1 迷い子
森。
自然溢れる幻想郷において、森そのものはそんなに珍しくはない。自然と生きる妖怪は、川や森といった場所に住まうことが多い。自然と生きる、というか、自然から生まれるという感じだが。
魔法の森となると、真っ当な妖怪も足を踏み入れない人外魔境の範囲に含まれることになるが、今現在森と呼称している場所はその魔法の森から大きく離れたところ。
幻想郷の中心部。
博麗大結界から離れた場所。
日の光が差し込む明るい森の真ん中。
そこに、一人の人間が倒れていた。
周囲からその人間を見る妖怪たちは、それに迂闊に近寄るようなことはしない。誰が見たって明らかに、その倒れている人間は外来人だからだ。
外から入ってきた人間自体は幻想郷においてはそんなに珍しくない。ただ、先ほど突然気を失った状態で現れた彼を、一体誰が襲えるだろうか。
繰り返して言うが、ここは幻想郷の中心に近い部分だ。そんなところに突然外来人が現れる理由と言ったら、まあ、一つぐらいしか思い浮かばない。
八雲紫。
あの大妖怪が何の気まぐれか知らないが、外の世界の人間を適当に神隠しでもしたのだろう。それが周辺の妖怪たちの総意だった。そもそも外の世界から何かを幻想郷内に持ち込める妖怪など彼女くらいしかいないのだから、そう思うのも無理のないことであった。
故に、迂闊に目の前の人間に手を出すのは危険だという認識が生まれたわけだ。八雲紫に逆らえば、この幻想郷で生きていくことは難しくなるのだから。
ただ、当然のことながら、突然現れた人間に警戒するなという方が無理な話であり、そもそもこの辺りは人里からも遠い場所だ。こんなところに人間を放置するとは、あの隙間妖怪はなにを考えているのだろうか。
少しだけ、人間の腕が動いた。
妖怪の注目が一点に集中する。
「…………あれ、生きてる? ……ていうか……どこここ?」
そう言いながら彼は上半身を起こす。服装は下はジーンズ、上は半袖のパーカー。この幻想郷では流通していない服であり、外の世界から来たという証左でもあった。
辺りを見渡すと、木、木、木。人間の文明的なものが一切見受けられない。坂というわけではないから山の中というわけでもなさそうだと思うと、ゆっくりとした動作で立ち上がり、体の様子を調べていく。記憶にある限りの自分の行動を顧みれば、骨の一本や二本折っていてもおかしくなさそうなものだが、それどころか、体には擦り傷一つない。自分はこんなに運が良かっただろうかと首を傾げる。
彼が倒れていたのは森の中の開けた場所だった。あたりに茂みなどはなく、木々の隙間から光が差し込んでいる。
真上を見上げて太陽の位置を確認する。ちょうど真上辺りにあるので大体今の時刻は昼くらいだろうかと考えて、そこでようやく、自分が何も持っていないことに気付く。ポケットに入れていたはずの携帯も、背負っていたはずのリュックも、手首に巻いていたはずの腕時計もない。
物取りの犯行だろうか。森の中で倒れている自分から荷物を盗んでいったとか。放置していくとは随分な扱いだと思うが、まあ盗むなら助けないわなとも思う。
周囲を見渡してみるもの、自分のものは落ちていない。
「……別にいいけど」
どうせ全部山に埋めようと思って持ってきたものだ。盗まれても困ることはない。むしろ盗んだ方が困るんじゃないだろうかと何故か泥棒の心配をする。
とりあえず人がいそうなところまで歩いてみようと判断し、森へと突っ込んでいく。
そして二十分後。
「…………人がいない」
とりあえず一方向に延々と進んでみようと思い真っすぐ進み続けてみたものの、行けども行けども人の姿はおろか、何かしらの人工物すら見当たらない。せめて電柱の一本でも見つかれば、それを辿って町やら村やらに辿りつけると思うのだけれど。
もういっその事大声で叫んでみれば、誰かしらそれを聞きつけてくれるのではないかと思わなくもないのだが、辺りに熊やらがいた場合が怖い。動物に襲われて死ぬというのは人間に殺されるよりもよっぽど怖いと思うのだ。
にしても、舗装されていない所を歩くのがこれほど人間の体力を奪うとは知らなかった。運動が苦手というのを言い訳にして体育以外でまともに体を動かさなかったつけが回ってきたのだろうか。
せめて川とかがあれば、それを下っていけるのだけれど。
「ん?」
そんなことを考えていると、どこかからか水の音が聞こえてきた気がした。気がした程度ではこの状況で動くには少しリスキーすぎるとは思ったが、他に頼りになるものもないし結局このままではジリ貧だったということもあって、少しだけ自分の聴覚を信じてみることにした。
視界を完全に塞ぐほどに重なって茂っている木々を越えると、そこには確かに川――ではないにせよ、湖があった。湖というほど大きくはないか。池、と言うのが妥当だろうか。
そして、そのほとりに、人の姿があった。
「あ」
後ろ姿からでもそれが女の人だというのはわかった。しかしなんというか、こんな森の中にいるには相応しくない格好と言うか、具体的に言うと上下一体型の足まで覆うスカートに、腰に近い部分まで伸びる見事な茶髪。そして――……頭部で激しく自己主張をしている、毛の生えた、耳。
「…………? ……?」
耳なのか本当にあれは。いや、ひょっとしたらすごい癖毛とかなのかもしれない。ああやって頭部の髪が真上に向かって三角形に逆立ってしまう癖毛とかなのかもしれない。
あるいはそう。付け耳なのかもしれない。コスプレとかの趣味を持つ人が偶然ここで犬耳を付けているのかもしれない。うん、きっとそうだ。
どっちにしろ今の彼に質問相手を選んでいる余裕なんてないのだ。例え目の前にいるのが激しい癖毛の人だろうとコスプレイヤーだとしてもこんな森で誰かに会えたというだけでもうそれは奇跡なのだから。
「……あの、すいません」
「うわっ!」
近付いて声をかけると目の前の女性は振り向きながら大声を上げた。そんなにゆっくりと近付いたつもりはなかったのでなんとなく向こうも気付いているんじゃないかと思っていたのだが、そんなことはなかったらしい。
お互いに驚いた様子のまま硬直していたが、目の前の女性は訝しげな顔で少年を見る。それは滅多に見ないものを見るような顔だったのだが、そんなことが少年に分かるはずもなく。なんだか美人な女の人に細目で睨まれているという認識になった。
「人間……?」
目の前の女性がなにかを呟いたが、それなりの距離があったので耳に届くことはなかった。
女性だってもう理解はしていた。これ見よがしに生えている頭の耳を無視して話しかけてきたこと、幻想郷では見ることのない服装から考えて、ほぼ間違いなく、外来人なのだろうと。
ここで少年の運が良かった点を挙げるならば、目の前の妖怪が好戦的で、出会った人間を迷わずに食らうような獰猛な妖怪ではなかったという点だ。加えて、目の前の妖怪――今泉影狼は、少し前の異変の際に、人間に敗北している。惨敗している。完膚なきまでに負けている。
言うなれば一時的でも牙を抜かれた獣のような状態だ。
今の少年に、命の危険は一応ない。
「えっと、驚かせてすいません」
「……いや、別に」
なんだかすいませんばっかりだなと思う。
「あの、気付いたら森の中で倒れてまして。できれば、どっちの方に行けば町やら村に辿りつけるかを教えていただきたいんですけど……」
本当は目の前の女性についてきてもらうのが一番いいのだが、そこまでは望まない。なんだか怖いし。これは考えての拒否意思というわけではなく、なんとなく嫌だな程度の感覚であり、ある意味その選択は正しかったと言える。
頼んだって着いてきてくれはしなかっただろうから。
人間と妖怪が共存、あるいは共依存しているのが幻想郷であるとはいえ、それは仲良しであるということでない。だからこそ明確に人妖の生活範囲は分かれているのだし、幻想郷は成立している。
そんなことを一切知らない少年は、出来る限り丁寧な言葉遣いを心掛ける。
「気付いたら森の中?」
「はい……」
「…………そう。人里ならあっちにあるわよ」
あっちと言いながら、影狼は少年が来た方から右の方向を指さした。思いの外スムーズに教えてくれたこと、それと人里という言い方に若干の疑問は感じたが、教えてくれたのだから細かいことを言う必要はないだろうと判断し、改めて女性の目を見る。
「ありがとうございます。本当に助かりました。えっと、本当は何かしらお礼をしたいんですけど……、今完全に手ぶらでして……」
「別にいいわよ、見返り欲しさに教えたわけじゃないし」
「……またお会いすることがあれば、その際に何かしらの形でお返しするのではどうでしょうか?」
「いや、本当にいらないんだけど……」
困ったような女性の顔を見ると、少年も困ったような顔を浮かべる。恩を受けっぱなしというのが少年は嫌いだった――というか、誰かとの間に何かしらの関係性を構築してしまうというのが苦手だった。
とは言っても、人がいる方向を教えるくらいは確かに大した手間ではないのだろうとも思う。そうなると、今の自分は完全に押しつけがましいだけの奴だ。そう思うとどうにも。
「……そうですか。でも、本当にありがとうございました」
「……どーいたしまして」
お礼と同時に頭を下げた少年が背を向けて去っていくのを見ながら、彼女は思う。
外の世界から不慮の事故でこちら側に迷い込んできてしまったのならば、近い内に八雲紫の能力によって外に送り返されるだろう。そもそも、外の世界から迷い込んできた人間に幻想郷で生き延びることができるはずがないのだ。
よほどのことがない限り、再会することはない。
よほどのことがない限り。
これより三か月後、彼と再会することを、今泉影狼はまだ知らない。
――――――――――――――――――――――
「……………………」
少年は絶句していた。
女性が指さした方向に進むこと二十分。まだ明るい内に人の姿を見ることが出来たのはとても嬉しい。人間の文明である建築物を見ることが出来たのも嬉しい。美味しそうな匂いが漂ってきたのも嬉しい。お金を持っていないので食べることは叶わないが。
ただそれは、人が全員着物を着ていなければ、さながら京都のような和風の建物でなければ、扉ではなく暖簾だけの店からの匂いでなければ、もっと嬉しかったという話でもある。
…………何時代?
ああ、なるほど、確かにこれは人里だ。
町ではない。村と言うにも怪しい。
自分の格好はおかしいものではないはずだが、なんだか悪目立ちしそうだなと思いながら里に踏み入る。どうしようもない居心地の悪さを感じながら、道をとぼとぼと歩く。
自分の服装はそんなにここの人たちにとっておかしいものではないらしいと気付いたのはそれから数分経ってからだった。すれ違う人全員がそうというわけではないが、特に自分を注視することもなく通り過ぎていくのだ。
着物だらけなのにも関わらず、自分のパーカーやらジーンズが浮かないのはどう考えてもおかしいだろと思うのはむしろ少年の方である。
不審者のように周囲を見回しながら歩いていると、少し遠くに人だかりができているのを見つける。気になって近寄ってみると、どうやらその中心部には少女がいるようだ。距離が遠いせいか、途切れ途切れに高い声が響く。
「…………信じれば奇跡が…………自然とはすなわち…………信仰して…………」
…………宗教の勧誘?
触らぬ神に祟りなしと判断した少年はそそくさとその場を後にする。どこにでも宗教家というのはいるものだ。声質的に少年とほぼ同年代くらいだと思ったのだが、あの真剣な口調はそれを疑わせるものだった。このご時世、誰がなに考えてるんだかわかんないなと思いつつ、再び歩き始める。
行けども行けども自分の知っている文明は見えてこない。
現代では歩きスマホなんてものが危険視されているが、それどころの話ではない。
スマートフォンどころかガラパゴス携帯、車やバイクに自転車、ビニール袋や街灯。
それらの一切を見ない。
もし仮にここが日本国内の未開の地だったとしても、さすがに発展してなさすぎるだろうと思う。現代人がこんなところに放り込まれたら一週間と持つまい。コンビニもスーパーもないのだ。
提灯ならばちょくちょく見かけるが。
左右に動かしていた首を前に向ける。その瞬間、彼は自分の視力を疑った。今まで眼鏡を必要としてこなかった、いわゆる裸眼族である彼だが、精神的な疲れは視力に何かしらの悪影響を及ぼすのかと本気で思った。
…………メイド?
背中しか見えないが、あれはどう見てもメイド服だ。しかも喫茶とかでよく見られる見た目重視のものではなく、背中側を見ただけで実用性を重視したものだと分かるほどの本物。
言葉を失うとはまさにこのことだろう。
なるほど、疑問は解消された。着物だらけのところをメイド服で歩く人がいるのだ。そりゃこんな格好じゃ目立たないよなと軽い現実逃避。
自分の目になにかの異常があるんじゃないかと思ったものの、残念ながら彼は自分の目で見たものはすべて信じる派の人間だった。
まあ、あるのだろう。どこかに立派なお屋敷が。
いつの間にか消えていたメイド服の幻影を振り払うように首を振ると、歩みを再開し――
そして夕暮れ。
いつの間にか赤く染まっていた空。
人里の外れにぽつんと立っていた木に寄りかかる形で彼は脱力していた。世界とは広いものなのだなあなんて、現状と全く関係ないことを思いながら。
あれから何人かの人に話しかけた。にべもなく拒絶こそされなかったものの、どうやらここには電話という文明の利器は存在しないらしい。電柱を一本も見かけなかったことから考えると、おそらくテレビもないだろうし冷蔵庫もなさそうだ。
まさか電柱を世間よりも一足早く地下に埋め込んだわけでもあるまい。だったら電話だって存在しているはずである。
途方に暮れるとはまさにこのことだ。ちょうど日も暮れていることだし、ちょうどいいだろう。
なにがちょうどいいのかわからないし、別に暮れているの駄洒落だって上手いわけではないのに、何が面白いのか、彼は一人で笑っていた。顔こそ伏せていたが、肩が細かく上下していたので見るものが見れば笑っているのはすぐにわかるだろう。
そしてそれに気付いた者がいた。
人里ではあまり見ない格好、夜は危ないこの幻想郷で迂闊にも脱力してしまっている彼を、彼女はどうにも見過ごせなかった。
それは彼女の善性に由来するものだったかもしれないし、あるいはただの気まぐれだったかもしれない。
なんにせよ、彼は膝と膝の間に顔を埋めたまま、大きい溜め息を吐くと、何も考えずに顔を上げた。あとどのくらいで完全に日が沈むのかを確かめるためという意味合いもあっただろうが、それが分かったところでどうしようもないのも分かっていた。
彼は顔を上げ、そしてそこにいた少女を見た。
…………魔女?
その身の丈からしても魔女という言葉は不似合いだっただろうが、全身を黒の服で覆い、頭には黒い三角錐の帽子を乗せているともなればもうこれは完全に魔女だ。
夕陽に照らされて怪しげに光る金髪も、揺れる三つ編みも、なにもかもが魔女を表していた。
「……えっと」
「大丈夫か? なんか、元気ないけど」
見た目とはそぐわない強気な口調だった。なんだか面食らったが、せっかく声をかけてくれたのだ。最後に一回、この少女に電話の有無を聞いてみることにしよう。
「実は、途方に暮れてまして。気が付いたら森の中にいて、どうにかここに辿り着いたんですけど、ここってどこなんでしょうか?」
「……森の中?」
そう呟くと少女は口元に手を当てて何かを考え始めた。今晩はどこかで野宿でもするしかないかなとかなり命知らずなことを考えていると、少女は口を開いた。
「……なるほどな、やっぱり外から入ってきた奴か」
「外? えっと、この里の敷地とかそういうあれですかね?」
よくわからないままによくわからないことを言う少年。
「そうと分かれば話は早いぜ。乗りな。見捨てるのも寝覚めが悪いし、連れて行ってやるよ」
そう言うと少女――魔女は、なぜか最初から右手に持っていた箒に跨る。これでは本当に幼少の頃に読んだ童話そのものだ。その童話が、彼女をモチーフに書かれたモノなのではないかとさえ思ってしまう。それほどその姿は様になっていた。
通常通りの思考ができていれば、ここで彼は冷静に、いやいや無理でしょと言えていたかもしれない。だが、彼は今疲れていた。物凄く疲れていた。日が高い内から今までずっと歩き通しで、それに加えて何の成果も得られていないのだ。疲れないわけがない。
だから、常識的なんだかそうでないんだかよくわからない質問をしてしまった。
「……それ、二人乗れます?」
「ん? ああ、まあ大丈夫だと思うけど。私に掴まってれば落ちないだろ」
その言葉には自信が溢れていて、疲れていた少年はその言葉を信じてしまった。具体的に言うと魔女の後ろに跨った。手は所在無さげに蠢いていたが。
「あの、どこに掴まればいいでしょうか」
「腹でも肩でも好きなとこに」
女子に触るなんてことに免疫はない。ただ、こうして跨ってしまった以上、いまさら下りるなんて真似は許されないだろう。仕方なく、少年は目の前にある小さい肩に掴まる。
これ後でセクハラとか訴えられないよななんて的外れなことを考えていると、突然体が襲われた。
浮遊感に。
足元を見るとすでに数メートルは宙に浮いていて、頭が真っ白になる。ありえない事態に遭遇すると人間の思考は停止したりするものだ。
「え? ええ?」
「しっかり掴まってろよ! もうすぐ暗くなるから飛ばすぜ!」
その宣言通りだった。
体にとてつもない風、後ろに吹き飛ばそうとする力がかかり、無意識のうちに肩を掴む力が強くなる。少しだけ体が後ろに動き、細い箒の絵に体重がかかることで鈍い痛みが走るが、割とマジな命の危機に直面している中で何かを考える余裕も、何かを感じる余裕もない。
ただ落とされないようにするので精一杯だ。
空を飛ぶ。
それは人類にとって悲願の一つでもある。空に憧れたからこそライト兄弟は飛行機を作ったし、その先を見るために人類はロケットを打ち上げたのだ。
それが、こんな少女が。
勿論、風と浮遊感に襲われている間、彼はそんなことを考えられる状態ではなかったので、それを考えたのは数分後だ。
箒から降り、目的地に到着したと言われた後。
全身を襲っている恐怖と気持ち悪さからその場に蹲っている時だ。
「やっぱりいい眺めだよなー。夕暮れの中を飛ぶのは」
少年に景色を楽しむ余裕など欠片もなかった。
「ここは博麗神社。まあ、一応寄っておいた方がいいかなって感じの場所だ」
神社という言葉だけは耳に入ってきたが、『はくれい』が漢字に変換できない。地名か何かだろうか。聞いたことないけど。
揺れる頭を押さえながら立ち上がると、魔女は神社の本殿と思しき建物に近寄っていく。見た目は確かに完全に神社ではあるが、なんだろうか。気持ち悪い。
建物がではなく、この場所が、だ。
失礼だと思うので口には出さないけれど。
「おーい、霊夢ー、いるかー?」
もうすぐ空は赤から黒へと変色し、世界は人間のものではなくなる。
不気味で不可解で不条理な世界が幕を開ける。
「――なによこんな遅い時間に」
…………巫女?
建物の陰から姿を現したのも、また少女だった。赤と白で塗られたような生地面積の少ない気がする服。紅白の服で神社ならば、きっと彼女は巫女なのだろう。神聖さとかはまるで感じないけれど。
「いや、こいつ外から来たみたいなんだけどさ、紫のとこに連れて行こうと思うんだけど」
「……わかったわよ、付いていけばいいんでしょ。そのかわり私の代わりに夕飯作りなさい」
「いや、これ私の責任じゃなくないか?」
「どっちでもいいわよ。……で、あんた、名前は?」
「……え?」
少年は自分に二人の視線が向けられていることに少し遅れて気付くと、名前を聞かれたのだと把握する。
「あ、えっと……」
少年は名乗る。
「……は」
自分の名を、名乗る。
「――僕は、郷瓜都運と言います。きょうって読む方の郷に、胡瓜とかの瓜、都に運ぶで、郷瓜都運です」
さとをうり、みやこをはこぶ。
ある意味では、最も幻想郷に相応しくない名前だった。