BanG Dream!ーMy Soul Shouts Loud!!   作:パン粉

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「何やってんのさ」

「いやぁ、ははは……」

 

 入院先の病院では軽い脳震盪に打撲と右足首捻挫との診断がなされた。映画の撮影は代役として彩を立てたそうで、お見舞いに来てくれた蘭は呆れたように言った。御見舞品のりんごをヒビキが果物ナイフで皮を剥き、それを手のひらの上でカットすると迷いなくりんごを食べだす彼女。腐っても俺のお見舞いのりんごだぞ、と釘を刺すがお構いなしだ。

 

 その中に急いで来たのはRoselia。特にリサと友希那は病室に突っ込んできて、最近は引率の先生になっている紗夜が落ち着いて下さいと宥めた。大したことはない、と日菜から言われていたのでかなり落ち着き払っている。びっくりした蘭がりんごを落とすがヒビキは寸前でキャッチし、リサの口に入れた。

 

「リサちー、ユキちゃん?ここ病院だから、静かにね」

「そうですよ、お二人とも。大したことないって言ったでしょう」

「それでも心配なんだよぅ……!」

「ヒビキさん、すいません」

 

 愛され体質のヒビキはワハハと笑う。その前になぜセーラー服のままでいるのかをあこと燐子は説明してほしかった。どうせ気に入ったからだろう、とこの服を前に何度か見ていた蘭は考えた。というか、高校在学中にはチャイナドレスだったりナース服だったりを着ていたのだから、今更何を着ていても驚かない。次はウェディングドレスでも着るのではと勝手な推測をしてみる。

 

 暇だなぁ。そう言いながら、蘭がGoGから持ってきてくれたアコギを手にする。なんの後遺症もない証拠なのだろうか、いつもと変わらぬテクニックを見せつけてくれた。指弾きでも速度は変わらないし、フレーズの引き出しもたくさんある。本人は曲を弾いている意識はないみたいで、暇つぶしにポロポロと弾いているようであるが、コード進行に則ってスケールを選択しているのでいかにも曲のように思える。やっぱりいつものヒビ兄だ、とあこは最初から全く心配していないように言った。

 

「ま、ここで俺が降りたからさ。パスパレの名前がまた売れるってことでいいんじゃねぇの?」

「丸山さんにフォロー入れときなよ。ヒビ兄のことめっちゃ心配してたらしいし」

「あれは高校の作りが悪いんだよ。ミラーつけとけって何年も投書があったのに未だにつけてないとか、ダメだろ」

「なんにせよ、丸山さんに頑張ってもらうしかないわね」

 

 

「カット!いいねー!彩ちゃん、素敵な演技だよ!」

 

 素質は充分、そして実演も全く問題ないとのことで、監督は彩にご満悦であった。ヒビキから全然大丈夫だよとメッセージを送られてはなぜかその言葉を鵜呑みにして、演技に集中できていた。ここはある意味、自分の株の上げどころである。今気張れば、と彩の決意は強く、千聖がそれを見ていつもの彩だと安心した。

 

 その日の収録で4割は終わったらしい。かなり短めな短編映画なのだな、と千聖は勘付く。15時頃での上がり、そこでヒビキが顔を見せてスタッフに頭を下げだした。怪我の容態などは心配されつつも、普通に歩いているように見えるし、頭の包帯もただ冷やしているだけらしい。千聖と彩にヒビキが近寄れば、それまで抑えていた感情が崩壊したのか、ヒビキに抱きついて泣きじゃくる彩がいた。取り敢えず落ち着きを持とうな、とヒビキはいうと、彼女を優しく抱き締める。

 

「これであそこにミラー付くだろ。やっと要望通るな」

「確かに、見通し悪かったですね」

「よかった……ほんとう、ごめんなさい!」

「大丈夫だって。彩ちゃん、ほら笑顔」

 

 彩の視線に合わせるべくしゃがんで、ヒビキは自分の口角を釣り上げながら、彩の口の端を人差し指でくいっと押し上げた。アイドルは笑顔が大事、そう教わったのは研究生時代。それを忘れちゃダメだろ、と改めて心に刻みこんでくれる彼の真摯な対応は彩の壊れかけた心を治すのに最良の特効薬となった。白のTシャツの大半が涙でびしょびしょに濡れても気にせず、子供をあやすように彩を撫でる。笑顔を取り戻した彼女にヒビキはニッコリと笑って見せた。

 

 まるで保父さんだ。千聖の見解はそうだった。黒のダメージジーンズを穿いたワイルド感のある。パスパレのマネージャーがヒビキにお詫びの品を渡すも受け取らない。怒っているのか、許さないのか。そこで迷うマネージャーであったが、ヒビキはそういうことをする人間ではないのは彼女らには分かっていた。優し過ぎて、他の人のことばかりを考えるからこそ、そのような気遣いが出来る。

 

「事故ですし、誰も悪くないですから。(わたくし)は大丈夫ですよ」

「そんな……」

「大切な弟子に怪我一つなくてよかったです。それだけ聞ければ、もう充分ですよ。あとで事務所さんにも行くので、よろしくお願いしますね」

 

 彩の過失もこうやってうやむやにする。大人としての誠実な対応も欠かさない。決める時は決める、そんな彼がパスパレの皆は好きになっていた。

 

 そして、皆で事務所に戻って、ヒビキはまず社長に挨拶をする。先程のことを話してから、社長に頭を下げられてもそれを制し、レッスンを優先させようとのことでスタジオに入る。やる気はみなぎっていて、心配の声をかけられても二つ返事で大丈夫だと答えた。そしてそのままバンドレッスンへ移行し、いつもと変わらぬ――もしかしたら、より鋭敏に――指導を披露した。

 

 

 自宅に帰れば待っていたのは蘭であった。家に上げれば、包帯を変えてくれるとのことでお願いする。腫れも引いて、ガーゼもあまり汚れていない。髪を刈り上げた形跡もないし、特に必要ないのでは、と蘭が言うとヒビキはそのままでいいよと判断した。ソファで隣り合って座れば、腕を組んで蘭はヒビキに説教をしだす。

 

「全く……。女の子に心配かけさせて」

「あれ、お前も心配してくれたの」

「ま、少しはね。でも大変だったんだから。ひまりはガチ泣きしてたし、モカも珍しくあたふた、ツグは御見舞行かなきゃってツグってたし、巴はあこと一緒に行くって言ってた」

「やべぇ……。あとで電話入れなきゃ」

「ここに呼ぼうか?」

「頼める?」

 

 うん、と蘭は了解してメッセージを一斉送信した。カチッとその隣でセブンスターに火をつけて吸い出すと同時、空気清浄機をフル稼働させて臭い取りをしだす。その様子を写真に撮って送れば、皆が安心したようなメッセージを送り出した。とにかくあこと燐子の落ち着き様は皆見習ってほしい。ヒビキの願いは届くことはあるのだろうか。「どうせ頭打ったくらいだから、たんこぶで済んでるよ」と巴はあこに言われていたらしい。そうでもなかったのが現実だが。

 

 すぐにアフロが集結してはひまりとモカに抱きつかれた。腐っても病人だぞ、と巴が釘をさすが、この男は腐らないだろう。つぐみがお見舞いの品でコーヒー豆を持ってきてくれて、ありがとうと返す。フカフカのソファに皆が座って、灰皿に吸い殻を置けば、ヒビキはあくびをしだす。いつもと変わらないじゃん、そうひまりは言った。

 

「大した怪我じゃないって言ったわいな」

「軽い脳震盪と頭部打撲に少しの切り傷、それと右足首の捻挫。たんこぶと捻挫で済んでるから」

「あたしの涙を返して!」

「えー……。いや、嬉しかったよ。愛されてるのわかったし」

「ひーちゃんとモカちゃんはヒビキさんにぞっこんですからなぁ。らびゅらびゅですよ」

「そういうモカもそわそわしてたらしいね。ありがとありがと」

 

 そんな中に突入してくるのがリサに友希那、そして日菜と彩に千聖、ポピパ。どんどん話が広がってきていないか、誰の所為だ。と推理しなくともわかる。隣の生意気な妹分だ。しまいにはハロハピが来て、この部屋には入り切らないだろ、と言わんばかりの大人数が集結してしまう。

 

 具合はどうか、お腹は減っていないか、トイレは大丈夫か、などを気にされた。介護を受けている老人ではないのだから、そこまで気にされる必要はない。歩くのは確かに辛くとも、歩けないわけではないし、一応松葉杖も借りている。他の住人に迷惑にならないか、それだけが心配になってしまう。

 

「何やってんだ、蘭……!」

「大人数いたほうが楽しいでしょ。しかも全員女の子、ヤりたい放だ――」

「お前それ以上口開くな」

 

 両手で彼女の口を塞いだ。放っておくと暴走特急となりかねない。皆落ち着いてくれ、ヒビキの願いは届くのか。ここはパーティ会場ではない。察したこころは、皆を自分の家へ連れて行くことに決めた。


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