BanG Dream!ーMy Soul Shouts Loud!! 作:パン粉
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「やりきれたじゃんか、ポッピンパーティ」
SPACE最後のライブイベントをPoppin'Partyが締めくくって、新オーナーとなるヒビキが舞台袖で待機をしていた。これからここがどうなるかを説明するためだ。ポピパのメンバーとハイタッチを交わし、幕を下ろすまでに言わせてもらおうか、と計画は立てていた。
ラフな格好……ジーンズにパーカーでステージの真ん前に立った。マイクをぐっと握る。その時点で観客はどよめく。重大なお知らせをする、そう言ってヒビキは切り出した。
「皆さん。今日はこの、SPACEのライブイベントに足を運んでいただきましてありがとうございました。実はですね、先程のPoppin'Partyを持ちまして、SPACEの最後のライブとさせていただきます」
詩船は今日はいるが、そういうことは照れ臭いのか、ヒビキに丸投げした。任せたよ、という縁戚の顔。詳しい説明を勿論ヒビキはした。そして、このあとどうなるか、これから何をしていくのか。夢を抱く若い子達の架け橋となるため、ヒビキの感情を伝える為に、そのままステージに立ち続ける。トリを譲ったGlitter*Greenが、ヒビキの顔から目を離さない。その彼の決定、オーナーのココロを裏切る訳にはいかない。それに、時間は流れていくもので、こういう瞬間が来ることをわかっていたからだ。
今、壇上に立っているのはスーパーギタリスト。干されはしたが人望は厚い。そして、誰からも愛されるような、可愛げのある男。真剣なその顔つき、しかし笑顔を混じえてのその語り口調は、観衆を自然と取り込んだ。さすがはヒビキ、カリスマ性も話術もある。そうやって心をぐっと掴んで離さないから、協力者が多く集まるのだろう。一つ呼吸置いて、ヒビキは前をしっかり見据えて答えた。
「只今より、このライブハウスは"GEAR OF GENESIS"となります!オーナーはこの私、六角ヒビキです。音楽をやり始める一歩目を踏み出す舞台、しかし!前までとは違い、老若男女すべてを受け入れるライブハウスにさせていただきます!皆様、今後とも通っていただけたら、嬉しいです。音楽、楽しもうぜ!」
マイクスタンドに戻して、深々とお辞儀をした。そこで拍手を始めたのはゆりだ。そこから広がっていく、歓迎と期待の輪。袖に掃けたポピパのメンバーも、笑顔と拍手でそれを受け入れる。そして、ヒビキは戻って、皆と手を叩いて、足早に出口の支度をした。それを見届ける詩船は、ヒビキの成長そして未来に心を踊らせた。
忘れ物の無いように足元気をつけてね、と客に声をかける。最後の接客ではないものの、丁寧さは特に印象深い。ゴミもいつもと同じく綺麗にゴミ箱に入れられており、居心地の良い空間であったことに変わりはない。出演したバンド陣に労いの声をかけてからその場で打ち上げをしようと持ち出したとき、詩船が後ろからヌッと現れて、お疲れとヒビキにタバコを渡した。
「バア様。あんたもな」
「選別だよ。私はやりきった、後はアンタ達で新時代を作りな」
「おうさ。アンタのハイライト、無駄にゃあしねえよ」
青いパッケージの側を剥いた。ラム酒の良い香りが立ち込める。その前に、まずは乾杯だ。キンキンに冷えたジュースが喉を潤す。フロントのサーバーからビールも入れ、ヒビキはそれを一気に飲み干した。そうしてから少しだけ席を外し、喫煙所へ出る。先程もらったハイライトを咥えて火を着け、煙を大空へ吐き出す。
「んで?バア様が吸ってたんだろ、このタバコ」
「まあね」
「たまに遊びに来てくれや。何でも出してやるよ」
隣り合わせでスモークタイムを楽しむ二人。重めなタバコは嫌いじゃない。老後の楽しみをここで過ごすのもいいだろう。まだ60を超えたばかりだ、いくらでも時間はある。鍵は今日は返さない。そのままヒビキが握りしめる。咥えタバコのまま中に戻れば、これからもよろしくお願いします、と全バンドがヒビキに頭を下げた。任せな、と全面の信頼をヒビキは勝ち取った。
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掃除も終わり、ヒビキは一晩このライブハウスに泊まる予定であった。明日、すぐに準備をしたいからである。少し歩いてシャワーボックスまで行き、その後持ち込んだ布団で事務所の中で寝っ転がる。しかし、つい皆が帰ってきたものだと思っていた。SPACEでその足跡を刻んできて寂しくなったのか、ゆりはまだ残っていたのだった。もちろん、彼女だけでない。りみも、そしてたえもだった。床はもうボロボロで、そこになにも気にしないで三人は寝そべっていた。明日はもう、全てとっかえてしまうのだから。ヒビキは三人に声をかける。
「帰ってなかったんだ?」
「ええ。思い出、残しておきたくて」
「そっか。ごめんな、バア様が畳むっていうからさ。でも、寂しいし勿体無いじゃん?」
あの人の思いは引き継ぐ。ここの本質を変えることなどヒビキには到底考えていない。身体の底から思い切り叫び、ソウルを叩き込む場所、それがこのステージだ。観客からの視点、あぐらをかいてステージを見つめる。そういえば、あんまり舞台に立っていなかった。明日からはひたすら立つことになるだろう。立ち上がって、柵を乗り越えてステージにしっかり立てば、やはりいつも立っている舞台よりも低いが楽しみは変わらない。ここからいくつ、若い夢が飛び立ち羽ばたくのか見届けたい。やりきった、と言わせられるように。
「ここで寝る?」
「え、いいんですか?」
「うん。俺は明日からここで仕事あるし、事務所で寝るから。おやすみ」
袖からヒビキが消えた。あの背中を追っていたい。三人の憧れ、目標。大きな目標で壁で、だからこそやりがいがある。ここでライブをするのはその一つ、ここにヒビキがいるから。
事務所に戻って、敷いた布団にゴロっと寝転んだ後、ヒビキはすぐに眠りにつく。色々なことがあって、色々なことを始めるその時が来たのだ。翌朝から確実に忙しくなる。それに備えなくては。誰もが踏み出せる場所を、夢を始めるために。
◆
翌朝7時頃にたえは目覚めた。フロントの方からガタガタと物音がして、覗いてみれば新しいTシャツを着たヒビキが新装開店の準備のためにしゃかりきに働いているのだった。古いテーブルの手直しと位置調整、床板のキズ修復は既に済んでいて、今はドリンクサーバーの掃除をしている。たえに気付いて、ヒビキはおはようと声をかけた。起こして悪いね、とヒビキの気遣いが感じられるが、元々ここにアルバイトで勤めているのだから、手伝うのも不思議ではない。
新しいTシャツには"Gear Of Genesis"のロゴがプリントされていた。このデザインもヒビキが決めて、今日取り付ける看板もこのロゴになるという。鋭角のGが光って見えて、一人せっせと働くヒビキの背中にも歯車がついている。あんな細身でよくキャビネットを持ち運べるな、と感心さえしてしまった。しばらくして牛込姉妹も起きて、プレゼントと言って皆にヒビキはTシャツを配った。これが大好評で、喜んでそれをすぐに着る三人。看板が着たのでヒビキはそっちの方に行き、SPACEの看板を取り外し、新しいものに貼り替えた。そして、古い看板を店の中、フロントの近くに飾る。これを捨ててしまうのは勿体無いし、詩船のハートを守る為にもこれは残したい。
「俺の新しい城だ」
「
「新たなスターを育てる歯車にする。音楽の楽しさを知る創世記とする。バア様の想いと一切変わってない」
「ヒビキさんらしいですね」
それしか取り柄が無いんだ、そうヒビキは自虐した。次第に次々と運ばれてくる機材、それを全然使っていない倉庫へ入れていく。ほとんどヒビキのもので、実家に置いていてこの前の音楽祭で蘭が使っていたJCM800カスタムや、りみは恐らく喉から手が出るほど使いたくなるであろうフルチューブベースアンプなど、とんでもないものばかり。そして、レンタルでもヒビキの竿やドラムが送り込まれ、事務所にまで入れないと入りきれないほどであった。28インチのバスドラ二発を試しにステージにセッティングしてみれば、やはりその場では狭い。24インチを一発で十分だろう、とヒビキの祖父の言った通りになっている。祖父のお下がりのドラムセットはキックポートが導入されていたりと中々即戦力として使えるものだ。3発タムと2発のフロア、そしてヒビキの14.5×6.5インチのdWスネア。シンバルも6枚ほどと、出来ないことがあまりみつからない。この前購入したカウベルは2つに増え、ペダルで踏むものとスティックで叩くものに分けていた。サウンドチェックがてら、ボコボコとドラムを叩き出すヒビキ。マイキングの定位置をテープで決め、トリガーエフェクトも用意する。
「大体、準備は終わったな。あー、腹減ってきた……」
「もう10時ですからね。お姉ちゃんも部活で帰っちゃったし」
「おー。ありがとねりみちゃん」
「そんな、とんでもないです。ヒビキさんのためなら、これくらいはやって当然ですから!」
「ホント、爪の垢煎じて飲ませたいよ」
「来て早々そんなこと言わないでくれない?帰るよ?」
ガチャリとドアを開けて入ってきた蘭とアフターグロウの面子、それに反応した蘭を皆が笑った。確かに、幼馴染といってもいささか彼女は無礼講が過ぎるところもあって、それはヒビキを心から信頼しているからなのであろう。巴ですら、ヒビキには甘えてしまうのだから。
ひまりがヒビキにすぐに近寄った。ひーちゃんは相変わらずぞっこんですなー、とモカがからかうも彼女自身もヒビキに擦り寄る。行動と言動の違いは見ていて明白、つまりモカもヒビキにぞっこんということだ。女たらしの才能はどこから来るんだろうな、と言われるも垂らしてないとヒビキはいつものように答えた。
「それで、ヒビキ。やることは?」
「ああ、後は掃除くらいかな。卓の位置決めはそれから決めるつもりでいる。基準のマイキング位置とかは決めたから。あと、楽屋のサインも落とさないと」
「落としちゃうんですか?」
「写真は撮ったよ。それを何処かに飾って、また新しく書いてもらいたいからね。更にやりやすい舞台にするんだ、そこらへんはやらせてくれな」
ヒビキの言葉は理解できる。それをすんなりと受け入れられたりみとたえは、壁に一番にサインを書いてやろうと思った。