むー   作:溶けた氷砂糖

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アンバランス

 苦しい、助けて。言いたくても声が出ません。

 

 誰も助けてくれません。誰も教えてくれません。

 

 だって私が始まりなのですから。私以外居ませんから。

 

 誰かの怒鳴り声が聞こえます。怒られるのが怖いのです。

 

 すぐに立ち上がります。嫌だと言っても聞いてくれません。

 

 私の身体が私のものでなくなるようでした。

 

 私は私でないのだそうです。

 

 死ねと言われました。戦えと言われました。

 

 私はもう人間ではありませんでした。

 

 笑顔以外、作れなくなりました。

 

 

 

 

 

 

「喜べ、この度めでたく第二泊地との演習が決定した」

 

 どてらに膝掛けまで使って執務室の椅子に座っている旭が端末を置いてそう言い放った。反応したのは、こたつに入ってすっかり牙を抜かれてしまった日向だ。先ず最初に反応しそうなビスマルクはこの場には居ない。

 

「佐世保の第二泊地か。あまり話に聞いたことはないのだが」

「それは仕方ないだろうな。第一と比べれば戦力は一段劣る」

 

 パイプ椅子に腰掛けた長門が答える。こたつは暑いからと嫌がった結果だが、こたつに空きがある状態だと些か滑稽に映る。

 

 先の大海戦で戦果を上げ、最後の希望を擁する第一泊地

。閉塞感漂う負け戦の中、南方海域を奪還しお偉方の度肝を抜いた第六泊地。その二つに比べれば、第二泊地は目立った戦果を上げていない。

 未だ轟沈者ゼロという功績は認められるべきものかもしれないが、むしろ轟沈を美徳とすら考える大本営の人間からは評価されないのも致し方ないだろう。

 

「それでも粒揃いではあるがな」

 

 先の大海戦で生き残り、その後も一人たりとも轟沈者を出さなかったのだ。評価されずとも実力に疑いは無い。

 

「鳳翔は最初の航空母艦だし、夕立も火力ならば戦艦に引けを取らない時がある」

「それって夜戦のときの話ですよね」

 

 口を挟んだのは大鳳。共に出撃したのは一度きりだが、夜戦のときに見せた、水雷戦隊かくあるべしと言うべき活躍は川内と並んで強く記憶に残っている。

 

「昼の時も駆逐艦離れして強い時があるがな」

 

 あれはどうなってるのかよく分からん。長門が呻る。駆逐艦夕立。駆逐艦という艦種自体が軽視されているが、実際に戦ったことのある身としてはけして油断ならない相手。それ以上に凡ミスをやらかしたりするのだが。

 

「あれ、でも演習の時まで日向さんって居るんですか」

 

 思い出したように大鳳が言った。こちらに随分慣れたとは言え、そもそも日向は大湊の艦娘だ。大型建造が一区切り着いた今、彼女が呼び戻されるのは時間の問題だった。

 

「それについては提督に尋ねたが、まだ構わないそうだ」

 

 大湊が結んだ休戦条約は、旭以外まだ誰も知らない。日向の言葉に不思議なことだと大鳳は首をひねる。戦艦という大きな戦力をいつまでも他所に預けておくのは心配ではないのだろうかと。

 大丈夫だろうと続きを話すのは旭。こたつに潜り込んで大きく息を吐く。

 

「大湊は元々専守防衛。美沙子んとこの防衛システムが機能している限りは、出撃はおまけみたいなとこがあるからな」

「なんですかその近未来エスエフみたいな」

「艦娘がそれを言うか」

 

 旭が一度だけ見たことのある防衛システムは確かにゲームの世界のような出来栄えだったが、不思議の権化である艦娘に言われるとそれはそれで違う気もする。

 

「そもそも大湊は出撃に適した奴らは残ってないからな。美沙子は工作艦だし、大淀は司令塔、夕張もどちらかと言えば技術畑」

「あれ、美沙子さんって提督では?」

「あ? 知らなかったか」

 

 タバコをくわえてライターを探す。見つからないので諦めてクイと動かした。

 

「美沙子は提督兼艦娘だぞ」

「それ初耳なんですけど!?」

「なんだ有名な話なのになあ」

「確か唯一だったか。直接出会ったことはないが」

「だって、艦娘って提督になれるんですか?」

 

 なれねえよ、と旭が言う。

 

「美沙子の場合は士官学校入学後に適性が分かったからな。かなりレアなケースだ」

「あ、適応型なんですか」

「何処に生まれたてに指揮やらせる奴が居るか」

 

 場合によっては建造したてにやらせた方が成果を出しそうな気もするが。自分で言いながら旭はそう思ったが、そこまでは口に出さないことにした。

 

「適応って珍しいんでしたっけ」

「まあなあ」

「結局戦力にならないからだとか」

「んー、今だとそうでもない気がするな」

「そうなんですか?」

「適正者を探す試み自体はとうの昔に廃れている。今生きているのは大物ばかりだ」

 

 長門が指折り数え始める。

 

「大本営の大和、武蔵。それから球磨。呉の那珂、神通に榛名。佐世保であれば第一の川内。鳳翔もそうだな」

「川内さんも鳳翔さんもそうなんです!?」

「こうやって並べると、壮観だねえ」

 

 適応艦だけで最強艦隊が組めそうなくらいだ。ラインナップを聞いた旭が笑う。呆れ返っているようにも見えた。

 

 建造艦も負けてはいないぞと長門が言い返した。

 

「私に赤城、それから摩耶。武蔵坊に呉の瑞鶴、横須賀の妙高」

「さらには次世代のエース様が各地に着任中だ」

「それだけ聞いていると、ドロップ艦だけ戦力が劣っていそうだな」

 

 二人の会話に日向が自嘲気味に呟いた。ビスマルクにコテンパンにされ、その上で大鳳や長門にも叩きのめされたのが、まだ心に傷を負っているらしい。大鳳も苦笑いするばかりだ。

 

「あー、ドロップ艦で有名な人って誰か居るんですか?」

「ドロップ艦か。ふむ誰か生き残っていたかな」

「ドロップ艦って他よりも積極的に死にに行くからなあ」

 

 ドロップ艦の思考は基本的に世界大戦時代で止まっている。もちろんビスマルクや日向はとっくにその段階からは抜け出しているのだが、逆に死に急ぐ方が都合が良いと放置する提督も居る。だから、大和魂に満ち溢れた艦娘が多いと言う。

 

「有名所ってえと、横須賀の由良くらいじゃねえか?」

「ドロップ艦というだけなら、あとは宿毛湾の舞風だな」

 

 やはり適応艦、建造艦に比べれば少ないなんてものではない。

 

「昔なら、舞鶴の扶桑、山城姉妹とか居たんだけどな」

「宿毛湾には他にも高雄や愛宕が居たな」

 

 いずれも先の大海戦で沈んだ艦娘だ。扶桑、山城は空母の盾となり、高雄と愛宕は道を切り開くために特攻した。いずれも海戦における武勲艦として名を挙げられた。しかし、面倒な艦娘が沈んだと大喜びする間もなく大破出撃の繰り返しで潰された舞鶴の外道はともかく、宿毛湾の提督には厳しい現実だったのではないだろうか。

 

「そういう意味ではチャンスなんじゃねえの、日向さん?」

「ほう?」

 

 挑発じみた言葉に日向が口角を吊り上げる。

 

「ドロップ艦ならば我此処に在り。他に比べりゃ競争率は低い」

「ここに面倒な競争相手が居るがな」

 

 この場に居ないビスマルクのことである。最近ようやく一勝をもぎ取ったが、追い付くにはまだまだ遠い。

 

「その後にも由良っていうチャンピオンが待ってるぜ」

「険しい道のりだ」

「断崖絶壁じゃないだけマシだと思え」

 

 なあ大鳳。旭が話を向けると大鳳は毅然とした表情に変わる。

 

「赤城さんの追い抜かし方が分かりません」

「笑えるくらい壮大な悩みだ……おっと、次世代エース様のお帰りだ」

 

 扉の向こうから聞こえる足音が四人の会話を止めた。しばらくして「疲れたー」とやや甲高い気の抜けた声と共に執務室へ入ってくる。

 

 長門よりも少し明るい黒のロングヘアー、丈の短いノースリーブのセーラー服、紅色のスカート。何処か大戦艦大和を彷彿とさせるような風体からは意外にすら思えるだらけきった表情。いや、この場合は彼女の名誉のためにも疲れ切った表情と言っておいた方が良いか。

 

 つい先日弥勒の根回しによって着任した阿賀野型軽巡洋艦一番艦、阿賀野であった。唯一空いていたこたつの入口側に滑り込む。

 

 その後ろから入ってくるのは、普段のドイツ風の制服とは異なりデザインの良いジャージを着たビスマルク。

 

「二周するのに五十分……歩くのとほとんど変わらないじゃない」

 

 ちなみに大鳳とビスマルクで作ったコースは一周二キロ程度である。人が歩く速度が平均時速四キロと言われているので、それよりもやや速いくらいだろう。仮にも軍人のランニングペースとは思えない遅さである。というより、一般人のジョギングペースよりおそらく遅い。ビスマルクは途中で飽きて三周差つけてしまっている。

 

「おう、お疲れさん」

「全然走った気がしないわ。大鳳、後で走りましょ」

「これから組手やるらしいわよ。その後で気力が残ってたらね」

 

 全員参加の格闘訓練は久しぶりだ。腕が鳴るなとテンションを上げる長門に、飛ばし過ぎるなと釘を刺す旭。無言のまま指をぽきりと鳴らす日向。

 

「え、え、待って」

 

 反対に顔を青くしたのは阿賀野だ。ノリノリの他五人に対して一人だけついていけていない。忘れていた小テストが突然開始された小学生のようだ。

 

「組手? 格闘訓練? 私達って艦娘だよね?」

「うおーいビス子。ちゃんと説明しろって言わなかったか」

 

 旭がじとりとビスマルクを見る。

 着任してから教育係はずっとビスマルクは請け負ってきた。同時にいつもの洗礼(非装備出撃)に慣れるまで、格闘訓練は免除していた。しかし、話ぐらいはしといてやれと言っておいたはずなのだが。

 

「言ったわよ。陸上での実戦を想定した訓練もあるって」

「微妙に勘違いしそうな文言だな」

 

 陸上戦闘が須らく格闘戦とは限らない。単なるすれ違いだろう、と旭は納得しようとしたのだが、阿賀野の様子がどうにも判然としないのを見てもしやと声を掛ける。

 

「おい、ビス子がお前になんて言ったか復唱してみろ」

「え、えーと」

 

 ドスの効いた声で問い詰められ、阿賀野は目を逸らした。

 

「別に一字一句言えとは言わねえ。何の訓練をするかだけでいい」

 

 ちなみにビスマルクを教官にした時に命じたのはランニングでの基礎体力作りとストレッチング、筋トレによる体作りだ。海戦は普段の出撃で済ませ、格闘訓練は今回が初めて。

 

 しばらくの重圧、ついに阿賀野が折れる。

 

「……すいません、聞いてませんでした」

「よし、今日一日アタシが面倒見てやろう」

「えっ」

 

 提督自らとは哀れまれているのだろうか。未だに実感の湧いていない阿賀野を絶望させるように周りがため息を吐いた。

 

「うわあ、阿賀野ちゃん、ご愁傷様だわ」

「なんなら私が変わっても良いのだが」

「強さなら長門だけど、厳しさならAdmiralよね」

「まあ、そうなるな」

 

 お前ら散々な言い様だな、と旭が眉をひくつかせる。長門に至っては「乗るな提督鬼より怖い」と嘯く始末である。自分が音に聞こえた蛇の長門と呼ばれていたことは気にしないようだ。

 

「で、でも艦娘が格闘戦なんておかしいでしょ!」

 

 ある意味では至極真っ当な反論だが、その場に居た阿賀野を除く全員が驚いたように顔を見合わせた。

 

「全然」

 

 きれいに声が揃っていた。散々文句を言っていたビスマルクや、大湊から来た日向含めすっかり毒されている面々であった。

 

「つまりだ」

 

 阿賀野の体が浮く。ふと目を離した隙にこたつから這い出ていた旭が阿賀野の襟元を掴んでいた。

 

「アタシがやるからには休みなんて無いと思え」

 

 そのまま外へと引きずり出していく。逃れようにも力が強く離れない。

 

「待って服破けちゃうしお尻擦れて痛いしもうやだー!」

 

 床に引きずられながら連行されていく新入りの姿を見て、一同は同情にも似た笑いを浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

 

「演習です! 演習ですよ提督ー!」

「久しぶりっぽいー!」

 

 四人も入ると少し手狭な部屋の中で、夕立と共に騒ぎ立てる少女が居る。茶色っ気のあるショートヘアに機械的なヘアバンド。勘違いされた巫女服のような衣装で高らかに叫ぶ。

 鳳翔に助けられながら書類を処理していた恭介も、楽しそうに笑いながらその少女に話しかける。

 

「比叡は初めてだもんね」

「姉様が居ないのは残念ですが、戦艦として先輩方に学びます!」

 

 気合、入れて、行きます!

 

 些かハイテンションが過ぎるこの少女が、金剛型戦艦二番艦、比叡であった。第二泊地特有の緩い気質は、彼女持ち前の明るさと実に良くマッチしたようで、着任してからまだ一週間程度しか経っていないというのにすっかり一員として馴染んでいた。

 

「提督! 第六泊地ってどんなとこなんですか!?」

 

 物怖じせず恭介に問い掛ける。恭介は少し頭を捻って、「分かんない」と答えた。

 

「長門ちゃんや大鳳ちゃんが強いのは分かってるんだけど、最近どんどん増えてるらしいから」

「長門さん、大鳳さんは、南方海域奪還時の艦隊ですね。その後ドロップ艦としてビスマルクさん、比叡さんより少し後に着任された阿賀野さんがいらっしゃいます」

 

 鳳翔が説明を引き継ぐ。判を押し終わった書類をまとめてトントンと整えると、クリアケースに仕舞い込む。

 

「長門さんと言えば鬼殺しって奴ですね!」

「なんかそんなあだ名が付いたんだっけ」

 

 第二泊地は南方海域奪還の時には仲間外れにされてしまった。旭や弥勒にそのつもりは無かっただろうし、恭介も言われなければ気が付かない程には気にしていなかったので関係に軋轢が生まれるようなことはなかったが、実際として第六泊地の情報は殆ど入っていない。

 鬼殺しという大層な二つ名を聞かされても、凄いんだなあ、くらいしか思わないのが彼の長所だ。

 

「うん、特に比叡は学ぶところたくさんあるだろうし、ガンバロー!」

「おー!」

 

 子犬みたいな艦娘二人がはしゃいでいる中、恭介は違和感を覚えて鳳翔の方を向いた。いつもと変わらない、皆を見守る優しい笑顔。それなのにどうしてか曇っているような気がした。今日だけではない。最近、ふとした折に悲しそうな顔をしている気がしているのだ。

 

「鳳翔どうしたの?」

「えっ……? 提督どうしましたか?」

「いや、なんか疲れてるように見えたから。大丈夫?」

 

 鳳翔の顔に驚きと、それからもう一つ何かよく分からない感情が見えた。恭介にはその表情の意味は分からない。そもそも、顔色だけで何を思っているのか分かるなんて、エスパーか詐欺師のすることだ。相手が恭介のように分かりやすい人間でもない限りは。

 

「私は大丈夫ですよ」

「そう? なら良いんだけど」

 

 鳳翔の言葉に興味を無くしたようにそっぽを向く。もやっとした感覚は残っていたが、鳳翔が大丈夫と言うのなら自分が出る幕はない。そう悟っているかのようだった。言い換えれば、鳳翔が本当に困ったときには自分を頼ってくれると、そんな傲慢ささえ感じられる程の変貌だった。

 信頼と、受け取っても良いのだろう。

 

「そろそろ旭ちゃん達が来る時間だね。さあ皆、頑張ろう!」

「おー!」

「ぽいー!」

 

 恭介の掛け声に反応したのは、二人だった。

 

 

 

 

 

 

 女三人寄れば姦しいとはよく言ったもので、鉄球と魚雷の飛び交う大海原には笑い声と悲鳴が、砲撃の喧しい破裂音にかき消されながらも広がっていた。

 

「Feuer!」

 

 ビスマルクの掛け声と共に主砲が火を噴く。戦艦の艤装から放たれた砲弾は吸い込まれるように比叡の艤装へと着弾した。演習による一時的な被害とはいえ、本物の衝撃が比叡の体を揺らす。とりあえずは中破といったところだろうか。

 

「ひぇー!?」

「私に勝とうなんてまだまだ早いのよぉ!」

 

 楽しそうに笑うビスマルクの頭上に影が差す。見上げることもせずに背後へと回避行動を取った。空から降り注ぐ爆雷に触れぬよう身を屈めるが、進路を先読みしていたかのように直撃してしまう。

 

「きゃあ!?」

 

 爆雷を一身に浴び、艤装は完全に破壊された。轟沈扱いの大破だ。悔しそうに自分を沈めた艦載機を睨みつけながら後方へと移動する。

 

「鳳翔さん相手に気を抜いちゃ駄目だって言ったじゃないの」

「うるさいわね、元はといえばそっちが夕立を仕留めきれないせいでしょ」

「夕立さんみたいな感覚型を相手にするのは面倒なのよ」

 

 すれ違いざま、クロスボウの引き金を引いていた大鳳と軽口を叩き合う。お互いの表情は暗い、というよりも実戦だと信じているかのように真剣だ。

 

 それでも一人の駆逐艦を大鳳は抑えられない。

 

「なんで誘導しても潜り抜けてくるのかしらっ」

 

 夕立は別に対空戦力に特化した艦娘ではない。実際、戦うなら秋月を相手にした方がよっぽど手強いだろう。防空駆逐艦として対空砲をばんばん撃ってくる秋月に対し、夕立ならば艦載機を飛ばしている間はこちらの独壇場なのだから。それなのに攻めきれない。嗅覚なのか、こちらの考えを的確に読み取って隙間を潜り抜けていく。

 

「ああもう。ちょっとキツイわね」

 

 今回の演習は三対三だ。長門と日向は一度お留守番で、少し離れた距離から見守っている。日向は驚きながらも目を輝かせているし、長門も早く動きたくて仕方がないと言うくらいに落ち着きがない。それなら今からでも入ってきてくれて良いのに、と大鳳は冗談半分に思う。

 戦っている相手は、第二泊地の鳳翔、夕立、比叡の三人だ。夕立は小破させたものの、旗艦の鳳翔は無傷。こちらも大鳳はまだ被弾していないが、ビスマルクは既に戦闘不能だ。

 

 最後の一人、阿賀野に至っては。

 

「死ぬ! 死ぬ! 死んじゃうー!」

 

 鳳翔の艦載機に追い掛け回されて涙目になりながら戦場を駆け回っていた。あれだけ情けない姿を見せながら、未だ小破で済んでいるのは意外と高い実力の持ち主なのか、それとも攻撃を投げ捨てて逃げ回ってるからなのか。まあ、おそらくは後者だろう。

 

「ていうか、比叡さん叩くならともかく他二人に勝とうってのはなかなかよね」

 

 無論、負けるつもりはないが。自分より遥かに先輩の二人を常識的な戦い方で倒すのは難しい。勝つための戦術を頭の中で巡らせたが、視界の開けた海、その上支援無しではどうにも目が無かった。

 

 それに演習で奇策に嵌めても余り意味は無い。策士策に溺れるとも言うし、もっと根本的な部分を鍛えてねばならない。

 

「ま、今回は当たって砕けろってことね」

 

 阿賀野の身ぐるみも剥いだ鳳翔の航空隊に向かって引き金を引く。三方に艦載機をバラけさせているために数は雀の涙程だ。

 白い波を引き起こして迫り来る魚雷を避け、身を捻り海面を蹴って砲弾を躱す。どうにか被弾無しでやり過ごせたが、二度目はないだろう。

 

 せめて一矢は報いなければ腹の虫が収まらない。大鳳は小声で自らの航空隊に指示を出す。航空隊は一見、先程までと変わらない動きをしながら、確実に方向を変えていく。

 

「はえっ!?」

 

 異変に気付いた比叡が間抜けな声を上げる。そして慌ててタービンを回すが時既に遅し。全艦載機による集中爆撃を受けて轟沈した。

 

「うん、これが限界」

 

 そして大鳳もまた爆撃に飲み込まれる。手負いの比叡を沈めることに全戦力を注いだため、残り二人からの攻撃をさばく余裕は残っていなかった。

 

 結果、第二泊地は小破一隻、轟沈三隻。第六泊地は轟沈三隻の結果となり、終了を告げる長門の笛がなった。これから二十分のインターバルを挟んで二回戦目、長門、日向にジャンケンで勝ったビスマルクを含めた超弩級戦艦編成である。

 

 

 

 演習の合間、悔しさあれど互いに健闘を称え合う光景を遠目に眺めるのが人間二人。旭と恭介である。

 

「旭ちゃんと直接会うのって三年ぶりくらい?」

「旭ちゃん言うなって言ってんだろ。まあ、あの海戦より後には会ってねえからな」

「だよねえ」

 

 滅多に顔を合わせない二人だが、別に仲が悪いという訳ではない。ただ、お互いに意味も無く通信することを好まず、頼りにするには、弥勒の方が都合が良い。それ故に関わることが少なくなっているだけである。

 

「比叡が長門ちゃんとかから色々学んでくれると良いなあ」

「ウチもたまには別の奴らとやらせなきゃいけなかったからな。ちょうど良かったわ」

 

 これからはまたそんな暇なくなるかもしれないし。旭は端末の電源を付けて、今日の日付を確認する。春こそまだ遠い時節なれど、年が明けてもうそれなりに経つ。南方海域に関するゴタゴタもいい加減収まり始める頃合いだ。

 

「お前ンとこにも通達が来てるんだろ」

「うん? あー、うん」

 

 唐突な旭の確認に、何の事だっただろうかと頭を回転させる。

 

「あれでしょ、えーと南西でやるって」

「そうそう」

 

 彼女が言ったのは、太平洋打通とは打って変わった大本営主導の大規模作戦のことだった。

 事の発端は不明だが、南西諸島を奪回し新たな泊地を建設。西方への足がかりとし、ひいてはヨーロッパへの接触を図る。というのが作戦の趣旨だ。横須賀と呉による連合艦隊で所在不明な南西の鬼を叩くつもりらしい。

 

「ま、仕事に取り掛かるのは基本的にお前のとこになるだろうな」

「そうだよねー」

 

 件の作戦における佐世保の役割は先遣隊として情報を収集すること、そして作戦終了後の警戒だけ。後詰と呼べば聞こえは良いが、横須賀にも劣らない戦力である佐世保が担うには些か役不足であり、主力艦隊から露骨に外された形である。

 それものその筈、そもそもこの作戦を提案したのは例の()()()だ。目的は、佐世保に傾いた主導権の回復だろう。先の大海戦での戦果と言い、南方海域制圧と言い、佐世保には何度も辛酸を舐めさせられている。他の元帥としても手柄を若造に取られてばかりでは気分の良いものでもないだろう。手を組んで、締め出して。弥勒に今回の戦功を与えないつもりである。

 

 ただし、元々南西諸島への攻勢に出るつもりのない旭にしてみれば都合の良い話だった。弥勒がどう考えているのかは分からないが、訳の分からない作戦に自分の部下を使わせる気は毛頭無い。現時点でさえ輸送船の警護に手を割いているのだ。話もしない大本営の作戦などやっていられない。

 

 そして、弥勒率いる第一泊地も大陸との貿易に戦力を注いでいる以上、自由に艦隊を動かせるのは恭介の第二泊地だけであった。

 

「あんまりね、遠くに行ってもらいたくないんだけどね」

「気持ちは分かるけどな」

 

 第二泊地は殆ど外洋へは出撃しない。唯一遠く離れた場所へ出撃したのは、あの大海戦の時のみだ。彼が不安がるのも当然のことである。

 

「それに」

「どうした?」

「いや、うーん」

 

 どうにも煮え切らない。旭は怪訝な顔をしながらも素直に恭介の言葉を待つ。いつも悩み無しと思われているような男が頭を悩ませているのだ。思い切りふざけたことか、思い切り深刻な事態であるかのどちらかだろう。

 

「鳳翔さんがね、なんか変なんだよね」

「ヘン? どういうことだ」

「よく分からないんだけれど、なんか違う気がするんだよね」

 

 鳳翔の僅かな変化を見抜いた、ということだろうか。

 旭は遠目に鳳翔を見る。顔を合わせたことはほとんど無いが、記憶にある姿と変わらない。だが、恭介が言うのならそちらの方が信憑性は高い。

 

「鳳翔さんは大丈夫だ、って言うから気にしないように頑張ってるんだけど。どうも気になっちゃって」

「そいつは、アタシにはどうしようもないな」

「うん、ごめんね。変なこと言っちゃって」

「気を使ってるの気持ち悪いな」

「ひどッ!?」

 

 ショックを受ける恭介を見てケタケタと笑う。良くも悪くも無邪気なこの男はこうやって遊ばれているくらいがちょうどいい。

 

「それに、何かあったらアタシより弥勒にSOS出した方が良いだろ」

「何かあったらどっちにも出すよ。そっちの方が確実だし」

「よく分かってるじゃねえか」

 

 旭の言葉に、恭介も不安そうに笑った。

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