東方迷子譚   作:甲光一念

9 / 11
9 敗者の余裕

 都運が立ち去った後の縁側で、霊夢はただ座っていた。負けたと口に出さずとも、心で認めてしまっていた以上、今更あの人間がどうのこうの言う権利は自分にはないと思った。そういう所もドライなのだ。他者に対してそうであるなら、自分に対してもそうであれ。博麗の巫女は平等だ。悪平等だと、言ってしまってもいいほどに。

 そう周囲から捉えられていないのは、彼女自身が温度のある人間であるからだろう。結局は情を捨てきれていないのだ。人間らしさをどこか諦めきれずにいる。霊夢自身にその自覚は無いし、周りはそれでいいと思っているので、このまま何も無ければ彼女は今のまま一生を終えるだろう。

 何も無ければ、の話ではあるが。

 とっくの昔に空っぽになっていた湯呑みを持ち上げ、立ち上がろうとしたところで、神社の鳥居方面に妖力を感じた。半人半妖になりたてでまだ感知することが出来なかった都運のものとは違って、今回のこれは間違いなく妖怪のそれだ。

 湯呑みを静かに置くと、殺気と呼称されるであろうものを牽制代わりに軽く侵入者に叩き付けた。一瞬だけ侵入者は歩を進めるのを逡巡したが、その一周の後に再び足を進めた。その軽快さと警戒心の無さから敵ではないと判断し、霊夢は力を抜く。

 疲れたような顔をしながら現れたのは、後で話を聞きに行こうと霊夢が考えていたうちの一人だった――一匹だった。

 

「……この神社は入ってきた相手に片っ端から殺気をぶつけるような物騒な神社だったかしら?」

「そうしてほしくないんだったら人間みたいに階段上って入ってこないでくれる? 紛らわしいから」

「普通に階段上ってきただけでそこまで言わなくてもよくない? 折角さっきの訪問者について説明しようと思って来たのに、これじゃそういう気も失せるわね」

「あっそ。じゃあね」

「そこ流すの!? もうちょっと食いついてもいいでしょ!」

 

 この霊夢から鈴仙への態度は若干ながら、都運にしてやられたことに対しての八つ当たりだった。ただ、あながち完全な八つ当たりというわけでもない。都運や紫の、ここ二週間の音沙汰の無し加減から何かしらが起こっていることは予想はついていたし、その報告が自分にないということがどういったことを意味するかもなんとなくは。そして、先程の半人半妖になったという都運の告白を聞いて、十中八九永遠亭が関わっているだろうことも理解するに至った。

 だからこれは、なぜ報告しなかったのかという、子供っぽい無言の抗議なのだ。

 もっとも、鈴仙の立場、ひいては永遠亭の立場としては報告できるわけもない。そもそも人間の妖怪化など、未然に防げなければ結果がどっちに転ぶかもわからないのだ。出てもいない結果を報告することは出来ないし、霊夢には確かに妖怪化を阻止する義務があるが、それ以上に紫の判断というのが幻想郷においては破ることのできない不文律だ。紫が隠すことを選択したのならば、霊夢にその情報が届くことは一生無い。

 そこにまで霊夢の考えが行き届けば、鈴仙があらゆる方向からの板挟みになっているということにも気付けるだろうに。残念ながら、感受性が少々足りていないのが今代の博麗の巫女だった。妖怪に対して感受性を効かせる理由も無いと言えば無いのだが。

 

「説明するなら早くしなさいよ。こっちはしなきゃいけない事がいくつもあるんだから」

「なんで教えてもらう立場なのにそんなに強気になれるの? ……あー、負けたから苛々してるんだ?」

「……なんか言ったかしら? 私の聞き間違いよね?」

「そうね。聞き間違いだからそのお祓い棒を私に向けるのを止めて。あと笑顔も止めて」

 

 自分の発言が失言だったとは全然思わないし、むしろ図星だったからこそ満面の笑みを浮かべるに至ったのだろうことは鈴仙にもわかった。先ほどまでここで具体的にどんな会話が交わされていたのかは鈴仙には分からないが、永遠亭で自殺に至った経緯の概ねは聞いていたので、まあ、そういうことなんだろうなと。負けたというのは霊夢の態度から察したことだが、この様子を見るに間違っていなかったようだ。

 力であらゆる理不尽を捻じ伏せることが出来、かつ、今までそうしてきた霊夢には煽りに対しての耐性が結構無い。弱者の戯言として聞き流すことは出来るが、自分が認めてしまっていることを他人に突っ込まれるのはどうにも我慢ならない。言っていることは完全に子供だ。だが、その我が儘を貫けるほどの強さが無ければ、そもそも博麗の巫女など務まらない。

 まあ、だからこそ自身が負けたという事実に苛立っているのだが。都運の言った通りだと霊夢は思う。人を苛々させるのが、彼だ。

 

「これは絶対に本人から聞いただろうけど、郷瓜都運は半人半妖になった。原因はわざわざ言わなくても分かると思うけど、どうする? 言う?」

「どうせ紫でしょ? ただの人間が、しかも外から来た人間が、一月もあの三人から妖力浴びてたらこうなるのは当然の結果よ。どういうわけか、紫はその可能性を全く危惧してなかったらしいけど」

「その口ぶりからすると、霊夢はその可能性にはかなり早い段階で気が付いてたみたいだけど、なんで誰にも言わなかったの? もしくは、誰かには言ってたの?」

「白々しいわね。あんたも永琳もそんなの最初から分かってたんでしょ? なのに言わなかったっていうのなら、きっとその理由は同じよ。紫が、何も考えずにそんなことするわけないと思ってたからよ。いつもの紫ならそもそもどんな事情があったって人間をマヨイガに住まわせたりしないし、それが妖怪化する可能性を見過ごすわけがない。うっかりとか、そういう段階ですらない。あれはもう、それだけで異変だと言っていいほどだった」

 

 鈴仙は内心で舌を巻く。てっきり霊夢はいつも通り直感的に都運の危険性を感じ取っているだけだと思っていたが、思いの外しっかりと言語化できるほどの危機感を抱いていたらしい。そこまで霊夢に考えさせるほど都運に対しての警戒心が強く出たのか、あるいは、紫の異変を敏感に察知したのか。

 しかし、霊夢と違った視点を持つ鈴仙は、紫に加えて藍と橙もおかしかったと判断せざるを得ない。普段の二人なら、たとえ主の決定とはいえマヨイガに人間を住まわせることを良しとするわけがないのだ。その明確な異変は、幻想郷の誰もが認識し、誰もが口にしなかった禁句だ。藍と話したところ、どうやらそこそこ友好的な関係まで築いているようだった。気味が悪い、そう言う他ない。

 そして、もう一つ。細かい所だが、訂正しなければならない所がもう一つある。確かに、ただの人間が一月も八雲の妖力を受ければただではすまないだろう。だが、都運が八雲の近くにいたのは、三週間。二十一日だけなのだ。

 

「まあ、確かにね。そこに関しては私も師匠もおかしいとは思ってた。でも、わざわざ指摘するほどの事でもないと判断した。オカルトボールの時の人間――宇佐美董子のように超能力でも持っていれば別だけど、宴会の時に見た彼からは特殊な何かは一切感知できなかった。だから放置したのよ」

「私も似たようなもんね。脅威になりそうだったら紫に後で何を言われようとも独断で排除してた。でも、あいつは余りに無力だった。あまりにも、何も持っていなかった。自分を当たり前の存在として周囲に認識させるような能力でも持ってたのかしらね」

「周りの認識を阻害するような能力を持っていたらそれこそ師匠が気付いてると思うけどね。まあ、そういう能力を持っていたなら、どうやって幻想郷に入ってきたのかは分かり易くなる」

「……幻想郷そのものに、自身の存在を誤認させたとでも? そうなると、あいつが入ってきたのは自分の意志によるものってことになるけど、あんたはそう思ってるわけ?」

「まさか。あの態度が全部偽りだったって言うなら稀代の詐欺師よ」

 

 都運が自らの意志で幻想郷に侵入してきたという可能性はもはや視野に入れるだけ無駄だ。ただの人間が妖怪になってしまったというのは、取り返しのつかない、あるいは解除できない呪いを掛けられたようなものだ。先程永琳は現在の都運が人間社会に溶け込むのはそこまで難しいことではないと言ったが、そんなことはない。そんなことはありえない。幻想郷という隔離された陸の孤島にすら、妖怪退治の専門家は存在するのだ。当然、外にだってそういった類の人間はいる。今の都運が外に出れば、格好の獲物以外の何者でもない。

 別に永琳も厄介払いをしようとしたわけではなく、外に出るというのならある程度の知識は与える予定だったのだ。半人半妖は、種族によってその性質が大きく異なる。生まれながらのものではなく、後天的に付与されたその性質は、たとえ永琳だろうと知らない未知だ。そこによって生き方も変わってくるという話なのだが――都運がここで生きていくことを選んだ以上、それはもう存在しない世界だ。考えても意味がない。世界は一つしかないのだから。

 

「じゃあ、無意識下でそういう能力を使っているってこと? 警戒されないように、親しみを持たれやすいように、当然の存在と認知させるように、自分を――変化させている」

「…………そっか、余りにも当たり前みたいに幻想郷にいたから気付かなかった――違う、気付けなかった――でもない。誤魔化されていたけど、特徴を挙げればあいつの能力は、完全に生きるための能力なのか。だとしたら、生活環境が能力の原因? ……元々身近に妖怪がいたとでも?」

「元々身近に妖怪がいたら幻想郷に来る前から少しだけでも妖力を帯びてるんじゃないの? そういう感じがなかったのはあんただって確認したんでしょ? それに、前からそういう能力を持ってたなら、あいつは自殺なんて選択はしなかったはずよ。違う?」

「うーん、それは確かにそうなんだけど……。でも、真っ当な人間だとは、霊夢だって思ってなかったでしょ? そもそも幻想郷っていう環境への順応が速すぎる。神隠しに遭った人間の反応と比較すれば、その異常さは火を見るよりも明らかのはずよ」

「……自分を自然に溶け込ませたように、現状も自然に受け入れた、とか? まあ、あいつの元が妖怪じゃない以上、知識で解釈しようとするのは無意味ね。そこらへんの考察と解析はあんたらに任せる。調べさせろって言って拒絶するような性格でもないでしょ?」

 

 霊夢のその言葉に無言で頷く鈴仙。もしここにいるのが紫と永琳だったならば、思いもよらない方向から真相究明への糸口が掴めたかもしれないが、生憎とここにいるのはそれとは限りなく近いが、しかし果てしなく遠い二人だ。議論の展開など望むべくもない。そもそもそこまで真剣な議論をこのまま続ける気も両者には無かった。

 結局この会話は雑談のようなものでしかない。都運がどういう存在であるかについての議論など本来する必要もないのだ。なぜなら、どういう道筋を辿るにしろ、この二人の立場からして、都運の妖怪としての能力を知るのはそう遠い話ではないのだから。

 

 

 

――――――――――――――――――――――

 

 

 

 と、博麗神社でそのような会話が行われていることなど知る由もない都運ではあるが、なんとなくこういう会話をしているんだろうなという予想は出来ていた。都運の詳しい事情を知っている者の内、霊夢に対してのアフターフォローを行えるのは永遠亭の弟子しかいないのだから、予想できるのも当たり前というか。

 面倒な部分を押し付けたのは素直に申し訳ないと思っているので、次会った時に謝ろうと思いながら人里の方へと向かう。別に人里に用があるわけではなく、待ち合わせが人里なのだ。藍との待ち合わせ。紫の能力を使えば歩く必要すらないのだが、都運の妖怪としての特性が判明していない以上、迂闊なことはするべきではないという永琳の意見でそれは却下された。

 都運は納得したが、紫はどうにも不服そうだった。病み上がりの従者を心配しているのだ。その普通の人間のような感性が、霊夢からおかしいと思われているところなのだが。本人にその自覚がないのが厄介な所だ。

 まあ、都運自身もそれは疑問に思っているところではあった。いくら監視のためとはいえ、外来人という信頼の置けない人間を住まわせるという愚行に、引っかかる部分が無かったわけではない。ただ、惜しかった。その機会を一蹴するには、都運の人生は不幸に塗れ過ぎていた。

 ようやく人里に到着した都運はきょろきょろと藍を探す。幻想郷に移住することを決めた以上、これからの身の振り方を考えなくてはなるまい。少なくとも今のままというわけにはいかないだろう。都運の存在が公になってしまえば、紫の責任問題に発展する危険性があるという可能性を排除するために、自分はこれからどうするべきか。

 選択肢はそこまで多くない。実行できることはかなり狭く限られている。一番事実を隠せそうなのは遠く離れた場所で安穏と暮らすという極めて消極的な方法だが、幻想郷が閉鎖空間である以上、それは選ぶことができない。だったら隠さないべきか。外から入ってきた新参者の妖怪ということにでもしておくのが無難なところか。

 家くらいねだっても罰が当たらないといいのだが。

 

「都運。こっちだ。……五体は満足そうだな。正直、足の一本くらいは無くなっているかと思ったよ。霊夢はその辺り過激だし、妖怪に対してはやり過ぎるということは基本無いからな」

「そこに関しては少し意外でした。博麗さんって思ったより潔いんですね。負けたことなんて認めないっていう性格なのかと思ってたんですけど」

「竹を割ったような性格というかな。負けず嫌いではあるが、負けを認めないわけではない。一度負けたことを認めれば、絶対に駄々を捏ねたり言い訳をしたりはしないのさ」

 

 それは、さっぱりしているとか、さばさばしているとかではなく、こうなってしまったらもうどうでもいいという諦めの表れではないのか。勝たなければならないが、負けてしまっても別に構わないという考えに基づいているのならば、所詮都運の勝ちは霊夢から恵まれた勝ちに過ぎないのではないか。

 別に都運は勝ちにこだわる性格ではないし、負けても別に構わないと思っているが、そんなおこぼれのような勝利は願い下げだという程度のプライドは持っている。そんなよくわからないプライドのせいで、ここまで来てしまったのだろうが。いや、せいではなく、お陰と言うべきなのか。

 それでも、幻想郷に来てからもやもやしている。負けに潔い霊夢に、気まぐれの権化である魔理沙に。浮世離れしていて、都運のこれまでの常識が通用しないからなんだかそういう曖昧でふわふわした感想しか抱けないのだろうという予想は出来るのだが。

 

「それで、これからの僕の処遇に関して紫様は何か仰ってましたか?」

「処遇も何も、幻想郷は全てを受け入れる場所だ。お前がここにいることを望んだのであれば、それを否定する者も、否定出来る者もいない。心配になる気持ちも分からなくはないが、心配性というのは少しばかり頂けないな。もっと精神を安定させろ」

「……あーと、はい、すみません。昔から人の顔色ばかり見て生きてきたもので、つい癖と言うか、悪癖と言うかで、反射的に」

「謝る必要はないよ。短所は治せるものだ。自分自身でそれを認識できているなら、何も問題はない。もっとも忌むべきなのは、自身でそれを認識することすら出来ていないことだ」

「……確かに、そんな人は山ほどいますね。耳が痛い限りですよ、半分人間の身としては」

 

 幻想郷は全てを受け入れる。しかしそれはあくまでも、八雲紫の定めたルールに則った場合にのみ適用される事柄だ。今回の都運に適用されるかどうかというのは実際かなり怪しかった。本来であれば。しかし、落ち度が八雲側にあること、そして、紫の個人的な事情も加味した結果、こういう形に落ち着いた。

 それを理解しているが故に都運は、自分自身に対して疑いの念を持たざるを得ない。自分は一体なにをしているのだ、と。ここまで排他的な空間において、さも当然のように受け入れられてしまっている現状は、余りにも自分にとって都合が良すぎる。新たな不幸の前兆と言われても驚かない。自分でも認識できていない何かがあるとでも言うのか。

 

「さて、一先ず永遠亭に戻るとするか。お前の身体もまだ本調子とは程遠いだろうしな」

「ええ、あー、そうですね」

 

 全然そんなことはない。こんなに体の調子がいいことなんて今まで生きてきて一度だってあっただろうかというくらいの絶好調だ。人間の時とは比べ物にならないくらい活力で漲っているし、今なら空だって飛べそうだと思うほどに身体が軽い。これは単に妖怪の身体構造的な問題なのか、あるいは八雲の妖力が関係しているのか。

 煮え切らない返事をした都運を藍は少しだけ見る。調子がどの程度かは分からないが、悪くは無いだろうという程度の判断は下せる。いや、これは破格だ。本当に今日昨日で妖怪になったのか疑うほどに強い妖力を纏っている都運は、誰から見たって常識外れだ。

 自分ではまだ認識できていないようだが、これから妖怪としての在り様を教えていくうちにそれを自覚すれば、化けるのではないかと期待してしまう。強制するつもりはないが、敵に回すにはあまりに将来が怖い存在でもあった。出来ることならば今のまま、紫の従者として。

 

「あ、そういえば僕って空飛べるんですかね? そうだと移動とかすごい楽ですし、藍さんにこれ以上不要な手間を掛けさせないで済みますし」

「まあ飛べるだろうな。ある程度の練習は必要になるだろうが――」

 

 妖怪にしろ、飛べるかどうかというのは、結局個々の認識次第だ。飛べるわけがないと当人が思えば飛べない。力を目的の方向に働かせるには頭の中に根付いた認識を少しずつ矯正していく必要があるのだ。力は思ったように動かせるが、逆に言えば、思っていない形には動かせないということでもある。ゆえに藍がここで言った練習とは、そういった認識の変更を指していた。

 都運に内包されている必要以上に妖力が多かったというのも藍にそう言わせた要因の一つだ。多ければ多いほど、その操作は繊細さを増し、精密さを要求してくる。

 だから、藍は絶句した。

 目の前で当然のように宙に浮いた都運は、笑みを浮かべていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。