東方迷子譚   作:甲光一念

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10 勝者の猶予

 次の日、博麗神社には二人の少女がいた。それはいつも通りの顔であり、珍しいことなどなにも無いように見えたが、実際の所のその二人の会話の内容は珍しいものだった。今更わざわざ説明の必要もないと思いつつ一応補足するならば、そこにいたのは博麗霊夢と霧雨魔理沙である。

 

「じゃあなんだ? お前昨日都運に負けたのか? なるほどなあ。通りでなんか朝っぱらから機嫌が悪いと思ったぜ。ちゃんと賽銭箱に小銭を入れた善良な参拝客であるこの私にその態度はどうなんだって思ったけど、そういう事情があるならしょうがないわな。心の広い私が許してやるよ」

「違うわよ。私は負けたことには何とも思ってない。あれは私の油断が招いた敗北。それを認めずに癇癪起こすほど子供じゃないわ。だから挑発したいだけなら早く帰りなさい」

「そう怒るなよ。お前が負けるなんて珍しいから少しからかっただけだ。でも、じゃあお前何に怒ってるんだ? まあ、負けたことが原因じゃないなら大方の想像はつくけどな」

「……言ってみなさいよ」

「どうせ紫からの報告が無いんだろ? お前は紫が絡むことになると結構感情的だからな」

 

 感情的という言葉には苦言を呈したいところだったが、言っていることが正しいだけに反論し難い。別に子供っぽくむきにになっているというわけではないし、紫を取られたようで都運に嫉妬しているというわけでもない。ただ、報告がないという事実はこれがいよいよ異常事態であるという風に霊夢が受け取るのに十分すぎたという話だ。

 そもそも都運が半人半妖になったのは結果論であり、本来であれば都運は幻想郷の外に送り返されるべき人間だった。それを原因究明のためという理由を付けて幻想郷に留まらせたのは外でもない八雲紫だ。つまりこれは、珍しくも確かな紫の――八雲の過失なのだ。

 管理者の責任問題に発展しかねないそれに関しての報告が博麗の巫女にないというのは、霊夢に苛立ち、あるいは危機感や焦燥感を抱かせ、表情にもそれが浮き出てしまうのも仕方ないと言えるものではあった。

 昨日だってあの後になんの音沙汰もなく、鈴仙はそそくさと帰ってしまい、なんだかもやもやしたまま霊夢は一日過ごすことになったのだ。そろそろマヨイガに押しかけかねない勢いである。

 

「図星か。気になるんだったら直接行ってみればいいじゃないか。いつもいつも後手に回るのはお前の実力の証拠でもあるけど、悪い所でもあると思うぞ」

「別にいいわよ。報告がないってことは裏を返せば、それが必要なほど大した問題は起こってないってことでもあるでしょ。異変まで発展することはまずないし、そこまで気にする程の事じゃない。流石に今の紫だってその辺りは弁えてるはずだし」

「そういうことを言ってるんじゃないんだけどな……」

「なに? 小声で喋んないでよ、聞こえないじゃない」

「なんでもないから気にするな。ま、紫にしては対応がおかしいっていうのは私も思ってはいたんだ。基本人間には冷たいからな、あいつ。妖怪としては妥当な対応なのかもしれないけど、だからこそおかしさが際立ってはいた」

「どこまで行っても根は妖怪だからね。幻想郷だって結局は妖怪を守るための場所だし、今回のは紫らしくなかった――妖怪らしくなかった。……都運の事情を聞いて情が移ったってわけでもないだろうし……」

「都運の事情ってなんのことだ?」

「本人から聞きなさい」

 

 考えすぎ、なのか。都運を助けたこと、居候させたことにそこまで深い意味はないのかもしれないと考えることは確かに出来る。別に人間に冷たいとは言ってもそれは事務的な対応という意味であり、別に遭遇したら殺すとかそういうことではないのだし。

 紫の立場はあくまでも中立。両者の間に立ってどちらの意見も平等に聞く必要がある。そのどっちつかずゆえに外の妖怪から幻想郷が嫌われているという側面もないではないのだが、万人に気を遣っていてはどこにも進めなくなってしまう。取捨選択に常に迫られている立場でもある。

 幻想郷を代表した板挟みの立ち位置である。創設者である以上それは仕方のない話だが、ゆえにやはりだからこそ、都運への態度は目に付く。本人に自覚がない以上、周りが何を言ってもどうしようもないのだが、かなり大勢から異常だと思われているというのは賢者という立場上あまり良くないはずなのだが、そのことは自覚できていないのだろうか。

 その辺り、魔理沙はどう思っているのか。

 

「ねえ、魔理沙。紫がおかしいって、どのくらいから思ってた? 私たちが都運を送り届けたときからもう思ってたのか、それともその後にどこかで不意に思ったのか」

「うーん、正直、あの日あの後、紫はすぐに都運を外に放り出すだろうって思ってたんだよ。多分霊夢もそう思ってただろ?」

「まあそれはね。でも、あの日、今日はうちに泊めるとも言ってたでしょ?」

「言ってたけど、私だって事情を聴くための時間を設けたんだろう程度にしか思ってなかったぜ。その後に、幻想郷に入ってきた原因究明のためにしばらくマヨイガに泊めることになったって話を聞いて、なんかおかしいなって思い始めた。泊めるだけなら他に場所はいくらでもあるわけだしな」

「二週間経ってあいつが来た時、妖夢に会いに行った話を聞いてどう思った?」

「そこで紫の考えが読めなくなった――だろ? ただ近くに置いておくだけじゃなく、暫定的に八雲の従者として、あろうことか白玉楼にまで連れて行った。この辺りから、都運の侵入経路を探るっていう本来の目的から離れて、紫の暴走とも言える奇行が始まってる」

「そして――か」

 

 霊夢と魔理沙の考えはほとんど同じだ。これが紫との付き合いの長さに由来するものなのか、あるいは幻想郷の紫を知るものならば全員が共通の感想を抱いているのかは分からないが、どちらにせよおそらくはその異常を認識できていないのは八雲の三人だけだ。外部から見る方がそうした状況を俯瞰的に考えることが出来るということなのか、あるいは、他の理由があるのか。

 昨日鈴仙と話したようにやはり何かしらの能力を使って身近にいた紫に影響を与えたと考えるのが妥当なのかとも思うが、しかしあの八雲紫に人間の能力程度で干渉できるのかという疑問点は残る。

 まあ、別に紫は弱点のない完璧な存在というわけではない。勝つときは勝つし、負けるときは負ける。ただ、その負けを良い方向に活かすのが上手いゆえに、結果的には勝利するというだけだ。

 しかし、今回の紫は決定的に負けている。

 果たして紫は、現在でも自分がどういう状態なのか気付いていないのだろうか。都運にはそういう自覚が無いというのは昨日の会話から分かっている。平然と嘘を吐くことの出来る性格というわけではないだろう――と思いたいが。

 霊夢に対し現状を隠しながら、会話を誘導したという実績が都運にはある。結果として霊夢は敗北している。あれを嘘と定義するかは人によるだろうが、少なくとも欺くことにはそこまでの抵抗がない性格ではあるのだろう。

 紫も霊夢も敗北しているのに、都運が勝ったわけでもない。むしろ、結果だけ見れば彼こそが圧倒的に負けている。妖怪化という不可逆に飲み込まれ、幻想郷に留まらざるを得なくなった。

 勝者無き結末。なのに現実は続いていく。

 

「まあ、あいつがどういう奴にしろ、こと戦闘において私が負けることは無いだろうし、そこまで危険視する必要も無いんだろうけどね。あれこれの考察だって、私の考えすぎっていう一言で全部終わっちゃうわけだし……、はあ、なんか急に悩んでる自分が馬鹿らしく思えてきたわ」

「急に冷めるなよ……、でも確かに、たとえ都運が異変を起こしたところでそれが成功するわけないんだよな。まず紫が止めるだろうし、仮にそれが失敗したって私たちが対応するしな。って考えると、やっぱり後手後手なんだよな……」

「問題は都運の能力がどういうものなのかってところね。その辺りの情報も後で紫から聞き出して――」

「――いやー、それがさっぱり分かりませんで。もうそういうのはないんじゃないかって半分諦め入ってきてますよ」

 

 声が聞こえた。周囲に一切の警戒を払っていなかった二人はその声がした方向、つまり――上を見た。聞き覚えのある声ゆえに、それが上から聞こえてきたというのはどこまでも違和感だった。本来であればその声は、同じ高さで聞こえなくてはならない声だったからだ。

 二人から顔が見える程度の離れた上空に、郷瓜都運が飛んでいた。当たり前のような顔をして、涼しい表情を浮かべて。実際の表情は困った感じのものだったが、それは今の発言に由来するものだろう。

 困惑した顔で自分を見つめる二人に気付いたのか、都運は地面に着地する。音もなく、ごく自然に。それは昨日今日飛べるようになった者の技術ではなかったが、警戒すべきはそこではない。

 昨日までは感じられなかった、その妖力だ。

 

「どうも、おはようございます。博麗さん霧雨さん。いやはやいい天気ですね。近々梅雨に入ってしまうとは思えない程に」

「おう、おはよう都運。霊夢から聞いたぜ。半人半妖になったんだって? 災難だったな――って本来なら言うところなんだけど、どうもその様子じゃ、悲観的どころか前向きな感じの変化として捉えてるみたいだな?」

「前向き……、なんですかね? 後ろ向きがもう一回後ろ向いたら前向いてたって感じですけど、そこまで悲観的になってるわけじゃないのも確かです。どうせ一度は捨てた命ですから。誰かの役に――と言うか、紫様の役に立てられるならそれはそれでありかなとか思っちゃったりしてるんです」

「……ま、それでいいなら私もお前をマヨイガへ連れて行ったことに罪悪感を感じる必要もないわけだから、ある意味じゃあ助かる話なんだけどな」

「ちゃっかりしてますね……」

「どうでもいい話してんじゃないわよ。ここにいるのが当たり前みたいな顔してるけど、なんか用があって来たんでしょ?」

「そう急かさないでくださいよ。今のはただの世間話です。なにせ僕は新参者ですから、少しでも早く幻想郷の環境に馴染むためには会話が一番でしょう?」

 

 妖力に関しては二人とも顔にも口にも出さなかった。仮に都運自身に自覚がなかった場合、それを認識させるのは危険なのではないかという思考が働いたからだ。どんな強力な妖怪だって、四六時中自身の妖力をひけらかしてはいない。ある程度制御をし、周囲に与える影響を最低限にしている。

 だが都運にはそれがない。自覚がない故か、あるいはそういう暗黙の了解をまだ理解していないのか。

 現状では戦いにすらならないというのは一目瞭然だ。ただ妖力に溢れているだけでしかない。それの使い方を知らない。しかしその知らないという点にこそ、霊夢は引っかかりを覚えた。

 藍も紫も教えなかったのか。懇切丁寧に教えるような時間はなくとも、あの二人ならば制御くらいはさせてもおかしくはないはずだ。むしろ、立場的にはそうしなくてはならないはずだ。にも関わらず都運は博麗神社に一人で訪れている。

 これに関しての回答を魔理沙はとっくに導き出していたが、霊夢がそれに辿り着くことはないなと内心で溜め息を吐いていた。

 

「馴染む馴染まないは今はいいから。何の用かを言いなさい。紫からの何かしらの連絡事項とか、そういう平和的な感じだと助かるんだけど」

「ええ、では単刀直入に紫様からの言葉を伝えます」

「は? 本当に伝言なの?」

「紫から、ねえ。なんとなく想像はつくけど……」

「『――郷瓜都運を鍛えなさい。貴女もたまには、誰かに何かを教えることの難しさを知るべきよ』だそうです。自力でどうにかするって僕は言ったんですけど、どうもどちらかと言うと今回の采配は博麗さんの成長目的みたいですね。つまり、出来ない奴の気持ちを理解しろ、ってところでしょうか」

「やっぱりそういう感じか……。ま、いいんじゃないか? 博麗の巫女としてはぴったりの仕事だと私は思うけどな」

 

 隣の巫女が返事をしないことになにか嫌な気配を感じた魔理沙は反射的に少しだけ霊夢から離れる。音をたてないように横歩きで距離を取ったわけだが、この場合それが必要だったのは都運の方だっただろう。

 目の前で荒々しい霊力を揺らめかせている巫女に恐怖を感じない者など幻想郷にはいない。

 俯いているというよりは地面を睨んでいるという方が正しいような霊夢が顔を上げると、そこには笑顔があった。都運に向けられた、威圧感満載の笑顔で見られた都運は本能に従って後ろに下がった。

 妖怪としての本能か、あるいは生物としての本能だったのかは本人にもわからなかったが、この段階で都運が分かったことを簡単に纏めるなら、頼む相手を間違えた、ということに尽きる。

 都運が妖力の使い方を身につける前に霊夢に殺されない事を祈るくらいしか、傍から見ている魔理沙にできることは無かった。

 霊夢が怒っているのはまともな説明もないままに新入りを鍛えろなどと宣った紫に対してであり、決して都運に対してではない。まあ、根本的な原因が都運にあるのは間違いないので一概に八つ当たりだとは言えないのだが。

 どちらにせよ、都運は霊夢の暫定的な弟子となった。これが吉と出るか凶と出るかは誰にも分からない。どちらに転び、幻想郷に影響するのかは誰にも分からない。予測できない。八雲紫にも。

 

 

 

――――――――――――――――――――――

 

 

 

 五月十九日。

 郷瓜都運の妖怪としての生が幕を開け。

 取り返しがつかなくなるまでの話は終わり、それからの話が始まる。

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