むー   作:溶けた氷砂糖

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完全症コンプレックス

 どんな人だろうと構いません。

 

 理想の兵器になろうとしました。

 

 怖いからです。怒られたくないからです。

 

 完璧で、文句のつけようのない。そうなろうとしました。

 

 あの人は、笑っていました。

 

 怒鳴りもしませんでした。

 

 だから、完璧になろうとしました。

 

 この人に怒られたら、私はもう終わりですから。

 

 怖いからです。怒られたくないからです。

 

 息が、苦しくなりました。

 

 

 

 

 

 

 脇腹にズキリと走る痛みで鳳翔は目を覚ました。足に力が入らない。背中に当たる感覚は固く、地面に寝かされているのだろうと漠然と理解する。真っ暗な視界。少し目が慣れて、ごつごつとした岩肌がようやく映り始める。同時に脇腹への痛みも強さを増し、彼女は呻いた。低い音が反響する。ここは、洞窟か何かだろう。

 その声に反応する影が二つ。顔は影になってしまっているが、シルエットからでもその見慣れた人は分かる。

 

「夕立、さん。比叡さん……」

「鳳翔さん目覚めたっぽい!」

「本当ですかぁ!? あっ、鳳翔さんまだ起きちゃ駄目ですよ凄い怪我なんですから怪我!」

 

 比叡に言われてまだ熱さを感じる脇腹へと視線を落とす。薄紅の道着はボロボロだ。丈の下が破かれて、脇腹に巻き付けられている。そしてその簡易的な包帯は元の色よりも遥かに赤黒く滲んでいる。なんとか血は止まっているようだ。生命維持艤装が壊れてしまったのか、重苦しくてかなわない腕だけを必死に動かして確かめる。良かった、壊れていない。限界を迎える前に、咄嗟に歪みを肉体に転移させたのだろう。

 布越しに傷口に触れる燃え盛るような痛みが襲う。比叡が止めに入るその前に、骨や内臓に被害が無いことも確認する。抑え込めなかった歪みも、ただ肌を切り裂いただけのようだ。酷い怪我と言ってもこれだけなら命に別状は無い。

 

「比叡さん、ここは何処ですか」

「必死に逃げてたから詳しい場所は分からないです。あの深海棲艦と交戦してからそんなに移動してない筈ですけど」

 

 夕立と何事か話している比叡に尋ねると、頼りにならない答えが返ってくる。夕立は一度洞窟から外へ出ていったようだ。洞窟の外は内側と変わらぬ暗さだ。夜になってしまっている、ということか。

 

「深海棲艦、そうだあの新型は」

「興味が無いのか何処か行っちゃいました」

 

 私達にもまだ運が残ってるってことですよ、と比叡はこんな状況でも元気いっぱいだ。人によってはうるさいとすら感じるかもしれないが、覚束ない頭でも分かるような絶望的状況において、彼女のポジティブさ程有り難いものは無い。それは分かっている。分かっているからこそ、鳳翔は悔しくて仕方が無い。

 

「ごめんなさい、私の判断ミスで」

「へ?」

 

 比叡が不思議そうな顔をする。

 

「鳳翔さん何かミスしましたっけ」

「あの時、すぐに撤退の指示を出していれば」

「そんなの、神様だって無理ですよぉ。あんな奴は災害みたいものですから、生きてるだけでラッキーです!」

 

 あとちょっとで死ぬところだったというのに、比叡の表情は明るい。いや、間一髪で生き残ったからこそ明るいのだろう。誰かが間違えた、なんてことは欠片も考えていない。全員がベストを尽くした結果の幸運だと、そう思っている。

 

「それにこの島、なんと修復液が出るんですよ! 任務達成間近ですよ!」

 

 実際、彼女達が全員生き残れているのは、夕立がこの島から修復液を発見したことだった。艦娘にとっては百薬の長とも言えるそれがあったからこそ、生命維持艤装が限界を迎えかけていた鳳翔の命は助かったのだと言える。

 

「ここからはサバイバルです。鳳翔さんはしっかり養生してください。私が食材を集めてきますから」

「修復液持ってきたわー!」

 

 戻ってきた夕立が手にすくった修復液の鳳翔の艤装に掛ける。雀の涙ではあるが、その場で轟沈することが無くなるだけでも効果はある。

 

 ハッ、と思い出して鳳翔は道着の胸元に手を入れる。通信機が無い。きっと戦闘の時に落としてしまったのだ。これでは恭介に連絡を取ることができない。

 

 比叡は災害だと言ったが、鳳翔の胸にある自責の念は無くならない。判断を間違え皆を危険に晒し、一人だけ怪我をして足手まといになり、あまつさえ一縷の望みであった通信機すら失ってしまう。

 

「ごめんなさい」

 

 泣きたくなる。しかし、涙は出てこない。泣いたって状況は好転しないから、とっくの昔に枯れてしまった。

 

「鳳翔さんには何度も助けてもらったもの、鳳翔さん助けるのは当たり前っぽい?」

「そうですよ! 鳳翔さんも目が覚めたし、あとは助けを待つだけです!」

「助け、って知らせることはできたんですか?」

「提督ならきっと気が付きます!」

 

 根拠の無い自信。比叡と言えば比叡らしいが、たとえ恭介が他の泊地に助けを求めていたとしても、自分達を見つけることは困難だろうと鳳翔は分かっていた。そもそも、死んだとしか思えない私達を探しに来てくれるのだろうか。

 

「鳳翔さん」

 

 ずい、と比叡の顔が近付く。迷いのない、強い目だ。真っ直ぐな目に見つめられて、鳳翔は何も言えなくなる。

 

「諦めちゃ駄目です。鳳翔さんがそう言ったんでしょ?」

 

 比叡に訓練をつけていた時に、いつかそんなことを言ったことがある気がする。諦めずに、今できる事を探せ。教官代わりになって言ったというのに、自分が実践できていなかったとは。余りの情けなさに気持ちを塞ぎたくなるが、比叡や夕立が頑張っているのに、自分だけ塞ぎ込んでいる訳にはいかない。

 

「そう、ですね」

 

 体は動かない。その代わりに動かせるものはなんだ。知恵だけだ。

 

「比叡さん。燃料はまだ残ってますか?」

「はえ?」

 

 いきなりの質問に目を丸くする。

 

「一応少しは残ってますけど……でも鳳翔さん置いて一人で行けなんて駄目ですからね!」

「いえ、そうではなく。煙を上げてほしいんです」

「煙?」

 

 鳳翔は頷いた。

 

 本当は信号拳銃なんかがあれば良いのだが、残念なことに鳳翔達はそのような軍需品は持ち合わせていない。砲撃を行うには海に出なければいけないのでリスクがある。

 

 その点、煙ならば燃やし続ける限りずっと空へと登っていく。深海棲艦は陸には上がらないから敵に居場所を知らせることにもならない。そもそも無人島に煙が登っているなど、普通なら警戒して近付かないだろう。

 闇夜の中では見つけづらいかもしれないが、救援隊が近くにいるかどうかも分からない以上、これが最も安全に居場所を知らせる策だった。

 そう説明すると比叡は目を輝かせる。

 

「なるほど、流石鳳翔さん! 早速やってきます!」

「ええ、お願いします」

 

 比叡は勢い良く外へと出て行く。行動を起こすのが早いのは彼女の長所だ。夕立に比叡を守るようお願いすると、心配しながらも彼女も比叡の後を追う。

 

 一人になって、鳳翔は静かに目を閉じる。脇腹の傷は、艤装によって高められた自然治癒のおかげで痛み以外殆ど気にしなくて良いだろう。歯を食いしばればそろそろ起き上がれるようになる筈だ。それまでは我慢するしかない。

 

 瞼の裏には恭介の顔が浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 彼女は眠っていた。岩の陰に隠れて、月の光からも逃げて、目立たないようにして瞼を閉じている。変な蝿どもに集られて少し疲れた。疲れを取ったら今度こそ、辿り着いて見せよう。辿り着かなければならないのだ、一刻も早く。激烈な使命感が彼女の頭を支配している。それ以外のことは考えられない。頭が痛い。考えを止められるのは眠りだけだ。

 

 何やら音がする。蝿が何か喚いているのだろうか。自分には関係の無いことだと決め付けて深い眠りに落ちようとした時、彼女の身体が揺さぶられ、意識は強制的に覚醒させられる。

 

 ナンダ、ナンダ。ナニガ起コッテイル。

 

 邪魔な奴らは追い払ってしまった筈だ。現に辺りを見渡しても何も居ない。きっと気のせいか、流れ弾でも飛んできたのだ。馬鹿馬鹿しい。眠りを妨げないでもらいたい。そうして彼女は再び眠りについた。

 

「ふむ、直撃でもたいした被害を与えられているようには見えないな」

 

 彼女から遠く離れた別の岩場で、主砲を点検し直しながら双眼鏡を覗いていた長門が息を吐く。死角から主砲を直撃させたというのに、ろくなダメージにもなっていない。第二泊地の面々で歯が立たなかったのも納得だ。赤城に長門、今ここに居る艦娘が出会ったとしても、おそらく撤退を迫られることになっただろう。アレと対抗するには大和か武蔵を連れてくるしかない。

 

「もういっちょ行っとくか」

「まあもう少し待とう」

 

 摩耶が自分の艤装を展開させるのを長門は手で制止する。効果が薄い以上、弾薬をそうそう無駄にはできない。

 

「眠ってから、燃料の供給が始まるまではタイムラグがあるそうだからな」

「そういやアタシ達の仕事は足止めだったな」

 

 深海棲艦は無尽蔵の新燃料を持っている。そういう戯言が一時期、海軍内で噂される程に、深海棲艦の供給源というものは謎に満ち溢れていた。過去に鹵獲した個体から、一応はこちらとそう変わらない燃料であることが確認されてもしばらくは信じられていたくらいだ。

 

 ただし、燃料の種類はともかく無尽蔵というのは正しかった。奴らは海水さえあれば燃料を生成することができるのだ。その原理は工廠妖精ですら匙を投げたオーバーテクノロジーであり、未だ解明されていない。

 

 ちなみに鹵獲個体を改造して燃料生成機にした事で日本を悩ませ続けていた燃料問題は解決した。

 

「確か、眠りに落ちてから三十分の間はシステムの構築に時間を使うんでしたっけ」

「その上、奴らの最優先事項は燃料の供給みたいだからな。目の前に敵でもいなければ、何度だって眠りに落ちる」

 

 深海棲艦が燃料を生成することについては先程も述べたように既に知られていた。しかし、これらの情報については最近になってようやく解明されたものだ。それまで海水があれば起動するとだけ思われていたのだが、全く都合の良いものでもないらしい。

 

 その為、足止めをするだけならば奴の眠りを妨害してしまえば良い。戦艦レ級がフル充電するのに十時間掛けることを考えれば、さらに燃費の悪そうな艤装の奴はさらに時間を掛けるだろう。その都度邪魔してやれば、無限ではないだろうが、二、三日ならば身動きを封じることができる。

 

「とはいえ、そんな情報が出てくるなんて、北方棲姫様々ですね」

 

 夜間で空母としての働きはできず、手持ち無沙汰になってしまった赤城が笑う。当たり前のように出てくる北方棲姫の名前に日向は微妙な表情を浮かべていた。

 

「一応最高機密の筈なんだがな」

「元帥隷下の艦隊に機密も何もないですよ」

 

 北方棲姫が提供した無傷の深海棲艦から採取されたデータがら彼女達の行動に自信を与えていた。もちろんデータそのものを北方棲姫の協力だと言い広めた訳ではなく、むしろ出処を隠していたのだが、弥勒はおそらく自分の泊地の艦娘には全て教えているのだろう。赤城だけでなく、摩耶にも驚いた様子はない。

 

「そういう選び方をしているのだから、おかしなことでもないさ」

 

 旭が大鳳ではなく日向をこちら側に派遣したのは、ひとえに北方に置ける休戦協定を教えない為だった。こちらの部隊は赤城、長門の二枚看板さえ居れば他は護衛のようなものだ。

 

「このまま一斉射撃で沈められたら楽なのだが」

「決定機がありませんからねえ。報告通り艦爆も使い物にならなさそうですし」

 

 件の深海棲艦と長門達は日が落ちる前に一度交戦している。徹底的なアウトレンジから、挑発するように魚雷と爆撃を行っただけだが、損傷軽微どころか完全な無傷のまま、砲撃を受けることになってしまった。航空戦においては赤城が敵艦載機を全て叩き落としたが、砲撃は避けるしかない。アウトレンジが幸いして被弾こそしなかったが、近距離でアレを避けるのは骨が折れるだろう。

 

「それとも長門さん、殴り合います?」

「いやあ、あの爪は流石に危ないだろう。さっきだってこっちに向かって来られたらここまで気楽には居られなかったぞ」

 

 不思議なことに深海棲艦は長門達と交戦し、圧倒しながらも舵は全く別の方向に向けていた。逃げているというよりも、長門達の相手より優先するべき事柄がある、そんな意志を感じさせる動き。相手にもならなかったが、結果的にこうして安全な場所から観察できることになったのは都合が良かった。

 

『ようてめえら、無事生きてっか?』

 

 旭からの通信が届く。場違いに明るい口調だが、無理をしているのが長門には分かった。赤城ももしかしたら察しているかもしれない。他の二人はおそらく、()()()()()()()()()()明るく喋っているのだと思うだろう。実際は逆だ。

 

『お前らの出した敵の航路から、奴さんの目的がある程度予測できた』

「ほう? 何を狙っているんだ?」

『ポートダーウィンだ』

「ポートダーウィンだと?」

 

 長門の表情が曇る。

 ポートダーウィン。直訳すればダーウィン港ということになる。ダーウィンとはオーストラリアにある都市の名前で、第二次世界大戦時に旧日本軍が激しい爆撃を行ったことでも知られている。現在でも港として使われ、輸送船の警護時に何度か立ち寄ったこともある。

 

「なぜ、そんな所に」

『爆撃が効かねえ、雷撃が効かねえ。何処かで聞いた覚えがねえか』

 

 いたずらっぽく旭が聞く。しかし、長門には覚えが無かった。赤城の方を見ると、彼女も分からないと首を振る。日向に至っては最初から諦めてしまっていた。

 しばらくの無言に耐えかねたように反応したのは摩耶だった。

 

「飛行場姫の時と同じだって言いたいんだろ? 赤城はそん時まだ着任してねえよ」

『赤城はともかく長門もそうだったけか』

「自分とこの船くらい覚えておけよ……」

『長いこと一緒に居ると曖昧になるんだよ』

 

 誤魔化すように旭が口を尖らせているのが通信越しにも分かった。

 

 飛行場姫、という名前は聞いたことがある。先の大海戦よりもさらに前、初めて姫級との交戦が記録された話だ。海軍内では、()()()()()が沈んだ事件としても悪名高い。結果的には撃沈一歩手前まで追い込んだのだが、拠点を放棄した飛行場姫には逃げられてしまった。しかし、打つ手無しと思われた姫級に打撃を与えたことは海軍にとっての、希望となった。厳しい言い方をすれば後の、前のめり過ぎる艦隊運用の遠因になったとも言える。

 

「その飛行場姫がどうしたんだ」

『アレが最初化け物扱いされたのは、爆撃も魚雷も効かねえってとこだ』

 

 まるで例の新型みたいだな、と旭は言う。

 

『だけど、本当に特徴的なのはそこじゃねえ』

「飛行場そのものに棲む深海棲艦。船ではなく基地」

『よく分かってんじゃねえか』

 

 摩耶の言葉に旭は満足げに頷く。真昼の悪夢に見られた陸上を棲処にする深海棲艦とはまた異なる、()()に自分の領域を作る深海棲艦。

 

「あ」と旭の言いたい事を察した赤城が声を漏らした。

 

「つまりあの新型はポートダーウィンを棲処にするつもりだと」

『おそらくな。自分の城が欲しいから今まで脇見もせずに突っ走ってきやがったんだ』

 

 本当にそうなのだとしたら、絶対に燃料を満タンにさせてはならない。あれだけの規模の深海棲艦がオーストラリアの港にやってくれば、どれだけの人的被害が起こることか。守れなかったとなれば、せっかく結んだ友好関係にヒビが入りかねない。

 

『最近現れたか、今までは南方棲鬼のせいで迂闊に入り込めなかったのか』

「そんな事はどうでも良い」

 

 日向が旭の言葉を遮る。岩から姿を出して例の基地型に砲撃を加える。すぐに姿を隠して、見つからないようにする姿は、嫌がらせの権化だ。艦隊の夜戦など本来はこんなものなのだが、と思うとやるせない気持ちになるが、軍艦と艦娘は別のものだと割り切ってしまう。

 

「仮にその飛行場姫とやらと同じタイプだったとして、そいつを追い払えたんだ。何か対抗策はあるんだろう」

『日向はせっかちだな。まあいい、その新型、こっちで仮称()()()()と名付けたが、飛行場姫と同じなら特効薬がある筈だ』

「特効薬?」

『三式弾だよ』

 

 砲撃の音を聞きつけて四人がその場から離れる。四人が隠れていた岩場とはまた別の岩場が砲弾によって砕かれた。気取られたか、彼女達は息を殺して港湾棲姫と名付けられた深海棲艦の動向を伺う。

 

 港湾棲姫は気だるそうに辺りを見た後、またもや眠りについた。どうやら邪魔をされたからと当てずっぽうに撃っただけらしい。岩場に潜んでいる闖入者には気付いていないようだ。

 

 場の安全を確保すると、長門は話の続きを促す。

 

「三式弾というと、対空砲弾の三式弾のことか」

『ああ』

 

 三式弾。三式通常弾、三式焼霰弾とも呼ばれるソレは世界大戦時に戦艦、巡洋艦用に作られた対空攻撃用の砲弾だ。つまり本来は航空機を落とすための弾丸であり、船を相手にするものでは無いし、対空砲弾としても従来の零式弾より特別秀でていたということもない。

 

「ああ、そうか。ヘンダーソン基地か」

 

 代わりに活躍した、ということでもないが、世界大戦時に三式弾は陸上制圧に使われている。焼夷弾の一種である三式弾は陸を焼け野原にするには効果的だったのだ。自分達は世界大戦の軍艦であることから、史実に即した効果を発揮する可能性は十分に考えられる。

 

『事実、飛行場姫は慌てふためいて逃げたって話だ。ま、結果効いてねえ攻撃よりは頼りになるだろうよ。弥勒は弥勒で隠し種があるみてえだし』

「そうなれば、私達の仕事は三式弾が来るまでの足止めか」

『最初っからそう言ってんだろ』

「何、明確な目標があるのと無いのとでは大違いだからな」

 

 これから最低でも夜が明けるまで、港湾棲姫を睨み続けていなければならないのだ。張り込みをする刑事という柄でも無いのだが、と長門が冗談混じりに言う。

 

「何より、赤城が耐えられないだろう」

「この赤城、任務の為なら命を捧げますよ」

「腹鳴らしながら言う台詞じゃねえよな」

「ちょ、言わないでくださいよー」

『安心しろ赤城、通信越しにも聞こえる』

「嘘ですよねー!?」

 

 緊張感の欠片もない会話。日向もようやくこの空気は弛んでいるのではなく、張り詰め過ぎない為のガス抜きであることを理解していたが、それでもまだ苦々しい笑みを浮かべないでは居られない。仲間の轟沈を聞きながら、普段通りに振る舞うことにどうしても慣れないのだ。悲しんでいる、ということは分かっている筈なのに。

 

 ガタン、と大きな音がする。

 

 近くではない、インカムのイヤフォンから聞こえる何かが倒れた音だ。

 

「なんだ」

 

 長門の疑問に返事は無い。辺りを散らかすような、紙束の耳障りな音と、本当か、嘘じゃないだろうな、と誰か別の人間と話しているらしい旭の声だけだ。

 

 彼女達の頭に最悪の予想が過ぎる。それは、現場に向かった大鳳達の部隊が甚大な被害を受けたのではないか、この港湾棲姫とは別に姫や鬼級の敵が現れたのではないか、というものだ。長門が覚悟を決めるために唇を噛み、摩耶も苦しい顔つきになっている。赤城だけが、悟ったように変わらぬニヤケ顔だ。

 

 やがて通信が繋がったままであることに気付いた旭が長門達へ向けるマイクを手に取った。

 

『ああ、とその落ち着いて聞け。うるさくするな』

「お前が一番落ち着いてないぞ、どうした」

『鳳翔達が見つかった』

「……そうか」

 

 それならば墓に遺体を入れてやることが出来る。艦娘に戸籍なんて大層なものは存在しないが、恭介のような艦娘を大事にする提督ならば墓の一つ二つ建てるだろう。空っぽであるよりはずっとマシだ。

 

『ちげぇよ』

 

 旭はまだ慌てている、というよりも興奮冷めやらぬといった様子でまくしたてる。

 

『生きたまんまで見つかったんだよ!』

 

 冗談としか思えない言葉に、その場にいる全員が言葉を失った。

 

 

 

 

 

 

鳳翔(ほっしょ)さん、どうしたの」

 

 月すら傾き始める夜遅く、真っ暗闇な空とは対照的に、彼らの居る部屋は明るい。鳳翔が居ない間、自分一人で仕事をこなし、通信が切れてからは急いで二人の親友に連絡を取り、報せがあるまで自分を殺して働き続けた。恭介はまともな休息すら取っていないというのに、夜遅くにもペンを走らせ続けている。

 

 鳳翔達は、大鳳達に助けられて第二泊地へと帰還した。比叡と夕立は既に高速修復剤を使って入渠を終わらせ、今は眠りについている。鳳翔も入渠は終わらせているが、真夜中にも関わらず執務室の扉を叩いていた。

 

 恭介の目は眠たげに瞬いていたが、来客に気付かない程追い込まれてはいない。鳳翔の姿を認めるとペンを置いて、朗らかな声で話しかける。

 

 鳳翔はただ、机から恭介の横に回った。

 

「申し訳ありませんでした」

 

 膝をつき、頭を垂れる。驚いて恭介も椅子から立ち上がった。眠気もどこへやら、大慌てになる。

 

「え、なになに!? とりあえず顔上げてよ」

「私の判断ミスで艦隊を危険に晒してしまいました」

「それは鳳翔さんのミスじゃ」

「私がもっと早く撤退を指示していれば」

 

 鳳翔は頭をあげようとしない。地面に擦りつけてただ自分の非を怨嗟のように呟くだけだ。おぞましい感情は当然、恭介ではなく自分自身に向けられている。

 

「……あのさあ」

 

 恭介は椅子をどかして彼女の前に腰を下ろす。

 

「こういうのって、上官の命令を無視してることになるんじゃないの」

「ひっ」

 

 悲鳴を上げて顔を上げる。その顔は恐怖に染まっていた。恭介が今まで見たことが無いような表情だった。

 

 ずっと感じていた違和感はこれだったのか、と恭介はなんとなく思った。そして、恭介が気が付くよりもずっと昔から続いていたのだろう、とも。

 

「ねえ、鳳翔さん」

 

 恭介は口の達者な人間ではない。頭のキレる他の二人のように、相手を乗せて励ますような言葉はかけることが出来ない。だから、彼は思ったことを口にするだけだ。

 

「俺は皆が無事に帰ってきてくれて嬉しかった。皆の姿見たら泣いちゃったもん。本当に良かったって思うよ」

 

 恭介の言葉に鳳翔は何も言えなくなる。彼女は鳳翔であって鳳翔ではない。

 

「俺は鳳翔さんのことは知ってるけど()()のことは知らない」

 

 だから、教えてほしいんだ。恭介は一言、一言、言い聞かせるように口にする。

 

「キミはどう思ったのか。本当に申し訳ないと思ってたの? それとも怖かった? それとも俺に怒ってる?」

 

 その言葉は不思議と心の奥まで届くようだった。自分は()()として役目を全うしなければならないのに、揺らぐ。揺らいでしまう。

 

「我慢しなくていいからさ。誰も笑わないし、怒らないから」

 

 その言葉が限界だった。

 

「う、うああああああああああ!」

 

 枯れた筈の涙が溢れていく。普段は抑え込んでいる情けない声が喉から流れ出る。

 

 恭介が彼女を抱きしめた。下心一つなく、子供をあやすように。彼はこれ以上は何も言わない。

 

「怖かった、怖かったよぉ! 死んじゃうと思ったもん! 私のせいで、皆死なせちゃうって!」

 

 堰を切ったように弱音が吐き出される。作られた大和撫子の姿はそこには無く、そこにあるのは戦場に怯える一人の少女。

 

「どうして私がっ、私がこんなことしなくちゃならないの!? なんで!?」

「ごめんね。気付けなくてごめんね」

「誰も助けてくれなくて、一人だけ! なんで私なの!?」

 

 彼女のずっと隠し続けていた本音。普段の彼女からは考えられない取り乱しよう。それに恭介は安心さえした。

 

 彼女は、軍の全く関わりの無い民間人でありながら、適性があるというだけの理由で連れてこられた。艤装を装着することで成長が止まるのだから、その頃の彼女はまだ十七、八だっただろう。元々自衛隊員であった大和や武蔵などとは訳が違う。

 その上、彼女は初めての空母だった。ドロップ艦すら居ない中、一人で現在の空母の戦い方を編み出したのは彼女だ。逆に言えば、彼女は誰からも救いの手が差し伸べられないまま、重圧と戦っていたことになる。

 

 信じられないくらいに出来た女性だと、周りは思っていただろう。だが実際には彼女は自分を守るために()()という仮面をしていたに過ぎなかった。誰も気が付かなかった、完璧な仮面を。

 

「やっと、遠くに行かなくて済むって思ってたのに!」

「……うん。本当に、ごめん」

 

 最近、鳳翔の態度がおかしかったのはそういうことだったのか、と今更に理解する。そうだ、確かに彼女が落ち着かなくなったのは、この作戦が決まってからだった。

 

 第二泊地は大きな作戦に参加したことは殆ど無かった。六年間、先の大海戦だけだ。それが彼女にとってどれだけ心細いものだったことか。やっとの思いで生きて帰ってきて、自分の仲間は誰一人欠けることなく揃っていて。負け戦の状況に実は一人安堵していたのではないだろうか。これでもう離れる必要がないと。怖い思いをしなくて良いと。

 

「キミは、そんなに強い人だったんだね」

 

 叫ぶ気力も無くなって、彼女はただ啜り泣く。

 恭介の胸の中で、彼女はずっと、少女のように泣き続けていた。

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