セラフィムの学園   作:とんこつラーメン

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第50話 鈴の音の帰る時

 やっと……やっと日本に戻ってこれた……。

 あれから一年と少ししか経ってないけど、あたしには気が遠くなるような時間に感じた。

 

 あたしが今いるのは、IS学園の正面ゲート前。

 夜風で髪が靡くけど、そんな些末事なんて気にならない。

 またこの国に……あの子がいる日本に戻ってくれる日を、どれだけ夢見て来た事か。

 でも、それももう終わり。今のあたしはあの子が通っている学園にいるのだから。

 それはつまり、会おうと思えばいつでも会えるという事だ。

 少し前までは当たり前だったことが、また再び出来るようになる。

 なんて嬉しい事か。遂にあたしはやり遂げたのだ。

 ここまで来るのに、どれだけ苦労をした事か。

 

「いいえ。ここで油断しちゃ駄目よ、あたし。まずはちゃんと手続きを済ませないと」

 

 ポケットの中からクシャクシャになってしまったメモ紙を取り出したけど、そこに書かれているのは中国語で『学園に到着したら、本校舎一階総合事務受付に行け』とだけ。詳しい場所なんかの情報は全く記載されていない。

 

「大雑把すぎんのよ……」

 

 場所名自体は飛行機の中で何度も確認したから、もう完全に頭の中にインプットしてある。

 だから、このメモ紙の役目はとっくに終わっている。

 本当なら、ここでポイッと捨ててしまっても構わないんだけど、流石に到着早々にゴミを捨てるのはどうかと思う。

 

「仮にも代表候補生なんだし、節度ある行動を心掛けないとね」

 

 じゃないと、あの子にまた会った時に顔合わせ出来ないから。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 両親の離婚を切っ掛けに、アタシは故国である中国へと戻る事になったのだけれど、まだアタシの心は日本にあった為、懐かしい光景を見ても全く感動しなかった。

 それどころか、まるで全く知らない国に来てしまったかのような感覚すらあった。

 

 親のせいで大好きな人達と離れ離れになったという事もあって、戻った直後のアタシは相当に荒れていた。

 学校になんて微塵も行く気が無かったから、当たり前のように不登校。

 外での外泊も日常茶飯事になっていて、家になんて殆ど戻らない。

 その頃から、あたしは『大人』という人種が猛烈に嫌いになった。

 

 完全に不良の仲間入りになったアタシは、ガラの悪い連中とつるむようになった。

 別にそいつ等の事が気にいったとか、そう言うわけじゃないけど、一人でいるよりは少しはマシだったから。

 今にして思えば、それは憎い親に対するあたしなりの反抗だったのかもしれない。

 そんな事をしても何にも意味は無いと分かっていても、今の自分の中にある言いようのない寂しさを埋める『何か』を求めていた。

 でも、そんな日々もある日突然に終わりを告げる事となる。

 

 それは、ほんの些細な偶然だった。

 あたしが中国に戻ってきてから数か月が経過した頃、政府がいきなり中国全土の20歳以下の女性を対象に、簡易IS適性検査を執り行ったのだ。

 勿論、あたしも半ば政府の役人連中に連行されるように検査場に連れていかされた。

 だがそこで、アタシは日本に戻れるかもしれない千載一遇のチャンスをゲットした。

 

 役人に言われるがままに検査を受けたアタシに、全く予想すらしていなかった事実が突き付けられた。

 

 【凰鈴音 IS適性 A+】

 

 信じられなかった。

 A+と言えば、その頃まだISの知識に疎かったアタシでさえ知っている程に高い適性。

 現在いる国家代表の殆どがA+であると言われていて、どの国でも将来有望と目されている者達が叩き出す値。

 確かに、運動神経にはそれなりに自信はあったけど、まさか自分にそんな才能が埋もれていたなんて誰が想像するだろうか。

 検査結果を聞かされたアタシは、自分でも驚くぐらいに冷静に状況を分析し、そして確信した。

 

『ISの操縦者になれれば、本当の意味で母親から離れられるし、日本にも行けるようになるのではないか?』

 

 心臓が激しく鼓動した。息が荒くなって汗が止まらない。

 端的に言うと、興奮した。

 これは間違いなく、一生に一度の大チャンスだ。

 この機会を逃せば、あたしは必ず後悔する。

 

 色んな考えが頭の中でグルグルと渦巻いているあたしに、役人は無表情でこう告げた。

 

『凰鈴音君。訓練学校に通って、ISの操縦者になってみる気はないか?』

 

 アタシは微塵も躊躇することなく頷いた。

 もう迷いはない。捻くれたりもしない。寂しさを紛らわす事もしない。

 今は唯、この運命とも言えるたったひとつのチャンスを必ず手に入れる事だけしか考えない。

 

 未成年者が訓練学校に通うには、親の承諾が必要となるのだけれど、幸いと言うかなんというか、あたしの母親は女尊男卑の考えを持つようになっていたため、娘であるアタシがIS操縦者として高い適性があると聞かされた途端に、嬉々として書類にサインをした。

 後にも先にも、これが実の親に心から感謝した最初で最後の出来事だった。

 

 アタシが不登校を貫いていた学校にも話が通され、転校と言う形で学校を去った。

 と言っても、実際には一度も通ってないし、友達なんて一人もいない。

 ぶっちゃけ、凄く清々した。

 

 柄の悪い連中とも縁を切り、あたしは生まれ変わった気持ちで中国IS訓練学校の門を潜った。

 

 そこからは本当に大変だった。

 今まで遅れていた勉強を一刻も早く取り戻すために、昼夜を問わず必死に勉強し、それと同時に訓練教官の鬼のようなメニューをこなす。

 勉強のし過ぎで頭痛に苛まれたり、訓練の果てに指一本動かす事が出来なくなる程に肉体が疲弊することだって多々あった。

 地獄のような特訓と勉強の日々と言えばそれまでだけど、その時のアタシはとっくに覚悟を済ませていて、愛する彼女に再び出会う為ならば、どんな苦行も地獄も耐え抜くと決めていた。

 

 余りにも激しすぎる訓練に一人、また一人と脱落をして行く中、あたしだけは絶対に諦めなかった。

 例え泥を啜っても、石に嚙り付いてでも必ず訓練を成し遂げ、立派なIS操縦者となってから堂々と日本に凱旋をして彼女に会いに行く。

 その時まで、挫けている暇なんて一秒も存在しないのだから。

 

 そんな最中に、全世界に同時放送のニュースが流れてきた。

 日本で、史上初めてとなる『IS委員会代表のIS操縦者』が誕生したというニュースだ。

 それは勿論、中国でも報道されて、アタシがいた休憩室に設置してあるテレビにも流れてきた。

 最初は、そのニュースを聞いても何にも思わなかった。

 他人の成功に興味を持つ時間があるのなら、自分が成功するために時間を割くべきだ。

 だが、そのテレビ画面に映った少女の姿を見た時、アタシの思考はほんの少しの時間だけど、完全に停止した。

 

 史上初のIS委員会代表IS操縦者とは……あたしが世界で最も愛する少女『織斑千夏』その人だったのだから。

 

 緊張した面持ちで会見に臨んでいる千夏を見て、アタシは頭がパニックになった。

 なんであの子がISの操縦者になってるの?

 IS委員会代表IS操縦者? なにそれ?

 髪の毛が完全に真っ白になってるように見えるのは気のせい?

 

 色んな考えがまるで渦を巻くように頭の中を駆け回った。

 そんな時、テレビから聞こえてきた会話が、アタシの耳に木霊した。

 

『こうして委員会代表となった以上は、やはりIS学園に入学を?』

『はい。そのつもりです』

 

 とても懐かしい千夏の声。

 テレビ越しとは言え、それを聞いた事の感動よりも、彼女が言った事が気になっていた。

 

(千夏がIS学園に入学する……?)

 

 ISに携わる者ならば、必ず一度は聞く世界で一番の有名校。

 世界中から様々な国籍の人間が集い、ISに関する全てを学ぶ事が可能な唯一無二の学園。

 IS操縦者になった千夏がそこに通うのは、ある意味で必然だった。

 

 その時、アタシの中で自分の目的が明確なものとなった。

 ここであたしも立派なIS操縦者になって、千夏と同じIS学園に入学する。

 これならば、ちゃんとした理由の元で日本へと行くことが出来る!

 日本に行くと目標を決めておきながら、実は先の事を全く考えていなかったあたしには、まさに天啓とも言えるニュースになった。

 

 そうと決まれば話は早い。

 その日の午後から、アタシは今まで以上に必死に訓練と勉強に明け暮れ、自分でも分かってしまう程にメキメキと実力を付けていった。

 

 そんなアタシの努力が遂に実を結んだのか、IS委員会中国支部から直々にアタシを中国の代表候補生に指名してくれた。

 それと同時に、あたしには新しく開発された新型の専用機も与えられた。

 これであたしは『専用機の実戦データ収集の為にIS学園へと入学する』という大義名分を得た訳だ。

 これでもう勝ったも同然! ……とはいかなかった。

 

 必要な条件は全てクリアして、お上からも『君には是非とも中国の代表の一人としてIS学園に行ってほしい』と言われたのだが、そこに至るまでの準備が無駄に長かった。

 まずは普通に入学の手続きや、転入試験。

 これは普通に楽勝だったから別にいいんだけど、問題はここから。

 専用機の初期化と最適化。更には慣らし運転を兼ねた運用試験。

 設定は一日で終了したからいいけど、運用試験が本当に時間が掛かった。

 各種武装の説明や点検や確認。専用機を装備した状態での初試合。

 そこから導き出される、これからの訓練目標等々。

 お前達はアタシを日本に行かせないのか、行かせたくないのか。

 本気でそう叫びたくなる程に、準備に時間を使う連中に、あたしのイラつきは日増しに増していったが、ここで怒りに身を任せてしまえば、今までの努力が全て水の泡になってしまう。

 だから、全部の準備が完了するまでの一ヶ月間。アタシは本気の本気で我慢した。

 

 全ては、もう一度、千夏に会うために。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「長かった……本当に長かったな……」

 

 実際には一年と少ししか経過してないんだけど、アタシにとっては無限にも等しい日々だった。

 けれど、もう我慢なんてしなくてもいい。したいとも思わない。する気も無い。

 政府の連中には少しだけ悪いとは思うけど、ここからアタシは自分の欲求に従って動くから。

 

「でも実際問題、ここからどう行けばいいのよ?」

 

 一応、IS学園のパンフレットは貰ってるけど、ここには学園内の簡易的な地図しか載っていない。

 少なくとも、この中にある地図には『本校舎一階総合事務受付』なんて単語は無い。

 

「歩いて探すしかないか……」

 

 出来れば、誰でもいいから学園関係者が通りかかってくれれば嬉しいんだけど、流石にこんな暗い時間帯には生徒も教師も通らないか。

 なんて思っていた時期がアタシにもありました。

 

「はぁ~……千夏姉がここまで強いとは思わなかったな~……」

「まさか、デンプシーロールを使って一夏に完勝するとは思わなかったぞ」

 

 千夏……ですって……?

 しかも、この声はまさかアイツが……?

 

 ここからは暗くなって少し見えにくいが、学園の訓練施設と思わしき場所から、生徒の集団がやって来るのが見えた。

 それはいい。ここはIS学園なのだから、暗くなるまで訓練をしている生徒だっているだろう。

 問題は、その集団の中にあたしの見覚えのある顔がある事だ。

 

(あれは一夏……! 男なのにISを動かしたってニュースで言ってたけど、本当だったのね……)

 

 ISは基本的に女しか動かせない。

 これはもう世の中の常識となっているにも関わらず、それを真っ向から否定するように男である一夏がISを動かした。

 その出来事は瞬く間に世界中に伝わり、とてつもないニュースとなった。

 身の安全の為にIS学園に入学したとは聞いてたけど、まさか来て早々に会えるとは思わなかった。

 

「千夏さん、一体何処でボクシングなんて習ったんですの?」

「知識自体はディナイアルに触れた時に頭に直接流れてきて、実際に経験をしたのは訓練を始めてからかな」

「あの頃は、千夏だけ別の特別訓練とかよくしてたね」

「機体が機体なだけに、普通とは違う訓練が必須事項だったからな」

「なっち~は頑張り屋さんなんだね~」

 

 あ……あぁ……あの顔……あの姿……あの声……間違いない……あの子だ……!

 

(千夏……この目でまた見る事が出来た……!)

 

 髪の色はすっかり様変わりしてしまっているけど、それ以外は何も変わってない。

 それどころか、少し見ない間に増々魅力的になってる気さえする。

 

 千夏の周りには、学園で仲良くなったと思われる女子達がいた。

 昔のあたしなら、アホみたいに嫉妬をしていたかもしれないけど、向こうで心身共に鍛えてきた今はそんな事は無い。

 冷たく無表情に見えても、千夏は本当は友達想いの優しい女の子だ。

 だから、中学の頃も男女問わずに人気で、馬鹿な男子達が毎日のように告白合戦を繰り広げていたっけ。

 振られるって分かっているのに、それでも告白をしに行くんだから男子って別の意味で凄いわ。

 

「なんだか腹減っちまったな。早く食堂に行こうぜ」

「それがいいね~……むふふ~♡」

「なんだ本音。その意味深な笑みは」

「なんだろ~ね~?」

「何か隠してる?」

「さぁ~?」

 

 思わず、あの集団の所まで行って千夏に会いに行きたかったけど、今の千夏の時間を邪魔したくはない。

 大丈夫。もうすぐ傍まで来てるんだ。明日になればまた会える。

 今までに費やしてきた時間に比べれば、夜が明けるまでなんてあっという間だ。

 

 千夏達が去っていった後、すぐに目的地である本校舎一階総合事務受付は見つかった。

 皆が通り過ぎた場所のすぐ傍に隣接していたから、割と呆気なく発見が出来た。

 これも千夏とまた会えたお蔭だと思って、足取り軽くそこまで行った。

 

「これで全ての手続きは完了しました。ようこそ、IS学園へ」

「ありがとうございます」

 

 場所さえ判明すれば、手続き自体はすぐに終了する。

 後は事前に教えて貰った学生寮の部屋に行ってから休むだけだけど、少しだけ気になっている事があったので聞いてみる事に。

 

「あの、ちょっといいですか?」

「どうしました?」

「あの子……織斑千夏…さんは何組か分かりますか?」

「織斑千夏……あぁ~! あの委員会代表の子ね! あの子なら一組所属よ。凰さんは二組だから、お隣さんになるわね」

 

 千夏が一組であたしが二組……。

 一緒のクラスになれなかったのは残念だけど、隣同士なだけまだマシか。

 

「確か、初めての男性IS操縦者である織斑一夏君も同じクラスだったわね」

 

 一夏も一組なの? 双子で同じクラスって……あるか。

 中学の時も何故かそうだったし。

 

「そういえば、織斑さんは転入早々にクラス代表に選抜されたんですって! 流石は織斑先生の妹さんよね~」

 

 千夏がクラス代表……。

 昔から目立つ事が苦手だった千夏がそんなのになったって事は、多分は投票とかで決めたんでしょうね。

 

「この間なんてイギリスの代表候補生の子と凄い試合して、その上で勝ったらしいわよ! 私も見たかったな~」

 

 しかも、もう既に初試合をして、それを勝利で飾っている。

 それでこそ、アタシが本気で好きになった千夏ね。

 

「なら、アタシもなるしかないじゃない……!」

「へ?」

 

 もしも二組のクラス代表が決定しているのなら、その子には悪いけど交代して貰うわよ……!

 胸を張って千夏の隣に立つ為に! 千夏と今のアタシを見て貰う為に!

 

「な…なんか燃えてる……!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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