BanG Dream!ーMy Soul Shouts Loud!!   作:パン粉

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 フリフリの付いたエプロンを買って帰宅したヒビキは、上機嫌でそれを広げた。かなり大きなパッドも手に入れ、これでコスプレは完璧だと確信する。化粧品だって既に持っているのだから、あとは行動するだけ。

 

 それを見ながら付いてきた友希那は少しだけ呆れた顔をした。一応バンドの曲の打ち合わせにも来たので、それは忘れてはいないからいいのだが。

 

 基本、ギターとボーカル以外は全て打ち込みでやっている。セットリストを決めるのに一番時間がかかるが、そのときが一番楽しい。遠足前日の準備とデジャヴするのは不思議とは思えないくらいだ。社長椅子に座らせた友希那に麦茶を出して、音源を次々と流していく。

 

「そういえば、ロゼリアの曲ってやったことないわね……」

「ん?やる?Black Shoutならバッキングトラックあるよ」

 

 大分前に自分なりにアレンジしたロゼリアの曲を再生し出した。ヒビキの趣味なのか、更に重くなった音色。7弦ギターによるリフのお陰で、Djentyな曲調になっている。ドラムもツーバスが積極的に打たれて、あこが聞いたらこういう風に叩き出すだろう。

 

「これは……いいわね」

「んで、ギターソロが」

 

 CaparisonのHorusを取り、ネオクラシカルなフレーズの連発を実演した。ホールトーンスケールのスキッピングフレーズから、マイナーのスウィープアルペジオに転結した。これは、修練の技だろう。

 

 今のように、ミスなく音の粒立ちを壊すこともなく弾きこなすヒビキの腕を買うのは当然のことだ。しかも大分低い位置――股間辺りまで下げて、立っても弾くのだから。ライブサポートにだってお呼ばれするわけだ。

 

 そこで鳴るのはインターホン。待ってて、と言って玄関に行けば、メッシュの女の子が居た。こんにちは、と挨拶されて、彼女を家に上げる。

 

「まーた親御さんと喧嘩か?」

「まあね。あれ、先客がいたの?」

「初対面ね。湊友希那、ヒビキさんとバンドを組んでるの。よろしく」

「美竹蘭。ヒビキとは親ぐるみの付き合い」

 

 ヒビキ、と呼び捨てする彼女。友希那は蘭を見て、何かオーラを感じた。音楽を愛するオーラが。そして、音楽を楽しむオーラが。

 

 ギター貸して、と言われたヒビキは白のレスポールカスタムを差し出した。足の長い椅子に座り、勝手にインターフェイスにプラグを差して、ちょうど切り替わった曲――オジー・オズボーンの"I don't know"を弾き始める。

 

 友希那にはわかる。荒削りであるが、パワーとエモーションを思い切りぶつけてくる蘭のギターの凄さが。何かの抑制を取り払ったかのようにレスポールをかき鳴らしている。そしていつの間にか、フジゲンの5弦ベースを手にして、4フィンガーで弾いているヒビキ達に便乗し、友希那も歌いだした。

 

 初対面であるのに、技術はまだまだ未熟なのに、不思議と出てくるグルーヴ感。蘭も薄く笑んでおり、女の子の力にしては大分揺れているビブラートがソロを印象付けた。

 

 やるわね、そう思って蘭を気に入る友希那。音楽を通じて友達できるね、とニヤニヤするヒビキを他所に、蘭も歌い始める。彼女が組んでいるバンド"Afterglow"では、ボーカルも担当しているのだから、当然といえば当然だ。

 

 一曲演り終わった後に、懐かしいなぁと蘭が言った。事情を知らないのは友希那だけだ。それも当然ではある。なにせヒビキが13歳の時、7年も前のことの思い出だからだ。

 

「初めて人前で演奏した曲だわな。テンポもズレズレ、でもパワーだけはいっちょ前でさ」

「8歳の私でも、下手くそだなってわかったからね」

「かなり古い付き合いなのね、妬けちゃうわ」

「こいつんち華道の名家なのよ。そこにうちのオフクロが通ってて、時々俺もそっちに行ってさ」

「勉強するか音楽の話ばっかりしてたね」

 

 友希那は、蘭と彼女の親との喧嘩の意味がわかった。音楽性の違いならぬ、価値観の違い。それに反抗し、自分の心に従って音楽を続ける。それに関してヒビキとつるむのはベストな行動なのかもしれない。

 

 ヒビキのスマホに着信が入る。蘭の父親からだ。意外にも彼らは繋がっていて、しかし蘭を匿うことには長けている。ここには来ていないと言ってから、飲みに行かないか、とかそんな話をしたあとに通話を切り、絨毯に直にあぐらをかいて座った。

 

「過保護やねぇ〜。うちの両親よりマシだけど」

「あんたのとこは放任しすぎだから。面倒見も勿論いいけど」

「あの……。ヒビキさん?嘘ついて大丈夫なんですか?」

「ユキちゃん。世の中には、嘘であったほうが良い事もあるのよ」

 

 急にオネエ口調で話すヒビキ。いつもおちゃらけた様な性格なのだが、不思議と嫌いになれない。そこもまた魅力で、ふふっと友希那が微笑む。恋だな、とすぐさま蘭が気付いた。自分もヒビキが嫌いなわけではないが、惚れさせた原因は何なのか。コスプレ大好きでセクハラも厭わない男だぞ、と思ったが、掛けてあるフリフリエプロンと豊胸パッドを見て、もう手遅れだと嘆いた。

 

 事実は小説より奇なり。彼の周りは天変地異が常に起こっているようだ。ヒビキが絨毯から窓際のソファへ移動し、カーテンを少ししゃあっと開ければ、役者がだんだん集まってきていることに気付いた。

 

「午後からロゼリアの練習ってあった?」

「いえ。無いですけど」

「リサちーとあこが来たぞ」

 

 

 3分後には、ヒビキの城は満員御礼札止めとなりつつあった。電ドラにどっしり構えた小柄のあこは、一心不乱にツーバスを踏んでいる。BPM240でのブラストビートはヒビキ直伝で、ロゼリアでは滅多に顔を出さない超絶技巧はリサも友希那も驚くほどだった。勿論、これはあこの姉でありAfterglowのドラマーの巴にも出来るそうで、自分なりのアレンジとしては、スネアを大口径の深胴にしてチューニングをローピッチにしつつも、かなり厚いヘッドを張る。そうすることでバズーカの様なタイコが出来上がるらしい。

 

「これに回転土台つけたい!」

「今度はSlipknotかMOTLEY CRUEでも見たか?アレやるのすげえ金かかるんだで?3000万とか」

「元気ね……」

「まあ、それがあこだから」

 

 ズガズガとトリガーエフェクトも使って鳴らしまくる。無尽蔵のスタミナこそあこの長所だ。幼馴染の蘭はそれをよく知っている。

 

 勿論、友希那の幼馴染のリサも、友希那のことはよく知っているのだ。ヒビキのことになると"オンナの顔"になる、と。しかし音楽的な憧れもあるのだろう。リサも技術指導を受けているのでそれはよくわかる。

 

 優しく真摯に根気よく。まるで予備校講師のようなキャッチフレーズがヒビキにとてもマッチングしている。どこかの話によれば、塾講や家庭教師もやっているらしいので、そこで培っているのだろう。

 

「ヒビ兄の人気は衰え知らずだからね。早くしないと私が盗っちゃうかもよ?」

「っ!?何を言ってるの?」

「わかりやすいなー、友希那は」

「うん、わかりやすい」

 

 蘭も一緒になってからかいに来た。勿論ヒビキは気付いているが、恋愛よりもコスプレと音楽だ!という具合に目を向けない。どこか常人とズレっぱなしの彼、フローリングは冷たくそれを見届ける。

 

 スリッパがペタペタと床にツッコミを入れだした。止まったあこにヒビキは上から仮面をかぶせる。厨二病患者の彼女には嬉しいデザインのマスクは、見晴らしは抜群によく、しかし鬼のような角を生やしていて、見てくれがとてつもなく怖い。そしてヒビキもマスクを着けた。デフォルメされた猫の仮面は、友希那の猫好きにどストライクで。あっ、とリサと蘭が友希那の眼の変化に気付いた。

 

「お前もマタタビまみれにしてやろうか!」

「ヒビ兄、それゴロ悪〜い!やっぱ蝋人形でしょ?」

「美竹さん、ヒビキさんって昔からあんななの?」

「うん。昔っから、奇行に走りまくってた」


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