BanG Dream!ーMy Soul Shouts Loud!! 作:パン粉
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ある程度のレベルのレッスンを終えた後にクタクタになったのはひまりとりみであった。モカは横でギターをチェックしていただけだし、はぐみは元々持っている体力が異常なだけだ。最初はその力量を疑っていたはぐみも、ヒビキの実演でレベルがとてつもなく高いということに気がついた。一つ一つのクオリティが異次元で、兄に教わったコード進行を発展させて、それをプレイに拡張するという手法。端から見れば当たり前のことなのだが、それを上手く結びつける、知識を有機的に繋げ合わせて実用する、その方法がとてもわかりやすい。なるほど、もしかして勉強もこういうふうにやるのだろうか、と皆が気づく。蛸壺型の学習では駄目なのだ。あらゆるものは相互的に補完されるべきである。それはヒビキのモットーでもあって、だからわかりやすく手を付けやすいのだろう。
なら今度は勉強でも教えてもらおう。確か、ヒビキは理学部在籍中であったか。しかも最難関国立大学、日本一のところにいる。学生証にはイチョウのマークが映えている。彼の専門分野であろうか、ファインマンやハイゼンベルクなどの参考書、それ以外にも数論や代数幾何、統計力、群論etc...と、あからさまに物理や数学系の本がきっちりと詰められていた。そして、高校時代の教材までも取っておいてある。是非教えて欲しい、成績は良いに越したことはないのだ。
「じゃあ、定期的に勉強会する?」
「え、いいんですか?」
「いいよ、もちろん」
ここでもまたヒビキのお人好しさが遺憾なく発揮された。そうして今回の集会はおひらき、皆は自宅に帰っていく。ヒビキも今日は疲れたのか、21時ごろにはもう布団の中に入っていた。
そうして朝になり、CIRCLEのシフト通りに出勤すれば、まりなからお祝いの言葉をかけられた。オープンおめでとう、そして粗品まで。そこで持ち掛ける業務提携の話は二つ返事でOKを貰った。元々ヒビキの機材をここで貸し出したりしているのだから既に提携しているようなものだ、とも付け加えられれば、確かにそうだとヒビキは笑った。これで立派な経営者、オーナーという点でも自分より有能なのだろうなとまりなは勝手に思っていた。店長代理まで勤め上げているのだから、類推と予測をするのは不思議ではない。ガルパの発案者だってヒビキだ、なにか面白いことをしてくれるはずだと信じている。
「はいはい、10時からの予約っと。早いね?やる気満々じゃん」
その意中の人物は今日も練習しに来たバンドを激励する。ぐっとサムズアップして気持ちよく練習へ誘うのだ。だから評判はとてもよろしく、空気も良い。ガルパをやらなくても経営は上手く行き始めているが、更なる向上とライブハウスの活性化にまりなは期待する。
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16時に上がったヒビキが家に帰ると、確か今日は勉強会初日だったなと思い出した。話を聞いた学力に不安のある子達がヒビキの家に集まる日、広いリビングにお菓子や飲み物を載せたテーブルを囲んで座る。貸し教室が必要になりそうな頭数。何が苦手かと聞けば必ず帰ってくる数学。そんなに苦手なのか、とヒビキは驚いた。
「え、どこがわからへんのよ」
「全部です!」
「えーっと、香澄ちゃん?ざっくりしすぎ……」
宇田川姉妹もいる中でのはっきりとした物言い。仕方ない、とヒビキは言った。高1の基礎の基礎レベルから教えねばなるまい。と言っても、便利で重要な定理を外さずに教えること、そして数学の根底は論理にあることを熱意を持って説く。ホワイトボードには大学レベルを少し踏み入れるくらいの事を板書していき、板書だけではなく口頭で言ったことも書き写させれば、ルーズリーフやノートは50分で裏表6枚を裕に超えた。情報量の多いノートは最高の参考書となるはずである。
そこから、頭を使って考えさせることにした。中高一貫の羽丘女子学園と花咲川女子学園、どちらも中学からいる人間は中3で既に高1の範囲を教えているはずだ。ということは、進学コースでない限りは数学は一年先のものとなる。昔から数字パズルなどを楽しんでいたヒビキは、都立のゆるゆるとした進度の数学でも自主学習で高1の時には既に全国大学入試数学を解き終わっていた。少しの定理や公式、原理を運用するだけで大抵の問題は解ける。唯一足枷となったのが社会科科目、しかし暗記をしてしまえばこっちのものであると高を括って突入したセンター試験でも9割をマーク。ほぼ死角がない。
因数分解ってなんでこうなるの、というひまりの嘆きを聞きつければ、数2の範囲の因数定理を教えて理解をさせてやる。友希那の症状は計算できない病で、香澄も同じ病人であった。こんな泥臭い計算をしているから、とヒビキは少しだけ笑いながら、素早い計算のコツを伝授してやる。公式や定理の理解は深いのに、こういうところでミスをしてしまうと全てが水の泡だ。
「ヒビ兄、ベクトルが平面を作る条件って何……?」
「始点を同じとする2つのベクトルが平行でないこと。平行だったら、始点が同じ時、直線でしかないじゃん?」
「その証明ってどうすればいいの?」
「k
線形独立性、という言葉も付け加えての説明。線形代数の初歩中の初歩であるベクトルを教えることは容易で、その言葉をあこも覚えてしまった。なるほど、皆文系なのか。なら、尚更数学が出来た方がいい。数学は論理学、現代文などとリンクがあり、その論理というものは全ての勉強に直結する。
「悲惨」
「え、何が?」
「数学の出来なさ。先生の教え方が下手なのか、勉強する態度がだめなのか、とにかく悲惨。もしかして、他の教科もあんまり出来ないんじゃ」
「国語は得意だよ!」
「定期テストなら点数は取れるんだろうけど、受験するときどうすんの君たち……」
嘆くヒビキ、心配なのは友希那とはぐみに香澄。三馬鹿と言えばいいのだろうか。今度抜き打ちのテストをやってみよう、とヒビキは言い出した。リサとあこ、そして蘭は何も文句を言わなかった。ちょっと出来ないくらいなら全く問題はないのだから。というか、蘭はヒビキに日頃から質問しているから、数学が苦手ではない。英語と理科のほうが苦手で、そちらもヒビキに質問しているがあまり得意にはなっていないのだ。文法書を開け、そこで調べろとまずヒビキは言うが、答えや理屈をさっさと教えて欲しいのが本音だ。仕方なくそれに従うも、描いてあることがわからないという時が多々あり、それをヒビキに聞くことすらある。
「というかね、やり方が根本的に違うのよ君たちは。教科書とノートを置いて問題を解くのが正しいの。それで最終的に見ないで解けるようになるのがいいの」
「え、だって問題集に要項書いてある……」
「要項だけで解ける、ひまりん?教科書と授業ノートのほうが詳しく書いてあるはずなんだよ。それを見ながらのほうが身に付きやすいしわかりやすいの。いい?無機質な暗記よりも、理解を伴った暗記の方が、プロセスを辿っていって思い出せるし応用も効くから良いの」
ヒビキは自分の頭を指で軽くつつきながら言った。無味乾燥なもので納得できるほど人間の脳は賢くない、音楽理論だって曲を題材にして始めて理解が深まるのだ。そうして自分で頭を動かして、次に手を動かせば、身体も頭も納得して動きが染みつく。暗記をすることを批判するわけではない、要はそのやり方と引っ張り出し方なのである。ヒビキの学力はそれを意識してつけたものであるから、中々忘れることはない。無論努力を怠ると理解することすら出来はしない。
「そろそろ休憩でもしようか。100分くらいぶっ通しだし」
「賛成!集中力途切れ途切れだったし!」
「おやつにチョココロネ持ってきたんです、皆さん食べますか?」
りみの好意を皆がありがたく受け取った。冷えた飲み物の入ったグラスとそれで頭のガソリンを補給する。いつの間にかヒビキは消えて、タバコをベランダで吸っていた。前途多難な彼女達の学力、まるで子供を育てるかのような悩みを抱えてしまい、ヒビキは自嘲した。