いつまでもボコだと思うなよ   作:忍者小僧

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13 ボコられグマ

僕は、金田の言動を心の片隅で気にかけつつも、愛里寿と会うことをやめることができなかった。

僕は彼女のことをすごく気に入っていたし、彼女も僕のことを気に入ってくれていたからだ。

僕は女性との付き合いの経験は浅いが、お互いがどことなく、心の深い部分で通じ合っていることはわかった。

愛里寿と一緒にいることは楽しかった。

彼女はまだ幼かったが、時折、僕よりもずっと知的に感じることがあった。

彼女の、話し方も僕には心地よかった。

子供の背伸びといえばそれまでだが、飾らない、大人びたクールさがあった。

工場の裏手で会うことをやめてからは、もっぱら、駅の裏手の商店街の古びた純喫茶が僕たちの会合場所となった。

サイフォンが置いてあり、モダンジャズをJBLのスピーカーで鳴らしているようなタイプの店だ。

看板には「月曜舎」と書いてあった。

 

「どういう意味かしら」

 

愛里寿が首をかしげると、年老いた店主が「六曜舎のパクリさ。大した意味はないんだ」とつぶやいた。

店主は無口な男だった。

お勘定以外で、それが僕たちの聞いた、唯一の彼の声だった。

 

あるとき、愛里寿が僕に言った。

 

 

「ね、ね。総一郎さんは、ボコって知ってる?」

 

唐突だったので、僕は思わず聞き返した。

 

「ボコ? なにそれ」

「えぇー。知らないの?」

「うん。残念ながら」

 

すると愛里寿は、頬を膨らませて、いつも脇に抱えているぬいぐるみを僕に押し付けた。

 

「えいっ!」

「わぷっ。な、なにするの」

 

ぬいぐるみをどけると愛里寿のいたずらに笑った顔が見えた。

 

「えへへ。これがボコだよ」

 

それは、彼女が年相応にふるまった珍しい機会だった。

僕は、そのあどけない微笑みが単純にすごくかわいいと思った。

 

「へぇ。いつも抱えてるこのぬいぐるみにそんな名前があるんだ」

「うん。ボコられ熊のボコ」

「ボコられてるの?」

「そうだよ」

 

あっけらかんと答える。

あぁ、だから包帯なのか。

しかし、ボコられているとはまた物騒な。

 

「負けてばっかりのキャラなの?」

「うん」

「そりゃ悲しいね」

「そうでもないよ」

「え、なんで?」

 

すると愛里寿は、すっくと立ちあがった。

 

「ボコはね、負けても負けてもめげないの! 前向きなの! そんなところが好き!」

 

なるほど、と僕は思った。

さすが愛里寿。

ただキャラクターのデザインが好きなだけじゃなかったわけか。

 

「負けてもめげない、か。僕もそんなメンタルが欲しいね」

 

何気なくつぶやいた言葉に、愛里寿が目を輝かせた。

 

「それじゃ、今度! 一緒にボコのアニメ見よ!?」

「あ、アニメ?」

「うんっ!」

 

きらきらと僕を見つめてから、はっと我に返ったように頬を赤らめた。

 

「あ、ご、ごめんなさい。はしゃぎすぎちゃった。総一郎さん、嫌なら言ってね」

 

そんな照れたしぐさが可愛くて、僕はちょっと愛里寿をいじめたくなる。

柔らかいほっぺをつんつんしながら言った。

 

「ぜんぜん嫌じゃないよ。むしろ、愛里寿の子供っぽいところを見れてうれしいかな」

「い、いじわるっ!」

 

ボコっ。

またボコを顔面に食らった。

 

 

数日後、僕は愛里寿の部屋にお呼ばれした。

ボコのアニメを見るためだった。

本当は僕の部屋に呼びたいところだったが、僕が住んでいるところは、工場の社員寮だ。

誰かに見られるわけにはいかなかったので断念した。

愛里寿の部屋は、ちいさなアパートの一室だった。

なんとなく、いいところのお嬢さんなのかなと思っていたので、少し意外だった。

もちろん、実家じゃなくてほっとしたが。

 

「一人暮らしなの?」

 

やや簡素なその部屋を見渡して僕は問いかけた。

 

「うん」

 

愛里寿がうなづく。

 

「実家は九州なの。大学に行くために上京してきたから」

「あ、そうか」

 

合点がいった。

しかし、いくらしっかりしているとはいえ、偉いな。

こんなに小さいのに、一人暮らしだなんて。

と同時に、すこし気になることがあった。

 

「それじゃ、ここって、大学の学生寮?」

 

僕の心配を見透かしたように愛里寿がほほ笑む。

 

「ふふふ。そんなに心配しなくても大丈夫。学生向けの安いアパートではあるけど、学生寮ではないわ。誰が出入りしても問題ないよ」

「そっか」

 

僕は胸をなでおろした。

ほっとした気持ちで、ベッドに腰を下ろす。

降ろしてから、気が付いた。

これって、愛里寿のベッドじゃないか!

何やってるんだ、僕は!

お、女の子のベッドに勝手に腰を下ろしちゃうなんて。

 

と、心の中で慌てふためいたけれど、愛里寿は気にしていないそぶりだった。

い、いいのかな。

おっかなびっくり、僕はベッドのシーツに手を触れる。

これが、愛里寿が寝ているシーツ……。

やばいぞ、ドキドキする……。

そのとき、壁にかけてある地図に目が行った。

それは、戦場の地図だった。

 

「これって」

 

僕の問いかけに、愛里寿がうなづいた。

 

「うん。戦車道の、戦略地図だよ」

 

戦車道。

最近はすたれつつあるけど、伝統ある女子のたしなみの一つだ。

そうか。

それは、知的でディーセントで芯の強そうな愛里寿にピッタリであるような気がした。

似合ってるね、と言いそうになって、愛里寿の表情が無表情なことに気が付いた。

 

「もしかして、何かあった?」

 

無神経かもしれないけれど、そう問いかけずにはいられなかった。

 

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