強い振動で目が覚めた。
飛行機が着陸したのだった。
窓から外が見えた。
外は雨だった。
エアポートのターミナルが、激しい雨に濡れている。
やがて、シートベルトを外す許可が下り、僕はそれを外した。
立ち上がる時、中年は何も言わなかった。
機内で話し合ったことが嘘であるかのように、そっけなく機内を出て行った。
空港のロビーのベンチに、取引先の工場長がいた。
僕を見ると彼は人懐っこい笑顔で頭を下げた。
「ようこそ、熊本へ。車を用意しておりますので」
僕も小さく頭を下げた。
車はしばらくあぜ道のようなところを走ると、そのうち、大きな国道に出た。
「ここから、1時間半ほどで工場につきますので」
「わかりました」
途中からまた国道は細い市道に替わり、やがて、海へと続く道になった。
崖のようなところにせり立って、旋盤工場があった。
まるでそれは、スコッチの蒸溜場のようだ。
ウィスキーのラベルに、こういう海辺に立つ工場が描かれていることを僕は思い出した。
「どうしました?」
「いや、ウィスキーが飲みたくなって」
「ははは。視察が終わったら飲みましょう」
「焼酎以外もあるのですか?」
「九州だからと言って、焼酎ばかりじゃありませんよ。いいお店に連れて行ってあげます」
「それはありがたい」
僕たちが工場に入ると、入り口に立っていたスタッフが恭しく頭を下げた。
彼はまだ高校生ぐらいに見えた。
「今の子、若いですね」
「学校を出てすぐにここに就職したんです。ロクって言います。真面目な奴ですよ。あの年から働いてたら、30代の頃にはもう熟練の工です」
「へぇ」
「片方の目が、少し閉じぎみでしょう?」
「え?」
言われて振り向くと、確かに少年の目はちぐはぐだった。
右目に対してして、左目のまぶたが少しぶ厚く、肉が重なって見える。
「あれね、生まれつきじゃないそうですよ」
「はぁ……」
「彼は中学生の時、ずいぶんやんちゃしたみたいでね。地元の怖い人に喧嘩吹っ掛けて、『ヤキ』入れられたそうです。瞼にね。そんで、肉が戻らないみたいですね」
「それは……大変な体験ですね」
「でも、今はこうやって一途に働いている。人生やり直そうともがいてるんです。いじましいじゃないですか」
「そう……ですね」
それ以上どう答えていいかわからず、廊下を歩いた。
やがて、透明なガラスの向こうでさまざまに板鉄が切り整えられている様子に遭遇した。
のっぺりとした鉄のかたまりから、職人たちが特殊な機械を使って、さまざまな形を切り出していく。
それはまさに職人技だ。
「すごいな、これは」
僕はつぶやいた。
「生産が速いわけだ。これだけの人数の職人がいて、しかも、順序が最適化されている。工場の体制自体がよく練りこまれているというわけだ」
「その通りです」
工場長が言った。
「今時、地方の工場だからと言って、古臭い体制のままじゃやっていけません。熟練工が一人いたらそれでいいわけじゃない。どういう流れで作業を分担して、早く的確に仕上げるかが重要なんです。うちは、作業工程をシステム化して、スピードと精度の両方を維持しています」
僕は笑った。
「素晴らしいですね。おかげさまで、僕も本当に助けられている。あなたの工場に、納品で苦しめられたことがない。あなたの工場と関係性が構築できて、本当に良かった」
「そうですね。あなたの慧眼は素晴らしい。さすがは、もともとがボコなだけはありますね」
僕は男の言葉に驚きを隠せ得なかった。
「どうしてそれを?」
「おや? 隠しておられたのですか? 見ればわかりますよ。匂いというのかな。私らも、長年ボコときあっているから。わかるんです、そういうの。ね。やっぱり、こういう工場ですから。いろんな人間がいますので」
僕は押し黙った。
もうボコではないというのに、そんなことを言われたくはなかった。
「そうですか」
僕の声のトーンに不穏なものを感じたのだろう。
工場長が頭を掻いた。
「おっと。お気を悪くなされましたか?」
「さぁね」
「まぁまぁ。私はね、褒めたつもりだったんですよ。ボコってのは、ほら、独特の嗅覚があるじゃないですか。普通の人間とは、少し人生が違うし。それは、よい経験だと思うのです。もともとがボコで、それから成功した人はたくさんいます。芯が強いというのかな。ま、とにかく、この後は、良い店に行きましょうや。ぱぁっと景気をつけて。ね。女の子も用意してますから」