BanG Dream!ーMy Soul Shouts Loud!!   作:パン粉

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「えー、なんでアタシを誘ってくれなかったんだよぉ!」

「ギャップ狙いって言ってたよ?だからパスパレの千聖さんを誘ったとか……リサ姉そこまでなの?」

「そこまでなの!」

 

 ダンス部の練習中に巴から聞いたことをリサに話せば、とたんにむくれ面になった。あこはこんなリサを見たことがなく、どれだけヒビキが好きなのだろうと少し微笑ましく思えた。生命短しなんとやら、とはこの事だろう。青春を恋に燃やすのは学園ドラマみたいで面白くもある。

 

 天然たらしなんだよなぁ、とリサはヒビキの陰口を叩いた。最近になっていきなりモテ始めて、誰かに取られたらどうしようかと危惧感を覚えている。しかし、それよりも友希那のアプローチが少ないのは心配だ。話もほとんど聞かない。個人練習にはいつも付き合っているらしいし、そこで一体何をしている事やら、と邪推をするものの、そんなことは付き合うまでは絶対にしないと宣言していた。あの子は意思の強い子だ、と休憩を終え、タオルで汗を拭き取ってから一曲を通しだす。

 

 その一方で、ヒビキはやまぶきベーカリーのレジに立っていた。オフの日はなるべくここを手伝うようにしていて、厨房でパンを焼きつつ、トリオ山吹の面倒を見ていたりする。彼女の父親が厨房の掃除をしていて、有咲の家から沙綾が帰ってくるのをそこで立って待っていた。

 

「兄ちゃん、ここ教えてー」

「算数?おっけー、ヒビキ先生に任せなさい!ここはー」

 

 片手間で純の宿題を教え、ちょこちょこと頭の回転が良くなるスパイスをふりかけてやった。沙南もよってきて、国語の音読を聞いてやったりもしたり、最近の小学生らしく英語の勉強を教えたりもしている。捨てるレシートの裏にライブのセットリストを書きながら。

 

 最近はちびっ子たちも手伝いをするようになって、踏み台を買ってきてパンを陳列したり、袋詰したりと大活躍。ヒビキの声が効いたのだろうか、と父親がニコニコしながら厨房から出てくる。謙遜して、沙綾ちゃんのおかげだと子供達全員を褒めている中、沙綾が帰ってきた。

 

「おかえり」

「ヒビキさん!ただいま、今日もありがとうございます」

「いいのいいの。最近はウチの両親も来れてないみたいだし」

「お店の方がかなり繁盛してるらしいですよ?」

「聞いた。それで俺もヘルプ結構頼まれてるけど、バイト増やせってんだよなぁ」

 

 自分の身内には少しキツめの評価だ。蘭に対しても少し厳しいところはある。それが愛情の裏返しなのは言うまでもないだろう。

 

 そろそろ六角家が手伝いに来てくれてからかなり経つ。母親もすっかり元気になって、ヒビキにいつもありがとうと言って迎えてくれていた。父親からも、ヒビキを婿として迎えられたらどれほど嬉しいことか、と切実な願いをつぶやかれたこともある。彼と会った時、沙綾はヒビキだけでなく巴達にも感謝していた。

 

 

 まだ沙綾は中学生で、自分のバンド活動を恨んだときがあった。それが、母親の倒れたときである。ファーストライブ当日ではあったものの、今まで自分が好き勝手していたと戒め、スティックを麺棒に、衣装をエプロンへと変えた日である。その異変を見たモカがどうにか出来ないかな、と学校で巴や蘭達と話していた時に、ヒビキならと期待を持って彼の家に押しかけていた。

 

 まだ実家に暮らしていたときである。12畳の一人部屋としてはかなり大きめな部屋ではあるが、巴達が来たいと言ったときにすぐ家に入れた。既に大学生であったものの、壁には当時スポンサードを受けていたメーカーのギターを立て掛けていたり、ど派手なバンドのポスターやら参考書などがぎっちり詰まった本棚に囲まれ、それでも整理整頓はかなりされていた。コーラを出して、ベッドに腰掛けて話を聞く。

 

「相談があって」

「なにさね?」

「助けてあげてほしい子がいるんです。山吹沙綾、って子なんですけど」

「あー、商店街のパン屋の子。あの子がどうした?」

 

 興味をがっちり掴んだのか、ヒビキは身体を前に倒して聞いてきた。次第に真剣な目付きになってきては、ふむ、と腕を組む。元々彼はお人好しで、人が困っていたら真っ先に手を差し伸べる男だ。それどころか、そのまま自分がやり尽くしてしまう時もある。

 

 彼が立ち上がって、部屋の窓を開ける。外の空気を吸ってから、ヒビキはスマホを操作しだし、電話を掛け出した。

 

「もしもし。――そう、俺。悪いね、その仕事無しにしてくれ。大事なことがあるから。おう。すまんな、じゃ」

「ヒビキ、いいの?」

「寧ろ、なんで早く俺に言わなかったのよ。そういうのは任せろって言ってるだろ、蘭?」

「あ、ありがとう!ヒビ兄、本当に……」

「ただ。お前らも手伝えよ?友達なら助けてやれな。――親父達にも(はなし)してくる」

 

 そうしてすぐ両親の協力も得られた。巴達が来て何かと思っていたらそのことか、と。体力バカのワーカーホリック二人は、店はバイトに任せて時々そちらに行くという話もして。電話番号をモカから聞いては、Six Steakの六角ヒビキだ、と電話をし、状況確認と協力の話もしてはやまぶきベーカリーへ向かう。直接話をしては、店番とパンは任せろ、と胸を張って沙綾の父親に言う。本当にこんなので大丈夫か、とヒビキを疑うものの、それは翌朝に解消されていた。

 

 店の仕込みをしなくてはと眠い眼を擦って降りてくる沙綾、その厨房の中には、見知らぬ青髪の男がせっせと働いていて。

 

「おはよう、沙綾ちゃん」

「だ、誰!?」

「六角ヒビキ。君のヒーローさ」

 

 

 過去の記憶に浸りながら、ヒビキの働く姿を見てはにやけてしまう。最初こそあまり信用していなかったものの、今となっては既に骨抜きにされていた。誰よりもせっせと働き、客からの印象もすこぶる良い。奥様方とのお話も上手で、世渡りのレベルが違うんだなと思い知った。

 

 店を閉めてから、今度は沙綾の勉強を見る。ヒビキを自分の部屋に入れるのに抵抗はなく、丁寧な教授法と明快なアプローチは沙綾に一種の知的快感を覚えさせる。スパスパと鋭く問題や疑問を解決していっては、アフターフォローも忘れない。終わりにはお疲れ様と声もかけて。

 

「今日もありがとうございました」

「はは、水臭いな。気にしないでええんやで?」

「いえいえ。私的にはヒビキさんと一緒にいる時間も楽しいので。泊まっていってもらいたいぐらいですよ」

「泊まっていいなら泊まるよ?ちびっこブラザーズとかのお世話もしてあげたいし」

 

 沙綾が言っているのはそういうことではない。その顔は確実にごまかした表情である。ぺろっと舌を出しおどけてみせれば、ヘルメットを持って席を立つ。やはり、帰ってしまうのだ。

 

 ――帰したくないなー。

 

 なるべくここにいてほしい。それがダメなら、こちらから行きたい。たまには有咲みたく甘えてみたっていいよね、と思うと、身体が先走ってヒビキに抱きついてしまっていた。

 

 

「ん?」

「あ、その……」

「ふふふっ……。そうだよね、甘えたい時もあるよね」

 

 気持ちを読まれていた。振り返ってくれては、ヒビキは優しく沙綾のことを抱き締める。頭を撫でて、よしよしと声を掛けてやった。彼女が妹たちにそうするように。

 

 このあたたかな感覚は何だろう。母にも似た、心を穏やかにする感覚。自然に顔が緩んで、目尻がじわじわと下がり、ニコニコと笑顔になった。いつもより子供っぽいその顔をして、ヒビキを見るとまた抱きつく。

 

「今だけ、ヒビ兄って呼んでいいですか?」

「いつでもどうぞ?」

 

 

 Roseliaのリハスタの練習中、リサはビビッと何かを感じ取った。それは友希那も同じで、違和感を感じた他の三人はまたヒビキかと察して手を止める。そんなに惚れたのなら首輪でもつけておいたらいい。そう思って言えば……と考えたが、なぜかこの二人はしでかしそうに見えた。愛もここまで強くなってしまうと狂気が入り交じる、それを身を持って体感した。

 

 ヒビ兄って呼ばせたな?とリサがつぶやいた。友希那は誰かが抱き付いているとオカルトじみた思考をする。それを聞いたあこは、いつもなら厨二ングリッシュで答えるのだが、今日はそれすら危ない気がして、やめた。

 

「パンの臭い……!」

「さーやちゃんか!」

「山吹さんは許してあげてください……」

「紗夜さぁん……」

「触れちゃいけません、宇田川さん」

 

 ロゼリアの保護者は確かリサではなかったか。ツッコミが一人は流石に荷が重い。それに、最近は友希那もかなりぽんこつである。苦労人としての辛みを実感して、紗夜は肩をがっくり落としながらギターを置いた。


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