真白き夢   作:こうちゃ.com

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騎士と魔女の非日常

 

 自分でもよくわからなかったとヴァンは思ったに違いない。

戦う意味を見失った、などと思ったこともなかったのだ。

そればかりはいつだって悪夢のように定まっていた。

実際初めて魔女と相対したとき、ラグーンという国が、白き魔女がどのような人物かなどまるでわかりはしなかった。

彼女の日常生活を見てしまったからだろうか、戦うものの戦っている以外の姿を見てしまったからなのだろうか。

ただ、自分の言葉を、思いを、聞いてほしかったのだろうか。

ヴァンには知る由がなかった。

 

「ヴァンさん」

 

凛とした少女の、アイリスの声。

先ほどまで、いや今も近くにいるのに、ヴァンの耳にはどこか遠い音が響いているようだった。

 

「・・・・・・・・・」

 

彼にはアイリスを直視することが出来なかった。

眩しい、羨ましいなどという感情からか、それともこれほど美しい者を、その人が住まう美しい国を斬ろうとした罪悪感か。

そんなことはもう判らなかった。

彼女も何かいいたげに視線を動かしていたが、ヴァンの沈黙に引きずられて同じように口を閉ざしてしまった。

言いたいことがたくさんあるのに、何も言えない。

そんな状況に、二人は奇妙な心地よさを感じるのだった。

 

「私は、ベルキアも好きです」

 

そっと呟いた彼女の言葉の真意を知るのは、彼にとってはもっと後の話となるだろう。

 

 

 

 昼食を食べ終えて、ヴァンはいつものように剣の鍛錬をすべく他の騎士たちとともに訓練場へと向かう。

ここで騎士たちは集団戦術の質を高めながら己の剣を磨くのだ。

 

「・・・・・・ふむ」

 

到着したヴァンの目に飛び込んでいくのは、磨かれた備品の剣、汗と血が染み込んだほのかな異臭を放つ床や壁、高い吹き抜けの広間の至る所で先に来ていた騎士たちがヴァンに向かって深く礼をしているという光景であった。

もはや見慣れた光景なのだろう、ヴァンは何にも反応せず備品の剣を取り出し構えた。

 

「今日は僕からいかせてもらいますよ!」

 

一人の少年がヴァンの目の前に立ちはだかる。

目は爛々と輝き、今にも首を斬って開いてみせようという気迫とともに構えている。

決して油断はなく、恐怖もなく、落ち着いて敵を見据えている。

ヴァンはその構えに思わず感嘆の声を漏らす。

ーーーーよく練り上げているな、と。

 

「だが、まだ遅い」

 

隙など一切ないと誰もが信じて疑わぬその空間。

隙間なく敷き詰められた隙とも呼べぬ刹那の狭間、その見えざる時間にヴァンはいとも容易く入り込んだ。

距離にしておよそ9メートル、一足一刀とは程遠いこの間合いから実に一足で距離を詰めてきたのだった。

 

「くうぅッ!」

 

だが流石訓練を積んでいるだけあると言えよう、騎士はその一撃を見事いなしてみせた。

強烈な金属音が訓練場を駆け抜ける。

その音が本人たちの耳に帰ってくる頃には既に二人は正真正銘の超接近状態、死の間合いにて打ち合っていた。

ヴァンが右を狙えば受け流して左を狙う。

少年騎士が中央へ一直線に突きを放ったかと思えば、ヴァンは剣で攻撃を弾く代わりに首の動きで回避し即座に突き返した。

右、左、時折上下打ち分けて、何度も鉄剣より火花を散らしていった。

 

ーーーー互角。

見ている者にはそう映るだろうか。

しかしながら、両者の実力差は少しづつ確かに見え始めているのにも気づくだろう。

涼しい顔で相手の一挙一動を観察しているのはヴァンだ。

対する騎士の顔は余裕とは程遠い。

今はまだ両者の攻撃が拮抗しているが、それが崩れ去るのは一瞬だった。

一瞬の隙をついてヴァンが相手の騎士の剣を僅かに弾いた。

音も立たない程の衝撃で剣は弾かれた。

ほんの僅か、長さにして数ミリメートル、時間にしてみればコンマ一秒程にも満たない一瞬。

少年騎士の剣先がズレた、この一瞬だけ剣が速度を落としたのだ。

そしてそれを戦闘の達人たるヴァンは見逃さない。

 

「はぁッ!!!!」

 

一閃、常人にはもはや視認すら困難な速度にて剣は振り抜かれた。

爆風と表現するのが相応しい音を立て、その剣は衝撃に耐えられなくなって壊れる前に一つの土産を置いていった。

その場に、空を裂く見えざる刃が顕現していたのだ。

真空の刃・・・・・・すなわちソニックブームである。

その一撃に鎧は紙のように引き裂かれ、剣は頼りないほどに砕け散っていた。

 

「畜生っ!!」

 

ヴァンに敗北した騎士は心底悔しそうな表情で、拳を床に叩きつける。

集中をこの二人から離すと、訓練場の騎士たちが思い思いに戦いの感想を口にしているのを聞くことができる。

やれもっと間合いが近ければ、だとか。

やれもう少しヴァンから離れていれば、だとか。

本来なら死んで終わりの戦いというもので次を語る。

そんな光景に満足するような表情を浮かべるヴァン。

 

「出直してこい、また相手になる」

 

自分と同じ騎士の成長を喜ぶ、彼はそんな状況を楽しんでいる様子であった。

 

 

 

 訓練も終わり、皆が今日の反省点を考え始める頃。

ある騎士がヴァンに対して何気なく訊いた。

 

「そういえば、あの白髪の美少女は何者なんです?」

 

白髪の美少女だと?と彼は返す。

美少女、それも白髪とくれば一人しかいないのであるが、どうもとぼけているようだ。

 

「ラグーンの連中が会議すっぽかした日に道で倒れてたっていうあの少女の事ですよ」

「そうそう、俺も気になってたんすよ」

「ああ俺もだ!何者ですか!?」

 

訓練場が件の少女の話題でざわめき始める。

無理もない、状況が状況なだけにスパイの類だと勘ぐられるのも当然といえよう。

 

「名を、アイリスという」

「・・・・・・白魔女、アイリス、ですか?」

 

白魔女アイリス、悪魔とさえ呼ばれたあのラグーンの切り札の名を聞いて各々の表情が凍りつく。

恐ろしいのだ、不安なのだ。

戦場では決して見せない表情が彼らから見て取れる。

 

「アイリスはアイリスだ、今の所はただの怪我人に過ぎない」

 

そんなことはどうでもいいと言わんばかりにそう言う。

・・・・・・そうは言うが、依然としてこの訓練場を包み込んでいる重苦しい奇妙な空気に動きは無かった。

 

「・・・・・・本当に害はないんですか」

 

ない、とは言わない。

正直な所ヴァンにだって彼女の危険性を全て明らかに出来ているとは到底思えるはずもないのだから。

 

「答えないんですね、じゃあなんでこの国の中に入れたんですか」

 

ヴァンは沈黙を保っていた。

 

「あなたが卑怯を嫌うのはよく知っていますが、流石に今回のは危険なんてものじゃあないですよ」

 

騎士のその言葉は至って正論であった。

敵国の切り札が満身創痍で倒れているならば殺してしまえばいい。

それさえできればこの先、あの魔女が殺すであろう多くの命が助かるのだから。

正論、そう、まさしく正しい意見である。

だからこそ騎士たちが同調するのは容易く、訓練場に目には見えない圧力のようなものが闊歩し始めた。

 

 

 

「ヴァンさーん!差し入れ持ってきましたよー!」

 

そんな時だった、入り口からこの泥と汗に満ちた空間には不釣り合いな少女の声が響いてきたのは。

間違いなく空気の色は塗り替えられた。

緊張のあまりに口を閉ざしていた騎士たちの口が開き始める。

 

「ちょうどいい、紹介しよう」

 

そんな光景に少しばかりホッとした様子でヴァンはそう言った。

騎士たちは、悪魔などとはおよそ程遠いその容姿や振る舞いに困惑しているようだった。

 

「皆さんはじめまして、アイリスと申します」

 

そんな状況で間髪入れずに満身の笑みで頭を下げたのが計算の上でだったというならば、なるほどこれは悪魔的だと言えるのかもしれない。

もっとも、彼女は計算の上で行動を起こすような性格ではないので関係のない話だが。

 

「さ、差し入れ・・・・・・」

 

騎士のうちの一人が机に置かれた差し入れに思わず手を伸ばす。

袋に包まれて直接は見えないが、先ほどから疲労困憊の騎士たちを誘惑しているのだ、その匂いが、食の気配が、漂ってくる濃密な肉の香りが。

 

「こら、はしたないぞ!!」

 

流石に別の騎士がそれを止める、当然である。

 

「す、すんません」

 

しぶしぶ手を引っ込めたものの、その視線は他のものなど一切気にしないと言わんばかりに「差し入れ」に注がれていた

よく見れば騎士たちの隊列が若干ぎこちなく揺れはじめたのが確認できる。

しかも、よく耳を済ませば腹の音まで聞こえてくるではないか。

いかに命を賭けて主君を守らんとする崇高な騎士とて、食欲には勝てないのだろう。

アイリスはそんな光景に苦笑いで手を動かしてジェスチャーを取る。

 

「どうぞ」

 

と、この動作はそう言っている。

 

「・・・・・・ほ、本当に貰ってもよいのですか、こんなに」

 

やがて、先走る騎士を止めた彼も鼻息を荒くしてアイリスにそう問い詰めるあたり、理性が飛びかけているのが伺える。

腹の減って仕方のないものは、食欲には逆らえないのだ。

 

「どうぞどうぞ、むしろ食べてくれないと困ります」

 

頭をかきむしってなにやら照れくさそうな表情で、さらなる許可を彼らに与えた。

そこから先は言うまでもない。

貪るように一心不乱に肉を食す男たちの姿はさながら野獣だろうか。

なんとまあ男らしい食べ方をする、酒でもあれば完璧な宴会の光景と見間違えても致し方ないだろう。

などと騎士の誰かが考えていると、入り口からまた声が聞こえた。

 

「ははは、まるで餌付けだなこれは」

 

現れたのはカイだ、夕日に反射して銀髪が乱暴に輝いているのが目に付く。

餌付け、なかなか言い得て妙な言い回しだと感心したのが何名かで、あとは肉に夢中でそもそも気づいていなかった。

彼らにとって重要な点はそんなことではない。

問題はカイの右手に握られている物だ。

その物体の存在に気づいた者たちは次々に期待の目でカイをみる。

酒、酒だ、なんと都合のよいことか。

 

「ほら、これだけご馳走ならこれが要るだろう?」

 

酒を上に掲げると、騎士たちは歓声を上げた。

玩具を与えられた子供を連想するのが近いだろう、騎士たちの狂乱はそれであった。

 

「さっすがカイさん!わかってるぅ!!」

 

などと先ほどまでの緊張感はどこへやら、世界中がこのような単純な思考な者ばかりならば、まず戦争など起こらぬだろうと想像できる騒ぎぶりだ。

 

「さて」

 

酒を騎士たちに手渡すと、カイはなぜかアイリスの方へと進みだした。

酒は飲まないのか、何人かの騎士がそういうが返事をすることなく歩いていた。

 

「? どうしましたか、カイさん」

 

そんなカイを見てアイリスはそちらへ目を向ける。

 

「ちょっとこい」

「へっ!?」

 

カイはたった一言だけ告げると突然手を引いて外へ連れ出してしまった。

 

「黒騎士様、追わなくてもよろしいのですか」

 

ぼーっと連れ出されるアイリスを見て、というより見っぱなしなヴァンに気づいてか、騎士の一人がそう言った。

 

「いや、いい」

 

それを見られたのが少し恥ずかしいのか、彼はばつが悪そうにそう返して視線を窓から外した。

 

 

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