マヨイガに居候し始めて一週間が経過し、ようやく広く豪華な屋敷を効率よく掃除する方法を編み出し始めた都運は、気まぐれな主の後ろを歩いていた。掃除は今はしなくていいからとりあえずついてこいと言われての行動だった。まあ、ついてこい、という命令形の言葉では言われていないのだが、自分の命を保証してくれている主からの言葉である以上、お願いの形をとっていたとしてもそれは命令と同義だろうと思う。別に命令じゃなかったら従わないというわけではないが。
屋敷に住む者の中で一番立場が弱いという自覚がある都運としては、逆らうというのは絶対にしてはいけない行為だというのを理解していた。あとは言われたことに疑問を持ってはいけないということだろうか。仮に中に何が入っているのかわからない小包を指定の場所まで届けてくれと言われても、それを断ることが出来るような立場に都運はいないのだ。
人間を引き連れながら賢者が向かっている方向は確か玄関だったはずだ。初日以降この屋敷の外に玄関から出ていない都運ではあるが、さすがにそのくらいの道順は覚えていた。生きるうえで必要なことに対しての記憶力は悪くないという自負があった。
玄関に到着すると紫は都運を自分の前に促す。
「靴を持ちなさい。出かけるわよ」
「出かける? 玄関から出るんじゃないんですか?」
「貴方が空を飛べるんだったらここから出ても構わないけど、徒歩での移動だと目的地に辿り着く頃には夜更けよ。それに、こっちの方が時間を無駄にしないわ」
スニーカーを持ち上げ、紫の後ろに戻ると、玄関の方に奇妙な裂け目が出来る。その裂け目は広がると人が余裕で通れそうなほどの幅になった。ここ数日のうちで何回か目にする機会はあった。
八雲紫の能力。
境界を操る程度の能力。
能力の詳細については藍に聞いた。不気味な裂け目へと消えていく主を見て疑問に思わない者がいれば是非ともその鋼の精神の身につけ方をご教授頂きたいものだった。その場から瞬く間に消えてしまった主について、その場にいた藍に聞かないなどということができようか。いや、できない。
程度、というどう考えても余計な単語がつくのはなぜなのかについても質問したところ、紫の能力は移動という活用法に留まらないからだそうだ。さながら青い猫の秘密道具と並ぶほどにどこへでも移動できるらしいのだが、実際のところそれだけの能力ではないとのことで。そこの具体的な説明は省くが、こういう曖昧な説明にしないと一文で説明できないゆえに、解釈が多様化する、程度、という単語を付け足してしているのだという。
それは紫の能力に限ったものではないらしいが。
説明を受けてもその能力をどう解釈したらあの変な、もとい、不気味な歪みで移動できるのかは最後までいまいちわからなかった。スキマ、という風に呼称されているということだけは理解したが、それ以上の理解は諦めた。まあそのうち分かるか、あるいは分からなくとも外に送り返されるのだから問題はないだろうと判断してのことだ。
今分からないものは、どんなに考えたって、今は分からないのだ。
だからこそ目の前で広がったそのスキマを見て都運は顔を引きつらせる。え、まさか自分にもここを通れと? そんなことを思うことも失礼だというのは分かっていたが顔に浮かんでしまうものは仕方ない。自分は悪くない。表情筋が悪い。
そんな従者の顔を見て口の端を少しだけ吊り上げる紫だが、都運はそれに気付かなかった。紫としては、幻想郷においての能力は理解するものではなく、ただ存在するものとして受け入れるべきだと思っているので、荒療治とは思いつつも一度通らせてみようと思ったわけだが、決して行き先に関しては悪ふざけというわけではなかった。
心の準備をさせてくれるわけでもなくさっさと先に入って行ってしまった紫に続いて、無数の目がこちらを見ているかのような不可思議な空間に足を踏み入れる。とは言っても足を踏み入れたような感覚はなかった。真っ当な言葉では言い表せないような奇妙な感覚を覚えながら、スキマ空間を通り抜ける。
階段があった。
後ろを見るとそちらにも階段があった。
どうやら長い階段の途中に出てきたらしいと思うと同時に、なんて便利な能力なんだと思わずにはいられなかった。基本的にまず足を動かさなければならない人間とは違う。この階段が屋敷からどのくらい離れているのかはわからないが、歩けば夜更けと言われるほど離れた場所にこの一瞬とは。ただ経験してみて改めて思う。これは人間を怠惰にさせると。
そんなことを考えながらスニーカーを履いているうちに紫は階段を上って行ってしまっていた。慌てて追いかける都運だが、疑問が一つ。なぜ階段の上にではなくあんな中途半端なところに出たのか。運動不足でも解消しようとしたのだろうかと思うが、もう一番上であろう立派な門は見える位置にある。この程度を運動とは呼べまい。
だとしたら、誰かがそこで待っている、とかだろうか。
その予想は当たった。だが、都運ではどういう人物が待っているかまではわからなかった。外来人の都運がそんなものを予測できるわけもないのだが、それにしても受け入れがたい人物だった。
洋風の服に頭にはリボン。しかし腰には長刀と短刀が差してあり、肩付近には白いなにかが重力に逆らって浮遊している。本来ならばアンバランスな格好のはずなのだが、不思議と肩付近の何かを含めたそれでしっかりと成り立っているという、都運からすれば不思議な少女だった。和風でもあるし、洋風でもある。
少女は階段を上ってきた二人を一瞥する。
「お待ちしておりました。いらっしゃいませ、紫様」
「お待たせしたわね妖夢。……紹介は後でいいかしら?」
「はい」
そう言うと妖夢は都運をちらりと見る。目が合った都運が軽く頭を下げると、妖夢も軽く頭を下げる。
「どうぞ。幽々子様がお待ちです」
身を翻すと妖夢は門をくぐっていく。紫がその後を付いていくと、さらにその後を付いていく形で都運も門をくぐる。こんなに立派な門をくぐるなんて校門以来だろうか。あれを門と呼ぶのは何か違うというのは分かっていたが、門というものはあまり都運には縁がないものだったのでそのくらいしか記憶がない。
マヨイガも立派な屋敷だったがここはその比ではない。京都にあったら文化遺産にでもされそうなほどの荘厳な屋敷だ。整った美麗な庭に手入れの行き届いている屋敷。これに誰かが住んでいるということにすら若干の違和感を覚えるほどに、絢爛豪華な空間だった。幻想郷の観光名所とかではないのか。
しかし、なんというのか、寒い。
なんだかよくわからないが寒い。
春の温度ではないというのは間違いないと思うが、思い返せば階段も心なしか寒かったような気がしないでもない。紫がどこからか調達してきた洋服に、こっちに来た時から着ている半袖のパーカーで打ち消せる寒さじゃないが、この程度で音を上げるような軟弱者だとも思われたくはない。肌寒いという感じではないので鳥肌にならないのが唯一の救いか。
春の日差しはあるのに、春の陽気はない。
少し歩くと玄関に辿り着く。紫が靴を脱いでいるのを見て、あれ、いつ履いたんだ、と思ったが、きっとどこかで履いたんだろうと自分を納得させる。少し理解を越えたからって全部気にしていたらもたないというのを都運は本能的に感じ取っていた。
三人で廊下を歩く。木造建築の廊下を歩くと足に木の棘が刺さらないか気になる小心者の都運である。というか昔刺さったというトラウマがあるのだ。あれは痛かったなあと思い出したくない記憶を思い出しながら歩いていると、前方の二人が足を止めた。
妖夢の開けた襖に入ると、奥の方に一人の女性が座っていた。
(……女の、人? だよな?)
見た目は疑いようもない。洋風の和服を身に纏った、ふくよかな女性。なのだが、些細な違和感。それがなにかと言われれば説明は出来ないが、逆にそれは、自分が感知できないなにかしらなのだろうということが分かるということでもあった。文字通り、人知を超えたなにかしら。
紫が座った位置の少し後ろに都運は正座する。机を挟んで向かい合った紫と幽々子は少しの間お互いの顔を見つめあい、何をきっかけにしたのかはわからないが口を開く。
「急に訪ねて悪かったわね、幽々子」
「気にしてないわよ。……その子かしら?」
「ええ。紹介するわ。暫定的というか一時的というか、私の新しい従者の郷瓜都運よ」
急に紹介された都運はほとんど反射的に頭を下げる。言い方は悪いがこの数日でほぼ反射的に下手に出るようになっている気がして怖い。人というのは環境で変わってしまうものだなあと思う。今の環境に対しての不満がないからこその順応でもあるとは思うが。
自分自身からも何か言った方がいいのか、それともこのまま黙っていた方がいいのかが分からなかったのでとりあえず沈黙。不用意な波風は立てないのが都運なりの処世術だ。誰に対してどんな言葉が地雷となっているか分からないような現代を生きていた都運にとって、よく知らない相手との会話なんて楽しいものではない。
顔を上げると幽々子と目が合う。自分の考えなどすべてお見通しだとでも言いたげなその視線は、都運的には気持ちのいいものではなかったが、別に気にする程の事でもなかった。読まれて困ることは考えていない。読まれて困るのだったら考える方が悪い。
「はじめまして、郷瓜都運くん。私は西行寺幽々子。西に行く寺、幽霊二匹の子で、西行寺幽々子ね。ここ、白玉楼の主と、冥界の管理人を務めているわ。まあ、だからって別に特別偉いってわけでもないから、気軽によろしくね」
「幽々子様、今のは気軽によろしくする気のない挨拶だと思うのですが……」
「あら?」
冥界の管理人などという規格外の言葉の段階で委縮なんていう心境は通り越している。なんだろう、ハデス的ななにかだろうか。あれは神か。ただ、なんとなく先ほどの違和感がどこから来ているものなのかを察することはできた。
(もしかしてこの人、人じゃないのか?)
紫が人間ではなく妖怪であるように、幽々子も同じように人間ではないなにかしらなのかもしれない程度の仮説を立てることは出来た。紫の時はあまりそういった類の違和を感じることはなかったのだが、だとしたら幽々子は妖怪ではない。その一歩先もまあ頭の中で導き出すことも出来はしたが、口には出さない。
口に出していいものと悪いものの区別がついていない今、迂闊に口を開くべきではない。憶測を口に出すのは嫌いな相手に対してだけだ。
都運としては、気軽によろしくと言われても、どうせ一月後くらいには外の世界に出て行くことになるのだろうし、よろしくどころかこの顔合わせも必要ないのではと思った。まあ、世の中全てのことは自分が納得できることばかりではないし、主の行動に疑問を持つべきではないとも思うので何も言わないが。
だが、むしろこの状況は何か言わなければ失礼になるのか。あるいは口を開いたらその時点で不敬に当たるのかという葛藤が都運の中にはあって、目上の人間と敬意を持って会話するという経験が著しく乏しい都運では、その葛藤に答えが出ない。
本当に世の中何が起きるか分からないし、アドリブというのはやはり難しい。
現状、とくにわざわざ発言する必要があることはないのだから、そんなに気にすることもないとは思うのだが、どうしようもない場違い感がある身としては、そういうことをつらつらと考えていないとお腹が痛くなりそうなのだ。
そもそも、紫は何を目的として都運をここに連れてきたのだろうか。本当にただ紹介のためだけだとは思えないのだが、それ以外の可能性が思い当たらない以上、そこから先に思考を発展させることもできない。残念ながらここで行き止まりだ。
都運が真顔のままそんなことを考えていると、不意に紫が立ち上がる、いや、紫だけではなく、幽々子もだった。ただ場の雰囲気に流されてここまで来ただけの都運はつい反射的に立ち上がろうとするが、謎の圧が身体にかかり、傾いていた重心が戻る。紫からのものだというのは直感的に察することが出来た。
状況が掴めていないのだろう妖夢も、幽々子の顔を見上げる。
「幽々子様、どうかしましたか?」
「どうもしないわ。私たちは向こうの部屋で、幻想郷のこれからに関する大事なお話があるから、妖夢はここで待ってて頂戴な」
「都運、貴方もここで待っていて頂戴。三十分くらいで戻ってくるわ」
「…………はい、わかりました」
ここでの都運の分かりましたには二重の意味があった。今の紫からの指示に対しての了解の意と、気遣いを察したという意の二つ。
こういった流れに慣れているのかあるいは把握したのか、妖夢も同じように頷く。流石にどういう目的でこういうことになったのかまでは理解していないだろうが。
紫と幽々子が入ってきたのとは逆にある襖から出ていくと、都運は短く息を吐く。
「…………ふう。えっと、改めまして、はじめまして。紫様の下に……掃除係として置いていただいています、郷瓜都運です」
「あ、はい、はじめまして。白玉楼の庭師、兼、剣術指南役の魂魄妖夢と申します」
「……こんぱくは、魂とかの意味の魂魄ですか?」
「ええ、その魂魄です」
凄い名前だなと思いつつ、自分の名前も大差ないくらい変な名前であるとも思う。下の名前をどういう漢字で書くのかはわからないが、知らなくても特に不便はないだろう。それで呼ぶことはおそらくないだろうし、近い内に一生会うこともなくなるわけだし。
だが、気を利かせて雇用主が作ってくれた他者とのコミュニケーションの機会だ。無碍にするわけにも無駄にするわけにもいかない。人は誰かと関わるからこその人なのだし。
そうは言っても、何を話していいものやら。
あまり馴れ馴れしく行くのは立場的にも都運の性格的にもありえないし、じゃあかといって当たり障りのない模範的な会話など幻想郷に来て七日目の都運にできるわけがない。そうなると本当に選択肢が狭い。
失礼にならない程度の質問でもしてみるか。
というか、さっきから気になってしょうがないことだ。
「あの、これ聞いちゃいけない事だったら申し訳ないんですが」
「なんでしょうか?」
「その、肩の辺りに浮いてる白いのって、なんなんですか?」
いや、今まで気にしないようにしていたが実際物凄い気になってはいたのだ。物理法則に反してふわふわ浮いている白い塊。しかも、その形はまるで、人魂のようで。
「……ああ、そっか、外から来たんでしたね。じゃあもしかして、ここがどこかもわかってない感じでしょうか?」
「ここ? っていうのは、この白玉楼がどこに建っているかってことですか?」
なんとなくの目途は付いているが、今まで常識的な世界で暮らしてきた都運には納得しがたいような仮説だった。幻想郷というものが存在した以上、自分の常識が世界の常識だと信じて疑っていないわけではないのだけれど、幼い頃から刷り込まれてきた知識というのはそう簡単に捨てられるものではない。
それにしても、と都運は思う。
自分はこんなに何かを導き出せるような人間だっただろうか。確か途方もないくらいの愚者だったような気がするのだが、死にそうになった真際の馬鹿力的な何かが継続しているのかもしれない。頭にもそういった機能があるのかは知らないが。
「はい。多分、紫様の能力でここまで移動してきたんですよね? でしたら分からなくて当然だとは思いますけれど、ここは冥界です。……分かり易く言うと、死んだ後の世界、とでも言いましょうか。まあ、厳密には全く違うんですけど……」
「…………全く違うんですか?」
「結構違いますね。ここは別に死んだ後に来る場所ではないですし。貴方だって、生きているのにここにいるでしょう? 私も、半分生きているのにここにいるわけですし」
「……半分生きている?」
都運の言葉に、一瞬だけちらりと半霊を見る妖夢。誰かにこれがなんなのかを説明したことが今までにあっただろうか。生まれてからずっと自分と共にあったもの――というか、自分自身。ここにあるのが当たり前で、それは疑問視されるようなことではないと思っていた。
妖夢の説明を受け、都運はある程度頭の中で疑問を消化することが出来ていた。冥界ということは、やっぱり見たまま人魂だったんだなという認識にはなったのだが、半分生きているという斬新な日本語で、疑問は再出する。
「これは半霊です。これって言うのもあれなんですけど、まあ平たく言うと私自身――私の片割れ。私は、半分人間で半分幽霊の、半人半霊なんですよ」
なるほどと、都運は思う。
巫女と魔法使いがいるのならば、幽霊が生きていてもおかしくはないのだろう。
……いや、日本語的にはおかしいけれど。
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「半分生きていて半分死んでいる、ですか。……つまり、二人で一人、みたいなものなんですか?」
「いえ、私が半分幽霊になっているとか、幽霊が半分私になっているとかではなく、私と半霊で一人の魂魄妖夢なんです。一心同体ならぬ、二身同体とでも言いましょうか。ですから――このように、それなりに自由に動かすこともできます。扱い的には身体の一部のようなものなので」
「……幻想郷には、魂魄さんと同じような方は結構いらっしゃるんですか?」
「……私の知る限りでは、私のような方はいないと思います。自分で言うのもなんですが、半人半霊って結構珍しいと思いますし。半人半妖なら何人か知っていますが……」
「はんじんはんよう?」
「半分妖怪で半分人間ということです。先天的なものだったり、後天的なものだったり……まあ、私もそんなに関わりがあるわけではないんですけどね」
その言葉に小さく頷いた都運を見ながら、妖夢はお茶を口に含む。
妖夢は外来人と会話をしたことはない。どころか、会ったことさえない。冥界で主の身の回りの世話をすることが彼女の世界の全てだと言っても過言ではない妖夢にすれば、別にそれは特別おかしいことではないのだが、目の前の外来人は明らかにおかしかった。
どういう意図かは分からないが、恐らく先ほどどこかへと行ってしまった幽々子と紫の目的は、自分と都運の会話だったのだろうということはなんとなく妖夢も察していた。
都運の考えをここに付け加えるなら、この一週間誰かとまともに会話をしていない都運に気を遣った結果――という可能性は低いと踏んでいた。一月程度で帰る人間のためにそこまで気を配る理由がない。つまり、恐らくこれは妖夢への気遣いなのだ。
この接触が果たしてどういう意味合いを持つのかは都運には知る由もないことだが、知る必要もないだろうと思う。
入れて貰った、未だかつて感じたことがないほどいい匂いのするお茶を飲む。未だかつて飲んだことがないほど美味しいお茶だ。なんだか分不相応なほど高級な気がして、少し飲むのが躊躇われるほど。
「なんていうか、世界っていうのは広いものですね。つい一週間前まで、僕は妖怪が世界に実在することも知らずに過ごしていましたでした。なのに、今はこうして魂魄さんとお話をしています」
本当に一週間前なのかも、今の都運には分からない話ではあるのだが。
結局そのことを、まだ主にも報告していない。
「外の世界では、妖怪が生きるのは難しいですからね。勿論、幽霊も。例外はありますが、基本的に妖怪の存在というのは人間在りきの成立です。その人間が妖怪を信じなくなってしまっては、このような隔離された場所を作るしかなかったんですよ。時代から隔絶された、妖怪の理想の土地を」
「……ここは理想の土地なんですか? 紫様は、全妖怪からの賛同を得られているわけではないと言っていたんですが」
「外と中では勝手が違いますからね。人を主食とする妖怪と、人間に友好的な妖怪とがいがみ合ったりといったいざこざが無いわけではないですし……。外で有名でもこちらでは無名で、力のほとんどを失ってしまう、といったこともあります」
「妖怪って人を食べるんですか?」
「……すみません、迂闊なことを言いました」
「あ、いえ、気にしないでください。食物連鎖みたいな話でしょう? 人は妖怪を殺しているくせに、その反対は駄目なんて言いません」
その言葉に、妖夢は一瞬呆気に取られる。幻想郷に住む妖怪を認識している人間だって、それを自然の摂理として受け取ってはいない。理不尽な死として考えている者がほとんどだ。それが当然の考えだ。自分が属する種が最も優先されるべきという思考は誰かが責められるものではない。
それを、外の人間が。
しかも、人間が妖怪を忘れるというのを、殺していると認識している。その考えは、言ってしまえば妖怪からのものの見方だ。
幻想郷の外から来た人間の順応性ではない。
それは先ほど、妖夢が半人半霊であると教えた際にも感じたことだった。物事に対する拒否反応が無さすぎる。かと言って別にそれは、彼が疑り深い人間ではないということにも、騙されやすい性格であるということにも繋がらない。しっかりと与えられた情報を吟味したうえで、彼はこの認識なのだ。
「……で、妖怪って人を食べるんですか?」
「……全ての妖怪、ではありませんが。外の世界でも、人を食べる妖怪や化物の話はあるでしょう? 噂があれば実在する。妖怪は大抵、人間が理解できないものを怪奇として肉付けしたものですから」
「妖怪は人間の理解の外の存在で、人間より上位の存在ってことですか?」
「上位の存在……というとまた話は変わってきますが、人間が噂で、あの妖怪は人を食うと言えば、それはある程度反映された上で、現実で『人を食う妖怪』という形を持つことになります」
「……なるほど」
最初にどういう生物なのかを決められてから生まれてくるといった感じだろうか。生態を先に決めてから発生する生物が存在するというのは現代に多大なる影響を及ぼしそうな話ではあるが、まあそこまでは自分が考える話ではないだろう。都運はそんな風に頭の中で考える。
あの二人は、何を考えて自分と彼を会話させようと思ったのだろう。自分ではあの二人の思考など追えるわけがないというのを妖夢は自覚していたし、なんだったら以前主に直接言われたこともあるのでそこまで深く考えはしないが、それでも疑問は残る。
そもそも、いかなる理由があったとしても、なぜ彼女は外来人を同居させているのだろうか。
「なんていうか、ややこしいですね。妖怪は人間が生み出したのに、人間は別に妖怪がいなくても困らなくて、逆に妖怪は人間がいなくちゃ困ってしまう。変な話です」
「まあ、文明の発達は、自然と共に生きる者にとっては非常に厄介な話ですから。過去では原理の不明だった自然現象も、現代では結構解明されてしまっているんでしょう?」
「……蜃気楼とか、鎌鼬とか、あと、ブロッケンの妖怪とかもですか。鎌鼬は怪しいって話を聞いたことはありますけど、そんな風に、理解できない自然現象を科学的に語られたら、誰だって妖怪なんて信じなくなっちゃいますよね」
「……そうですね。それはもう、どうしようもないことです」
結局、その後も二人の会話は、都運の疑問に妖夢が答えるという形で終わった。幻想郷のことについてより、妖怪のことについての方を多く質問するという部分には多少の疑問は残ったが、考えても理解は出来なかった。
紫と都運が帰って行った後、妖夢は答えが返ってこないのを承知で幽々子に訊ねた。
「幽々子様、なぜ私と都運さんを二人きりにしたんですか? まさか本当に紫様とお二人で幻想郷に関する話をしていたわけではありませんよね?」
「えー? 失礼ねえ、幻想郷の大切な話をしていたのよ――彼がどこから入ってきた誰なのか、とか、そういう大事で深刻なお話をね」
「……え?」
「貴女はどう思ったかしら、妖夢?」
「どう……と言いますと」
「彼――郷瓜都運は、貴女から見てどういう存在に見えたかしら?」
ちなみに八雲家の住居をマヨイガにしているのは、物語の都合上です。
いや、本当にどこに住んでるんでしょうかね。
今回はほとんど設定の説明回みたいなもんです。