艦これ戦記 -ソロモンの石壁-   作:鉄血☆宰相

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この話から第二部の終わりから三部へ繫がる話を入れていく予定です



幕間 血染めの大器

 

 鉄底海峡攻略作戦から数日後、参謀妖精達の詰め所には大勢の陸軍妖精が集まり報告書が纏められていた。

 

「おいこっちの小隊の損耗率の報告が無いぞ」

「ああ、そこは……もう一人も残ってないよ。砲弾がトーチカの穴に飛び込んだってよ」

 

 手渡された報告書に記載された『総員行方不明』の文字に書記官妖精はため息を吐く。

 

「そうか……ここも……ここも……ああ、ここも全滅か……遺体の回収は進んでいるのか?」

「天龍の姉御が工兵隊と駆逐隊を率いて急ピッチで進めてるよ……成果は、これだ」

 

 別の妖精から回ってくる報告書を書記官妖精は受け取る。

 

「……不明、不明、不明、そりゃそうか。誰のモノともしれない肉片に、どこの部位かも不明の骨片。こうなっちゃあ分かる訳もない」

 

 戦艦の砲撃が直撃して、肉の一片でも残っているなら運が良い方だ。普通なら文字通り消滅するのだから。

 

「それでも有難い話さ。文字通り指先一つ掘り出す為に、潰れた壕を掘り起こしてくれてる部隊なんて、ここ以外にあるかよ」

「そうだな。70年前の俺みたいに、死体代わりの石くれを送られて『遺骨』だなんて嘯かれるよりよっぽど良い」

「違いない」

 

 太平洋戦争当時、遠い異国で斃れた将兵の遺骨は、多くの場合そのまま打ち捨てられてしまった。他人の遺骨が帰ってくるどころか、文字通り『石くれ』を詰め込まれた骨壺が送られて来る事も珍しくなかったという。

 

「ま、俺たちは良いさ。どうせ一度は死んだ身。仲間の為に戦って、死ねて、心から弔って貰えるならそれで良い」

 

 ぺらりと一纏めにされた報告書をめくる音が響く。

 

「ただ一つ、気掛かりなのは……」

「報告書は出来たか」

「……ッ!!」

 

 書記官妖精は背後から聞こえた言葉にビクリと震えた。そこにたっていたのは、己の上官、親愛なる総司令官であった。

 

「な、あ……はい……こちらです……」

「そうか……ありがとう。これ、貰っていくよ」

「ええ……どうぞ……」

 

 石壁は報告書を受け取ると、来た道を戻り執務室へと帰っていった。

 

「気掛かりなのは……石壁提督の心だけだ」

 

 石壁の足音が聞こえなくなった頃。妖精はポツリとそう呟いた。

 

 ***

 

 それから数時間後、石壁は鉄底海峡攻略作戦の報告書を見つめていた。

 

「……」

 

 失われた命を己に刻み込む様に、全ての戦没者の名を読み込んでいく。

 

 左から右へと頁が流れて積み重なっていく。その度に、一人、また一人と石壁の手の中で命が消えていく。

 

 左の命が軽くなるにつれて、右の屍が重みを増していく。

 

 全て、石壁が積み上げた屍だ。己が命じた戦いで散って言った仲間達なのだ。

 

 目を逸らす事は出来ない。出来る筈が、ない。

 

 誰がどう言おうとも、この現実は、この重みは、この苦しみは石壁のモノなのだ。

 

 これは彼の誇り。愛する戦友たちの生きた証。

 

 これは彼の咎。背負うべき己の罪業。

 

 これが……彼の道……血で塗り固めた、英雄への道程……

 

 故にこそ、目を逸らす事は、ない。

 

「……」

 

 やがて報告書を読み切った石壁は、ただ閉じられたそれをじっと見つめていた。

 

 報告書が背表紙を晒して卓上に置かれている。記録と成り果てた戦友たちの躯の山は何も語る事なく、ただそこに鎮座している。

 

 何をする気にもなれない。石壁はまるで四肢を引き裂かれた様な喪失感に包まれて、ただじっと報告書を見つめることしか、出来なかった。

 

 誰も居ない執務室は痛いほどの静寂に包まれている。故にこそであろうか、普段は気にも止める事もない壁掛け時計の音が、嫌に煩い。

 

 止まることなく時を刻む秒針は、無情に、無常に、あるいは無上に、時間が止まらずに流れている事を教えてくれる。

 

 息が詰まりそうであった。流れていく時間の中に取り残され、一人溺れていく様な窒息感は耐え難く、我知らず石壁の心臓が早鐘を打ち始める。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 不安、絶望、悲哀、憤怒、罪悪感……荒れ狂う感情が行き場を求めて暴れまわる。石壁は無意識の内に己の胸ぐらを掴みながら蹲った。

 

「ぐぅ……ああ……はぁ……はぁ……」

 

 極度のストレスは時として、心身へと多大なるダメージをもたらす。心という器を乱雑に扱えば、時としてそれは罅割れ、砕け散り、場合によっては命すら失う事となるのだ。

 

 石壁は強くなった。常人ならば心の器が砕けてしまう程の苦しみの中にあって、それを飲み下す事が出来るようになったののだから。

 

 だが……耐えられる事と、その痛苦に苦しむ事は、何ら矛盾しないのだ。

 

「はぁ……はぁ……」 

 

 石壁が独り苦しみに耐えていると、控えめに扉を叩く音が執務室に響いた。

 

「……提督、少し宜しいでしょうか」

 

 気遣わしい、優しげな声音。忘れる筈のない、石壁の愛しい人の声であった。

 

「ああ……どう……ぞ……」

「失礼します」

 

 石壁はなんとか椅子に座り直して鳳翔を迎える。しかし、喉が乾ききっており思ったように声が出ない。長時間水分すら取らずに報告書を読み込んでいたからに相違なかった。

 

「提督、お茶をお持ちしました。独りで部屋に籠もられてから随分と経ちますので……」

 

 鳳翔は心配そうに石壁を見つめながら、盆の上に載せた湯呑をこちらへと持ってくる。

 

「提督、どうぞ」

「ああ……あり……がとう……」

 

 石壁は、枯れた声で礼を言いながら鳳翔から湯飲みを受け取った。一度、二度と中身を呷り、唇を濡らす。甘露が喉を潤し、滋味深く体に染み入るようであった。

 

「……大丈夫ですか?」

 

 鳳翔は石壁のそんな姿に、心配そうな顔を見せる。以前の戦いの時は、石壁の心は荒れ狂う情動に翻弄され、壊れてしまいそうになった。

 

 護りたい仲間を救う為に、護りたい仲間を死なせねばならない矛盾。その相反する方向へ向かう二つの情動は、休む間もなく彼の心を圧搾する。潰れた心から滲みだす澱は溶けた鉛よりも熱く彼を責め立て、凍土よりも尚冷たく凍てつかせた。

 

 そして、その苦しみは、二度目の大敵を乗り越えた今もなんら変わっていない。

 

「……今すぐに拳銃を咥えて引き金を引きたいよ」

 

 石壁の言葉は、ともすれば冗談とも取られかねない程に、極めて平淡であった。だが、それは決して冗談などではない。偽らざる石壁の本音である。

 

「それが出来れば……どれだけ楽だったか……」

「提督……」

 

 彼の心根は変わっていない。変わったのは、彼自身の、大きさであった。

 

「最期の最期まで……生きて、生きて、生きて、生きる事を諦める訳にはいかない……それが、僕達生き残った者の責務だから」

 

 石壁の物語の始まりは、死にゆく母に背を押されたあの瞬間だ。以来ずっと、彼は前へ向けて走り続けている。止まった瞬間、過去に押しつぶされてしまうから。

 

 石壁の仲間は、皆石壁達に死んで欲しくないから戦い、そして死んでいったのだ。彼の母と同じように。

 

 彼は遺された想いを己という器の中に、一つ一つ大切に収めた続けた。降り注ぐ遺志を取りこぼさない様に、大切に大切に収め続けた。

 

 その様な事をすれば、常人ならば器はその重みに耐えかねて潰れてしまう。だが、石壁はそれを収めた。鋼の意志でもって、収め続けた。

 

 石壁はいうなれば、『未完の大器』なのだ。『将来大きくなるであろう未完成の器』という意味ではなく、『広がり続けるが故に完成できない大器』という意味でだ。

 

 かくして凡人(石壁)凡人(未完)のまま、英雄(大器)へと至った。だがそれは裏返せば…… 

 

「だけど……一体あとどれだけ……どれだけ命を積み重ねないと……ならないんだろうか……」

 

 石壁は壊れる事も諦める事出来ずに、無限の苦しみを受け止めねばならないのだ。完成する(息絶える)、その瞬間まで。

 

「生きるというのは……どうしてここまで……苦しいんだ……」

 

 石壁は鳳翔にむけて、その胸の内を吐露した。南方棲戦鬼との戦いの時の様に。

 

 石壁はもうこの苦しみを耐える事が出来る。もう受け止める事が出来る。他の誰にも、受け止めた想いを背負わせるつもりはない。

 

 だが、鳳翔には……否、鳳翔にだけは、石壁はその苦しみを打ち明ける。誰にも渡す事の出来ない苦しみを、受け止めてもらっているのだ。

 

「……」

 

 鳳翔は、無言で石壁を後ろから抱きしめた。座ったままの石壁の頭を、優しく、包み込む様に。

 

「大丈夫、大丈夫ですよ……」

 

 鳳翔は受け止める。強く(弱く)大きな(小さな)英雄(凡人)である石壁をありのまま。

 

 それが、石壁にとってはこれ以上ない救いであった。

 

「鳳翔さん……」

 

 石壁は、己の心臓に添えられた鳳翔の手に、そっと残った左手を重ねた。

 

「……ありがとう」

「……どういたしまして」

 

 包み込まれる様な温かさが、石壁の心を癒やしてくれる。鳳翔と触れ合っている今この時だけは……辛い事も、忘れられた。

 

「鳳翔さん……もう少しだけ……このまま……」

 

 石壁の手が、少しだけ強く鳳翔の手を握る。

 

「このまま……休ませてほしい……」

 

 余りにも不器用な石壁の甘え方に、鳳翔は笑みを浮かべて応えた。

 

「構いませんよ……もう少しこのまま……今だけは……このまま……」

 

 石壁が悲しみを力に変えて、立ち上がるまでの間だけ……二人はそうして抱き合っていた。

 

 互いの心音を重ねあうだけ。たったそれだけの逢瀬が。今の二人にとっては必要だったのだ。

 

 ***

 

 その翌日、石壁は広場にやってきていた。

 

 広場には大勢の妖精隊と艦娘達が詰めている。彼等は一様に沈黙を保ち整列しており、広場は厳かな空気に包まれていた。

 

 一同の前方には、名もなき英雄たちを祀る慰霊碑があり、石壁が慰霊碑の方を向きたっていた。

 

「総員!捧げ、銃(ささげ つつ)!!」

 

 広場に、あきつ丸の号令が響くと、陸軍妖精隊が一斉に着剣された三八式歩兵中を天にむけて構える。右手で銃床の少し上の銃把を握り、左手で銃の中心あたりを支える。小銃を体と水平にまっすぐ立てて持つ儀礼時の構えである。

 

 慰霊碑の前に立つ石壁は、背後で全員が小銃を構えた後に、揺らぐことのない力強い口調で声をあげた。

 

「……亡き戦友達の御霊に哀悼の意を表し、弔砲(ちょうほう)を捧げる……弾を込め!!」

 

 砲兵隊が空砲用の砲弾を、装填する。

 

「撃ち方用意……撃てぇッ!!」

 

 空へ向け、轟音と共に砲口が一斉に火を噴く。すぐさま砲弾は再装填され、数分の静寂の後に、再び一斉射。繰り返す事三度、砲口は火を噴いた。

 

 その間一同は黙祷を捧げ、先に逝った戦友達を思った。

 

 いずれは己たちも彼等の元へと旅立つ日がくる。だからその時を待っていてくれと思いを込めて。

 

 三度目の轟音が空気に溶けて消えていくその時まで、彼はただ、戦友達の冥福を祈った。

 

 ショートランド泊地を襲った二度目の大敵、飛行場姫、彼女との戦いは正しく死闘と呼ぶに相応しいモノであった。

 

 巨大な要塞線を使い潰し、己たちの総司令官すら囮にして行われた乾坤一擲の大反撃。それは狙い違わず鉄底海峡(無敵の牙城)を突き崩し、石壁達は絶体絶命の危機を乗り越えることが出来た。

 

 だが、その代償は大きく、泊地は多くのモノを喪った。

 

 武蔵艦内で戦い、散った陸軍妖精達。鉄底海峡を混乱させた駆逐隊にも相応の被害が出た。

 

 石壁自身も己の右腕を、そして武蔵を喪った。

 

 だが、もう石壁は立ち止まらない。悲しくとも、苦しくとも、前へ向かって歩き出すしかないのだ。

 

 失われた命を背負い。遺された想いを受け止め。血で糊塗された道を、ただ真っ直ぐに踏みしめ往く。

 

 

 

 力尽きる、その日まで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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