BanG Dream!ーMy Soul Shouts Loud!!   作:パン粉

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「ええ、Gravity Masterに出ますですハイ」

「ヒビ兄、ちゃんとアタシ達には話通してよね」

 

 ガルパの前日、GoGの中で正座させられているヒビキは、皆から取り囲まれて説教を受けていた。アメリカ遠征を黙っていたことについては大抵がお冠で、わざわざまりなまでもが顔を出してきてくれた。

 

 特に友希那とリサは厳しかった。余程彼と離れるのが嫌なのだろうとあこと燐子は察する。紗夜は事前にそのイベントのサイトを見て知っていたが、特段話す事もないし大事でもない。早く映像媒体が出回ってほしいと待ちきれないのが現実。しかもヒビキはそのヘッドライナーまで務めるそうで、尚更期待が高まる。

 

 次点で怒っているのはゆり。全く、と腰に手を当ててぷんすかしている。なんでこんなに怒られているのだろうかとヒビキは疑問に思い、同情してくれているのは麻弥や巴につぐみ、美咲くらいだ。隠し事をしていたことに怒っているということはわかる。しかし、実はヒビキは大分前に話を通してはいたのだった。

 

 

「絶対ナンパなんてするなよ!」

「有咲ちゃん、酷くね?」

 

 ナンパというよりかはタラシだろう。無自覚天然タラシが同じバンドにいるくせに、と思いながらも彼女に対して何も言わない。わかったよ、と微笑みながら、機材の整理をし始めた。GoGに集まった理由は本当はこれなのだ。

 

 フライトケースに色々なギターをしまう。ほしみちゃん、クロちゃん、Suhr、Caparison……。これらは明日は使わない。予定としてはMayonesとKG-PRIME RASTAだ。FX類も整理して、明日に使うペダルはもうボードに組み込んである。彼にしては中々多い量で、RMCのワウにProvidenceのオーバードライブ、そしてアンプのループからスイッチャーへと跳び、ディレイ、コーラス、フェイザー、フランジャーへと分岐する。あまりごちゃごちゃするのは嫌いだと言っていたヒビキのメインのセッティングは、ワウとオーバードライブ、コーラスくらいだ。

 

「大掛かりね?」

「まーね。こんくらいあれば充分でしょ」

「好きなものだけを好きな時に使う、ってことなら納得ね!」

「そういうこと。よくわかってもらえて嬉しいよ、こころちゃん」

 

 使う機材を全て整えた。りみのギターは香澄のWolfgangを借りるらしい。あのスクワイアよりは全然マシだ。とかいうヒビキは当日あのてんこもりのジャガーを使うのだが。

 

 

 その後、実家に久々に戻って仕事を手伝っている最中、どうやって知ったのだろうか、たえと有咲が入店してきた。二名様ー、とわざとらしくいうものの、二人は仕事だから仕方ないと割り切った。

 

 カウンター席がいいという希望でそこに案内する。ちょうど人が居なくなってくる時間で、ステーキハウスと言っても普通にデザート系のみを注文する客もいる。その二人も例に及ばず、パフェを注文してきた。

 

 せっせとチョコパフェとストロベリーパフェを作る。上からノンアルコールカクテルをシロップとしてかけ、甘いシリアルにチョコアイスとポッキー、板チョコなどをトッピング。ストロベリーパフェに至ってはさらにブルーベリーまで載せている。圧倒的にデブ活専用スイーツであり、お待ちと言って目の前で作っていた料理を差し出した。

 

「手際いいですね、やっぱり」

「でしょ?ま、ガキん頃からやってるから」

「お父さんの背中で肉焼いてる音聞いてた、って」

「マジだよ。この店が出来て少しした後に俺が産まれてさ、親父が子守得意だったから」

 

 昔の話を端で聞いていて、彼の父が出てきた。厨房はオープンキッチンになっているのだが、気になったのか奥のガス場からのそのそとやってくる。そんなことしてたなぁと笑いながら。そして母がそろそろ代わるかとやってきた。何回か見ている顔なのに、美魔女というくらいの美貌に二人は驚く。

 

 可愛い女の子達と仲良くしちゃって、と茶化す母を尻目にヒビキはそこから抜けようとし、扉を開けた。その隙間から毛玉のような物体がヒビキに飛びかかる。それを受け止めれば、二人がそれは白いネコだとわかった。

 

「いきなり抱きついてくんなよマルちゃん、犬じゃないんだから」

「その子、本当に猫ですか?」

「わかんないんだよねー。ヒビキに着いてきてから15年くらい経つけど未だにこんなに元気で……」

「そのうち尻尾が分かれるんじゃ……」

 

 頭にマルが乗り、彼はたえと有咲を見る。ひらひらと肉球を見せるように足を振った。本当に猫なのか、とさらに疑わしくなる。新たなライバル出現か、とも思いきや、ヒビキがフロアの方に出れば二人に近寄っててしてしと肩を叩いてきた。まるで恋路を応援するかのように。余程賢いんだな、と有咲が呟けば、謙遜せずに頷く辺り本当に頭がいい。

 

 彼の賢さを確認してみよう。たえが1たす2は、と聞いてみた。するとごろっと寝転がり、器用に尻尾を曲げて3を身体で表した。それじゃまだまだ甘い、と事務所からインクと紙、そして雑巾を持ってヒビキはマルを呼ぶ。ボールペンで“lim[ε→∞]∫[-ε≦x≦ε]exp❨-ax^2❩dx="とガウス積分を出題すれば、自ら肉球をインクに押し付けて、絶妙な力加減で√(π/a)と書いてみせた。

 

「天才なの?」

「にゃあ」

「自分で肯定さえするのか……」

 

 ひゅいっと口笛をヒビキが吹けば、すぐにそちらに行った。そうして彼の背中が遠くなり、両親との会話になる。

 

 いつもありがとね、とヒビキの母が言う。ベストにワイシャツと、バーテンダーの典型的な服装。それに加えてかなりスタイルがよく、身長も170後半、締まる所は締り、出る所は出ている。そして顔も自分たちより少し大人びたくらいにしか見えない。

 

 シェイカーを一度握れば、ソフトドリンクを彼女らのために作ってやる。ライチの香りがたちこめる、美しい水色の液体をグラスに注ぎ、ミントを添えて差し出した。タダでいいよ、と一言添えて。清涼感溢れる、ライチの甘さが感じられる味。口の中はトロピカル気分に、そしてパフェのスプーンが進み出す。

 

「いい飲みっぷりだねぇ、嬉しくなっちゃうな」

「美味しいものを目の前にすると、自制が効かなくなるんで……」

「良いことだよ、うん。それと同じく恋愛にも自制心無くしちゃえばいいのに。ねぇアンタ?」

「そうだな。でもギリギリの超えちゃいけないラインを考えてな」

「だってさ、おたえ」

「有咲のほうが最近やばい気がするけど?」

「最近の子は進んでるんだねぇ」

 

 くすくすとヒビキの母が笑う。自分の息子が人気ということは父も鼻が高くなり、それでいてあいつの嫁さんどうするかなとわざと言ってみれば、有咲はそれにすぐ食いつきアピールした。この前もGoGに来ていたので、この二人どころか皆のことを知っている。たえがいつもヒビキを支えてくれているということは知っていたし、それは詩船においてもそうだ。

 

 ヒビキの所から戻ってきてごろりとそこに寝転がるマルは、うさぎの匂いを感じ取った。たえからそれがすることがわかれば、なるほどという風に彼女を見た。対して有咲からは木の匂い。ガーデニングか、もしくは盆栽か。どちらにせよ恋愛は前途多難、しかし激情型の恋愛をすることはわかる。うさぎは万年発情期、盆栽は静と動のメリハリ。趣味は人を表す。ヒビキの前途多難はまだまだ続きそうだ。

 

「ヒビキにもやっと、恋愛をする時期が来たんだなぁってさ」

「してなかったんですか?」

「勉強かギターしかしてなかったからさ。コスプレすると女の子がそのスタイルとかに憧れて弟子入り、くらいしかないし」

 

 女友達は沢山居たということは既に耳にしているが、本当に進展がなかったとは思わなんだ。生真面目であるからこそなのだろう、そして禁欲的な感覚もある。

 

 ロックの道は進めども、恋の道は五十歩百歩だ。まだまだ誰も、ヒビキとの距離は縮まっていない。

 

 

「よし、パスポートもある」

 

 実家に戻った理由はこれであった。パスポートと大事なピックを実家に置いたままで、これを忘れては外には行けないとヒビキは決めていた。

 

 本鼈甲のホームベース型のピックは、ヒビキがここぞという時にしか使わないもの。それとは別に、ペンダントとなっているセルロイドのピックを首から下げた。お守りとして下げているそれは、昔アメリカに行った時に貰った、小さな女の子からのプレゼント。大事にしまっていたそれは、金や名誉よりも大切な宝物。その子はもう、この世界にはいない。

 

「3年、か……」

 

 人を笑顔にする。"ハロー、ハッピーワールド"の活動概念に納得出来たのは、この出来事があったからだった。干されてからも、自分の曲で心を動かされた人は沢山居た。少女はその一人。今回の遠征も、追悼の意味さえ込めていた。

 

 5歳で逝ってしまった小さな生命。当時19歳のヒビキには未だに心で燃え続けている。眼の前で演奏し終わった時に、安らかな微笑みを浮かべて逝ったあの灯火は、消すことなど絶対にできない。

 

 秋の夕暮れ、日が沈みかけ、茜色から闇へと染まりだす。二人を送っていきなさいと部屋に入ってきたマルに言われ、三人と一匹で街を歩きだした。

 

「あれ?そのペンダント」

「ピックですか?」

「うん。俺の大事な人から貰った、一番の宝物。アメリカに行く時のお守りに持って行くつもりだったから」

 

 内容は知らない二人には、その人物がかなり気になった。恋人の気配、と有咲が少し嫌気に思うも、マルは少し呆れてにゃあと唸った。


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