人事部の林が僕を呼んだ。
「おい、総やん、ちょっとこっち来い」
林のイントネーションには、わずかだが訛りがある。
富山の出身だというが、富山弁というものがどういうものだか僕は知らない。
「あ、はい」
作業を止めて、立ち上がる。
周囲にいた同僚が茶化して僕の臀部をたたいた。
「なんかやったのとちゃうけ。減給かぁ?」
「あはは、それだけは勘弁っすよ」
笑いはしたが、内心、もしかして何かポカをやらかしたかと気が気でなかった。
びくつきながら、林の後を追って、事務室へと入る。
「あの、なんのご用件でしょうか……」
「まぁ、座ったらどうだ」
促されるままに、椅子に腰かける。
林が、眼鏡の位置を調節しながら言った。
「総やん、お前、セクションの長、やれや」
「え?」
一瞬、頭が追い付かない。
セクションの長?
「言ってる意味、わかるか?」
「え、あ、はぁ」
「だったらもっと、うれしそうな顔しろや」
「え、あ、す、すいません」
僕がぺこりと頭を下げると、林が頭を掻いた。
「お前なぁ。真面目なのはいいけど、無愛想だな。まぁ、そこがいいところだが」
そこまで言われてやっと、褒められていることに気がついた。
「あの。林さん」
「なんだ?」
「もしかして、僕、褒められてます?」
「もしかしなくても褒めてるよ」
「そ、そうですか」
頬の奥に、不思議なほてりを感じる。
人から褒められることを実感する機会は稀だった。
「総やん、全体の動きをよく見てるだろ。他人の邪魔にならないようにきっちりと自分の仕事を片付けている。それに、いらん口たたかないところがいいわな。俺はそこを気に入っている」
その言葉は意外だった。
工場の人間の中には、気性が荒いものもいる。
彼らは、オンでもオフでも、他人の行動にあれこれと注文をつけて、場の中心的存在だった。
どちらかというと社交的ではない僕は、自分がやや浮いた存在だと思っていた。
「でも、意外です。経験や年齢から言っても、金田さんとか、植村さんとかの方が先に抜擢されると思っていました」
「あいつらは態度が気に食わないんだよ」
吐き捨てるように林が言った。
「ここだけの話だがな。お前、人には言うなよ」
「は、はい」
「おれはな、あぁ言う態度のでかい連中が嫌いなんだ。若造のくせに、偉そうにしやがって。ちょっと技術持ってるからって、自分が偉いと思い込んでやがる。だいたいなんだ、特に金田だよ、金田。酒を飲んだら暴れやがって。あれは失敗するぞ、そのうち」
その言葉には答えようがなかった。
声がでかく、イニシアチヴを取っている連中を、むしろ人事の林が嫌っていたとは。
考えてみると、林は事務畑一本やってきた男で、うちの職場では珍しい大学出のインテリだった。
工場の一部の荒い男たちとはソリが合わないのかもしれない。
とはいえ……植村はともかく、金田は僕の直接の先輩だ。
あまり表向かって、批判はしたくなかった。
そこで僕は曖昧に微笑しておいた。
「まぁいい。そういうわけだから。総やん。これからもがんばってくれよ」
林が、僕の肩をぽんぽんと叩いた。
その叩き方には妙な温かみがあった。
※
セクションの長に抜擢されたということは、単純にうれしかった。
あまり出世には興味がないと思っていたが、自己が認められたということに想像以上に喜びを感じた。
一方で、これからのことに一抹の不安もあった。
それは、工場内のほかの先輩作業員たちが、僕のことをどう思うかだ。
殊更に金田のことが気になった。
僕が工場に入ったころ、手取り足取り教えてくれたわけだが、結果的に僕の方が先に出世することになってしまった。
そのことをどう思うだろうか。
愛里寿の一件以来、どことなく疎遠になってしまったが、金田には先に出世のことを話しておいた方がいいような気がする。
僕は、金田に連絡を取ることにした。
仕事が終わった後、金田の携帯を鳴らす。
少し緊張した。
疎遠になった人間に電話をするということは、こんなに精神を削られる行為なのか。