いつまでもボコだと思うなよ   作:忍者小僧

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18 麻子が頭に棲みついた

週末の喫茶店は、どこか人いきれで息苦しかった。

せわしなく動き回るウェイトレス、ひっきりなしに聞こえる注文の声。

そんな喧騒に混じって、アンディ・ギブの懐かしい歌が聞こえた。

ラジオが流れているのだろうか。

I Can‘t Help Itと題されたその歌は、文字通りいとしい女に「もう我慢ができない」と歌っている。

だが、アンディが我慢できないのは女ではなく、ドラッグだった。

アンディ・ギブはこの歌を歌った10年後、深刻なドラッグ中毒に悩まされながら死んだはずだ。

一方で、僕が今、我慢できなくなってしまっているのは、『動画』を見ることだった。

金田に送りつけられた冷泉麻子のポルノ動画を見て以来、それを見ることをやめることができなくなってしまった。

動画を見ることができない状況でも、脳裏に、少女の肢体が浮かんでくる。

冷泉麻子の肢体。

細くて華奢な、その体。

 

「あぁ!」

 

僕はため息をつき、こめかみを押さえた。

また思い浮かんできた。

また思い浮かんできた。

股間が熱くなる。

疼く。

僕は立ち上がり、携帯を片手にトイレへと駆け込んだ。

幸い個室が開いている。

個室の中に入り、鍵をかけ、動画を再生する。

それを見ながら、熱くなった股間の処理をする。

こういうことは日常茶飯事になっている。

我慢することができない。

工場でも、トイレにいく振りをして、動画を見ることがある。

さすがに処理をする勇気はないが、そのうち一線を越えてしまうかもしれない。

トイレの個室では、店内のざわめきがないからだろう。

ラジオの歌がより鮮明に聞こえる。

やはり、アンディ・ギブは「I Can‘t Help It」を歌っている。

僕は、うろ覚えのまま、さびの部分を合わせて歌う。

 

 

家に帰っても、夜になると必ず動画を再生するようになった。

それは、僕にとって甘美な時間だ。

ベッドの毛布をかぶり、携帯の液晶に目を凝らす。

冷泉麻子が。

幼い少女にしか見えない女が、男に犯されている。

男の手さばきは、見事だ。

彼は、学芸会のピアノ発表の練習をしている冷泉麻子に声をかける。

そして、さも当然というように、彼女の太ももに手を触れる。

冷泉麻子は、少し戸惑う表情をしながらも、さほどの抵抗をしない。

男の指が、スカートの中に入り込む。

くすぐったそうに身をよじる麻子。

だが、それだけだ。

抵抗をせず、男を受け入れていく。

こんなにも簡単に。

美しい少女が、男を受け入れていく。

 

 

一月が過ぎた頃、僕はセクションの長になって最初の給料をもらった。

これまでよりも、手取りにして5万円も増えていた。

勿論、そのすべてが自由になるわけではない。

セクションの長として、人に飯をおごることもあった。

それはこれまでの長も伝統的にやってきた事で、僕の代で急にやめるわけにはいかなかった。

それでも手元には万札が残った。

僕はそれを使って愛里寿にプレゼントを買うことにした。

もともと、給料が上がればそうするつもりだったので当然だ。

何を買うかはもう決めていた。

愛里寿の好きな、あのぬいぐるみだ。

ボコられグマのボコ。

僕からすれば、どこが可愛いのかぴんと来ないのだが、プレゼントなのだから、相手が喜ぶものを買うべきだろう。

愛里寿は、先日遊んだとき、ボコのぬいぐるみの限定版を欲しがっていた。

それを買うために、地下鉄と私鉄を乗り継ぎ、大手のアニメショップへと向かった。

 

趣味らしい趣味をあまり持たない僕は、これまでアニメショップに行ったことがなかった。

アニメショップというのだから、オタク的な中年のたまり場なのかと思ったが、雑居ビルの4階にテナントとして入っているその店は、清潔感があり、意外に若い少女が多かった。

コミックよりもグッズが多く、ちょっとしたファンシーショップ風だ。

片隅に、ボコられグマの特設コーナーがあった。

そこまで人気のある作品ではないのか、さほど大きな扱いではなかった。

携帯ストラップやタペストリーに混じって、お目当てのぬいぐるみが置いてあった。

それは、いつも愛里寿が抱えているぬいぐるみよりも一回り以上小さかった。

しかし、つくりは数倍精巧だった。

毛並みや表情、包帯といったディティールが洗練されている。

有名なぬいぐるみ製造会社が特別に企画した限定品だった。

僕はそれを手に取った。

まるで、生きているかのようだ。

ディフォルメされたデザインであるにもかかわらず、どこかリアリティを感じさせる。

アニメやぬいぐるみに興味のない僕が見ても、それは引き込まれる魅力を持っていた。

僕は、ぬいぐるみの毛並みを撫でた。

柔らかい。

本当に、そこに、このボコという生物がいるかのようだ……。

僕は、タグを見た。

2万5000円。

特別な限定品であるだけあって、高い。

だが、もう心に決めたことだった。

僕は意を決したように、それを持ってレジへと向かった。

 

「会員登録をなさっておられますか?」

 

レジ係の若い女性の店員が、僕に問いかけた。

ふわっとした髪をしたにこやかな女の子だ。

名札には、秋山って書いてある。

 

「会員登録?」

「はい」

「いや、していないよ。別に登録なんてしなくていいよ」

 

僕がそう言うと、店員が笑顔で言った。

 

「ぜひ、登録なさってください。今キャンペーン中で、会員登録なさってくださったお客様の初回のお買い物を10パーセントオフしているんです。お会計が2万5000円ですから、2500円引きになりますよ。大きいお金ですので、ぜひ」

 

なるほど。

確かに、それは大きいな。

2500円も引いてもらえるなら、価値はある。

余ったお金で、愛里寿にケーキでも買ってあげられるな。

僕の脳裏に、愛里寿の喜ぶ顔が浮かんだ。

ぬいぐるみとケーキのダブルパンチだ。

いいかもしれないな。

 

「わかったよ、登録するよ。どうすればいい?」

 

僕が問いかけると、店員が答えた。

 

「お客様、携帯はお持ちですか?」

「あぁ」

「では、携帯でアプリをインストールして、ご住所・氏名等を登録していただきます」

「了解」

 

僕は、何気なく携帯の画面を開いた。

すると。

先ほど、我慢できず、ちらりと見ていた冷泉麻子のポルノ動画が画面に出たままだった。

 

「きゃっ」

 

店員が、それを目にして頬を赤らめる。

 

「え、エッチな動画でありますか」

 

まずい。

僕は急いで、動画の画面を閉じた。

 

「あ、あはは」

 

苦笑いをする。

どことなく気まずい雰囲気で、会員登録を終え、会計を済ませた。

 

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