サプライズです。   作: 池田 

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第1話

 友達が死んだ。

 

 よく晴れた、とても気持ちのよい休日のことだった。

 

 恐らく、こういった友人との死別という事態は、過去から現在に至るまで、そして世界中でありふれた話だと思う。その当事者の中で、少なくとも僕は幸運な部類に入るのだろうな、とぼんやり思った。友人の死に目に遭うことが出来たからだ。

 

 それは、とある大きなデパートの入口で唐突にやってきた。僕はその日、彼に呼び出されて待ち合わせをしていたのだ。待ち合わせ時間を五分ほど過ぎた頃、なかなか現れない彼に電話をしようとスマホを取り出した次の瞬間。

 

 友達が、空から降ってきた。

 

 比喩表現でも、例え話でもない。文字通りの意味で、彼は僕の隣に狙いすましたように降ってきた。肉体が地面に激突する音。関節がひしゃげる音。一瞬で、彼は「彼だったもの」へと変貌を遂げた。直後に悲鳴が聞こえて、周りの人々の視線が彼と、その隣にいた僕に注がれる。逃げ出す者、叫ぶ者、何処かへ電話する者。

 

 だけど周囲にいた中で一番多くいたように思えたのは、血で地面を赤く染めた彼と、そんな彼の返り血を浴びた僕を、スマホのカメラで捉えている人々だった。

 

 かしゃ。

 

 かしゃ、かしゃ。

 

 かしゃ、かしゃ、かしゃ、かしゃ。

 

 かしゃ、かしゃ、かしゃ、かしゃ、かしゃかしゃかしゃかしゃ。

 

 悲鳴とシャッター音とサイレン音が渦巻く中、僕はただ立ち尽くしていた。

 

 なにやってんだこいつ。

 

 死んだ彼を前にして、僕の頭に思い浮かんだのは驚くほど平坦な感情だった。

 

 そう言えばこいつは、いつもいつも悪ふざけを僕に仕掛けてきた。待ち合わせで、突然現れて相手を驚かすのは日常茶飯事。誕生日や、クリスマスや、ハロウィンや正月といったイベントの時にはいつも下らないサプライズを用意していたものだ。

 

 きっと、今回もそう言うことなんだろう。

 

 よくわからないけど、多分それが一番正しい認識だという確信が僕にはあった。

 

 「……本当にそう言うの好きだな、お前」

 

 とりあえず、彼の体を張った人生最後のサプライズをこのまま無視してしまうのは流石に可哀想だ。

 

 なので僕は一言呟いて、スマホで一枚だけ彼の写真を撮っておいたのだった。

 

 

 

 

 

 さて。

 

 あれがいくら彼の子供じみたイタズラだとしても人が一人死んでいるのだ、残された関係者には相応の迷惑がかかる。もちろん僕もその例に漏れず、机の上にに広げられた紙を前に頭を捻っていた。葬儀で行う友人の挨拶を、彼の家族から頼まれたのだ。

 

 「……と言われても、何を書けば良いんだろう」

 

 葬式自体は初めてではないが、まさかこんな役がこんなに早くやってくるなんて思ってもみなかった。

 

 僕の友達が死んでしまいました。とても悲しいです。

 

 それくらいしか僕には言えない。スピーチの上手い人と言うのは、この悲しいという言葉を何千何万の言葉に分解して、長ったらしく感動的に綴れるのだろうけど、あいにく僕はそのような能力を持ち合わせてはいなかった。しかし、かと言ってこんなあけすけな物言いをしたら遺族はカンカンだろうし何より彼に申し訳ない。

 

 「うーん」

 

 もし、彼がここに居たらなんて言うんだろう。気まぐれで陽気だった彼のことだから、きっと「適当でいいよ、適当で」と言って軽薄に笑うのだろうか。その適当すら僕には思いつかないのだけれど。もう少し、なにか語れるようなエピソードはなかったかな。

 

 「……あ」

 

 そう言えば一度だけ、どうしてこんなにイタズラ好きなのか聞いたことがあるのを思い出した。 

 

 「お前って、あんまり笑わないからさ」

 

 すると彼は少し照れくさそうに、そんな事を言うのだった。その時の事を思い出して、僕はまた少し申し訳ない気持ちになった。

 

 確かに僕はあまり笑わない質だった。周囲の人間もそのことに関して必要以上に関心を持つこともなかったし、僕も僕でそれで充分うまくやってきたのだ。そのことを気にかけてくれたのは、思い返せば彼くらいのものだ。

 

 「たまには、笑ってやればよかったかなぁ」

 

 そう考えると、今までのあの下らないイタズラも途端に愛おしく思えてきた。彼が毎回、僕のために体を張ってサプライズをしてくれたという事実が。その結果、命を失ってしまったけど。

 

 「……そうだ」

 

 と、ここまで考えて一つ名案を思いついた。

 

 そうだ、今までなんだかんだ楽しませてもらったのだから、一度くらいお返しするのも悪くない。

 

 きっとあいつも驚くだろうな。

 

 僕はそうほくそ笑みながら、ペンを走らせた。

 

 

 

 

 「……それでは、友人代表のスピーチをお願いします」

 

 司会者が僕を呼んだので、立ち上がって棺桶の前へと歩いていく。

 

 会場は、喪服を着た男女で真っ黒に染まっていた。時折すすり泣く声が会場に反響して、鯨幕の中に吸収されていく。

 

 しかし、そんな悲しみが濃縮された会場にあって、僕の心はむしろ晴れやかだった。気をつけていないと、笑いだしてしまいそうなくらいに。見てろ、あいつきっと驚くぞ。そんな子供じみたわくわくが、今の僕を支配している。

 

 「……謹んでお別れの言葉を申し上げます」

 

 僕は丁寧に、昨日書いた言葉の一つ一つを読み上げた。彼との思い出。彼との出会い。今まであったこと全て、なんでもかんでも読み上げた。そうしていると、結構な分量だった原稿も気がつけば終わりが近づいてくる。さぁ、そろそろだ。

 

 「……あなたはいつまでも私の心の中に生き続けます。どうか安らかにお休み下さい」

 

 そう締めくくって、僕は原稿を投げ捨てた。

 

 突然のことに、僕以外の参列者がざわざわと騒がしくなる。

 

 そうだ、お前がやってくれた一世一代のサプライズ。これはそのお返しだ。待ってろ、今そっちに行ってやるから。

 

 そして僕は胸に忍ばせた万年筆のペン先を、満面の笑みで首に突き立てた。

 

 

 

 

 

 

おわり。

 

 

 

 

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