むー   作:溶けた氷砂糖

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SAVIOR OF SONG

 地獄の釜の蓋を開けたような熱気だった。手を近付けただけで全身が焼け焦げてしまいそうだ。爆発し、もうもうと煙が立ち込める。タバコの火とは比べ物にならない、命を吸い取る煙。轟々と音を立て、生きている龍のように炎が暴れ回り、二人の姿を一瞬にして包んでしまった。

 

 長門は口をつぐむ。そして拳に力を入れる。自分がするべきことを察したから。

 

 白髪の女の驚いた顔が赤かオレンジの絵の具に塗り潰された、大鳳の小柄な体躯が海に舞い降りた龍に呑み込まれた。たった一瞬の時の隙間に二人は迷い込み、消えてしまったかのようだった。

 

 

 

【SAVIOR OF SONG】

 

 

 

 時は遡る。

 

『いいか、戦闘に入る前にもう一度言っておくぞ。南方棲鬼はおそらくお気に入りの護衛要塞と装甲空母鬼しか連れてねえはずだ。先ず、それ以外に面倒な奴が居たら速攻逃げろ』

 

 旭が最後の通信で二人に檄を飛ばす。南方棲鬼は広大な海を支配下に置きながら、その実信頼のおける部下、それは性格などではなく実力によってのみ選ばれるのだろうが、だけを連れて、大隊などは消して作っていなかった()()だ。

 そんな曖昧な情報だけで組まれた計画は、想定外の事態が起これば役に立たない。その時はさっさと作戦そのものを捨てろと言う。

 

「分かっているさ。命を無駄にするつもりはない」

 

 長門は軽く返したが、旭には嘘に思えた。それは()()だから、とか()()だから、という考えではない。チャンスはこの一度きりしかないと、長門が勘付いていると思ったからだ。

 

 奇襲が通じるのはただ一度のみ。討ち漏らせば、すぐさま敵は対策を立ててくるだろう。さらに裏をかくなんて荒業をするには全てが足りない。故に、このチャンスに命を賭けなければならない。それを、長門が理解していないはずが無い。

 

『分かってんなら良い』

 

 旭は、嘘には気付かないふりをした。指摘したところでどうにもならない。死に場所を用意した本人が、どの口で彼女を非難できるというのだろう。

 心の中で普段は信じていない神に祈る。ああ、せめて。二人が生きて帰って来てくれますように。

 

「提督! 長門さん! 敵艦隊を発見、南方棲鬼です!」

 

 偵察機を飛ばしていた大鳳が叫ぶ。旭の思考が現実に引き戻され、提督としてすぐさま詳細な情報を求める。

 

『編成は』

「南方棲鬼に装甲空母鬼、それから護衛要塞が四隻」

 

 以前と同じ、作戦通りの編成だ。

 

『おっけー。気張っていけよ』

「……通信を切るぞ」

『ああ』

 

 鬼が出るか、蛇が出るか。通信が途絶えれば、そこからは血なまぐさい景色の始まりだ。

 

 旭には惨たらしい世界を見せたくない。それはわがままなのだろう。戦場に出ない提督とは言え、仮に軍に籍を置く身に対して失礼だとも言える。軍人は血を流すのが当たり前の職業なのだから。

 これは艦娘の感情ではなく、長門(にんげん)の感情だ。風が吹いただけで崩れてしまいそうな、儚げな友人を心配する気持ちだ。

 

「……行くぞ」

「はい」

 

 敵偵察機を撃ち落とし、速度を上げる。見えてからでは遅い。既にこちらの存在は補足されているのだ。足を止めるなど自殺行為。砲を構えるなど愚の骨頂。

 海面が太陽の光を反射してきらきらと光る。二人の意識とは反対に透き通った光景を視界の端に収めながら、見据えるはその先。南方棲鬼、否、違う。その首だ。輝かしいとはとても言えない、凄惨で、だが、二人が生き残る未来。

 

「キャハハハハ!」

 

 黒いビキニの上にパーカーを着た少女が笑う。白い髪をツインテールにして、赤い目を爛々と輝かせる姿は人と変わらない。見た目だけならば重巡リ級や戦艦ル級なども人の姿をしている。しかし、彼女の目には、イロハを付けられた深海棲艦とは違う、確かな知性が感じられる。

 

 南方棲鬼。長門と何度も砲火を交え、幾度となく返り討ちにしてきた強者。鬼の名を冠する南方諸島の支配者。彼女が、長門を見て、実に楽しそうに笑ったのだ。

 

「ヒサシブリネ、ナガト! カンゲイスルワ!」

「残念だが、歓迎される謂れは無いな」

 

 南方棲鬼の横に構えた護衛要塞が主砲を一斉に発射する。長門はよりスピードを上げ、体を低くし、砲弾の下を走る。長門の艤装は寝かされたまま、反撃の素振りを見せない。ただ、ただ速く、敵のもとへ。

 

 笑っていた南方棲鬼も何かがおかしいことに気付いた。二人の艦隊を滅多撃ちにするつもりだった。だが、二人の動きはまるで統制の取れていない、艦隊にも、それどころか訓練を受けた軍人にも思えない。

 

 目論見に気付いた時にはもう遅かった。装甲空母鬼も一緒になって長門を沈めようと動くが、そこへ爆撃が襲いかかる。長門には掠りもせず、的確に深海棲艦だけに叩きつける。大鳳のクロスボウが今までにないくらいバネを動かした。

 

「さっさと、沈め!」

 

 懐に入った長門が拳を握る。手を伸ばせば届く距離、渾身の一撃は辛うじて南方棲鬼の頬を掠めるに留まった。もう片方の手で首を絞める。戦艦の力技でむりやり離されるが、距離を取ろうとする南方棲鬼に対し、長門は張り付いて絶対に離れようとしない。

 

「エエイ、カオガチカイワヨ!」

 

 立ち止まって二人の力比べが始まる。砲弾や爆薬の代わりに拳や蹴りが飛び交う戦場。格好の的にも思えるが、随伴艦は長門に砲口を向けるだけで、引き金を引くのを躊躇っていた。

 

 深海棲艦は味方を撃つことに何ら感情を抱かない。普通の艦娘があくまで艦隊戦にこだわり、近接戦を好まないのは、敵の体がけして盾にはならないことを知っているからだ。深海棲艦に個は無い。群れで動き、本能で動き、他を労るということはしない。

 しかし、鬼や姫と呼ばれる深海棲艦だけは例外であった。深海棲艦を一つの生物として考えるならば、彼女達は云わば脳みそだ。生き残るために手足を犠牲にすることは有り得ても、脳漿をぶち撒けることはない。だから、自分達のトップを傷付けるような選択肢は取らない。

 

 そこに目を付けたのが旭であった。彼女は作戦を説明するとき、長門と大鳳にこう言っていた。

 

────お前らは艦隊じゃない。たった二人の艦隊なんてありゃしねえ。だから、人間の戦いをしろ。

 

 艦娘が陣形を組むのは、何も艦隊の記憶があるからだけではない。そうしなければ、味方を撃ってしまいかねないからだ。映画や漫画といった空想作品の中でも、味方の撃った弾丸が向かいの味方を殺すというような光景は多々見られる。六隻という人数に、人の身にそぐわぬ巨体の艤装。仲間に当てるな、という方が本来無理な話だ。

 

 だからこそ、長門が敵陣に単身切り込むような特攻策に意味がある。二隻の軍艦ではなく、二人の戦士として立ち向かう。考えの外に追いやられていた行動。

 南方棲鬼に切迫すれば他の深海棲艦からの攻撃は来ないが、もちろん単独で南方棲鬼とやり合える実力が無ければ成立しない作戦だ。先の大海戦以前の長門がこの作戦を聞いたならば、旭の頭を疑ったか、自分を貶めようとしていると感じて猛反対しただろう。

 

 今なら分かる。これは信頼なのだと。旭の顔を見ればすぐに分かった。それが最善策なのであると。

 

「うおおおおお!」

「……ッ、ウルサイノヨッ!」

 

 砲撃するには近すぎると判断した南方棲鬼は棘の生えた艤装をそのまま打撃武器として使うために体を捻る。数百キロ、もしくはトンの位にも及びそうな鉄塊が死角から長門に襲いかかった。まともにぶつかれば無事では済まない。当たりはせずとも間合いを取ることができれば、そんな思考で放たれた一撃は、彼女の予想を大きく裏切った。

 

 爆音、黒煙を上げながら南方棲鬼の艤装の一部が砕かれ、弾き飛ばされ、真っ青な海へと沈んでいく。長門は意にも介さずに彼女のパーカーを掴み、強烈なボディブローを叩き込んだ。腹の中が燃えるような痛みに襲われて、南方棲鬼は声も出せず、息だけを苦しそうに吐き出した。

 

 長門の主要武装における砲口の片方は熱と衝撃でひしゃげていた。直接砲口を艤装に当て発砲し、衝撃を全て主要武装に()()()()のだ。艦娘の艤装、特に生命維持艤装のカラクリを鑑みれば不可能なことではなかった。しかし、咄嗟の判断でできることではない。最初から、主要武装など捨て石のつもりだったから出来たこと。

 

 南方棲鬼は完全に理解した。この長門は自分が三年前に戦っていた相手とは違う。特攻さえ命を捨てたわけでも、やけになったわけでもなく、それが一番勝率が高いからやっているだけなのだと。

 南方棲鬼は完全に理解した。これは自分を仕留め得る相手であると。

 

「シズメッ!」

 

 南方棲鬼がお返しとばかりに長門の顔面を殴りつけた。傷こそ艤装のおかげで残らないが、長門の表情が一瞬苦悶に歪む。

 超弩級戦艦同士とは思えないような、低劣な殴り合いがそこで行われていた。

 

 まさか体当たりするわけにもいかず、長門を迂闊に狙えなくなった装甲空母鬼と護衛要塞達は、当然もう一人の悪漢たる大鳳に狙いを定めた。

 艦載機を飛ばし、数の暴力でちっぽけな空母を沈めようとする。

 

「舐められたものね」

 

 護衛要塞と装甲空母鬼を一手に引き受けてなお、大鳳は余裕の笑みを崩さない。この程度の相手、彼女には力不足だと言わんばかりに。

 

 或いは、万全の状態であったのならば。そうであったならば大鳳の艦載機を撃滅することなど難しくはなかっただろう。それは、あくまで無傷の状態だったらの話だ。

 

 長門の突撃に意識を奪われ、それらの初動は全て長門に向けられた。裏を返せば、大鳳にとって無防備な背中を向けていたのだ。一方的な爆撃の結果、既に護衛要塞の半分は大破にまで追い込まれ、残りの護衛要塞と装甲空母鬼も小破している。航空戦力は半減とまではいかないかもしれないが、大きく削られたことは確かだ。

 

 傷付いた航空隊などまるで七面鳥だ。赤城にみっちり航空戦を仕込まれた大鳳ならば、迫り来る爆撃も、雷撃もけして避けられないものではない。被弾をゼロには抑えられないが、活動に支障が出るほどのダメージは回避できる。

 そして、散々摩耶や秋月に撃ち落とされ、そのたびに経験を積んできたのだ。そう簡単に落とされはしない。

 

 その上、大鳳は巧みに艤装を動かして、自分の姿を南方棲鬼と長門で隠すように動いた。万が一にも南方棲鬼に当たらないようにと、艦載機の動きはそれだけで鈍る。大鳳の62型や彗星、天山は躊躇するそぶりすら見せないというのに。

 長門に当てても構わないと思っていたのではない。当てない自信が大鳳にはあったし、当たらないという確信が長門にはあった。盲目の信頼が、戦場において立ち竦みそうな二人の足を動かし続ける。

 

 幾つもの有利条件を重ねて、大鳳は圧倒的な有利に立っていた。全てが恐ろしくなる程に作戦の通りだった。それは必然などではなく、旭、長門、大鳳の三人の心が引き寄せた一種の奇跡だったのだろう。慢心は死を招く。分かっているからこそ大鳳は気を抜かない。

 

「吹き飛びなさい!」

 

 制空権を取った大鳳が叫ぶ。水飛沫が上がり、護衛要塞が海へと沈んでいく。装甲空母鬼も浅くない傷を負い、感情があるのかどうか分からない虚ろな目で大鳳を睨みつける。

 

 そこへ、南方棲鬼がぶつかった。

 

 鈍い音を立てて二隻が海上に叩き付けられた。長門の右ストレートが直撃し、けして短くは無い距離を吹き飛ばされたのだ。

 長門も軽くは無いダメージを負っていたせいで、追撃をかけるのが一瞬遅れてしまう。そのせいで南方棲鬼と装甲空母鬼が合流する余裕を与えてしまった。

 

 長門と大鳳、南方棲鬼と装甲空母鬼。数の上では二対二だが、戦艦二隻は痛み分け、空母二隻は大鳳の有利と、状況が対等なわけではない。だが、元々の戦力差を考えればこれでようやく対等といったところなのだろう。

 

「連携には気を付けろ」

「長門さんこそ。空母に構ってる暇ないでしょう」

 

 これからは艦隊戦だ。長門の主砲は一つ駄目になっているが、その程度は損害のうちにも入らない。大鳳も戦闘続行は可能だ。

 

 そう思っていたからこそ、気を引き締め直した二人の前に広がる光景に、一瞬呑まれてしまった。

 

「アアアアアアアアアアァァァァ!」

 

 南方棲鬼が装甲空母鬼に文字通り()()()()()。奇声を上げながら頭蓋を噛み砕いた。長門が握り潰したときとは違う、もっと悪趣味な音が響く。殻を割った後には貝の中身のように現れた脳みそを飲み込み、脳漿を啜る。そこから首へ、肉を引き千切り、骨を丸呑みにして、さらには艤装まで食い荒らしていく。

 形だけを見れば人とそう変わらない存在が、同じく人の姿をした怪物に食われていうカニバリズムに、二人の思考が僅かな間だけ途絶する。それ程までに衝撃的だった。深海棲艦が深海棲艦を食うなど聞いたことがなかった。何より、人に似た者が体液を撒き散らして死んでいくのを理解することを二人の本能が拒絶していた。

 

 一寸先に我に返った長門が、無事な方の主砲を放つ。何を考えているのか分からないが、立ち止まっているチャンスを逃す訳にはいかない。刹那でも戸惑ってしまった自分を恥じながら力の限り、弾丸の尽きる限り撃ち続ける。

 

「ムダヨ。ソンナ、ニセモノノホウゲキデハネ」

「なっ……」

 

 その全てが空中で撃ち落とされ、爆散した。彼女には傷一つ無かった。

 

「ワタシノハホンモノ……ホンモノノホウゲキ、ミセテアゲル!」

 

 構えられた大砲は、比べ物にならない程凶悪に変化していた。失われたはずの片側の艤装も復活し、まるで動く要塞であるかのような装備が彼女の周りを取り囲んでいた。それを南方棲鬼と呼ぶのは月をすっぽんと呼ぶようなものだ。

 彼女はそう────()()()()()とでも呼ぶべき存在だった。

 

 死が放たれた。

 

「大鳳、下がれ!」

 

 長門の悲鳴にも聞こえる命令に即座に従う。一撃でも貰えば命は無いかもしれない。幸運にも、もしくは作戦においては不運と呼ぶべきかもしれないが、南方棲戦鬼の意識は完全に長門に向いていたおかげで、距離を取った大鳳に砲弾の雨が襲いかかることはなかった。

 

 その代わり、かの米帝をも思わせる暴力の嵐を一身に受けたのは長門だ。戦艦の域を越えた機敏な回避行動でなんとか直撃は避けるものの、余波だけで艤装が軋む。掠っただけで使い物にはならなくなりそうな程の力があった。単なる数値では表せない、艦娘だけが感じることの出来る、()()とでも呼ぶべきエネルギーが込められていた。

 

「長門さん!」

 

 永遠にも思える流星雨と、それによって引き起こされる水柱のせいで長門の姿が大鳳の視界から消える。

 大鳳はその場から移動し、南方棲戦鬼の姿を捉えながらクロスボウを引いた。長門の安否は気になるが、その前に敵の意識を長門から逸らさなければならなかった。彼女は自分と、長門の命を天秤に掛けたのだ。そして高々と掲げられたのが長門の命だった。それは艦娘としての決断だった。

 

「フフフ、カトンボニナニガデキル!」

 

 南方棲戦鬼は軽々と爆撃を躱してみせ、自らが撃ち放った艦載機で大鳳の62型を撃墜してみせる。実力が違うと察するのには十分だった。後ろに見える長門は水面に倒れ伏していた。ボロボロになってはいるが、まだ死んではいない。そのことに心中胸を撫で下ろしながら、彼女自身は少しでも南方棲戦鬼を長門から引き剥がすために、一定の距離を保ちながら牽制を続ける。

 

「コッチニキナサイヨ」

 

 南方棲戦鬼が砲撃をしないのは、単に大鳳を相手に使うのが勿体無いと思っているからだろうか。大鳳の攻撃は一つとして当たらず、むしろ逆に艦載機同士の戦闘で遅れを取っている。焼け焦げた艤装は既に中破の判定を下していた。

 

 大鳳が逃げるよりも、南方棲戦鬼が追いかける方が早い。距離はみるみる内に縮まり、ついに大鳳の頭を南方棲戦鬼が掴んだ。

 

「ツーカマエタ」

 

 ギシギシと頭蓋骨がひび割れそうな痛みがする。長門が常日頃やっていたのはこういう事だったのか、と見当外れな感想が頭に浮かんだ。

 不思議と恐怖は無かった。目の前に迫る死が余りにも大き過ぎて感覚が麻痺していたのかもしれない。自分が死ねば長門を守る手段が無くなる。二人共全滅で、旭が一人取り残される。そんな光景が頭に浮かんだ。ある意味でそれは走馬灯だったのか。死ぬ間際に自分のことではなく、他人のことを思うなんて、我ながら馬鹿げたことだと思う。

 

 ああ、でもやっぱり。

 

「捕まえたのはこちらの方よ」

「ナニ……!?」

 

 心は悲鳴を上げながら、クロスボウの矛先は南方棲戦鬼のみぞおちに、しっかりと向けられていた。

 

 クロスボウの利点は、どんな状況でも安定した発艦が行えることである。長門と赤城の演出の時に使われた、超近距離での、艦載機の質量をそのままぶつけることを目的とした発艦。これこそが最初から大鳳の狙いであった。長門から意識逸らそうとすることで、大鳳には打つ手が無いと誤認させ、相手に近付かせることで最後の一瞬まで目的を悟られないようにする。砲撃を受ければ一瞬で瓦解する大博打。旭にすら秘密で用意した最後の一撃。

 

 南方棲戦鬼の胸元に撃ち込まれた()()は本来の性能を十二分に発揮した。それは当然、爆撃機としての性能であり、重ねて言うのならば、その彗星には()()()()()()()()()()()()()()が積まれていた。

 

「吹き飛べクソアマ」

 

 優等生の大鳳らしからぬ暴言と共に、彗星は爆裂した。二人を巻き込んで、水上に不細工な特大の花火を打ち上げる。南方棲戦鬼の一発よりも遥かに重たかった。水面を揺らし、爆風を巻き起こし、空に浮かぶ雲まで吹き飛ばしてしまいそうな衝撃が走る。

 

「ゲホッゲホッ……アノコムスメ……!」

 

 咳き込み、逃げるようにして南方棲戦鬼が煙から飛び出てきた。自慢の艤装は、爆発に巻き込まれてほとんど使い物にならない。火力を上げるために装甲を薄くしたのがこんな所で仇になるとは。

 それでも彼女は生き残った。忌々しき敵の一方はたった今自分の手で命を断った。もう一人はとっくに虫の息だ。被害は甚大だが、生きてさえいればいずれ傷は癒える。彼女の勝ちだ。

 

「逃がさないさ」

 

 長門の声がした。南方棲戦鬼の後ろで、満身創痍の身でありながら、まだ諦めず拳を握っていた。既に準備は完了している。後は全力で振り抜くだけだ。

 振り返るも遅い。全身を揺らし尽くすような痛みと、首の骨が折れる感覚。どうして動けるのか、という疑問は解消されることはない。何故なら、長門が立っているのは気力という、酷く非現実的な理由でしかないのだから。

 

 意識が途絶えそうになる。それは苦痛のせいではない。兵器としての本能が、目の前の敵を殺せと自分を塗り潰してしまいそうな程に叫び続けるのだ。それに全てを明け渡してしまえたならなんと幸せなことだろうか。持った力を無意味に振り回す破壊の権化として、目の前の南方棲戦鬼を蹂躙できたならどれほど気楽だろう。自身の損害を確かめて戦闘不能だと諦められたならどんなにか心休まることであっただろう。

 

 兵器(おまえ)は黙っていろ。これは長門(わたし)の戦いだ。大鳳が作った千載一遇の機会をお前なんぞに渡してたまるか。

 大鳳と出会わなければ、兵器として戦っていた頃には絶対に起こらなかった感情。それが皮肉にも最後に戦艦としての彼女を奮い起こした。

 

「フッザケルナァァァァ!」

 

 南方棲戦鬼が咆哮する。身体を切り取って、新たな鉄屑(艤装)を作る。それは棲戦鬼の艤装よりも強大だったかもしれない。その姿は鬼の上、南方棲戦姫と呼ぶに相応しいものだったかもしれない。しかし、目覚めるには余りにも遅すぎた。抉られた体は元には戻らず、艤装を生み出すために力を使い過ぎた。戦いが終わっても生き延びていけるかどうかの賭けは分が悪い。

 だからどうした、南方棲戦姫はがなり立てる。こいつらさえ殺せれば良い。たった一発当てればどうせ沈むのだ。それさえ見届けられればこの身がどうなろうと構うものか。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 艤装が砕ける。体の力が抜けた。もう使い果たした生命力は元には戻らない。魚雷の直撃が原因だった。しかし、生意気な空母は沈めたはずだ。目の前の戦艦が魚雷など撃てるものか。まさか増援か。有り得ない、もし居たのならばもっと早く姿を現していたはずだ。

 疑問と恐怖と絶望に苛まれる中で、南方棲戦姫の眼は信じられないものを見た。

 

「生きて帰って来いって、提督に言われてるのよ。こんなところで死ねないわ」

 

 自爆したはずの大鳳が水面に膝を付いたまま笑っていた。クロスボウはへし折れ、飛行甲板も真っ二つになっている。それでも、死んでいたはずの体は血色の悪い肌でも残っていた。

 ひび割れていた皮膚が()()()()()()()()()()治っていく。何度も長門達と戦っていた南方棲戦姫は、それが何によるものかを知っていた。

 

 応急修理要員(ダメコン)。一度だけ、艦娘の轟沈を防いでくれる最後の砦。62型、彗星、天山と装備していた大鳳の最後の一枠だ。

 旭が弥勒から巻き上げて、大鳳に手渡した装備。流星との二択のうち、彼女が選んだ装備。

 

 自爆する前に飛ばしていた天山は、大鳳の轟沈と共に消滅するはずだったが、応急修理要員によって大鳳が生還したおかげで本来の目的である魚雷の発射に成功していたのだ。

 

 死んでも構わないと覚悟した南方棲戦姫と、死んでも死なないと覚悟していた大鳳の決意の差が、ここに生まれていた。

 

「お別れだ。南方棲鬼」

 

 苦しみを終わらせるために、長門の主砲が火を吹いた。大破して、駆逐艦の使う12cm単装砲程度の威力しか残っていなかったそれも、引導を渡せるだけの力が残っていた。

 

「ソンナ……ソンナ……」

 

 沈んでいく南方棲戦姫を眺めながら、長門は静かに目を瞑った。敵として相対した者に対する敬意であった。

 

「終わり、ましたかね」

 

 修復を終えた大鳳が問う。応急修理要員では轟沈を回避することしかできない。使い物にならなくなったクロスボウを投げ捨てて、少しでも身軽になろうとした。

 長門は気を抜かないまま答える。

 

「南方棲鬼との戦いはな。だが……」

 

 遠くからエンジンの音が聞こえた。それも複数。味方という雰囲気ではない。

 

「親玉がやられて、統率の取れなくなった深海棲艦が血の匂いを嗅ぎつけてきたらしい。これをどうにかしなければグアムにすら戻れないな」

 

 深海棲艦を縛る鎖はもはや何も無い。鬼や姫を倒したとして、周りの深海棲艦が消滅することは無いのだ。

 

 全力で走って運良く一発も当たらなかったなら鎮守府まで帰れるだろうか。現実的ではないが、それしか方法は無いと長門は考える。

 

「動けるな?」

「正直死にそうですけどね」

 

 崩れ落ちそうな体を必死に動かして走る。機関系統も生命維持のために犠牲になっていたのか、思ったよりもスピードが出ない。遠くから聞こえる死神の足音が、距離を狭めていくのが聞こえた。覚悟を決めていた南方棲戦鬼の時よりも恐ろしい。死にたくないという感情が筋肉を動かした。

 

 目の前に人影が見えた。回り込まれた。見たこともない艤装だが、おそらくは戦艦クラス。こんな時に新型か。大鳳は自分の不運を恨む。

 

「Feuer!」

 

 砲撃音。大鳳は思わず目を瞑った。予想していた衝撃は襲ってこない。確かに砲弾は放たれたはずなのに、大鳳が振り返ると、自分達を追いかけていた深海棲艦が沈んでいくのが見えた。

 

「状況は分からないけれど、同盟国(Japan)の船なら助けない理由は無いわね」

 

 その少女は深海棲艦には見たことのない金色の髪と、透き通った空のような青い瞳をしていた。明らかに日本のものではない軍帽を被り、自信満々の表情を浮かべ、高らかに叫ぶ。

 

「Guten Tag! Bismarck型戦艦ネームシップ、Bismarck(ビスマルク)よ! Japan(ヤーパン)の艦達、よぉく覚えておきなさい!」

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