BanG Dream!ーMy Soul Shouts Loud!!   作:パン粉

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「よっ、と」

「お、めちゃめちゃ上手くなったね!」

 

 流星堂の蔵に呼ばれたヒビキは、有咲とマンツーマンでキーボードのレッスンをしていた。教則本をやり込んだ形跡が技術となって表れていて、ぱちぱちと拍手をして褒め称える。ピッチベンドの使い分けはとにかくうまく、後はテンポキープやリズム感を更に伸ばせば良い。キーチェンジのときの鍵盤を探さない癖は、恐らく天性のセンス。音楽理論までもを身に着けた今の有咲は、恐らく弟子もどきのたえに匹敵するだろう。

 

 リズム感をつけようか、というとスローンに腰を下ろし、電子ドラムの電源を入れた。音色を調整し、脇に引っ掛けてあったスティックケースから細めのスティックを拝借した。恐らくこれは沙綾のものだ。ヒッコリーの12.5mmの直径だと推測すると、テンポキープをしつつメロディを弾いてご覧、と促す。ハイハットのオープンクローズを織り交ぜ、基本的なリズムから後ノリ、更にはファンクビートまでを叩き出すが、テンポをキープしながらしっかりとアドリブで弾きこなす有咲は見事なものだ。盆栽を弄って勉強もできて、とそこらのセンスを活かしてキーボードに注いでいるのは一目瞭然。古めの板張りの床にやたらと有咲の足の跡と、キーボードの手垢からして、8時間以上は練習していることだろう。ずどどど、とワンバスでツーバス並みののバスドラ連打バックビートをしてもその調子を崩すことはない。少しして香澄とたえが蔵にやってくると、その練習風景にほう、と唸った。BPM125での3連符のバスドラにきっちり乗っかる有咲を始めてみた。こんな重いビートを沙綾が叩くわけもないが。

 

「おはよう皆〜!あれ?ヒビキさん?」

「あっ、りみりん!さーや!」

「おっ、皆揃ったな?じゃ、一回通しでやるか」

 

 有咲の音頭で曲のリハが始まる。沙綾にドラムを交代してスティックを手渡しするとき、今度私も教えてください、と耳打ちされた。断る理由もないので勿論快諾し、4人がけのソファにもたれてPoppin'Partyの演奏を聞いた。

 

 

「ーっ!どうでした?」

「最っ高!"ときめきエクスペリエンス"、だっけ?いいねぇ!」

 

 自分たちの曲をついに人に聞いてもらった。あのヒビキから大好評を貰い、更に自信とした五人。これを聞けば、香澄も相当練習したんだな、とわかる。しかし著しい技術力を持つのは有咲だ。自分の教則本が末恐ろしく感じるヒビキだが、他の子から絶賛はされたのでいいだろう。

 

 試しにどこか変わって弾いてみます?、と香澄に言われた。それじゃあ、と有咲とバトンタッチをしてみる。キーボード側で調整して若干歪ませてみると、ギターやベースとの絶妙なバランスが取れだし、有咲が顔をにやりとさせた。この音も吸収するつもりらしい。先程の一発でコード進行は覚え、雰囲気も感じ取れた。イントロをコードアルペジオで演出すると、たえのギターとユニゾンになる。そこから3度、5度とずらしていくと、神秘的な響きが空間を包んだ。思わず圧倒されてしまう他のメンバーだが、演奏の手は停めない。

 

 Aメロになると、元々キーボードパートはないのだが、ヒビキはコードを抑え、更にアルペジオを続ける。そのメロの終わりにおふざけでペダルノートを入れると、周りのニヤニヤが遂にニコニコになってきた。アレンジセンスの良さがぐいぐいと顔を出し、Bメロでスタッカートの心地よいフレーズを作り出した。

 

 サビになった途端、ヒビキのバカテクが炸裂する。とんでもないスケーリングと速弾きで、前にいたりみが後ろを振り向いてしまった。完全に他のパートを食っている。キーを外していないだけに尚更悪ふざけ感が強まる。すぐさまパッチをピアノに切り替えれば、弾むようなリズムでサビのエンディングを迎え、一番だけで曲を終わらせた。

 

「ちょっ……ヒビキさん……!」

「どうよ、俺のキーボードは」

「くくくっ……今、ものすごい勢いで鍵盤叩いていきましたけど……ふふふふっ!!」

 

 皆のツボに入ってしまい、有咲ですら大爆笑してしまう。ピロリロと指の赴くままにまだキーボードを弾き続けるヒビキに皆が抱腹絶倒してしまう。バカテクは時と場合によってはこんなにも盛り上げるのだ。この感覚を持てるようなプレイヤーになれれば、もっとバンドが楽しくなるだろう。音をそのままにしてキーボードから離れれば、次は私と、と香澄にギターを渡された。皆、自分のパートがどうブッ壊されるのか期待しているのだろう。大騒ぎの蔵、こんな楽しい時間を長く過ごして欲しいものだ、ヒビキはそう思った。

 

 

 はしゃいだ後に少しだけ電車で遠出して、赤坂の小さなライブハウスに自前のキーボードと共に降り立てば、すぐさまリハをして音を合わせ、サポート料を貰う。今回は足代含めて6000円と、それなりに高めな報酬だ。レンタルのKORGと自前のYAMAHAで少し派手なセットを組んでもらって、今日演る曲の確認、そしてオープニングアクトの演出を考える。楽屋でゴロワーズを吹かしていると、そのバンドのリーダーに礼を言われ、そのまま出番まで二人で紫煙を燻らせた。

 

 時間になると、衣装を着た後に楽譜を取り出し、幕が下りているステージの内側にこそこそと登り、それをセットした。そして、オーバーチュアの"新世界より"を弾き出す。クラシック好きなヒビキは、独学でピアノを練習したとき、がむしゃらにクラシックを弾き倒していたことを思い起こした。そうだ、最初に完コピしたのはアイネクライネなんたらだったか。久しぶりのキーボードでのライブ出演となるので、楽しみで胸のワクワクが収まることを知らなかった。

 

 グワッ、とグリッサンドを決めた時、小さな箱にギュウギュウに押し詰めた観客が沸き上がる。拳を突き上げ、大声が室内に立ち込めた。緑色の和服に和化粧を施し、そ綺麗に運指をかましていく。高身長ではあるものの、立ち振る舞いは大和撫子そのもの。ド派手な演奏ながらも、静のスタイルを崩さない。それは、熟練した腕であり、誰もが賞賛しうるスタイルであった。コスプレだけは、マニアックな人々や同業者だけが賞賛してくれる。パシャパシャとシャッターを切りまくって様々な角度のヒビキを撮り、レイヤーの宝であるとしてバックアップをその場でかけまくる。袖をまくってからが更に本番で、指が更にクロックアップして速弾きをかましまくった。ハーモニックマイナーをもう何度弾いただろうか。それほど、この和風な曲には似合うスケールなのだ。雰囲気を壊さず、曲を盛り上げる。キーボーディストでなくとも大切なことで、この技術を得ていないプレイヤーには憧れになるのは必須だろう。その中で時間を持て余して見に来ていたつぐみとひまりは、特に身近でそれを見られている存在だ。薄暗いながらも一際眩しく煌めき続ける彼は、憧れでも師匠でも異性としても素敵だ。こんな人が彼氏であるならば毎日が楽しいだろう。告白する勇気もないし、恋人になるというような好意ではないので妄想の中で終わってしまうが、若干ひまりは惚れかけていると自覚した。

 

 3曲目が終わる頃、ステージ上でヒビキはタバコを吸い出した。いつものゴロワーズやマルボロではなく、黒と金の装飾が目立つJPSだ。オイルライターで火を着けてもらい、ストリングストーンでMCタイムを賑やかす。紫煙が立ち込めて、口の中の煙を器用に輪を作りながら吐き出せば、自分の紹介のときにタバコを消してもっとど派手なフレーズを弾いた。キーボードスタンドごと楽器を揺らし、クレイジーなアクションをする。大和撫子から打って変わって荒武者のようだ。そうだ、これは蘭が言っていたヤツだ。ひまりとつぐみが思い出すと、ショルキーに持ち替えて、ラストの曲に移行する。

 

 ステージ先端にやってきて、シールドを引っ張りつつ、乗り越え防止の柵に足をかけた。そして、自前のバランス感覚で片足立ちをしだしてから、観客席にダイブする。皆が一丸となって受け止め、あれやこれや、とテンポを崩さずフレーズも相変わらずながらも観客席を右往左往、ステージに戻ってきた時には生足も胸元も見えた状態で、なんとも色情感溢れる格好になっていた。うふん、と身をくねらせながらのプレイは、なんとも興奮するものがある。ひまりの鼻息が荒くなった途端に、つぐみがあたふたとつぐりだした。

 

 

「おつかれー!」

 

 ステージから降り、仕事を終えたヒビキは、楽屋で着替えたあとにすぐに帰るつもりだった。暑いから、と丈が長めのレザージャケットとカーゴパンツに着替えただけで、そそくさと退散しだす。そこで出待ちの二人が捕まえれば、案の定その三人で帰ることになった。

 

「で?俺捕まえて何しようってんだい?」

「デートだよデート。こんな可愛い女の子二人も侍らせて、やることは一つでしょ?」

「親父臭いよ、ひまりちゃん……」

 

 ませたひまりをからかってやろう、と思ったヒビキは、そのままデートをしてやろうと表向きは考えた。そして、あそこ行くか、と看板を指差す。へへへ、と笑いながらやるから尚更質が悪い。指先には、怪しげなネオンサインと、いかにもそれっぽい所であった。

 

「ホテル・エル・ド・ラド……ん!?」

「もう、ヒビキさんまで!?何しようとしてるんですか‼」

「冗談だっつの、からかっただけだよ。俺みたいなのと行くところっていったら大抵食いもんか楽器屋になるのはわかってるんだよなぁ」

「わわわ私はっ!ひひひひヒビキさんとなら!むしろバッチコイなんですが‼」

「狼狽しながら言われてもねぇ……。ま、ひまりんがしたいんなら襲われても構わんけど。つぐちゃんあのカフェ行こ」

 

 固まるひまりの腕を引っ張って、おしゃれな雰囲気のカフェで一服。結局はお茶で済む。


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