艦これ戦記 -ソロモンの石壁-   作:鉄血☆宰相

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これからも精一杯頑張って書きますので、拙作を宜しくお願い致します。


第八話 温かな泊地

 工廠を出て要塞を歩く一同、天然の洞窟と洞窟をつなぎ、岩盤と岩盤の隙間を縫うことで、短期間で驚くほど延伸を続けている要塞内部は、基本的に酷く入り組んだ構造になっている。地図がないと迷子になりそうだ。実際石壁は一度迷子になっている。

 

「万が一要塞内部に侵入された場合の事も考えて、重要区画は基本的にばらけた配置になっているんだ」

「正しいとは思いますが、使う側にとっては勘弁してほしいですわ」

 

 石壁がそう説明すると、熊野がうんざりしたようにそういった。石壁も苦笑しながら同意する。

 

「まあ、実際情報の伝播や行動の疎外っていうマイナス要素も大きいから、対策は考えないといけないね……よし、次がこの要塞の命綱の一つ、貯水区画だよ」

 

 坑道を抜けると、広い空間に出た。その光景をみた鈴谷が声を上げる。

 

「うわぁ!なにこれ!幻想的だね!!」

 

 そこは、大きな鍾乳石が天井から伸びている洞窟で、高さは数十メートル、広さも数百平方メートルほどの大きな空間であった。

 

「洞窟と洞窟を繋いでいるとね、こういう天然の大きな鍾乳洞に突き当たることがけっこうあるんだ。そして、鍾乳洞には水気がある事がおおい、ほら、あれをみて」

 

 石壁が指をさした先、多くの鍾乳石の根本に防塵と水を濾す為の麻布をはったドラム缶がおいてあり、鍾乳石を伝う湧き水がため置かれている。

 

「ここ以外にも複数の湧き水のある場所が貯水区画として準備されているんだけど、ここが一番見ごたえがあるんだ」

 

 そういいながら、石壁が近くの貯水タンクの蛇口をひねって水をだす。

 

「はい、のんでみて」

 

 水飲み場であるらしいその貯水タンクのそばのコップに、人数分の水を注いで渡す。

 

 おそるおそるといった感じで全員が口をつけてみる。

 

「まあ、意外とおいしいですのね」

「うんおいしいね、水質は少し『固い』かな?」

 

 熊野と鈴谷がそういいながら美味しそうに水をのむ。鉱山や鍾乳洞の湧き水というものは、基本的にミネラル分等の栄養素が多くおいしい事がおおい。

 

「これはちょっと口当たりがきついですね……」

「うーん、那珂ちゃん的には微妙かな……」

「普通に水だね」

 

 神通と那珂が若干顔を顰め、川内が気にせずぐびぐび飲んでいる。こういう湧き水はおいしい半面、硬水であるため口当たりがキツメだ。日本人が飲む水の大半が軟水である事も合わさって、口に合わないひとには少しばかりつらいものがある。

 

 ちなみに、湧き水はしっかり水質調査が行われていない場合が多く、よくわからない水に素人判断で手を出すのは危険だから気を付けた方がいい。どうしても手を出さざるを得ないときは煮沸してから飲むのが無難だ。

 

「はは、そのうちなれるよ。まあ、どうしても合わないなら煮沸した水も用意できないことはないから、後で間宮さんに頼むといいよ。次は間宮さんとこにいこうか」

『間宮!?』

 

 ギョッとしたような顔で石壁をみる全員。

 

「ど、どうしたの?」

「ここ、間宮さんいますの!?嘘でしょう!?」

「あのドケチの大本営がよく派遣したね!?」

 

「え、二人とも大本営の事しってるの?」

「ええ、元々私たちは『艦娘』として轟沈して、深海棲艦になりましたもの」

「正直あの連中は好きになれないねー」

 

 気のいい二人が心底嫌な顔をするほど、大本営にはいい思い出が無いらしかった。

 

「そういえば、よく考えると明石さんも派遣してたね」

「明石さんと間宮さんをセットでこんな地の果てに派遣するなんて、本当に大本営はどうしたのかしら」

 

「ああ、いや、二人とも大本営が派遣したんじゃないよ」

「え?」

 

 そういって、石壁はつづけた。

 

「だって、二人とも僕が『呼び出した』僕の艦娘だし」

 

『……』

 

 暫しの沈黙。全員の目が見開かれる。

 

『えええええええええええええええええええええええ!?』

 

 

 ***

 

 また坑道をグネグネと進むと、今度は大量のかまどが鎮座する区画へとたどり着いた。

 

 大勢の妖精が野菜を切ったりご飯を炊いたり、汁物を煮たりしていてとても慌ただしい。

 

「ここが艦隊の胃袋を守る食の大要塞、大厨房区画、通称『間宮のかまど』だよ」

「あら?提督、どうかしましたか?今日の食事はまだできておりませんが」

「いや、今日は新入りの皆に要塞を紹介していたんだけど……」

 

 ちらりと後ろを振り返ると、信じられないものを見たような顔で石壁と間宮をみつめる元深海棲艦ズが居た。

 

「本当にいましたわ……」

「うっそぉ……本気で大本営は何をかんがえてたの?」

「多分、何も考えてなかったのではないでしょうか」

「うん、そんな気がする」

「那珂ちゃん眩暈がしてきたかも……」

 

「おーい、一体何がそんなに納得いかないんだ?」

 

「いえ……明石と間宮を呼べる様な有望な提督を捨て石にした大本営に呆れ果てていたんですわ」

「え?」

 

 熊野のその発言に、石壁が訝し気な顔をする。

 

「そんな大げさな、明石も間宮も、どこの鎮守府にも数名いるじゃないか」

 

「それは本土だけだよ」

「南方諸島の泊地なんて、泊地全体で明石さんは基本一人か二人、間宮さんはいる方が珍しいもんね」

 

 川内と那珂がそういうと、鈴谷がそれに続いて言った。

 

「明石と間宮は、一人居ればそれだけで鎮守府全体の工廠と食事を賄える『戦略級』の大ゴマなんだよ?戦艦が一隻で戦場を支えられても、一隻で鎮守府は支えられない。でも、明石と間宮にはそれが可能なんだから、その時点でその価値は推して知るべしでしょ。ましてその両方を自前で準備できるんだから、本土と違って物資がよく欠乏する南方諸島の諸鎮守府にとっては喉から手が出るほどほしい逸材だよ、石壁提督は」

 

 第二次世界大戦当時、米軍は明石と間宮こそが日本軍の兵站部門の命綱であるとみていた。実際に最重要破壊目標に設定してこの二隻を叩いている。兵站を支える大ゴマとは、それほどに重要なものなのである。

 

 さて、ここで実際に間宮がどれだけやばい戦略級の存在なのか簡単に説明しよう。

 

 読者諸兄の中には、以前のお話で物資が半年もつというあきつ丸の言葉に違和感を感じた人がいるかもしれないので、簡単に計算してみよう。

 

 

 まず前提条件として、間宮は史実において18000人の兵員を三週間食べさせるだけの物資を供給可能であったという。妖精さん一人あたりを満腹にする為には通常の人間の3分の1程度の食料が必要であるとすると仮定すると、単純計算で間宮一隻は54000人の妖精さんを三週間養うことができるのである。

 

 そして、ショートランド泊地にいる妖精さんの総数は、あきつ丸に搭乗していた陸軍妖精数千名と、鳳翔達に搭乗する海軍妖精を合わせて大体五千名程であるため、54000を5000でわると大体11、三週間21日を11倍すると231日となる。

 

 2 3 1 日 と な る

 

 つまり、間宮はこの泊地を単独で大体七ヶ月半程度支えられるのである。これは凄い。どれぐらい凄いかというと、うっかりそんな劇物を話に組み込んでしまったが故に作者がプロットを書き直すはめになった位だと言えばその凄さがわかるかもしれない。

 

 鎮守府全体の工廠を賄える移動大工廠と、鎮守府全体の食を支える大食堂、そんな存在を揃って運営できる兵站管理のエキスパートになりうる逸材を、大本営は捨て石泊地に私怨で放り込んだのである。鈴谷達の驚愕もさもありなんといったところだ。

 

 物資も人材も潤沢な本土に居たが故に、石壁自身はその価値をあまり把握していなかったが、石壁は中央から離れれば離れるほど値千金の提督に化けるのである。

 

 石壁堅持という男のもっとも非凡な才能は防衛に関するものだが、もっとも反則的な点は個人戦力のみで泊地全体を支えられる明石と間宮の存在だったのだ。仮に二人の内どちらかが居なければ、泊地が陥落した段階で要塞が作れず皆殺しにされるか、食料が足りずに飢え死にするかの二択を迫られていただろう。もしこの状況に放り込まれたのが万能の天才七露だったとしても、バックアップが無くなった段階で嬲り殺しにされるのがオチだ。これはそれだけ大本営が石壁を殺す気満々だったという証左でもある。

 

「そ、そうなの?なんか照れるな」

 

 事の重大さをあまり理解できていない石壁は、照れくさそうに頬をかきながら笑った。熊野はそれを若干あきれたように眺めながら、心の中でつぶやいた。

 

(大本営の腐敗、ここに極まれり、ですわ……以前の私が艦娘として轟沈する前より、もしかして本土の腐敗具合は酷くなっているのではなくて……?)

 

 熊野は、目の前の提督の存在そのものがこの国の前途を暗示しているような気がして寒気がしたのだった。

 

「そういえば、皆以前艦娘だった時の記憶がそんなにいっぱい残っているんだね」

 

 石壁がそういうと、鈴谷は苦笑する。

 

「いやぁ、映像の様に思い出せる当時の『記憶』はもう全然ないんだ。残っているのは……文章を読むように情報だけが思い出せる『知識』ぐらいだよ。これ位は南洋諸島の鎮守府出身なら『基礎知識』だしね、石壁提督の扱いが異常な事位はよーくわかるよ」

 

 鈴谷のその言葉に、一同がうんうんと頷く。実質鈴谷達は艦娘→深海棲艦→艦娘と二回死んで二回蘇ったに等しい。一回死ぬたびに記憶は大きくロストしていくため、前回艦娘だったころの事は殆ど思い出せないのだ。前回の深海棲艦時代の記憶はそれなりに残っているが。

 

「……あ、その……ごめん」

 

 記憶が全然残っていないという事をきいた石壁は、聞いてはいけないことを聞いてしまったかと顔を悲し気にゆがめる。

 

「ああ、大丈夫だよ石壁提督!以前の鎮守府がどこかだったかも、もう全然わかんないんだ。人間の感覚でいうと、『朧気な前世の記憶』ってかんじかなぁ?思い出せなくて悲しいっていうより、覚えていない方が普通の知識がのこってるって感じで、悲しくはないから大丈夫だよ!」 

 

 あたふたと鈴谷が石壁を元気づけようとする。このあたりの感覚の違いは、人間と艦娘の根本的な命の在り方の違い故にどうしても齟齬が生まれてしまうのだ。

 

 空気が微妙になりかけたところで、救いの女神がやってくる。

 

「まあまあ、皆さんそんな暗い顔をせずに、ほら、ちょうどおいしい豚汁が出来ましたよ。一杯いかがですか?」

 

 間宮が寸胴をもって歩いてくる。蓋が開いていないのに、漏れてくる香りは食欲をさそうのに十分すぎる凶器だった。

 

 誰かの胃がぐぅっとなる。

 

「……あはは、そうだね、ちょうど小腹がすいてたんだ、軽く食べていこうか」

「え?ああ、そうですわね」

 

 石壁が朗らかな笑顔をうかべながらそういうと、熊野が応じる。

 

 そのまま大厨房の隅にある食堂へ移動した一同の前に、豚汁と、小鉢にもられたつけもの、少なめの白米の入った茶碗がおかれる。

 

「夕ご飯はまだ先ですので、少しだけですよ」

 

 そういいながらおかれた豚汁の香りは、少し前まで深海棲艦だった彼女たちには殺人的に食欲を誘う香りであった。

 

「「「「「……」」」」」

 

 だれもが目の前の食事にくぎ付けだ。

 

「じゃあいただきます」

 

 石壁がそういって手をあわせると、鈴谷達も手を合わせた。

 

『いただきます』

 

 ***

 

「いやぁ、おいしかったね豚汁」

「ええ、あまりにおいしくて涙が出そうでしたわ」

 

 食堂をでた一行はだれもがホクホクの笑顔であった。うまい飯はささくれた心を癒してくれる最高の薬である。

 

 先程までの大本営への複雑な思いや、微妙な空気は、間宮の飯を前にどこかに飛んで行ってしまったらしい。

 

「石壁提督がこっちこなかったら今頃深海の冷たくてまずい飯を胃に押し込んでいただろうし、左遷してくれた大本営様様だね」

「あはは、喜んでくれたなら何よりだよ」

 

 川内が冗談めかしてそういうと、石壁も苦笑しながら楽しそうに答えたのだった。

 

 ***

 

「さて、後案内しておくべきなのは、お風呂ぐらいかな」

 

『お風呂!』

 

 その場の全員が、『お風呂あるんだ!』という驚きと喜びをこめて声を上げる。要塞のこの有様から、多分ないんだろうな、という諦めの思いを持っていた一堂にとってそれは望外の喜びであった。

 

「あはは、まあ、あんまり期待するとがっかりすると思うから、そんなに期待しないでね?」

 

 ***

 

 さて、以前資源プラントが『龍脈』の様な力が密集する点にできやすいという話をしたことを覚えているだろうか?

 

 龍脈とは、地中を流れる不思議な力の流れで、一説によれば山の尾根沿いに流れているという。

 

 世の高い山の大半は、地球の造山運動によってうまれる。これはプレートとプレートの密接点でおこるものだ。日本列島は多くのプレートの結節点であるがゆえに、山がちで、龍脈が集中し、プラントが多い。そして、火山が多い。

 

 ここまで言えばわかるかもしれないが、この泊地のプラントは龍脈に近い位置にある。つまり、環太平洋造山帯の大地の力が噴き出す点、火山に近い位置にあるのだ。故に少し掘り進めてやれば、大地の力に熱せられた源泉、つまり『温泉』があるのだ。

 

「いやあ、ドラム缶風呂とはいえ、温泉に入れるなんて最高だね」

「深海棲艦だった頃に愚痴っていた夢が叶ってよかったですわね」

 

 鈴谷と熊野が、源泉と水を流し込んでいい具合に調整したドラム缶風呂でくつろいでいる。

 

 この簡易大浴場は、大きな浴槽が一つあるのではなく、複数個のドラム缶の真上に、源泉が流れるパイプと雨水を貯水したパイプが通してある。それぞれのパイプからお湯と水をドラム缶に流し込んで各自でお湯の温度を調整する仕組みとなっている。

 

 少々手間といえば手間だが、こんな僻地の泊地のそのまた山奥の即席要塞でお風呂に入れるだけで望外の贅沢だといえるだろう。

 

「女性陣にはできる限り衛生的であってほしい」「あと僕自身風呂に入りたい」という石壁らしいといえばらしい心遣いと思いにより、作りが簡便なこういう形の大浴場が急いで作られたのである。要塞を作って一週間ほどで既に大浴場が完成しているのはどうなんだろうかと思わないでもないが、要塞の人員は概ね石壁の判断に好意的であった。当然だ、だれだって働いた後に風呂に入れるならその方がいいに決まっている。

 

「……ねえ熊野」

「……どうしましたの鈴谷」

 

 鈴谷が天井をぼうっとみつめながら、となりの熊野に話しかける。

 

「……この要塞の人たち、出会う皆イキイキしてたね。こんなに絶望的な状況なのに」

「……そうですわね」

 

 出会う艦娘や妖精達が、全員生命力に溢れた目をして働いている。

 

 泊地が陥落して、こんな山奥の要塞に逃げ込んだというのに、誰も絶望していないのだ。

 

「なんだろうね、客観的にみればどうしようもないんだけど、でも私も、この泊地なら……ううん、違う」

 

 そういって、鈴谷はにこっと笑う。

 

「あの石壁提督がいれば、何とかなるんじゃないかって、そんな気がするんだ」

「……」

 

 熊野は、鈴谷のそんな言葉に、あの平凡で朴訥としたあの泊地の総司令長官の顔を思い出し、ふっと笑った。

 

「そうですわねぇ、あの平凡で能天気な提督がニコニコしている姿を見ると、なんだかなんとかなりそうな気がしてまいりますわね」

 

 石壁という男は、基本的に平凡な男で、そして極々一般的な価値観をもつ、人に優しい男だ。

 

 そんな人間が頑張っているのをみると、人はつい手を貸したくなるものだ。石壁という男は、自然と誰かに支えてもらえる、そういう人間的な魅力を持っているのだ。

 

 だからこそ、そんな人間が自分たちの為に、決してあきらめずに粉骨砕身して頑張っているのをみた者たちは、石壁が諦めない限り、彼を支えようと自然に立ち上がってくれる。そんな温かで強い姿を見ていると、鈴谷もまたこんな状況でもなんとかなるんじゃないかと、思えてくるのだ。

 

「ここはいい泊地だね、熊野」

「それについては、同意しますわ、鈴谷」

 

 そういって二人もまた、この泊地の人たちと同じ、柔らかで希望に溢れた笑みを浮かべたのだった。

 

 

 

 

 


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