BanG Dream!ーMy Soul Shouts Loud!! 作:パン粉
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夕暮れになり、ヒビキの城からだんだんと人影を消していく中リサだけが残っており、壁に立て掛けてあったSpectorのベースを握って練習を続けていた。リズムマシンに合わせ指弾きで速いパッセージの特訓をしていて、ヒビキもそれに付き合っている。5弦のSugiでお手本を見せながら、ドライブを薄く掛けた音でリサのリピート。もともと楽器歴がなかったのによくぞここまで弾きこなせるようになったもんだ、と感心していた。
3フィンガーも最近安定しているし、ピックでのパーカッシブなアクセントの付け方も上達している。今はレイキングと呼ばれるテクを習得中で、それの練習曲をヒビキが作ってリサにやらせていた。
「うーん、8小節目が難しいなぁ」
「3連符スタッカートね。ミューティングを織り交ぜたレイキングだから、慎重にならざるを得ないわいなぁ」
リサだけでなく他のベーシストでも難しいところだ。千聖にはまず無理だろう。お手本は左手でうまくミュートしており、それだけでなく右手の腹の部分でも音を切っている。ピックだったらなんてことはないスウィープである。BbマイナーからFメジャーへのトライアドだから、と言ってまずはコード進行とそれに付随するダイアトニックを覚えることを勧めた。
音楽理論と共に楽器を練習する方が見地が広がる。そう考える者が多数で、ヒビキもそれに賛同する一人だ。だから、ホワイトボードを常に出し、リサの脳内細胞の一つ一つに焼き付ける様に丁寧かつしつこく教えている。面倒見の良さは抜群で、その点はリサだけでなく沙綾も影響を受けているのかもしれない。
「自前のやつだったら、アレネック細いからやりやすいかもなぁ」
「それは思った。スペクターはちょっと太くて、女の子にはキツい!」
「太くてカタい、黒光りした」
「ハードメイプルにエボニー指板?」
下ネタを言ったつもりが、全く通じていない。外見も言動もギャルなのに中身はピュアということか。しかも段々とベースオタクになってきている。ベースの素材と弦についての知識は最早それで、マイナーなリグナムバイタという素材をボディに使うベースが欲しいらしい。女の子にはかなり重い素材だと思われるが、そこはダンス部だ。踊れば体力も付くし筋肉も強くなる。中高ともにお料理研究部だったヒビキとは大違いだ。
そろそろおしまいにして、と切り上げるリサ。家まで送るよ、と自転車の鍵と家の鍵を両方持って外に出た。荷台にリサを載せて今井家までひと漕ぎ。電動アシストママチャリはとても楽に漕げ、すぐに今井家についた。勿論、友希那の出迎え付きで。
んじゃ、と夕陽に消えるヒビキの背中を見て、羨ましそうな顔をする。友希那はこういうところは顔に出やすい、と知っていて、からかいたくなる。
「ほんとに取っちゃうぞ〜?」
「認めないわ、そんなこと」
顔はいつもより赤く照れている。ポーカーフェイスもすぐに崩れ去るものだ。にしし、とリサが悪戯っぽく笑った。
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「今から来い?なんでまた」
『人手が足りないのと、バンドに欠員が出たから。今回はギターだ。よろしく頼むよ』
詩船からの電話によるヘルプを聞くと、まずマンションに向かってペダルボードとギターを取りに行った。そしてSPACEに行き現場入りする。ガタっとモノを楽屋に置いて、ハコの中に入った。まだ客の入りはなく、やっとリハが終わったようで、PA卓の詩船に話し掛けた。
「どうした今日は。バッくれか?」
「体調不良で休んでる。マイキングはあの娘たちがやってくれたけど、確認してくれるかい」
「はいよ」
あの娘たち、とはPoppin'Partyだ。ハコの入り口にいたのを見た。マイキングの位置を微調整し、ドラムの金物については音割れの無いよう高く、そしてフロアマイクをつけ、取り敢えずそれでやることにした。
次に、ヘルプを必要としているバンドに会いに行く。パートの娘の状態、セットリスト、衣装などの話を着け、少しだけ薄暗い楽屋で曲の楽譜とコード進行を覚える。ボーカルの娘に弾いて聞いてもらえば、なぜ初見でここまで弾けるのかと言わしめる程にまであったので、全然問題ない。詩船に譜面台を借りると一言告げ、そこに譜面を置いてやることにした。
SPACEのステージはそこそこ狭い。そこで暴れるわけにもいかない。今回は応急処置でのトリのバンドであり、本来のケツ持ちだったGlitter*Greenにお詫びとお礼を告げにいった。他の娘たちはヒビキの練習中に行ったそうで、それはゆりから聞かされた。
「しっかりしてるし、大丈夫だとは思うけどね。このバンド自体は」
「ええ。今回は仲間が具合悪いって言ってたから仕方ないですよ。それより、ヒビキさんは大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫。心配ご無用だよ、ゆりちゃん」
にかっと自信に満ち溢れた笑顔を見せる。それじゃ、とGlitter*Greenから離れる前に、彼女ら4人がヒビキを返さず、ぐっと拳を彼に突き出した。何も言わず察した彼は、自身の右拳を彼女らの綺麗な手に乗せる。団結の証を見せ、そしてヘルプのバンドに戻っていく。
その途中、香澄に出くわす。照明を意図的に暗くしたここで、綺麗に磨かれた裏廊下の床に足を付け、馬鹿元気な彼女は心配の顔も見せずに話し掛けてきた。
「どうです?上手くいきそうです?」
「そこは問題ないよ。むしろ俺が演るんだから、当たり前だろ?」
「ああ、そっか!」
若きの至り、ではなく確固たる実力とその自信はこの前目の当たりにした。親指を上に向けながら立てるヒビキを見た香澄は、ヒーローを見るかのように瞳が輝いていた。バンドに呼ばれれば、ヒビキは楽屋に入る。生のヒビキのパフォーマンスはどんな感じなのだろうか。それを予想させるように詩船が香澄を見つけ次第言った。
「アンタが一番出来ないから言っておく。ヒビキは想像を絶するよ」
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トリになり、予定されていた入りをウキウキしながら見る香澄。ヒビキが突然変えた気がして、スポットライトがドラムとギターに当たる。オーバーチュアはGマイナーを掻き鳴らし、その後自慢の高速シュレッドでCメジャーペンタを弾き荒らす。
そのフレーズに香澄は魅了された。彼女だけでない、たえもヒビキのフレージングセンスに心奪われる。ダイナミックなインプロヴィゼーション。そうして曲は始まった。
譜面台をチラチラ見ながら、しかしアドリブも多めで、初めてなのに全体と調和し、グルーブを生み出す。ポップな音作りを意識しているようで、抜けも良いが纏まりも良いSAITOのストラトシェイプを弾き倒した。
ど派手なステージアクションは鳴りを潜めている。いつもはもっと動き回っているのに、弾くことに専念しているようだ。ギターはそれに呼応するようにクリアな音を出し、どんなタッチにも繊細にアウトプットしてくれている。
心配なのは、本人達が楽しめているかどうかだ。演奏技術に眼が行きがちになるが、結局本人達が楽しめていなければそれは音に出る。適度な緊張感と楽しみ方が同時に居るかどうか。少なくとも、演奏を終えたバンドとポピパの面子は、今のバンドの全員が安堵を感じプレイすることを楽しんでいるように思え、全ての曲が一際輝きを増しているように思えた。
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出番を終え、ヘルプを頼んだバンドにお礼を言われて軽くそれに挨拶してから、ヒビキは自分のギターをギグケースにしまってスタッフルームに置いた。これから片付けが待っているからだ。
ジャンパーを着てステージに戻ると、助かったと詩船からも労いの声がかけられた。ポピパも揃って彼を手放しに褒めちぎる。ご機嫌取りでも何でもなく、素直な気持ちでそうしているのだ。
「さて、これからあの子達がどう育つのか、楽しみだな」
「お前は甘いからな。将来性を見出すその眼は確かに大したもんだけど」
「バァさまが厳し過ぎるんだよ。プロフェッショナルな視点を持つのは悪いことではない」
「カワイイ子には旅をさせたくなるもんだろう?ヒビキ、お前ならわかるだろ」
なかなかツンデレなバアさまだ、ヒビキはそう言って、機材の片付けと掃除をし出した。あのオーナーと対等に物を語り合う、それが他の人間には驚きである。親戚といえども、あんなにはっきりと物言いをするのはなかなか豪胆な人間でないとできないだろう。
つまりはそういうことだ、と香澄にヒビキはウィンクをした。有咲やりみは、そのウィンクの意味がよくわからなかった。少し咀嚼してから、たえと沙綾と同じ結論に至った。
香澄が一番出来ていない。しかし、それは将来性を見込んだオーナーのお墨付きでもある、と。