艦これ戦記 -ソロモンの石壁-   作:鉄血☆宰相

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幕間 鈴谷の贈り物

 これは飛行場姫との死闘から一週間程過ぎた頃の話である。

 

 この時鈴谷は自室でハーブティーを飲んでいた。対面の誰も座っていない席にはカップが一つ置かれている。

 

「はぁ……」

 

 鈴谷は物憂げにため息を吐くと、そっとソーサーへとカップを戻した。磁器の触れ合う硬質な音が嫌によく響く。

 

「また、護れなかったな……」

 

 晴れ渡る空色の瞳が、後悔という雲に覆われていた。

 

 ***

 

 先の戦闘が終わった直後、鈴谷はすぐさま石壁のいる指揮所へと戻った。

 

「提督!!艦内は完全に制圧したからもう大丈夫だよ!!早く医務室へ……ッ!?」

 

 そこで鈴谷が見たものは、死体となった参謀妖精達の中で石壁が倒れている姿である。

 

 石壁は片腕を失い、皮膚は焼け焦げ、武蔵や妖精達の血で真っ赤に染まっている。死んでいるようにしか、見えなかった。

 

「え……あ……」

 

 全身の血の気が引いて、思考が一瞬だけ停止した。

 

 絶望と後悔と怒りと悲しみが一度にぶちまけられて、世界中から音が消え失せて、己の心音だけが煩い程に頭に響く。

 

「ッ……!?提督!!提督!!!」

 

 鈴谷は半狂乱になりながら石壁に駆け寄ると、うつ伏せで倒れている彼を抱き起こした。

 

「しっかりして……!!お願い、死なないで……鈴谷(わたくし)を置いていかないで!!」

 

 ボロボロと涙を流しながら石壁に叫ぶと、石壁が微かに呻いた。

 

「う……すず……や……?」

 

 薄っすらと両目を開ける石壁。鈴谷は彼が生きている事に心の底から安堵する。

 

「提督……良かった……生きてて……本当によかった……すぐに医務室に運ぶからね」

 

 鈴谷は抱き起こした状態から、そのまま石壁の膝裏へと腕を入れ、横抱きに持ち上げた。 

 

「……あれ、提督、その目」

 

 そこでようやく、鈴谷は石壁の左目の違和感に気がつく。隻眼であった筈のそこに、紅い瞳が収まっていたからだ。

 

「……武蔵から」

 

 石壁は、残った左腕で目元を覆う。

 

「武蔵から……託されたんだ……」

 

 それ以上、石壁は語らなかった。

 

 ***

 

 あの時の記憶を思い出すと、今尚鈴谷の心は曇る。石壁が倒れ伏していたあの瞬間の絶望は……この世に生まれ落ちてから最も深く重い絶望となり、今も彼女の心に突き刺さっているのだ。

 

 鈴谷にとって石壁の存在はとてつもなく重い。提督として、仲間として、戦友として……そして、一人の男性として。鈴谷にとって石壁は命を賭してでも守り抜きたい大切な人なのだ。

 

 そんな提督を、危うく死なせかけたのである。後悔の念は尽きない。

 

「……ああー、駄目駄目、こんなんじゃ駄目だ。しっかりしろ」

 

 ウジウジと後悔をしていてもなんの意味もない。鈴谷は軽く頭を振って無理やり後悔を吹き飛ばすと、カップを片付ける為に立ち上がった。

 

「散歩でもして、気を紛らわせよう」

 

 ***

 

 それから鈴谷はぶらぶらと要塞内部をふらつき、なんとなく石壁の執務室へと向かっていった。なんだか無性に提督の顔が見たくなったのである。

 

「お茶会に誘おっかな。この前の戦い以降一緒にお茶飲んでないし。良いよね?それくらい」

 

 そんな独り言だか言い訳だか分からない言葉を呟きながら執務室に近寄っていると、突如として何かが爆発する音が響いた。

 

「な、何事!?」

 

 その音に驚いた鈴谷は、すわ一大事かと石壁の執務室へと走る。

 

 鈴谷が執務室のある廊下へたどり着くと、丁度扉が開いて明石が放り出された所であった。

 

「やめろ!!はいやめやめこの話はこれで終わり!方面軍最高司令官権限で今後この装置は開発禁止だ!!中止だ中止!!この機械はボッシュートでフィニッシュ!!!!」

「ああ!?そんなあ!?」

 

 真っ白な髪と軍服に焦げ目を作った石壁は、問答無用とばかりに明石を廊下に残してそのまま扉を閉じたのであった。

 

「ああ〜〜私の●カウターがぁ〜〜」

 

 しょんぼり、と言いたげに肩を落とす明石。何がなんだかさっぱりわからない鈴谷は、明石へ声をかける。

 

「あの……明石さん、何があったの?」

「へ?ああ、鈴谷さんいつから見てたんですか!?」

「ええっと、その……」

 

 どうしたものかと思って頭をかきながら、鈴谷は口を開く。

 

「……とりあえず、どっかでお茶でものもっか」

 

 ***

 

「提督の体が艦娘や深海棲艦に近い状態になってる?」

「ええ。そういって差し支えないかと」

 

 鈴谷と明石は、間宮の食堂でアイスクリームをつつきながら会話をしていた。

 

「私が作った機械は艦娘の艤装の技術を流用して作ったモノです。艤装が使えない人は人の基準で、使える人は艦娘の基準で計測するように作られていました。にもかかわらず、測定器は『提督を艦娘側の基準で測定した』んですよ」

 

 明石は眉間にシワをよせながら、アイスクリームをスプーンで掬い取る。

 

「……提督はもう『人間』の枠から逸脱しています。薄々そうなんじゃないかと思っていましたが、今回の事ではっきりしました」

 

 口元に甘味を押し込んで、明石は黙った。口中の甘みとは裏腹に、苦虫を噛み潰したような顔である。

 

「それってやっぱり……南方棲戦鬼の臓器と、武蔵の一件が原因だよね?」

「十中八九、そうでしょうね……出てきた数値は概ね大和型戦艦二隻分相当でしたから。カタログスペックだけなら多分この鎮守府で一番高いですよ、提督」

 

 実際にはそのスペックを活かすことは不可能なので、文字通り宝の持ち腐れなのだが。

 

「提督が艦娘にねえ……」

 

 鈴谷の脳裏に一瞬女装した石壁が浮かぶ。『意外とイケるんじゃないですの?』というどこかの誰かの感想と『いくら何でもないわー』という感想がぶつかって思考が空転する。脳内議論で解釈違いを起こすという器用な真似をしながら、鈴谷はアイスクリームを一口食べた。

 

「……じゃあ提督用の艤装があったら、石壁提督も鈴谷達みたいに海の上走れるの?」

「提督用の艤装ですか?」

 

 その問に、明石はしばし考え込む。

 

「うーん……大和型戦艦の艤装があればあるいは可能かもしれませんが……現状で武蔵以外の大和型戦艦の艦娘が誰もいない上に、その武蔵もロストしちゃいましたからね……」

「あー……残った艤装、艦艇形態だもんねえ……」

 

 泊地にデデンと鎮座する武蔵の船体。これが現存する唯一の大和型の艤装である。だが、持ち主の武蔵が居なくなってしまった為、艦娘の艤装に戻す事が誰にも出来くなくなったのだ。

 

 ちなみに処分するという案もあったが、解体するには手間暇がかかり過ぎる事と、石壁がそのまま残したいと言った事もあって、今もそのまま戦場に置きっぱなしである。

 

「艤装の技術を応用して、一部の機能だけ持たせた『艤装っぽい何か』なら用意出来ない事もないですけど……用途が限定され過ぎて戦場で使うにはちょっと……」

「確かにそんなの持たせて戦場に立たせる訳にはいかないよね……って、いやそもそも戦場に立たせちゃいけないじゃん。あの人泊地の総司令官で、方面軍最高司令官で、中将なんだよ?」

「あ、あれ?確かにそうですよね……あはは、石壁提督と一緒にいると感覚が狂っちゃって困ります」

 

 この件で明石を責めるのは酷というものだろう。石壁はこれまで最前線で敵の親玉と殴り合って死にかけたり、全身を機械に繋いで酷使して死にかけたり、戦艦一隻で戦場に殴り込んで死にかけたりと、酷使無双の戦いばっかりしてきたのだ。中将どころか普通の人としてもアウトオブアウト。やっちゃ駄目な行為のオンパレードである。元から割とガバガバな彼女の判断基準がそれに輪をかけてガバガバのガバになるのも致し方なしであろう。

 

「……ん?」

 

 その時、鈴谷の脳裏に閃くものがあった。

 

「ねえ明石さん、石壁提督用の艤装は無理でも……『艤装っぽい装備』なら作れるんだよね?」

「ええ、限定的に、ですが」

「じゃあさ……こんなのってどう?」

 

 鈴谷は声を潜めて、明石に問いかけた。

 

 ***

 

 それから数日後、鈴谷からお茶会に誘われた石壁が、彼女の部屋を訪れていた。

 

「お邪魔します」

「いらっしゃい。遠慮せず寛いでねー」

 

 いつものように石壁を座らせて、鈴谷はハーブティーを淹れてくる。芳しいその香りに石壁は心が落ち着くのを感じた。

 

 並ぶカップはいつもどおり3つ、石壁と鈴谷と熊野の分である。鈴谷が席についたのを見計らって、石壁はゆっくりとカップを口元へと運んだ。

 

「……うん、相変わらず……美味しい」

 

 最初にこのハーブティーを飲んでから、ずいぶんと多くのモノが変わってしまったが、それでもこのお茶の味は変わらない。石壁はそんな小さな事が、とても嬉しかった。

 

「よかった……」

 

 ホッとした笑みを浮かべて、鈴谷もまたハーブティーを味わう。そんな鈴谷の様子を見つめていると、石壁は我知らず口を開いていた。

 

「……こんな事を言って良いのか分からないけど」

 

 石壁は、カップの中を見つめながら、ぽつりと呟いた。

 

「君が、生きていてくれて……良かった」

「提督……」

 

 温かなお茶で緩んだ感情の隙間から、石壁の素直な思いが溢れた。

 

 南方棲戦鬼との戦いでは熊野が帰らぬ人となった。それと同じように、飛行場姫との戦いで鈴谷が死んでもおかしくはなかったのだ。

 

 本当は、誰にも死んで欲しくない。それが偽らざる石壁の本音だ。だが、それでも石壁は部下を死地に送らねばならない。だから普段、こんなことは部下には絶対に言えないし、言ってはいけないのである。

 

 それでも漏れてしまったのは、鈴谷が死んだあとに、一人この部屋でお茶を飲む己の姿を想像してしまったからであった。余りにも悲しいその想像図(あり得た未来)が、石壁の口を開かせたのである。

 

「……ごめん、口が滑った」

「ううん、大丈夫だよ提督、むしろ……」

「むしろ……?」

「ううん、なんでもない」

 

 鈴谷は若干恥ずかしそうに首を振って誤魔化す。

 

「そうだ提督、実は提督に贈り物があるんだよ!」

「贈り物?」

 

 鈴谷は空気を変えるようにパシンと手を叩くと、立ち上がって戸棚から木箱を取り出した。

 

「はい提督」

「ありがとう……開けても?」

「どうぞどうぞ」

 

 鈴谷から渡された箱は、飾り気のない白木の小箱であった。石壁は鈴谷の許可を得てその蓋を開けた。

「……お守り?」

 

 木箱の中には、『武運長久』と書かれたお守りが収められている。

 

「綺麗なお守りだ……」

 

 石壁は手の中のお守りをじっと見つめた。お守りは白色の布地に、空から紡ぎ出したような青色の糸が編み込まれている。

 

「明石さん達と作った武運長久のお守りだよ。精神的なモノだけじゃなくて、しっかりと効果ある優れものなんだ」

「効果が?」

「うん、提督、そのお守りを握り閉めて『護れ』って念じてみて」

「え、ああ……うわっ!?」

 

 その瞬間、お守りを中心として何か不可思議な力が広がって石壁を包んだ。

 

「な、なんだこれ!?」

「狙い通り上手くいったね」

 

 鈴谷はお守りが機能した事と、石壁が想像どおりの良いリアクションをしてくれた事に笑みを浮かべた。

 

「それはね、艦娘の艤装の技術を流用した防御隔壁なんだ」

「艦娘の技術を?」

「うん。ほら、私達の艤装って、ダメージを一部受け持って体を護ってくれるじゃん」

 

 艦娘の艤装にはダメージを吸収して艦娘を守ろうとする効果がある。ダメージをうけた艦娘の服が消し飛んだりするのはこれが原因であった。

 

「その技術を流用して、防御効果だけをもった簡易的な艤装として作ったのがこのお守りなんだよ。砲撃一発分位ならコレがあれば助かるかもね」

「なるほど……だから僕の為に……」

 

 石壁は先日の戦いで腕を失った時のことを思い出した。もしあの時にこれがあれば、腕を失わずに済んだかもしれなかった。

 

 鈴谷はもう二度とあんなことが無いようにと、このお守りを作ってくれたのだ。石壁はその気持ちが本当に嬉しかった。

 

「……ありがとう、鈴谷。大切にする」

「お守りは大事にしなくても良いから、提督は提督の体を大事にしてね?お守りは作り直せても、提督は作り直せないんだから」

「そりゃそうだ」

 

 鈴谷が冗談っぽく石壁に言うと、石壁も笑って頷いた。

 

 こうして、久しぶりのお茶会の時間は穏やかに過ぎ去っていったのであった。

 

 ***

 

 同時刻、工廠にて。

 

「ふふ、我ながらいい仕事しましたね」

「明石殿」

「うひゃあ!?」

 

 いつのまにか後ろにいたあきつ丸の言葉に、明石が飛び上がって驚く。

 

「な、なんですかあきつ丸さんいきなり……」

「い、いえ、実は……」

 

 普段はきっぱりと竹を割ったような物言いを好む彼女が、今日は何故か口ごもる。

 

「実は食堂での会話を聞いておりまして……その……」

 

 あきつ丸が真っ白い顔を少し赤らめる。

 

「……自分も、伊能提督の為にお守りを作りたいのでありますが」

「……ああ、なるほど」

 

 全てを察した明石は周囲を見回す。ちょうど休憩時間であった為に、他の妖精隊(野郎ども)の姿はない。

 

「……効果としては人間の伊能提督には使えませんが、それでも良ければ、こちらへ」

「……忝いであります」

 

 そのまま二人は工廠の奥へと籠ってこっそりとお守りを作ったのであった。

 

 

〜おまけ〜

 

「……あ、そのお守り、他の誰にも見せないでね。特に鳳翔さんには絶対に見せないで」

「え、なんで?」

「私まだ死にたくない」

「ごめん声が小さくてよく聞こえないんだけど???」

「なんでもない。神秘的なモノはあまり他人に見せたらいけないんだよ!古事記にもそう書いてあるんだから!!イイね!?」

「アッハイ」

 

 顔を真っ赤にして捲し立てられた石壁は、それ以上尋ねることは出来なかった。

 

 

 

 

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