目を覚ますと、時刻は午前0時を回っていた。
どうやら眠っていたらしい。
「あっ」
ぐちゃぐちゃになったベッドの枕元に、開きっぱなしの文庫本が置いてあった。
私は慌てて本を閉じる。変なクセがついてはまずい。
「……大丈夫そうだな」
安心して、私はため息をつく。
その瞬間から、だんだんと目が冴えてきた。
暖房の切れた部屋の空気が、私をゆっくりと冷やしているせいかもしれない。
いつもなら寝ている時間だが、なんだか眠くない。
本を読むような気分でもないし。
唐突に訪れた時間の隙間を弄ぶ私の横で、壁掛け時計が正確に一秒ずつ時を刻んでいた。
「……そうだ」
外へ出よう。
散歩でもしよう。
ふと、そう思い立った。
特に理由はない。
スマホと財布と読みかけの本を引っ掴んで、私はコートに袖を通す。
寝ている両親に気取られないように、忍び足で家を出た。
「少し、寒いかな……」
呟いた言葉が、白い靄となって空へ昇っていく。
靄の行方を目で追うと、綺麗な星空がその先に広がっていた。
空を見上げながら、私は歩く。
見慣れたはずの光景が闇に染められて、全く別のものに見える。
それは近所の公園も例外ではなく、昼とはまた違った様相を呈していた。
近くにあったベンチに腰を下ろして、私は周囲を見回した。
日中、たくさんの子供達に酷使され七転八倒を演じたであろうブランコも。
長い年月の中で、すっかり塗装が禿げてしまった滑り台も。
誰かがふざけて水をぶちまけたであろう水飲み場も。
身動ぎ一つせず、まるで最初からそうしていたかのように澄まし顔だ。
丁度良い、ここで少し読書でもしようか。
ベンチ横の街灯に照らされながら、私は手にしていた本を開いた。
冬の冷たい空気が神経を研ぎ澄ましてくれるおかげで、面白いくらい内容が頭に入ってくる。
そのまま、本の世界に没入して三十分ほど経過した頃だろうか。
夜の静寂を、けたたましいサイレンの音が唐突に引き裂いた。
強制的に現実に引き戻された私の横を、救急車が駆けていく。
誰かの不幸が、通り過ぎていく。
そう思った瞬間、なぜだかとても悲しくなってしまって。
なぜだか、泣きそうになってしまって。
だから私は坂本九じゃないけれど、涙が溢れないように上を向いた。
少し滲んだオリオンが、静かに空に浮かんでいる。
なんでこんなにも物悲しいんだろう?
その問いに答えるものは、いない。
けれど、冬の空気はそんな私の気持ちを包み込んでくれた。
ただ冷たい風が、体を撫でていく。
「……何時だろう、今」
誰に言うでもなく、一人で呟いてみる。
一体どれほどの人が今、どんな夢をこの空に描いているのか。
いつも図書室で話しているあの三人は、どんな夢を見ているのか。
長谷川さんは。
遠藤くんは。
そして、町田さわ子は。
「あぁ……綺麗だな。とても」
私は、どんな夢をここに描くのだろう。
どんな未来を、見るのだろう。
はっきりとはわからないけど。
何故か私は今、開放感に満ちている。
自由を、全身で感じている。
私は胸いっぱいに冷たい空気を吸い込んで、思い切り吐き出した。
あぁ、なんて気持ちが良いんだろう。
こんな風に、自分の心で考えて、自分の心で感じるのはものすごく久しぶりのような気がする。
期待。
不安。
苦しさや、希望や。
さっき感じた悲しみさえ。
その全てが愛おしく思えてくる。
すべて、私のものだ。
「……そろそろ、帰ろうか」
きっともう、時刻は一時を回ったはず。
いい加減に帰らないと、今度は風邪を引いてしまいそうだ。
私は晴れやかな気分で来た道を引き返した。
家に帰ると、部屋の生温い空気が私を出迎えた。
そのせいだろうか、思考が少しずつ鈍っていき、体が休息を求めている。
私はベッドに身を投げて、布団に潜り込んだ。
瞼を閉じると、本格的な眠気の到来を感じられた。
意識がだんだんと消えかける中、私はふとあることを思いついた。
そうだ、明日は町田に夢をテーマにした本でも貸してやろうかな。
我ながら名案だ。あれが良いだろうか、これが良いだろうか。
しかし結局決め切る事が無いままに、私は深い眠りに落ちていったのだった。
おわり。