ここはゲームの中。
アミュスフィアが誘う電子の世界。
普通の人からすればここはとても楽しい空間なのだろう。しかし俺、桐ヶ谷 和人ことキリトにとっては地獄でしかない。こうなったのはつい最近で、以前は仲間たちと楽しく時間を浪費したものだ。
「キリトくーん!」
来た。
恐怖の元凶が。少し前に声の主、結城明日奈ことアスナの様子がおかしくなったと思えば、病的に俺のことを求めるようになった。最初は甘えていると思っていたのだが、他の友達にあった途端、アスナは敵意を丸出しで切りかかって行ったのだ。流石にそれは驚いて止めに入りなんとかアスナを落ち着かせ、友達には一旦離れてもらった。それから一週間が経ち、俺はついにアスナの異変の正体を突き止めることに成功した。
アスナはいわゆる「ヤンデレ」だった。
ここはゲームの中。離れていてもほぼ全てが分かってしまう。フレンド機能でログイン状態が分からないのなら、俺は今頃ログインしていないだろう。ハイテクは時に不自由になる。もしログインしていない日があればリアルで、電話着信や、メールや、フレンドメッセージやの受信トレイがカンストしてしまう。
つまり俺はログインしつつも1人の女性から身を隠さないといけない。何もせずに宿屋などにこもっていると、即座に見つかってしまい、ログアウトができる状況じゃなくなる。いわば、終わらない鬼ごっこだ。捕まっても鬼が交代するわけではないし、勝ち負けもない。ただ、永遠とイチャイチャするだけだ。
非リア充から見れば、さぞ羨ましいだろう。普通に楽しいのならいい。しかしほば拷問なのだ。ログハウスの隠し部屋で拘束魔法をかけられて、ずっと、「私のこと好き?」とか「前に仲良くしてた奴誰?」とか聞いていて頭が痛くなることばかり言ってくる。しまいには「好き」を連呼しだして洗脳されるのではないかと思った。その時は我が娘、AI少女のユイが拘束魔法を解くアイテムをアイテムボックスから持ってきて使ってくれたので助かった。
「キリトくーん?」
今俺はとある宿屋のベッドの下に隠れている。隠蔽スキルでハイドレート率を最大限まで引き上げているが見つからない保証はどこにもない。さっきは終わらない鬼ごっこと言ったが、かくれんぼの方が正しいかもしれない。とにかくアスナから逃げながらヤンデレを治す方法を調べないといけない。ユイに頼んでネット上を探してもらったが有力な情報はなく、情報屋のアルゴを頼ってみたもののやはり有力な情報はなし。
最近はリーファやシノン、リズベットやシリカにまで強くあたってるようだ。
「行ったみたいですよ、パパ」
「あぁ、さすがにひやっとするな」
あてもなくメニューウィンドウを開く。そこには俺のステータス等が書いてある。それを人差し指で下から上になぞり一番下にあったヘルプをタップする。新しい窓が出てきてヘルプの内容が映し出される。
アルヴへイムオンラインのヘルプにはそれらしいことは記されていなかった。ALOを遊ぶために使うハード、アミュスフィアのヘルプも同様だった。しかし、俺たちをデスゲームへ誘ったあのハードならどうだろう。試しに見てみると最後の一行に『ナーヴギアは脳に与えられる感覚がより本物らしくなるように日々学んでいます。』とあった。
もし、アスナがもう一度ナーヴギアを被っていたのなら、この機能が暴走したなどしてアスナの記憶が書き換えられた可能性があると俺は推測した。そう、推測しただけだ。
結果的にまだなにも進んでいない。とりあえず宿屋を出てみる。空は青い。でも、現実世界ではもう、夜8:00前だ。
今日はそろそろログアウトしても許される時間だ。一旦もとの世界に戻ろう。
「今日はもう落ちるよ、おやすみユイ」
「はい!おやすみなさいパパ。私も私なりに調べてみますね!」
愛娘の言葉にうなずいてウィンドウを閉じ、ログアウトボタンをタップした。
意識が体に戻ってきた。アミュスフィア越しに天井が見える。仮想世界から戻ってきた俺は頭からハードを外して机の上に置いた。ベッドに座り、もう一度考える。
アスナの異常はつい5日前に始まった。ALOには異常がない。アミュスフィアにも異常はない。ナーヴギアにはあるかもしれない。しかし、SAOクリア後もALOに閉じ込められていたアスナがナーヴギアを使うだろうか。その可能性は無いと言っていい。では、何が原因なのだろうか。
「おにーちゃーん!ご飯できてるよー!」
直葉の声だ。そう言えばもう8時か。とりあえず飯食って風呂入って寝るか。その考えが妙に引っかかった。ごく普通の考えだ。
「飯、風呂……風呂…ふろ?」
SAOに囚われている時もアスナはいつもお風呂に入りたいと言っていた。決して現実から逃げず、離さなかったのだ。俺はゲームのソフトかハードの不具合としか考えていなかったが、アスナのヤンデレ化にゲームは全く関係なかったのだ。関係していたのは仮想ではなく現実だ。
最近仮想ではずっと他のフレンドとクエストに行っていたし、現実で会うことも電話で話すこともなかった。これは俺が起こしてしまった事件なのだ。俺が明日奈との時間を大切にしなかったが故に明日奈は自分から求めるようになり、それでも何もしなかった俺を見て暴走した。そうと分かった時、俺は泣いていた。俺はしてはいけないことをしてしまったのだ。
最愛の人を孤独にしてしまったのだ。
それからの俺の行動は早かった。まずは長時間ダイブしている間にかいた汗を流し、服を着替えて飯は食わずにバイクで飛び出した。謝るだけならゲーム内でもよかっただろう。でもそれだけでは足りなかった。謝るだけでなく、気持ちを伝えないと気が済まなかった。俺は明日奈の家まで最短距離で、できるだけ早く走った。
明日奈の家までは10分もかからなかった。インターホンに指を伸ばしたが押すのをためらった。こんな時間に来られて迷惑ではないだろうか。そんなことはすぐに消え去った。気持ちを伝えなければいけない。今はただそれしか頭になかった。余念を捨ててチャイムを鳴らす。少ししてからドアが開き、明日奈が飛び出してきた。俺に向かって走ってくる明日奈を腕を広げて待った。胸に飛び込んでくる最愛の人を両手でしっかりと抱きしめて耳元でつぶやく。
「ごめん、俺、明日奈の気持ちに全然気づいてあげられなかった」
「ううん、私だって素直に言えばよかったのよ」
言葉はいらなかった。ただただ流れる時間に身を任せ、しばらくお互い久しぶりに触れる本物の身体を抱きしめ続けた。
「和人くん!待った?」
俺は聞き慣れた声のする方を見て思わず頬を赤く染めた。かわいらしい服を身にまとった明日奈は俺の手に自分の手を重ねると無邪気に笑いながら言った。
「行こ?」
今日は久しぶりのデート。それもリアルでだ。俺はしっかりと明日奈の手を握った。
こんにちは、ぺんたこーです。
この話ではキリトくんが考えまくってました。
もっとセリフを増やせるよう頑張らなければ!
それでは別のあとがきで!