外でしか小説が書けないのに外に出られない生活が続いて全然話がかけなかったのと
新生活のあれやこれやでモチベがどん底になっておりました。
最近漸くモチベが回復してきたので少しずつ進めていきたいと思います。
これは鉄底海峡攻略作戦開始前、とある日の鎮守府、艦娘達の休憩所での話である。
ぽっかりと出来たスキマ時間に偶然集まった秘書艦達。鳳翔、あきつ丸、扶桑、金剛が茶飲み話に興じていた。
女3人寄れば姦しいとは言うが、それは艦娘達も変わらない。日々の些細な出来事、お洒落、甘味、愚痴、好物等々……話題の種は尽きるという事が無い。
そうやって無限に話題を消費していけば、自然と自身の提督達へと話は移っていく。
「そういえば、皆さんは戦後は提督とどういう生活を送りたいですか?」
扶桑のその問に、皆が考え込む。
「そうですね……私は石壁提督とゆっくり穏やかな生活が送れたら、嬉しいです」
鳳翔は頬に手を当てて、恥ずかしげに言う。慈愛という言葉をそのまま笑みにしたような、優しく穏やかな笑みである。
「提督はずっと頑張って来ましたから、戦後はもう頑張らなくて良いように……いっそ沢山甘やかしてあげたいです」
「ふふ。石壁提督は幸せ者ね」
「で、あります。ただ本気で鳳翔殿が甘やかしたらダメ人間になる人は多そうでありますなぁ」
「石壁の坊主なら問題あるめぇ……むしろアイツは多少誰かに甘えてるくれえが丁度良いってもんでい」
石壁は頑張り過ぎというのは、泊地における共通認識である。
「後はそうですね……提督は意外と料理が出来るので、一緒に小料理屋とか出来たら良いかもしれませんね」
「そういえば包丁裁きが上手でしたね」
「野戦訓練の時に重宝されていたでありますな」
苦戦する他の野郎共を横目に、すいすいと野菜の皮を剥いていく石壁の姿を思い出しながら、一同は頷きあう。
「そういう扶桑さんはどうなんですか?」
「そうねえ……新城提督は戦後も引退しないというか……多分出来ないと思うから、その手伝いがしたいわ」
「出来ない、ですか?」
その微妙な言い回しに鳳翔が首を傾げると、扶桑は苦笑しながら続けた。
「ええ……あの人……なんでも卒なくこなせる位器用な人なのに……人間関係は不器用で、世渡りの要領が悪くて、貧乏くじを自分から引いちゃうから……」
扶桑は心配だわ……と言いたげにため息を吐く。
「きっと……気がついたら簡単に辞められない立ち位置について、辞めるに辞められなくなりそうで……」
その言葉に、新城が切れ散らかしながら仕事の山に忙殺されている姿が簡単に想像出来てしまった一同。なまじ有能なだけに抱え込む仕事の量が多くなる傾向は、現時点で既に表面化しているのもその想像を後押しする。
「なるほど……」
「ありありと、想像出来るでありますなぁ……」
「新城の家の連中は親も子も不器用だからなぁ……」
新城の親父は公人としては極めて有能であったが、私人としては不器用でダッメダメな駄目親父であった。息子である彼もまた、その不器用さを色濃く引いてるらしかった。というか彼が器用だったらこんな所まで石壁を追いかけて来る訳がない。
「妹の山城も不幸を抱え込むのを躊躇わない頑張り屋だし……私が支えないと潰れちゃいそうで……」
そういう扶桑もかなり抱え込むタイプの頑張り屋である。一同の心中に『似たもの夫婦』という言葉が浮かぶ。
「公私両面で提督を支えたいなら、本土に帰ったら早めにケッコンカッコカリの申請をすると良いでありますよ。戦後の我々の法的扱いがどうなるかは不透明でありますが、少なくとも現時点では戸籍が貰えるし、重婚も許可されるであります。一度付与した戸籍を取り上げるというのは、おそらく難しいでありますからな」
「え?あの制度って戸籍も手に入るんですか?」
鳳翔が驚きの声を上げると、あきつ丸が頷く。
「ええ、アレは表向きは戦力増強目的でもありますが……本質的には艦娘と提督への飴であります。『絶大な戦果を上げてきた提督と艦娘は夫婦になれる』……戦後に艦娘と一緒に暮らしたいなら戦果を出せという分かりやすい
あきつ丸は笑いながら、懐から軍人手帳を取り出す。
「これはあきつ丸の軍人手帳であります。ほら、名前のところを見るでありますよ」
そう言われて手帳の姓名欄を確認する一同。
「『伊能 あきつ丸』……え!?」
「嘘……あきつ丸さん貴方……!?」
「こいつぁ驚いた」
鳳翔が思わず声を上げ、扶桑は目を丸くし、金剛は楽しげに笑っている。
「ケッコンカッコカリ……してたんですか!?」
鳳翔の驚きにあきつ丸がニヤニヤしながら頭をかく。
「これでも自分と伊能殿は、本土奪回作戦時代からの古株でありますからなあ……海軍に出向したのは最近でありますから、提督としては新人でありますが」
本土奪回作戦とは深海大戦の中盤戦、追い詰められた大日本帝国が艦娘を戦線投入して全力で反撃を開始した反攻作戦の総称だ。また、艦娘の存在が戦史に刻まれた最初の戦いである。この頃に生まれた艦娘が、今現在この世にいる艦娘達の中で最も長く生きている艦娘だと言える。
伊能とあきつ丸は海軍への出向前にこの戦いに参加していたのである。彼は同期四人組の中で一番年上であるため、戦争への参加が少し早かったのだ。幸運な事に艦娘を呼ぶことが出来た為、激戦に参加しても生き延びることが出来たが、そうでなければ命は無かったかもしれない。
「なるほど……今度本土に帰る時にでも申請しようかしら」
扶桑はほんのりと赤らむ頬に手を当て、ケッコンカッコカリについて思いを巡らす。
「『新城 扶桑』……ふふ……ちょっと語呂が悪いかしら……?」
甘美な妄想に思わず笑みが溢れる。艦娘に姓はない。戸籍が無いのだから当然だ。そんな自分が愛しい提督の戸籍に入りその姓を頂くというのは、なんとも言えない感慨があった。
「まあ心配ないとは思うでありますが……ちゃんと事前に山城殿とも相談するでありますよ。『某海軍重大事件』のように『不幸な事故』で新城殿に死なれるなんて勘弁でありますからな」
「え、ええ。私も不慮の事故で爆死なんて嫌だわ……」
某海軍重大事件、とある提督が起こした事件の俗称である。被害は提督1名と数十名の艦娘の損失、ならびに一つの末端鎮守府の壊滅であった。鳳翔はその事件について思い出すと口を開く。
「あれ結局事故死扱いなんでしたっけ……」
「ええ、座乗艦含めて数十隻近い艦娘が一気に爆沈した謎の『事故』でありますなぁ。当時、小笠原諸島のとある鎮守府が崩壊してすわ深海棲艦の攻撃かと帝都が大混乱になったであります」
なお、実際には深海棲艦の攻撃など存在しなかった。最終的に調査によって判明したのは、どうしようもない程捻じれ狂った『痴情の縺れによる不和の痕跡』だけであった模様。
「いやはや実際のところは一体何があったのやら……まあ爆発の影響で『バラバラ』になってしまった提督殿は気の毒でありますなあ。何故か遺体に火傷は一切なく物理的に引き千切られた痕跡まであったそうですが」
カラカラと嗤いながら心底楽し気に語るあきつ丸。内容が内容だけに扶桑と鳳翔は若干笑みが引き攣っている。
「あと関係ない話でありますが、この事件以降艦娘と提督のケッコンカッコカリが認められ、艦娘の身分保証に関する整備が急速に進んだのでありますよ。いやはや一体なんでまた腰の重い事この上ないお役所が迅速に動いてくれたのやら」
「え、ええそうね」
皆目さっぱり理解不能であります。と左右に手を上げてやれやれと笑うあきつ丸。そんな物騒極まりない裏話を流す為に扶桑が金剛へと水を向ける。
「ま、まあ不幸な事故の話はこの辺にしましょう。そういえば、金剛さんはどうなさるんですか?」
「ん?アタシか?」
湯呑で緑茶を飲んでいた金剛は扶桑の問に口を開く。
「そんなもんウチの宿六次第でい。アイツが居る場所が、アタシの居場所さね」
気負うでもなく、照れるでもなく、ただそう言い切る金剛。視線が集まると、にっと気持ちの良い笑みで応える。
「ウチの宿六はどうしようもねえダボハゼ野郎だが……まぁ、一緒にいりゃぁ退屈だけはしねぇからな。それだけで充分ってもんでい。風の向くまま、気の向くまま……一緒に進んでいけりゃあそれでいい」
竹を割ったようなその言葉は、流れる風のような清々しさがあった。
金剛という艦娘は、基本的に愛情が強い艦だ。愛情を隠さず、強く熱く、真っ直ぐに誰かを愛する艦が多い。
ジャンゴの金剛もまた、それは例外ではなかったのである。分かり憎いだけで、彼女の愛は揺るがない。強く、泰然とした、『ただそこにある愛』それが彼女の本質である。
ジャンゴに一切甘さを見せないのは、そうする必要がないからである。相手に媚びる必要はない。気持ちを隠す必要がない。遠慮することもない。互いに自然に、あるがままに、隣にいる。それが、二人の関係であった。
「柄にもねえ事言っちまったな。さて、そろそろ休憩も終わりにするかねぇ」
「あ、はい。湯呑は洗っておきますので流し台に置いてください」
「ありがとよ。それじゃあな」
立ち上がり湯呑を洗い場に置くと、金剛は部屋を出て行く。
「……金剛さんって、意外と情熱的ですよね」
「そうね。何処だろうと何があろうと絶対隣に居るなんて、中々言えないわ」
「いやはや、誰も彼もまったくもってお熱い事この上ない。色んな意味でご馳走様であります」
あきつ丸は楽し気にパタパタと顔を手で仰ぐと立ち上がり、湯吞を流しへと置く。
「さて、それでは我々も仕事に戻るであります。各々方、提督とのより良い明日の為に頑張るであります」
「そうですね。頑張りましょう」
「ええ、それじゃあ私もいくわ」
軍帽を被って出ていくあきつ丸や扶桑を見送った後、鳳翔は洗い物をしながらポツリと呟いた。
「……そういえば、結局あきつ丸さんだけ何も言ってませんね。上手く誤魔化されて逃げられました」
劇的な告白と悲劇的な酷薄さで見事に煙に巻かれた鳳翔達であった。
***
「……提督との将来の夢でありますか」
一人廊下を歩くあきつ丸はポツリと呟く。
「最期に笑って死ねれば、それで良いでありますよ」
フフッと笑いながら、あきつ丸は廊下を進んでいった。