BanG Dream!ーMy Soul Shouts Loud!! 作:パン粉
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ぷしっとプルタブを開けた瞬間に鳴る炭酸が抜ける軽快な音は、ヒビキ達を労うかのように心地よく聞こえた。掃除が終わり、スタッフでの打ち上げをするということで、ポピパとヒビキが集まった。場所はお前ん家でやれと詩船からのお達しがあったので、本日来客数が両手では数え切れない程になってしまった。
「こ↑こ↓」
エントランスは基本的にヒビキによって開けられている。そこをくぐりエレベーターで4階まで上がって大きな玄関まで案内する。とても、大学生が一人暮らしするようなところではないが、ヒビキが宝くじを当てて買ったということだそうだ。そこでまた驚きが生まれる。
「因みに、ご両親は何をしてるんですか?」
「ステーキ屋とバー。なんでか知らんけど大成功したらしい」
「常人には理解しがたいですね」
「俺も理解できてないから大丈夫。入って、どうぞ」
ドアを開けると広がる、整理整頓された綺麗な世界。そして、めちゃめちゃ広いリビングには、昼間友希那たちがいた部屋に置けなかったギターが、壁のスタンドに引っかかっていた。Suhr、SAITO、Caparison、Legator、Strandberg…などと、モダンギターやハイエンドがずらりと並ぶ。宝くじで買ったものばかりだ。他にもベースやバイオリンなどが置いてあったり、コスプレ用の衣装もそこにある。もちろん、皆はコスプレに意識を奪われた。
メイド服に視線が集中すれば、ヒビキはそれを取り、別の部屋で3分で着替えてくる。元々女顔のヒビキにはそれがとても似合っており、りみは愕然として彼を見た。
「コスプレイベントに出るって言ってたけど、これほどとは……」
「沙綾ちゃんも初見だっけ」
「はい。コスプレ音楽会の目玉間違いなしですねこれ……」
スタイルはとてもいい。そのままキッチンに向かって、冷蔵庫からドリンクと食器棚から人数分のグラスを取り出し、みんなが囲むテーブルに置いた。そしてグラスに注いでから、ヒビキだけノンアルコールビールで乾杯をした。
「時間が危ない人は遠慮せず言うように!カンパーイ!」
「かんぱ〜い」
楽しそうな雰囲気と共に、沙綾の事情を知っているヒビキが気遣いをかけた。ノンアルなのは彼女を送っていく用意をしているからだ。一気にそれを呑み干し、ぷはぁと息を吐いた。取り敢えずその格好はどうにかしろ、という思いはほぼ一致していた。ぶっ飛んだ思考のたえはパシャパシャと写真を撮っている。そこに調子に乗ってポーズを取り、たえに近づきおかわりを注いでやった。
「それであのギター持ってみてください」
「あ!アレ私のと似てる!」
ランダムスターとほぼ同じシェイプのそのギターを指差し、香澄がそれを見ると、自分が今日背負ってきた物を取り出して見比べた。これはヒビキが自分で作ったもので、木材やプレイアビリティのこだわりがふんだんに使われている。
灰色のそれを取り、とても太いストラップを身に着けてみた。腰辺りにちょうどボディの中心がくる。コンター加工と本当に尖った角がかなり特徴的だ。その他、29フレット仕様でフロントピックアップは指板の下に埋もれていたり、フロイドローズのザグリが丸かったり、ヘッドシェイプがリバースのペグ配列が2:4だったりといかにもヒビキ専用と言える。
材はコリーナバックのキルトメイプルトップ。そこにスルーネック構造でハードメイプルネック、パーフェロー指板と、高級材で沢山だ。いぇいっ、とピースサインをしたらたえだけでなく他の娘もスマホのシャッターを切り出した。
試しに弾いてみたいと言い出したたえにギターを渡した。小さなVHTのコンボアンプを持ち出し、Sonic Researchのチューナーを貸す。フロイドローズなのにナットが工具の要らないロックナットに改造されていることも特徴の一つだろう。そして、ナット以外にも0フレットが搭載されているので、弦高が低く解放弦とフレットを抑えた時の音の違いがほぼない。それはクリーントーンではっきりわかり、Fメジャーを弾いて一瞬でわかった。
音のバランスがいい。解像度が抜きん出て、コード感があるにも関わらず一音一音しっかり聞き取れる。ネックは幅狭で細く、ミスタッチが起きそうなこともない。たえはこのギターに惚れ込んでしまいそうになった。これをドライブさせたらどうなるんだろう?
ワクワクの元、アンプのチャンネルをリズムに変えた。ハイゲインなアンプなのだが、クランチにもオーバードライブにも出来る多彩さは素晴らしく、そして明瞭なその音は、抜けも太さも両立したものになっていた。
聞く者全員がそのギターの特徴を理解できた。これは名機だ。たえはヒビキほど速く弾けないが、それでもついついトライアドのスウィープを弾きたくなる心地よさであった。
「おたえちゃんがスウィープなんて珍しいな?」
「これだけ音の粒立ちと立ち上がりがいいと、弾きたくなりますね」
「気持ちはわかる」
ギターを手渡しで受け取り、ソファに座っている有咲の隣に腰を下ろした。ふわっとレモンの匂いがヒビキからして、本当に男か、と疑ってしまう。
伝家の宝刀、フルピッキング。一秒に20音発音するらしく、その正確な運指と相まって、特徴的な音の立ち上がりと粒立ちが更に強調された。ヴィヴァルディの夏を弾き倒せば、テレフォンタッピングという、なんとも超絶技巧な技を繰り出して、周りを圧倒する。
「あー、インプロ入っちゃった」
「おたえ、インプロってなんだ?」
「即興演奏のこと。インプロヴィゼーションっていうんだけど。有咲と香澄にはまだわかんないかな?」
「蘭も言ってたけど、ヒビキさんってメタルだけじゃなくプログレとかジャズも弾けるんだ……」
「スタジオワークやってても、こんなに多彩に弾けないよね……」
コード進行からスケーリングまで、それは人の感性を十二分に発揮し超えてしまったものだ。感覚が理論と融け合って出来るこの技術を、素直に見習うポピパ達。そこには、情熱が有り、愉悦があり、技術があり、そして周りを喜ばせる思いやりがあった。
一旦落ち着いてから、ギターのボリュームを0にした。そして、ギター側のシールドを抜き、左隣の香澄にシールドを渡した。ギターを弾いてみて、との暗喩なのだろう。
ケースからランダムスターを取り出し、そこにプラグインする。チューニングもバッチリ決めて、最近の練習の成果を披露した。
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なるほど、とヒビキが一人語ちた。何か改善点が見つかったのか、と周りが期待をする。取りあえず、とヒビキは立ち上がって、時計を確認した。
「沙綾ちゃん送ってくわ」
「えっ」
「そろそろ帰らないと。お母さんとか、弟くんたちの面倒見なきゃダメでしょ?」
「あ、はい。ありがとうございます」
ちょっと待ってて、と彼が沙綾を連れていった。玄関から出ていった隙に、何か問題点は見つかったか、と香澄が周りに聞いてみた。
「んー。私はあんまりわかんなかった」
「リズムなのかも……?香澄ちゃん、時々ヨレちゃうから」
「私からは……。なんか、ぐぃーんってやるときに音が合ってないんだよなぁ。初心者だからなのかもしれないけど」
2つの点。ベンディングの正確性は、たえも勉強するところでもあった。リズムについてはメトロノームと仲良くするところから始まる。
リズムマシンならスマホのアプリで手に入る。ここでダウンロードして、電気を拝借して充電しながら、まずはゆっくりのテンポでオルタネイトアルペジオを練習しだした。
ついでに、りみもスタンドからCarvinを借りた。いつも使っているViperより、ネックが細く、軽い。綺麗なレイクプラシッドブルーに、EMGが2発。それを置きっぱなしにしていたハートキーのコンボアンプで鳴らし出す。リズムやテンポの手助けになるはずだと思ってのことだった。ツーフィンガーで正確に弾くこの女の子は、いつものおっとりした雰囲気を纏いながらも、どこか格好良く見えた。