BanG Dream!ーMy Soul Shouts Loud!! 作:パン粉
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都内の芸能事務所内に併設されているスタジオ。そこでヒビキは椅子に座り、その事務所に所属しているアイドルバンド"Pastel Palettes"の面倒を見ていた。アイドルバンドが最近の流行りなのか、と想いながら、丸山彩のボーカルをしっかり聞き取り、手元のバインダーに挟まれた白紙に問題点や改善点をさらさらと書き込む。
声は聞こえる。しかし埋もれ気味だ。この可愛らしい声音のまま声量を伸ばす訓練をしたい。ベーシストの白鷺千聖はプロ意識の高い女の子だ。そこに気付いてはいるが、取り敢えず演奏が終わってからにしようと決めた。
「ほーい。お疲れ様〜。彩ちゃん、疲れちゃった?」
フィーネを迎え、拍手をしながら彩に話し掛ける。素直にはいと答える彼女に、そっかそっかとヒビキが労った。事務所に来る前に買ってきたエナジードリンクを渡し、元気の前借りをさせる。その間、紗夜の妹・氷川日菜からギターを渡された。
「ヒビキさん、これちょっと診てくれないかな」
「んー?ああ、さっきプツプツ音切れてたな」
ドライバー、といえばすぐに大和麻弥が自前の工具箱を取り出した。はいと手渡せばその場でギターのオペにかかりだすヒビキ。その間で千聖が彩に話し掛ける。プロ意識の高い彼女だ、ヒビキの言おうとしていることを彩に伝えたが、その技術はヒビキにしかわからない。
配線を診てみれば、どうやら怪しいところはピックアップセレクターなようで、取り敢えずは接点復活剤を染み込ませたキムワイプでそれを拭いて凌いだ。キムワイプと接点復活剤はヒビキの私物で、ハンダごてなどは今日は持ってきていない。キムワイプは便利ということで個人的に大量にストックしている。
バックプレートをビス止めし、メサブギーのトリプルレクチに突っ込んでみる。一応は音切れが無くなった。しかし再発した場合のためにヒビキはSAITOをスタンドに立て掛けておく。シールドは特に問題はないようで、パガニーニのカプリースは6番をタップしたフロントのハムで軽く弾いてみた。中域が沢山出るアンプから、ハイゲインで抜けのよく、しかし重厚な音が出て来た。
「一応これでやってみてー」
「はーい」
「そんで、彩ちゃんはー。力み過ぎかな?」
唇の両端を人差し指でぐいっと持ち上げ、にっこり笑顔を作るヒビキ。目元も緩やかに、柔らかでふんわりとした笑顔は、アイドルのお手本になり得た。ふわふわピンク担当を自称する彩にとって、アイドルにも詳しいヒビキはまさに先生そのもの。板張りの床すら喜ばせるような立ち振る舞いを見習い、そして深呼吸をした。
その場で軽くジャンプをし、適度に力を抜く。ヒビキがふにゃふにゃ〜と言ったら、すぐに身体をふにゃらせた。鏡に映ったそれを見れば、自分で自分を笑ってしまう。これで更に気楽になれた。
「麻弥ちゃんイヴちゃん次よろり〜」
「はいっす、ヒビキ先輩!」
「わかりました!」
リトライ。先程よりはっきりとした声が狭いスタジオに響く。しかし、アイドル特有の丸い歌声は失われていない。プロフェッショナルな歌唱力を努力して身に着けたのだから、発揮できない訳がないんだ。そうヒビキは心で呟いた。
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パスパレの面倒を見終わった後、昼食時だからといってギター修理のついでに日菜と一緒にラーメン屋に入った。アイドルが男性とラーメン屋に入るのは活動的にはどこか危ない面もあるだろうが、問題はない。ヒビキがパスパレの先生ということは案外知られている。がっつりな量の味噌ラーメンをカウンターで二人並んで食べる。勿論ヒビキの奢りで、日菜は遠慮せずに麺を啜った。
日本人の宝物、それが味噌。味が薄くなければ全く問題ない彼女にはピッタリだろう。辛めで濃厚な北海道を意識したその一杯に舌鼓を打たずにはいられない。
「ヒビキさん、美味しいお店沢山知ってるよねー」
「でしょ?特にここは俺の中でかなり上に来るラーメン屋で、しかもあまり知られてないから混み辛いのよ」
「へえ。今度お姉ちゃんと一緒に来よっと」
「うん、そのお姉ちゃんは今来たからね」
先程ちらりと外を見た時、友希那と紗夜がこの店に向かっているのを見た。そうだ、姉の紗夜はジャンクフード好きだった。しかしなぜ友希那を連れてきたのか。練習後の昼食なら、こちらと同じだ。
「いらっしゃいませ!」
「日菜、なんで……ってヒビキさんまで。もしや」
「ごちそうしてるよ〜。やほやほ紗夜ちゃんユキちゃん」
「こんにちは」
ヒビキに会う度、友希那はいつも微笑みを見せる。毎回それを見ると紗夜は感付くのだ。この子惚れてるな、と。
二人に有無を言わさずにヒビキはお金を出してご馳走する。日菜の隣に座らせようとしたが、友希那だけヒビキの隣に自主的に来た。
「仲いいですね、4人とも」
「まあ、悪くはないですね」
「そういう含んだ言い方しないの、紗夜ちゃん。姉妹であり良きギターライバルじゃないの」
「そう考えると、紗夜のギターの腕が最近また上がったのもうなずけるわね」
友希那がさり気なく相棒を褒める。天才的な妹の才能にコンプレックスを抱いている紗夜だが、それが原動力となって練習の虫になっている。無論、がむしゃらというわけではなく、ヒビキからちょくちょくレッスンを受けていたりするのだが。
ヒビキ的には、理論的なーーそれこそスティーブ・ルカサーの様なヴァーサタイルで堅実なギターを弾くのが紗夜で、奇想天外ーーロン・サールを例としてセンスで弾くのが日菜だと思っている。どちらが悪いというものではなく、これが個性なのだ。それぞれの持ち味を活かすということがとても大事になってくる。特にバンドでは。
言うなれば、バンドはラーメン。それぞれの具材が、スープという土台に溶け込み、味を演出する。飛び抜けて上手いチャーシューだけあってもダメなのだ。
「ヒビキさん!替え玉していい?」
「日菜、少しは遠慮というものを……」
「紗夜、顔に自分もって書いてあるわよ」
カワイイ奴らだ、ヒビキは特に嫌がりもせずそれを認めた。なお、替え玉自体は2玉まで無料なのでヒビキのお財布には関係なかった。
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胃袋を満たし、商店街の江戸川楽器店に入れば、グリグリのベーシストの鵜沢リィが快く迎えてくれた。1000円弱のスイッチを買って、奥の部屋を貸してもらうと、ドリルで手早くバックパネルを開けてチャカチャカハンダ付けを行う。後ろで見ていて興味深い顔をしている氷川姉妹はやはりギタリストといった感じである。
ヤマハのTHR10にプラグインして、ボリュームノブを全開に回しGsus4を弾いた。問題なくアウトプットされ、セレクターをカチカチ弄っても音切れはなく、Deep PurpleのLazyの触りだけを1.5倍速で弾き抜いて最終確認をした。よっし、と言えば仕上げをして、机に立て掛けたギグケースにしまった。
「ほーいほい。直ったよん」
「ありがとうヒビキさん!ほんと助かるー」
「すいません、ラーメンだけじゃなくギターの修理までしていただいて……」
「大丈夫大丈夫、気にすんなって。セレクターは事務所の経費で落とすから」
「はいよー。領収書の宛名日菜ちゃんでいい?」
ヒビキさんはその辺バッチリなのだ!と少しだけドヤ顔をしながら言い放った。不思議と嫌な気持ちはしない。白いドアを開けてお店のフロアに戻れば、客として来ている沙綾とりみ。その片手には何かチラシを持っていた。
「どったのお二人さん」
「あ、ヒビキさん。これ興味あるかなーって」
沙綾にチラシを渡された。その間、知らない者同士で自己紹介をし合う。コスプレ音楽会、とかいうなんとも奇妙なお知らせであるが、そういうものが大好きなヒビキは興味をそそられた。というかその場で出演を決心した。無論沙綾はそれをわかって渡したのである。言った通りだろ?と言わんばかりにりみにアイコンタクトを送った。
「ねえ、沙綾ちゃん」
「なに?」
「裸エプロンでこれ出てもいいんかな」
ただ、そういう方向性に行き着くとは流石に予想できなかった。