BanG Dream!ーMy Soul Shouts Loud!!   作:パン粉

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 腹が減ったから。そういって高校近くのスーパーでお菓子と食材を買って調理室に入る。パスパレのメンバーもくっついてきて、お料理研究部の活動中にテーブルを一つ借りて料理しだした。OBであるヒビキを喜んで受け入れる後輩達、この部と軽音楽部の部長でもあったヒビキは人望が厚く、時々顔を見せては信者を増やしているが、今日はパスパレのほうが人気があった。

 

 夏もそろそろ終わり頃、ここらで一つ精のつく料理を食べたいとヒビキが思って、牛肉と卵、ネギを買ってきた。ネギを手早く刻む手つきは女子力の高さの現れで、イヴ曰く武士道の極み、そして彩は今の彼の格好から尚更女の子感が溢れていると思った。本物の女子が置いてけぼりになってしまっている。

 

 牛肉をスライスし、醤油ベースで下味をつけてから、炊飯器をチェックする。お釜には大量のご飯があり、千聖はまさかこの量をこの部で消費するわけでないだろう、と気づく。その通り、他の運動部の子達のためでもあるのだ。丼を用意して流しでササッと洗えば、そのご飯をよそい、熱を入れたフライパンにゴマ油を引き、そして先程の牛肉を焼き出した。

 

 同時進行でおすましを作る。白身だけ取って、鰹節から丁寧に出汁を取ったスープに白身をちょろちょろと入れてかき混ぜる。秋の訪れを感じさせるためにしいたけを入れて、肉がいい感じに焼きあがると同時にさぁっと香り付けでごまを、そしてお椀によそえば三つ葉を切ったものを浮かべる。そして、丼に盛ったご飯の上に牛肉を乗っけて、卵黄とネギを、そして他の子がおろして遺したわさびを垂らした。うっとりとした眼で見つめる日菜と彩。ヒビキは6人前のその料理をパスパレと自分のために振る舞った。

 

「完成!ヒビキ特製牛丼とおすまし!」

「ずるいずるい!ヒビキさんの女子力高ーい!」

「彩ちゃんが食べたいなら、いつでも作ってあげるよ?」

「えっ!?ホントですか!?」

「いぇーす!」

 

 パスパレのスタッフがこちらに着てから、写真を撮りながら物欲しそうにしている。レシピは渡したので、後は自分で作ってみて、とヒビキが言うがヒビキが作ったものを食べたいそうだ。ならまた今度、と言って、その間に皆が牛丼を食べたときにとろけた笑顔をしていて、アイドル的にこの顔はどうなの、とスタッフに聞く。もちろん撮るべきだ、として連写し、SNSにあげれば一瞬でリアクションが殺到する。本文どうした、と聞けばヒビキが作ったとその現物を見て納得した。そのうち料理本の出版までオファーが来そうだ、とつぶやいた。

 

「とろける黄身のまろやかさと、安物ながらも柔らかく焼かれ、醤油ベースの甘辛な牛肉のユニゾン……」

「わさびとネギが織り成す甘美なフォルテッシモ!」

「つまり、めちゃめちゃ美味しいってことね?いつから美味し○ぼになったの、日菜ちゃんと麻弥ちゃん」

「ああ〜!ヒビキさんと結婚したい!毎日このお料理食べたい!」

「彩さんの胃袋を掴んだんですね!ワタシもこのお料理大好きです!」

「アイドルって何……?」

 

 

 調理器具と食器を洗って、校舎裏でタバコを吸うヒビキに千聖が近づいた。いつぞや、誰かに行ったセリフを言っても彼女も気にしないらしい。ゴロワーズを丁度切らしていたのを忘れていて、珍しくセブンスターを口にして、その上質な甘さを堪能しながら、久々の母校の壁に寄り掛かって千聖の話を聞いた。やはり、自分よりスカートは似合っている。

 

「ヒビキさん、演技お上手ですよ。びっくりしました」

「薫ちゃんのおかげかな。真摯に教えてくれて、いい子じゃない」

「根は本当にいい子なんですよ。ただ、時々わけがわかんなくなるだけで」

「格言を丸暗記してたりな。意味誰か教えてやれよって思うわ」

 

 鼻から煙を吹き出して、ちょうど吸い終わりのタバコを灰皿に入れた。じゅっと火が消える音がし、そこに更にぐいっとヒビキに千聖が近づく。あまり接近すると変な噂が立てられるぞ、と警告するものの、その顔は微笑みを絶やさない。薄暗い空、まだパスパレは校内探索をしているらしく、戻ってこない。撮影班は職員室を借りて会議の真っ只中だ。その後も色々話して、充実した時間を過ごす。白のチュニックが千聖の上品さを露わにしているかのようだ。対するヒビキはまだセーラー服、いつ着替えるのかと言われたら気の済むまでと返した。

 

 楽器のことも、学業のことも色々聞いた。この人は信頼できるトレーナー。しかし、その一歩先にも千聖は踏み込む勇気があった。日菜は既に入っているし、彩は自分の少し先を行っている。ハーレムを形成しているがヒビキは全く意識していない。押しに弱いことはこの前のリサの話から知っていた。ちょっとだけ、自分も押してみようかなと考えてすらいた。以前に失礼なことを言っても、ヒビキはどこ吹く風のように全く気にしていなかったし、今日のこの料理で尚更惚れた。若干女の子のようなヒビキを搦手で攻めたい。グイグイイジメてみたい。いや、逆でもいいかもしれない。顔がやばいぜ、とヒビキに言われて、ハッと我に返った。

 

「君もか、ちーちゃん」

「久々にそのあだ名で呼ばれました……。薫からですか?」

「かおちゃんって呼んでたんだよね」

「薫……」

「いいじゃん、でも俺は千聖の方が優しそうで好きだよ。心も強く持ってそうで……ワルキューレみたいにね」

 

 ニコッとヒビキは言う。その無自覚な笑顔と人格でどれだけの女の子をオトしてきたのだろう。しかし千聖はそれだけではまだ陥落しない。ヒビキにグイッとやられなければ。チープな恋愛モノだと、女の子を撫でたり笑いかけたりすれば即落ち、というものが定番。しかし、これはリアルなのだ。そう簡単に落とされる訳にはいかない。

 

 でも、名前を褒められたことは初めてかもしれない。ヒビキは褒め上手なのだ。彼が声を荒らげる様子など想像し難い。二本目のタバコを吸い出そうとして、ライターを取り出した。貸してくださいと千聖は申し出て、だいぶくたびれたジッポで火をつけた。

 

「ありがとね、千聖ちゃん」

「いえ。いつものお礼です」

「そんな大したことしてないよ。千聖ちゃんの努力に比べれば、俺なんて米粒くらいしか貢献してないぜ」

「ちりつもですよ。それに私、最初はパスパレに背中向けてましたから。振り向かせてくれたの、ヒビキさんですし」

「それだけ音楽が好きって証拠でしょ。俺のおかげなんて畏れ多いわな。自分で気づいただけだでな」

 

 ――この人は、どこまで謙虚なのだろう?

驕らず、怒らず、朗らかに。確かに、蘭には厳しいことも言っているかもしれない。しかし、誰にでも聖母のようなこの性格を振りまいてはいい気分にさせてくれる。天然の女たらしなのだろう、自覚はおそらく全くない。

 

 咥えタバコのまま歩いて校舎を見上げた。少しくすんだ白の外壁、耳をすませば何やら荒い息遣いが聞こえてくる。んっ、とヒビキは眼を丸くし、頭を抱えた。そういえばここの在校生の時からそういう事をしている学生がいた。しかも、それ用に作られたとしか思えない空き教室で。何をしているんだ、と彼はつぶやき、その音に気づいた千聖も苦笑いをしてその校舎から離れた。

 

 ブラインドコーナーとなっている曲がり角、ひええと声を上げながら走ってくる彩たち。タバコを処理してそこに来た時に彩のヘッドバッドがヒビキの腹部に直撃する。その勢いのまま後ろに倒れれば、先程の声の原因と同じような体勢になった。

 

「ひ、ヒビキさん!ごめんなさい‼」

「い、いやぁ大丈夫……かな?」

「頭打ってませんよね?」

「ごめんめっちゃ痛い」

 

 少しして鼻血が出てきて、頭を抑えてイテテと言いながら立ち上がった。そのまま保健室に向かったはいいが、残念ながらヒビキは自宅のベッドで眠ることはできなかった。


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