いつまでもボコだと思うなよ   作:忍者小僧

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注:ボコの一人称が「おいら」ではないのは、わざとです。


1 もはやボコではない

僕がボコという名前を捨てたのは、もうずいぶんと前の話だ。

うだるような暑さの中、とめどなく汗をかき、このまま消え去ってしまいたいと思っていた。

それは、僕が暮らす4畳半のアパートの一室での出来事であり、机の上には、食べかけのソーメンが置かれていた。

隣の部屋の若者は、下手なギターのリフをひっきりなしに練習していた。

シンコペーション。

僕はいつの間にか眠りに落ちた。

夢の中でいくつもの嫌な体験をした。

その頃の僕は、とあることが原因で不眠症を患っていた。

ボコでいることが嫌でたまらなかった。

何とかして、ボコでなく、別の存在になりたいと思っていた。

そして目覚めた時、僕はボコではなくなっていた。

こういうのって、感覚の問題に過ぎないのかもしれないが。

僕がボコである必要はないのだ、いつまでもボコと呼ばれる必要はないのだと、そう思った。

そう思った瞬間、僕はボコであることをやめたのだ。

ボコをやめてしまうと、非常に気持ちが良かった。

やっと一人の、まっとうな人間になれたような気がした。

ボコでなくなった以上、ボコらしく立ち振る舞う必要性はない。

これまではボコだから、いくつもの制限をされてきた。

ボコにとって、この人間社会は厳しい。

まともな仕事も見つからない。

僕は、自営業で何とか食いつないでいた。

でもこれからはボコではないのだ。

僕は、自分の会社を発展させることにした。

僕の会社は、地方の工場で作った部品を大手白物家電会社に紹介し、納めることを生業にしている。

言いようによっては、中継ぎ業。

考え方を変えれば情報提供業だ。

どれだけ、地方の腕の良い工場とネットワークを持ち、それらを的確に紹介できるかにすべてがかかっている。

これまでは所詮ボコなので、細々とうつむいて仕事をしていたが、もう何も卑下することはない。

僕は必死に働いた。

暇さえあれば、地方をめぐり、さまざまな埋もれた工場や職人を探し、繋がりを作ろうとした。

大手白物家電会社とのネットワークも途切れないよう、必死に営業をかけ続けた。

僕の会社の名前は、「アーバン・ネットワーク」と言う。

悪くない名前だ。

 

 

ところで、僕には、趣味らしい趣味はほとんどない。

唯一の趣味と呼べるものは、ジャズクラブやバーでジャズを聴くことぐらいだ。

物心ついた時から、ジャズが好きだった。

ふつう、ボコがジャズを好きだという一般論はないと思う。

となれば、僕はどうしてジャズを好きになったのだろうか。

ボコであることを捨ててから、記憶は曖昧としている。

だが、誰かがジャズを好きだったから、僕も好きになったのだというおぼろげな記憶がある。

僕はもともとは、ボコ。

ボコられグマのボコだ。

たぶん、きっと。

僕の以前の持ち主が、ジャズを好きだったのじゃないだろうか。

僕は眼を閉じ、想像する。

僕を大事にしてくれた、美しい少女。

少女は、クールで知的。

ナイトドレスがよく似合い、細い指先で、華麗にピアノを弾く。

幼いころから、母親にジャズピアノを教えられて育ったのだ……。

そんな空想をすることは、楽しい。

ボコも悪くないじゃないかと思えてくる。

あれ? だけど。

なぜ僕はボコをやめたのだろう。

 

 

 

 

続く

 

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