍人というのはその所作に癖が出てくる。簡単にいえば、職業病である。

 

「ふふ……なんとも、軍人らしくない軍人もいたものだ」

 

 少年は、石壁のあまりに朴訥とした反応を思い出して笑みを漏らす。

 

「……いずれまた、会う日が来るかもしれないな」

 

 少年はそういうと、その場を離れた。

 

 ***

 

 それから数日間にわたり、彼らは4人だけで語り合い、笑いあい、遊び回った。4人の生まれた場所は離れており、年齢も最大で10近くも離れている。この戦争が始まらなければ会うことすらなかったであろう4人は、まるで同年代の竹馬の友であるかの如く、同じ時を過ごしたのである。

 

 後に振り返ると、この時の旅行が石壁にとって最後の青春の一時であった。これ以後、同期の4人だけで旅行する機会など訪れる事はなく、士官学校の最終学年はあっという間に過ぎ去っていった。

 

 そして、運命の分かれ道となる七露との演習を経て、彼らの物語は動き出す事となる。

 

 彼らが辿る数奇な運命が如何なる結末を迎えるのか、それはまだ、誰にも分からない。

 

 

 

 

 

 

 

 





先代、当代、次代に関わらず、作中に出てくる尊いお方並びに実在する歴史上の人々は史実世界のお方とは似て非なる別人ですのであしからず

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