「大尉……スワガー大尉ってば」
「起きてください。ポイントまで十五分前です」
「ん……あぁ、了解」
「どうです、鞘の具合は。随分気持ちよさそうに寝ていらしたみたいですけど」
「……まぁ快適なのは確かだな、まるでファーストクラスに座ってるみたいだ」
夢見心地だった脳がだんだんと覚醒して、自分が置かれた状況を思い出し始める。
僕は今、高度一万メートルで宙吊りにされていた。正確には、飛行中のB-2の爆弾倉の中に吊るされていると言ったほうが良いだろうか。
侵入鞘イントルード・ポッド。それが爆弾倉をファーストクラスに早変わりさせた新兵器の名前だった。
今回の作戦は、それの実戦テストを兼ねた敵拠点への潜入、破壊工作だと説明された。敵地へのダイブは今までの軍隊生活で何度も経験してきたが、慣れ親しんだ
「投下五分前、ハッチを開放します。各員は最終チェックを」
再び副操縦士が告げた。僕を包む鞘の外から、ごう、と小さく風の音がする。僕はスクリーン上に表示されたいろいろな計器に一通り目を通して、少なくとも数値上では墜落死の危険がないことを確認した。
「鞘の方は問題なし。地上の様子は?」
「領空侵入から随分経ちますが、
「そもそも奴ら、飛ばせる戦闘機なんか持ってたか?」
そう言いながら会話に割り込んできたのは、同じく鞘に包まれた同僚のドニー。彼はこの手の冗談が好きな男で、まるで映画から抜け出した米軍人のような奴だった。
「一応Mig-21を保有してたはずだ。警戒するに越したことはない」
僕がそうクソ真面目に応えると、彼は「わかってねぇな、ジョークだよジョーク」と拗ねたように言った。
全員の鞘が「問題なし」のシグナルを返したようだ。後は投下を待つばかり。僕は鞘の中で降下姿勢をとりながら、その時に備えた。こうやって棺にも似た鞘の中に押し込められ、腕を胸の前でクロスさせているとまるでミイラか何かになったような気分になってくる。
爆弾倉内に収められた四つの棺。それが地上に帰る時をひっそりと待っている。
「降下一分前。カウント開始」
副操縦士が静かに数字を読み上げる。僕は自分の周囲を取り囲む静寂のせいで、なんだか落ち着くことが出来なかった。いつものHALOで感じる、貨物室で荒れ狂う風の暴力や、機上輸送管理担当ロードマスターの怒鳴り声。降下とは、本来あり得ないほどうるさい作業のはずなのだけれど、ここにはそのどれも存在していない。僕らは物言わぬスマート爆弾と同じように、GPSやレーダーの導きによって地上へ降り注ごうとしている。
「十秒前……」
時間は刻々と過ぎていく。僕は半分諦めたような気持ちで、新しい作戦の形を受け入れようと努力していた。
大丈夫だスワガー。生身か、鞘にくるまれているか、それだけの違いじゃないか。自分にそう言い聞かせて、深呼吸を一つした次の瞬間。
「投下開始。
ガチン、と鈍い金属音が響いて、僕は重力から解放された。
単純な物理法則が僕を支配したのだ。物は落下すると言う法則が。
わずかな自由落下の後、鞘が誘導モードに入る。小さな翼を巧みに操って、その軌道を調整しながら滑空するのだ。さらに人工筋肉で出来た本体そのものが、表面の形状を微妙に変化させ理想的な空気の流れを生み出している。そのおかげなのか、時速数百キロと言うスピードで落ちているにも関わらず振動も音も感じない。
鞘はしばらく滑空した後、ドラグシュートを展開したようだった。一気に速度が落ち、つま先の方へ大きなGがかかる。そして最後にドス、と言う音と共に鞘は大地へとたどり着いた。
ハッチを開けて外に出る。数時間ぶりに降り立った地面の上には、満天の星空が広がっていた。
僕はそれに見とれることなく、ポッドを廃棄モードに移行させた。さっきも述べたように、こいつを構成しているのは人工筋肉や、それをはじめとした生体部品なので、通常の兵器と違って廃棄する……やや感傷的な言い方をすれば、殺すことができるのだ。部品の維持に必要な酵素類の供給が絶たれ、細胞が一気に壊死してポッドはその短い生涯を終えた。
ともあれ、これで作戦の第一段階は完了だ。新兵器は僕らを降下予定ポイントの半径一〇〇メートル以内にきちんと送り届ける事に成功し、備え付けられた機能はすべて正常に動作した。この結果は本国の技術者たちを喜ばせるのに十分だろう。
「全員無事だな」
「この通り、ピンピンしてるぜ」
ポッドを廃棄した僕たちは一カ所に集結して、お互いの無事を確認しあう。ついでに、作戦内容の再確認も。
「皆わかってると思うが、一応確認だ。標的はこの先にある反政府系組織の拠点。情報によると武器弾薬の集積所らしい」
「で、俺たちはここに忍び込んで爆弾仕掛けてさようならってわけだ」
「もう少し真面目に話が出来ないのかドニー……」
「へへ、堅いこと言いなさんなって」
本当にまったくこいつは……一応新人を二人も連れているっていうのに、緊張感を全く感じない。彼に説教するだけ無駄だと判断した僕は、状況の説明のみに集中することにした。
「クラヴィス軍曹は僕と、ウィリアムズ軍曹はドニーと組んでくれ。僕らは今回の作戦のために編成された急造のチームだが、それでも上手く作戦が遂行されると信じている」
ドニーと比べて真面目な新人二人は、黙って僕の言葉に頷いてくれた。彼らは元の部隊でも優秀だったと聞いているし、きっと満足の行く働きをしてくれるだろう。
「それじゃ、作戦開始だ。
「おう」
「了解」
「了解です」
最後に装備の最終確認。弾倉を銃に叩き込んで、コッキングレバーを引く。
さぁ、ここからが本番だ。
「よし、行くぞ!」
そして僕は自分に気合いを入れて、目の前に広がる森の中へと足を踏み入れた。
おわり。