BanG Dream!ーMy Soul Shouts Loud!!   作:パン粉

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 ほったらかしにしていた作曲の続きを一時セーブして、Macbook Proに移してから、ワイワイ騒ぐリビングで仕事を再開する。その時に、リサを寝室に運んでベッドに寝かせてやった。大体先程で曲は録り終えて、今度はミックスである。モニター用のヘッドホン、UltrasoneのSigunature Proを頭にかけて、カチャカチャとキーを打ち出す。ブラインドでキーを叩く姿はまるでビジネスマンのように見え、ジャックダニエルのロックとともに仕事をするヒビキを見た三人は、思わず静まってしまった。仕事の邪魔をしてはいけない、かと思いきや、蘭がヒビキの隣に座って譜面を見だす。BPM表示が124、リズムはまだわからないがどうやらポップみたいだ。無言でヘッドホンを蘭に渡して、再生を押すと、なるほどと彼女がつぶやく。

 

「ファンキーだね、これ」

「だろ?キーボをストリングスとメタルピアノにしたんよ、そんでこの16の叩き方は、ファンクポップみたいになる」

「キーはF♯?」

「ご名答」

 

 皆も聞く?、とヒビキが言うと、蘭がヘッドホンを外してから、Bluetooth接続のサラウンドスピーカーに出力した。確かにこれはファンクだ、と三人の意見は同じ。そしてこのノリでのギターのカッティングとキーボードのスタッカートは楽しくなり、思わず身体がノッてしまう。ひまりは持っているジャズベースでリズムを取り出した。F♯なら、と落ち着いたベースを弾いてみる。確かにこのテンポでこのリズムは、と思った矢先に登場したのは、転調と変拍子であった。

 

 プログレッシヴファンクポップ。牛丼の豚鳥載せみたいなボリューム。お腹いっぱいになるが、味が濃すぎるのだ。もちろん悪ふざけの曲であり、タイトルも「イタズラダイス」などと、遊び心が出ている。歯切れのいいカッティングは変拍子のパートでも健在だが、五連符を七拍子で、とはなにをしたいのかよくわからない。蘭もここには手こずる。

 

 風呂入ってくるわ、とPCを置いたまま、着替えとバスタオルを取ってバスルームに入る。傷もなく、筋肉の着き方も穏やかであるが、確実にラインに出ている身体。全身を丹念に洗い、湯船に浸かる時に、ガラッと開くドア。ん?と眼をやれば、全裸のリサがぽけ〜っとしながら入ってきて、あっとヒビキが声を漏らした。

 

「なにしてるんですかリサちー」

「おふろ〜」

「……正気か?」

 

 目元を見れば、もう酔っていない。この娘は何をしたいのだろうか。ぬっふっふ、とリサが身体を洗い出すときに、ヒビキは顔を背けた。――これは、誰の差し金だ?

 

 しばらくして、リサも湯船に浸かる。タオルで前を隠す様にしているが、ヒビキは眼にもくれない。というか、考えている内に寝てしまっていた。くうくう、と可愛らしい寝息を立てていた。女顔、いつもより力の抜けた顔は、更に可愛らしくて。リサの母性をくすぐり、可愛いなぁ、と頭を撫でだした。そうしているうちに、完全にアルコールが抜けていく。自分が今やっていることの大胆さに気づき、顔を赤らめていく。だが、何故だろうか。ヒビキが女の子に見えてきた。と、すると、女の子の裸の付き合いのようになってしまう。段々と普通に友達とお風呂に入っている感覚。なんでだろうか、アルコールのせいではなく、本気で惚れ込んでしまってはいるからだろうか。

 

「ヒビキー?」

「!?」

「……ごゆっくり」

 

 心配になって見に来たのであろう、蘭が恥ずかしげもなく風呂の戸を開けた。そこで目の前に広がっている光景を見た。裸の若い男女が湯船に仲良くつかっている。そこでニヤニヤと顔が歪んだ。いたずらっぽく笑い、からかうようにしてその場から立ち去っていった。

 

 

 寝室から悶える声を聞き、風呂上がりのヒビキは気になってその部屋を覗く。モソモソと布団が動き、服を脱ごうとしているリサを見て、どんな夢を見てるんだか、と呆れた。半裸でリビングに戻れば、PCは立ち上がりっぱなしのままで三人がぐっすり寝ている。ソファから転げ落ちている蘭にブランケットをかけ直してやり、電気とPCの電源を落として、スタジオと化している部屋に戻った。チェーンスモーカーになっているヒビキは、引き出しからダビドフのマグナムを取り出し、空気清浄機をガンガンに回しながら、そのタバコに火をつける。ふう、と一服して、口の中の煙を吐き出した。ぴろりんというスマホのアラームが鳴る。咥えタバコのままでそれを確認してみれば、友希那からのメッセージが来ていた。その次には、友希那の父親から。彼のバンドのラストライブにサポートのキーボードで出演した経験のあるヒビキは、一度合わせただけながらも仲良くなってしまい、遂には親子ぐるみ、そして父親公認で友希那を貰っていいぞとも言われていた。あの時はヒビキがまだ16歳、友希那は小学生だった。ライブ会場に連れてきては、ヒビキが子守をした覚えがある。そこには確かリサもいたっけ。懐かしい思い出だ。

 

 時刻は23時を回ったところだ。電話でもしてやろうかな、と思った矢先に友希那から着信がきた。

 

「はいもしもし」

『ヒビキさん。こんばんは。リサがいるって本当ですか?』

「いるよ〜。隣の部屋でベッドの中で変な夢見てる」

『そう……。ずるい』

「何を言ってるのよ、ユキちゃん。いつでも来ていいんよ?泊めてあげるよ、ユキちゃんなら」

 

 穏やかな声音は彼女の耳を癒やしてくれる。はぁ、とまた息を吐いたところから、タバコを吸っているとわかったが、別に咎めはしない。ボーカルとしても努力を積み重ねた結果一流の実力を持っていて、タバコであえて喉を弄って声を出すという独自の方法でコンディションを保っている。それで自分よりも歌唱力はある。自分の父親も、最後のライブが終わったところでヒビキは絶賛していた。コーラスもバッチシ、楽譜を見てすぐにアドリブをする能力はロックバンドにあるまじき能力。それでいて、自分たちの鬱憤を晴らすかのような行為をしていた。

 

『次のライブなんですけど、お父さんが観に来たいって』

「いいじゃん、観に来てもらいなよ」

『そこで、昔お父さんがやってた曲を演りたくて。ヒビキさんとなら、出来ると思ったから』

「ほうほう。それじゃあさ、ロゼリア+俺でやらない?リサちーもやりたいでしょこれ」

『やたらとリサに構いますね?』

「なぁに?妬いてるのかにゃ〜?」

 

 こうもイジられてくれると楽しくなる。やはり、リサは友希那の恋敵になりつつあるそうだ。周囲からはレズ姉とか言われていたりするものの、やはり男性に惹かれるという証拠がここにある。その対象が自分であるとは思わなかったようで、はははとヒビキは笑った。

 

 話はそれだけか、と言ったときに、友希那はちょっと待ってと会話を先延ばしした。まだなにかあるのか、と思いながら聞こうとすれば、普段の彼女からは考えられない優しい声で、一言だけ残していく。

 

「好きです。おやすみなさい」

 

 唐突だな、とヒビキは思った。さてさて、これからどうなっていくのやら。恋愛模様は予報がつかない。それだから面白い。傍観する立場であるならもっと面白いが、今は傍観される身だ。しかし、女子高生に手をダシたら社会的に殺されてしまうだろうな。少しだけ恐怖心を抱きつつ、二本目のタバコに手を付けた。

 

 

 リサが覚醒したのは午前二時であった。真っ暗闇の中の部屋。ふかふかなベッドにはしたない格好で横になっているところを見る。少しだけ頭が痛い。そうだ、ビールを飲んで酔っ払ってしまったのだ。ヒビキの家の寝室に、一人でこんなダブルベッドを使って寝ているとは。これを毎日行っているヒビキは贅沢の極みであると思いながら、はだけた服装のまま廊下に出た。取り敢えずはシャワーを浴びよう。スマホの光を頼りに風呂場まで行くと、ごうんごうんと回っている洗濯機を他所目に服を脱いで浴場に入った。シャンプーは女の子が使うようなものであり、ローズヒップの香りがとてつもなく心地良い。それとは別に、ボディソープが固形の牛乳石鹸の赤タイプ。これもローズの香りだ。泡立ちがよくて、肌に変な刺激が来ない。このまま洗顔フォームにしてもいいくらいだ。

 

 そういえば、と化粧を落としていないことに気づく。これまたヒビキのメイク落としを使い、クレンジングオイルを塗り、そうしてシャワーだけでなく湯船にまで浸かり出した。そのときに自分が見た夢がフラッシュバックし、顔から湯気が吹き出る。自分はなんという淫夢を見ていたのだ。

 

 友希那にヒビキを取るとか言ったのは、実は本気であった。昔から知っているから、である。そこから長い間恋心を秘めていたが、再開した時は抱きつきそうになってしまった。更に、音楽に関することをやる顔は誰よりも凛々しく、その魂にも当てられている。コスプレ趣味があろうともそれを受け入れる。それどころか自分もそんな趣味に走っても構わないとまで思っていた。

 

「……ヒビ兄、すき」

 

 誰にも聞かれていないだろうな、と心配になる。夢で見た蘭は、現実ではもっと大人しく無口で、秘密はちゃんと守る子である。モカが良く話してくれるからわかるのだ。それに、彼女は友希那とリサの恋路を邪魔する気はないし、応援しさえするだろう。果たして、運命はどう転ぶのだろうか。

 

 天井に顔をやった。瞼を閉じてもヒビキの顔が浮かぶ。友希那のことをいよいよ誂えなくなってきた。


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